第11話 天界にて その2

 びっくりしました。だってぬし様が「そうだ、人類、滅ぼそう」だなんて。大変です。天使軍が動員されるかも。天界の一大事です。私はどうせ後方のお手伝いでしょうけど。お邪魔にならないようにしなくっちゃ。


 ところが主様は本気じゃなかったみたいです。言ってからご自身で“なんてね!”みたいな顔をされていましたから。そしていかにも“そんなこと言ってませんよ”みたいに口笛なんかを吹き始められていましたから。


 そこにとんでもない存在が現れたんです。私も聞いてはいましたけど見るのは初めて。ほんとは天界にいちゃダメな存在なんです。入ってこられないはずなんです。


 大きなえりのついた全身黒づくめのマント。しかもその裏地は血のような赤。

 口元には何とも言えない嫌な笑み。常に相手の値打ちを探っているような目。

 頭の上にはマントと同じく黒のおかしな形の……。帽子って言っていいんでしょうか、あれ。

 ほんとに主様の御前ごぜんに進み出るのにふさわしい姿とはとても思えません。


 そんな存在がいきなり寝所しんじょに現れて事もあろうに主様に向かって言ったんです。


「いやいや神様、さすがにそれはまずいでしょ」


 気安すぎます。主様に最も近しい私たちでさえ、主様に対しては言葉遣いに気をつけるのに。

 ところがまたびっくりしました。なんと主様がその存在に声をかけたんです。会話が始まったんです。


「メフィストフェレス、また貴様か。まったく悪魔のくせにこの天の私の寝所によくも入ってこられたものだな」

「へへへ、まあいろいろありましてな。それより神様、さっきの言葉、ほんとに本気で言うておられるので」


 すると主様の表情が変わりました。さっきまでの“そんなこと言ってませんよ”みたいな顔から苦悩しているかのような表情に変わりました。どうやら“本気じゃない”ってことを見抜かれて悔しがっているみたい。だってそうですよね。天界の主である主様がご自分の内心を当てられちゃったんですから。それもよりによって“悪魔”なんかに。


 嫌ですよね。ものすごーく嫌ですよね。もしかしたら“こんなやつに対して弁解なんかするぐらいなら死んでしまったほうがましだ”って思われたのかも。もちろん主様ですから死ぬことはできないのですけど。


 だからでしょう。すぐに主様はおっしゃいました。「もちろんだ」って。当てられたって認めたくなかったんでしょう。でもそしたら会話が思わぬ方向へ転がり出したんです。


「へえ、そいつはうまくありませんな」

「なんだと。貴様ら悪魔は人間が死ぬとうれしいのではなかったのか」

「確かにそうなんですが、人間がみんないなくなってしまったらあっしら悪魔は困りますんで」

「なんでだ」

「なんでだって、人間の魂が手に入らなくなっちゃうからじゃないですか」


 またびっくりです。「人間の魂が手に入らなくなるから人類滅亡には反対」だなんて。なんて身勝手な! 悪魔ってこうなんだ!


 でももしかしたら主様はこう思われたのかも知れません。天の不倶戴天ふぐたいてんの敵である悪魔が困ることであるなら、天の主人である自分がやらないでどうするのか、いや絶対にやるべきである、って。


「そういうことであるなら、わしは断固として人類を滅ぼさなければならない!」


 言っちゃいました。天界の主である主様がこう言っちゃいました。さっきまで本気じゃなかったはずなのに。それが本気になっちゃいました。どうしましょう。

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