episode3『勇者の入学式』

 学校へと続く坂道を勇風香いさみ ふうかことラファエルは歩いていた。春の日差しがまぶしくまだ春先だというのに今日は暖かい。入学式までまだ時間があるが周りに他の生徒がいないことに不安を覚えつつラファエルは長く続く坂道を涼しい顔をしながら登る。


 この坂を登るのは三回目だ。一回目は地方の中学校出身という設定で新しい高校への学校見学の時。二回目は入試の時。そして、三回目が今日だ。二回目の入試の時は周りにいた大半の学生が汗を流しながら同じ道を歩いていたことを思い出す。そんなにキツイ坂ではないとラファエルは思う。この世界に来た時にも思ったが、勇者のしての自分と比べてしまうとこの世界の人間はどうも体力にかけている。そんなことを思いながらもようやく校門が見えてきたところでラファエルは一息つく。


 『星界学園高等学校せいかいがくえんこうとうがっこう』そう書かれたプレートが目に入る。決め手となったものは特にない。強いて言うならば自分の同居人が働くことになった学校だからというのがラファエルの選んだ理由だ。


 周りの人間と自分が違うところは全くと言っていいほどない、見た目だけならば。あるとすれば髪が白いくらいだろう。これは先天性の病気、この世界で言うところのアルビノと言うことで話をつけてある。正直、本当のところは女神の加護だが、そんなことを素直に言っても信じてもらえないのでとりあえず理由をつけて自前だと言うことをアピールすることにしておいた。自前でないと髪の毛を染めることになりそうでルシファーに相談した結果、そういうことにしている。


「それにしても……」


 何の因果か、元の世界では殺伐とした青春時代を送っていた自分がこんな形で青春時代を迎えることになるとはつい半年前まではまったく予想もしていなかった。当時は魔王を倒すことに必死だったし、何より剣と魔法の修行に明け暮れながらモンスターの血を浴びる生活を送っていたのだ。そんなことを予想できるはずもない。


 真っ白のスカートを揺らしながらラファエルは考える。周りの人間が、自分と同じ年の人間が、料理や裁縫、恋に明け暮れる中、自分は精神を研ぎ澄まし、魔法を酷使して、死と向き合う。そんなことをしていた人間がこんなところにいていいのかと疑問にも思いながらラファエルは校門をくぐった。


「いつ見ても綺麗ですね」


 思わずそんな言葉が口から漏れる。考え事をしながら歩いていたが、学校を正面から見たときに思わず息を飲んでしまうほどの美しさがあった。元の世界の最大の協会よりも大きく、なおかつ全てが真っ白な建物。掃除が行き届いているのか、壁面に汚れがない。


 一人で校門入ってすぐのところに立っていると急に後ろから軽い衝撃を受けてラファエルはよろめく。どうやら学校の建物に見とれていた自分に後ろから走ってきたものがぶつかったのだろう。こんなことが起きるのは二度目だなと思いつつも、おそらく転んでしまったであろう人物に振り返りながら手を指し伸ばそうとして、ラファエルは固まった。


「姫……?」


 良くアニメに出てくるような長い金髪に縦巻きロールではなく。長いストレートの黒髪にアメジスト色の瞳、それは自分の知っている人によく似ている。お転婆と呼ばれ、唐突に姿を消した自国の姫。


「……ラファエル?」


 姫もこちらの正体に気がついたのか差し出された手に掴って起き上がる。その姿は自分と同じ制服に身を包みながらも、自分とは違いどこか気品のあふれる姿は流石王族とでも言うべきだろうか。


「姫!姫なのですね!」


「い、いえ、人違いです……」


 瞬間、姫は顔をうつ向かせながら早足で去って行ってしまった。どこか不自然な態度を見せていたと思いつつも初めて会えた見知った顔に拒絶された感じがして少し心が痛んだ。


 結局、追おうとしたがここで全力を出して周りの人から引かれるわけにもいかない。どのみち同じ学校だし後でも会えるだろうと思い、張り出されているクラス票を見ながら教室へと入っていく。


―――――――――――――――――――――――


 教室に入るとすでに担任の先生。もとい、魔王ルシファーが教壇に立っていた。笑顔で。確実に猫を被っている。その隣に立つ赤毛の恐らく教育指導の担当だろう先生はルシファーに対してこれでもかと言うぐらいに補佐を行っている。これではまるで立場が逆ではないかとラファエルは思いながら自分の座席を確認して席に着く。


「あっ……姫……」


 自分とは遠く離れた席で椅子に座り小さくなっている姫を見つけて声をかけられないもどかしさを感じながらラファエルは鞄を机の横にかけて筆記用具を取り出す。教室の後ろには他の生徒の保護者だろうか、大勢の大人が立っていた。そんな様子をみながらラファエルは思う、自分の両親はすでに他界しており合うこともままならない。親が見に来てくれるのはどんな気持ちだろうか、そんなことを思う。


「みなさん、まずは星界学園せいかいがくえんへの入学おめでとうございます」


 時間が来たのだろう席についている人間を見まわしながらルシファーが話し始める。こう見ると本当に彼はすごいと思う。自分自身が働いていないこともそうだが、どこからどう見ても今の彼は人間で立派な教師だ。なんかずるいと思いながらも話の続きに耳を傾けた。


「今日から一年間、みなさんの担任をする元神光もとがみひかりです。これから一年楽しい学校生活にするために何かあったら必ず声をかけてください。それからこちらが、龍崎先生です。このクラスの副担任をしていただいております」


 そう言いながらルシファーは手の平で赤髪の教師をさして自己紹介するようにジェスチャーして、そっと後ろに下がる。その挙動ひとつひとつがどこか様になっているルシファーを見るとなぜか笑いがこみあげてくる。


「龍崎だ。このクラスの副担任を任されている」


 社交的な雰囲気を醸し出しているルシファーとは対照的に龍崎と名乗る先生はこちらとはあまり関わりあいたくないのか端的な自己紹介をして下がってしまった。どこか変だと思いつつも、そういう人間もいるのかと思いあきらめた。


「ではこれから体育館に移動して頂き、入学式を執り行います。保護者の皆さま方もご移動をお願いいたします」


 再び教壇の上で話し始めるルシファーの言葉を聞き、クラス全員で体育館への移動を開始する。


 そこからは特に変わったこともなく校長先生の話を聞いたり、新しい教科書が配られたりするだけで午前中で拘束を解除されて終わりだった。教師であるルシファーは夕方まで仕事とのことで一人行き来た長い坂を下って歩く。


 他の人は車で移動しているのか、行きと同様に学生の姿は見えない。それでも、帰ればやらなければいけないことは山積みとなっているので帰って炊事洗濯を終わらせてルシファーを出迎える準備をしよう。姫のことは気になるが、なにか特別な事情、もしくは自分を元の世界からの姫を連れ戻しに来た刺客と思われているのかもしれない。結局のところはわからないが、なんとかして姫と仲良くならなければと思いため息をつきながらラファエルは家路を急ぐ。


「あ、今日卵の特売日でしたね。行かなくては」


 すっかり勇者らしくなくなってしまった自分の呟きを聞きながらラファエルは自分自身の入学祝のために豪華な料理を作ろうと決意して行きつけのスーパーに足を向けて歩きだした。まだ空は青くこれから来るであろう西日の日差しすら感じさせずにいた。


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