episode2『再開とちょっとの戦闘』
雅を何とか退けながら自分の仕事を片づけていると、いろんな先生が職員室に入ってくる。
「めんどくせぇ……」
ぼそりと呟いてみる。この国にきて知ったが、この国の人間は本音をそのまま顔に出さない。嘘をつけないルシファーからしたら疑問でしかないが、表面上で話していることと自分の内心で思っていることがちぐはぐになっている。
「なんでそんなことするかねぇ……」
再び呟く。正直、誤解なく物事を進めるためには嘘をつく必要なんてないと思う。ルシファー自身も嘘は付いていないが、自分の立場を良くするために表面上を取り繕っている。
そんなことを考えているとふと後ろに気配を感じて振り返る。そこには教頭と一人の男が立っていた。教頭の後ろの男から言い知れぬ気配を感じてその者に注意しながら表面上は笑顔のままで教頭に向く。
「元神先生、そう言えば教育係の件なのですが、先ほど来ましたので紹介いたしますね」
「そうでしたか。わざわざありがとうございます」
いつでも剣を抜ける体制をとりながら、近づいてくる男の顔をみる。堀の深い強面の男がそこには立っていた。
「こちらが、元神先生の教育係の龍崎先生です」
「龍崎だ……」
「元神です」
相手も警戒しているのか、近寄ってこようとせずにその場にとどまっている。
「後はよろしく頼むよ、龍崎くん」
そんな言葉を残して教頭が去っていた職員室の中で二人の間に静かに視線のぶつかり合いが始まった。体格については圧倒的に向こうの方が高い、赤茶の髪に鋭い眼光がこちらを射殺さんばかりに睨みつけている。
「何か?」
「そちらこそ、何か御用で?」
「場所を変える」
そう言いながら背を向けて歩きだした龍崎の後ろを追ってルシファーも歩きだした。いつ攻撃が来ても回避できる状態を保ったままで龍崎の後ろを警戒しながら歩く。
しばらく歩いて龍崎が止まったところで少し離れた自分の間合いを確保する。校舎の裏手で後ろもコンクリートで覆われており、ここなら誰にも見られない場所といえるところだった。
瞬間、龍崎がものすごい勢いでこちらに拳を突き出す。警戒していたので、なんの動作もなくルシファーは繰り出された拳を自分の腕で外側に弾きながら愛用の剣を召喚して、龍崎の方に向けて斬りかかるが龍崎の両腕によって剣を受け止められてしまった。
「なにっ?」
人間業ではないと感じつつ距離を取るために窮屈な人間の姿から魔王の姿に戻り、翼を使って距離を取る。相手が人間でないならば容赦する必要などない。ルシファーの赤い瞳は闘争本能が宿ったかのように燃え上がるような眼光を放つ。
「なっ!魔王様?」
髪の毛と同じ赤い鱗に覆われた腕で龍崎はこちらを見て驚いたような表情を浮かべていた。口を開き呆然としたような表情だ。
「お前、なんで俺のこと知ってやがる?」
龍崎を赤い瞳で睨みつけながらルシファーは空中で剣を構える。
「あの、私です。龍王ファフニールでございます」
先ほどまでの態度とは打って変わって地面に跪きながらルシファーの方に顔を向けた。そこからは一切の敵意を感じない。
なんでここにとか、そう言ったことよりも先に自分の側近であったファフニールが目の前にいることに喜びを感じてルシファーも剣を宝物庫にしまい入れてて地面に降りる。誰かに見られる可能性がある翼とツノも併せてしまう。
「ファフ?なんでお前ここにいるんだ!?」
「いえ、それは魔王様こそ……私は姫と逃げるために秘法を使ってこの世界に……魔王様はどうしてこちらの世界に?」
「俺は勇者との戦っている最中になぜかこの世界にな」
「そうですか。ご無事で何よりです……」
「ファフの方こそ無事で何よりだ。息災だったか?」
「ええ、とても。魔王様によって魔王様の側近をやめ姫と逃げた時より、魔王様に会ってお礼が言いたくございました」
そう言いながら深々と頭を下げるファフニールを見ながらルシファーは頭をかく。行方知らずの仲間が無事な姿を確認できてルシファーの口元がにこりと歪んだ。
ファフニールは魔王として君臨するために身近なものにしか素顔を見せなかったルシファーにできた初めての友であり部下であった。
「とりあえず、無事で何よりだ……」
「あ、魔王様お召ものが破けております」
「ん?ああ、先ほど翼を出したときに敗れたのか」
言いながら首を回して自分の背中を確認する。どうやら翼でスーツのジャケットまですべて貫いてしまったようだ。
「私めにお任せください」
言うが早いかファフニールはルシファーの背中に回ってどこからか取りだした針と糸を使って高速でインナーのシャツ、ワイシャツ、スーツのジャケットを元から傷などなかったかのように縫っていく。
その正確さと速度にはかなり目を見張るものがあった。
「すごいな……」
「ええ、これでも家庭科教師ですから」
「はあ?なんだって?」
「いや、ですから家庭科教師ですよ」
笑顔で話すファフニールに対してルシファーはため息をついた。かつて魔王軍で魔王の次に強いと称された者がまさか裁縫と料理を教える先生になっているとは露ほども想像していなかったからだ。
「ちなみに魔王様はなんの教師ですございますか?」
「数学だ」
そう言いながらファフニールも堪え切れなくなったのか笑い出してしまった。
「いや、さすがの魔王様が人間に数学を教えるところが想像できなかったものでして」
「そう言うな生活していくためには致し方あるまいことだ」
しばし、二人のあいだに穏やかな空気が流れる。旧友との再会に喜びながら、ルシファーもファフニールも昔話に花を咲かせていたが、腕時計を見て慌てて入学式の時間が近づいていることに気がついて職員室にもどる。
「なあ、ファフ。この国ではなんて名乗ってるんだ」
「龍崎です。龍崎金太」
「お前、名前つけるとき考えなかったのかよ。金太って……」
「魔王様は、元神光ですよね?いささか女性っぽい名前ではありませんか?」
「言うな、その時はそれが一番いいと思っていた」
笑いながら職員室への道を歩く。先ほどまでの険悪なムードが全くのウソのように。
「とりあえず、今日は入学式です。式の前に教室に行って挨拶を行います」
「それは把握している」
「では結構です。言い忘れていましたが、魔王様と私が受け持つクラスに姫もおりますので、どうか目をかけてやってくださいませ」
「そうか……。俺も言い忘れていたが、この世界に一緒に来た勇者が受け持つクラスにいる」
「はっ!?」
瞬間、今まで隣を歩いていたファフニールの姿が消えた。どうやら、思い切り転んでしまったようだ。
「どうした、何もないところで転ぶなんてらしくないだろ?」
「今何ておっしゃいました?勇者?勇者ってあの勇者ですか?」
「他にどの勇者がいる。勇者ラファエルだぞ。間違っていない」
「大丈夫なんですか?私は教室に入った瞬間に首を飛ばされたくはありませんよ!」
慌てふためくファフニールを背にルシファーも歩みを進める。その口元にはやはり笑顔が張り付いていた。
「大丈夫だ、そんな簡単に首は飛ばないさ」
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