第12話 天界にて その3

 そのメフィストフェレスとかいう悪魔がぬし様の目をじっと見つめました。まるで主様の真意がどこにあるのかを見透みすかそうとするかのような目つきでした。主様はご自身の真意を見抜かれたくなかったんでしょう。早口にこう言いました。


「ま、まあ、人類にも救われるチャンスをやらんわけではないがな」


 これが悪魔の関心をまた引いてしまったんです。メフィストフェレスの目が大きくなりました。顔を前へと突き出しました。


「ほう。それはどのような」

「た、例えば……。あくまで例えば、だぞ。あるひとりの人間の行動を観察して、『やはり人類は生かしておくべきだ』となったら人類滅亡はとりやめる、とかな」


 そしたらです、あのメフィストフェレスとかいう悪魔、こともあろうに笑い出すんです。失礼じゃないですか。主様のお言葉を笑うなんて。


「はっはっはっ、それは面白い。その話乗った」

「なんだと」

「だからその『ひとりの人間の行動を観察して人類を滅亡させるかを決める』という話にですよ。神様は『人類は滅亡するべき存在』に賭ける。あっしは『人類は生かしておくべき存在』に賭けさせてもらう」

「な、何を言い出すか。これはあくまで例えだと……」

「おや、いみじくも天の神ともあろうものが、自分が口にしたことを撤回なさるんですか」


 ずるいです。悪魔ってずるいです。主様が「例え」だって言っているのに、その言葉をとらえて自分の思い通りしようとするなんて。

 主様も言い返したら良かったんです。でも主様は黙ってしまわれました。たぶん言い返しても“ああ言えばこう言う”みたいになるとお分かりだったんでしょうね。


 主様が黙っておられるので、悪魔は図に乗ってますます調子に乗ってきます。


「なんとも愉快な話じゃないですか。神が人類を滅ぼそうとし、悪魔がそれに反対する。こんな話、天地開闢てんちかいびゃく以来聞いたことがありませんや」


 これにも主様は黙ったまま。なにかお考えになっておられるようでした。きっとこの事態を見事に切り抜ける方法を考えておられたに違いありません。だって主様なんですから。


 ところがこの悪魔、主様がまだ考えている最中に催促しだしたんです。


「で、どうされるので」


 早すぎます。悪魔って待つことができないんでしょうか。おかげで主様のお考えは中断です。急に言われてびっくりです。


「えっ」

「『えっ』じゃないでしょ。どうやってその『ひとりの人間』とやらを選ぶつもりなんです」


 だから主様はお考えの最中だったんです。なにかを急に言われても困ります。でもたぶんそれが悪魔の狙いだったんでしょう。やらしいです。嫌いです。


「そ、それは……」

「まさか考えていないわけじゃあないでしょうね」


 挑発するような悪魔の言葉。嫌ですね。私だったら怒り出しちゃいます。主様も頭に血がのぼってしまうに違いありません。

(主様に血があるかどうかはこの際考えません。)


「もちろん考えておる」

「ほう。それはどのような」

「これじゃ」


 主様が指先を空中横一線に滑らせました。その跡は光の筋となりました。その光の筋は輝く一本の矢となりました。その矢は主様の手の中へと落ちました。


「この矢を地上へと放つ。当たった者がその『ひとりの人間』となる」


 素敵でした。まさに天の主らしい言いようでした。低音が響いてしびれちゃいました。やっぱり主様はすごいです。

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