第3章 奥名先輩を振り向かせたい大作戦

第30話 天界にて その7

 天界は常に春である。


 暑くもなく、寒くもない。一年中花が咲き乱れ、いつも心地よい音曲おんぎょくが流れている。

 地上の春には最近では“花粉症”なる厄介なものがあるが、もちろん天界にそういったものはない。


 その一方で地上の春と同じようなものもある。例えば地上には『春眠しゅんみんあかつきを覚えず』という言葉があるが、それは天界の常春とこはるにおいても同じこと。


 そしてまさに今、神様はその“春眠”をむさぼっていた。


 ただの春眠ではなかった。神様はもう何日も寝床から出ていなかった。天の食事も寝床の中でとるありさまだった。


「申し上げます」

 取り次ぎ役の天使が寝床の脇から静かに声をかける。


 ぐおー、ズズズ。ぐおー、ズズズ。

 それまで静かだった神様の寝床から、急に大きないびきが響き渡る。


「申し上げます!」

 天使は少しばかり声を張り上げる。


「ううん、なんじゃ。お前はわしが寝ておるのがわからんのか」

 なんとも面倒くさそうに神様は寝床から半身を起こした。


「申し上げます。ミサエルから連絡が入っております」

 取り次ぎ役の天使の声は再び元の静かなものに戻っていた。神様の文句などまるでなかったかのように。


「なに? ミサエルから? ほっとけほっとけ。いつもそうするように言っておるじゃろ」

「しかしあの最初の報告を受けてからというもの、ぬし様はずっとミサエルからの連絡を放っておかれています。そろそろ受けたほうがよいのではないかと」

「はあ? なんでこのわしが人間の男の行動報告を受けねばならんのだ。女のならまだしも、男の行動報告など受けとうないわ」

 そう言うと神様はまた布団をひっかむって顔を隠してしまった。


 そうなのだ。あの最初の報告のときに対象者が“男”であったことが神様にはショックだったのだ。どのくらいショックだったのかというと、寝床から一歩も出られなくなるほどに。つまり神様が寝床から出ないのは春眠のせいばかりではなく、そういう理由があったのだ。


 取り次ぎ役の天使は困ってしまった。天界での自分の仕事は「他の天使などからの要望を神様に取り次ぐこと」。それをもう何日も、たったの一度も果たせていない。

 いくら相手に「主様はお休み中です」と説明しても、それがもう何度も、しかも連日続くようなら職務怠慢たいまんを疑われかねない。自分の査定に響くし、最悪天界を追われかねない。


 そこへ黒い影が現れた。


「おやおや、神様はまだおねんねしておられるのかい? ほんと天の主はお暇のようでなにより」


 裏地が赤の黒ずくめのマント、悪魔メフィストフェレスだ。


 メフィストフェレスの「お暇のようで」の言葉を聞いた瞬間、神様はガバッと寝床から跳ね起きた。


「おう、メフィストフェレスか。ちょうど良かった。今仮眠から覚めたところじゃ。こう忙しいとおちおち睡眠も取れんのでな。こうして仮眠を取ることにしておるのじゃ」

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