episode5『問題あり』

 ラファエルに用意してもらったコーヒーと紅茶を二人に差し出しながらルシファーはため息をつく。三人とも誰も話そうとしない。


 結局、ラファエルが料理を運んでくるまでその沈黙は続いた。


「とりあえず、紹介するか」


 未だスーツ姿のままでルシファーは龍崎先生の方を指でさしながら口を開いた。


「龍崎先生……ではなく、龍王ファフニールだ」


「勇者……」


 紹介されたファフニールは鋭い目つきでこちらを睨みつけている。正直、敵意しか感じない。この状況をどうすればいいのかと考えながらルシファーの方を見やるが、大丈夫だと言いたげな表情をしているだけだった。


「えっと……」


 頭が混乱してどうすればいいかわからず、ラファエルは目を廻す。とりあえず、姫と一緒にいてなおかつ魔王であるルシファーが紹介するのだから本物で間違いないだろう。ただ、なぜそれがこちらを敵を向けた視線で睨んでいるのかは正直謎でしかない。


「ファフ、睨むな。ここで戦うつもりなど俺はないぞ」


 言いながらルシファーは魔皇帝の宝物庫からワインを取り出し飲み始めていた。確かにいくら飲んでも体質的に大丈夫だからと言って、この状況で飲み始められても困ると思いつつもどうせいっても聞かないことをわかっていてラファエルはため息をついた。


「すみません。魔王様……」


 どうやらファフニールはルシファーには頭が上がらないようだ。ルシファーがいなければとっくに襲いかかってきていたところだろう。


「で、ファフ。話って言うのは?」


「おお、そうでした!すみません、勇者を見るとどうしても姫を取られるのではないかと敵意を覚えてしまいまして」


「まあ、ファフニールったら」


 惚気たいのか喧嘩を売りたいのかわからないファフニールを見る。これが龍王と言われた人物かと思うくらい姫に対してデレデレでだ。本当に龍王と呼ばれるだけの生物なのだろうか。


「とりあえず、姫。魔王様に自己紹介を」


「はい。レイデリア・レグナント。学校では龍崎礼りゅうざき れいと名乗っております」


「魔王ルシファー。元神光もとがみ ひかりだ。ラファエルも自己紹介してくれ、知っていると思うがな」


「勇者ラファエル・グリアーデ。こっちの世界では勇風香いさみ ふうかです」


「ファフもだ」


 勇者などに名乗る名前などないとでも言いたげな表情を浮かべていたファフニールだが、ルシファーにたしなめられてしぶしぶのように口を開く。


「龍王ファフニールだ。学校では龍崎金太りゅうざき きんたを名乗っている」


 そっけない態度で自己紹介をするファフニールに、ルシファーは帰ってから何度目かになるため息をつきながら頭をかいている。だいたい何か困ったことがあるとでるルシファーの癖のだなとラファエルはぼんやりと思う。ここに来てから何度も見ているルシファーの姿だ。


「ファフニール、本題だ」


 仕切り直しとばかりに真剣な表情になったルシファーがファフニールに促す。おそらくかなり真剣な話なのだろう。魔王は魔王然とした表情になりながら、真剣に話を聞く体制に入った。つられてラファエルも真剣な表情になる。


「それでは不詳ながら私が話しをさせていただきます」


 先ほどまでの敵意むき出しの表情とは打って変わってファフニール自身も真剣な表情で話しはじめた。


「最近、急に意識不明の状態で発見される事件覚えておられますか?」


「ああ、学校周辺で起こっている事件だな。当然知っている」


「ええ。その件で気になったことがありまして」


 静かに問題が起きていることを告げるファフニールにルシファーは腕を組んで考え事をするような態度をとる。自分とレイデリア姫はただ話を聞いているだけで、口をはさむことができないでいる。


「どうやら行方不明になっていたはずのアレが関係しているようです」


 ファフニールの言葉にルシファーの眉毛がぴっくりと反応する。何かあるのかと思ったが、続く言葉を聞いた方が賢明だと判断してラファエルは話の続きに耳を傾けた。


「『戒めの鎖スレイプニル』か……」


「えっ?」


 ルシファーの言葉にラファエルは自分の耳を疑った。それは天界の宝の一つと言われ、かつて人間界にあったと言われる代物だからだ。それをなぜ魔王であるルシファーが持っていたのか、そんな疑問がラファエルの中に息づく。


「まさか、敵に天使とかでてこないよな?」


「それはさすがに……」


 冗談めいたルシファーの言葉にファフニールは苦笑いで答える。その天界の宝にどんな効果があるのか、それはラファエルにも分らなかった。


「で、問題は『戒めの鎖スレイプニル』がなんでこの世界にあるかだが……」


 そこでルシファーは一旦言葉を切って空になったグラスに再びワインを注ぎこんで一口飲むと続きを離しはじめた。


「それはわからんな」


「ええ。魔界中探して見つからなかったものが、なぜここにあるのか……それは私にも不明です」


 深刻な表情を続けるファフニールにルシファーは仕方がないと一言言ってから少しさめてしまった夕食を食べ始める。


「とりあえず、気に留めておくことにする。とりあえず、飯にしよう」


「そうしましょうか」


 目の前に置いてある料理をすでに食べ始めているルシファーのことを見ながら全員が食事を開始する。レイデリアはとりあえず付いてきただけなのだろう、食事と言われた瞬間に眼が輝き始める。


「そういえば、姫。なぜ私を避けたんですか?」


 食事中、今朝の出来事を思い出してラファエルが口を開く。ルシファーとファフニールは互いにワインを飲みながら、テレビ番組を見ながら大笑いしている。この二人が本当に魔界で最強とその補佐官だったとは見た限り疑問にしかならないが、レイデリアと話すには好都合だと思い放置することにした。


「ほら、この世界にはファフニールと駆け落ちしてきたので……お父様の命令であなたが私を連れ戻しに来たのだと思いまして……」


 悲しそうな表情で話すレイデリアはやはり元の世界に置いてきた両親が心配なのだろう。自分と違い、自分の意思でこの世界に来た彼女は覚悟が決まっていたとしても自分と違い温室で育ってきたのだ、乗り越えるのは時間がかかるだろうとラファエルは思う。


「そうですか。やっぱりそういうことだったんですね」


「驚かないのですね」


「ええ、ルシファーさんから聞いてましたから……それに今ならその気持ち少しだけわかる気がします」


 何のことについてか具体的には言わずにそっと未だテレビ番組を見て爆笑をし続けているルシファーに視線を見やる。この世界に来た当初と今ではだいぶ受ける印象が違う。それだけこの世界に馴染んだのか、王として君臨していた重圧から解放されたのか今は本当に楽しんでいるように見える。


「私は両親の心配はしても後悔するつもりはありませんよ」


 うつむいていた顔を上げたレイデリアの顔には笑顔が浮かんでいた。今はこれでいいのだという意思のようなものが宿っている。彼女は多分、自分の幸せを優先するために家族を捨てたのだ。世界の戦争の火種にされようともファフニールについていくことを選んだのだろう。自分には到底まねできるものではないと思いながらラファエルは緑茶を一口喉へと流し込んだ。

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教師魔王と嫁勇者 灰色人 @haiirobito

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