prologue6『魔王と勇者の情報収集』

 結局、ラファエルはあの後合計で牛丼を15杯ほど食べてほくほくした顔で牛丼屋を後にした。


「さて、本当にどこで情報を集めたものか……」


 心底困ったような表情でルシファーは何度目かになるかわからない言葉を吐き出す。


「それなんですがね、ルシファーさん。さっきの店員さんに良いこと聞いたんですよ」


「良いこと?」


 ニヤッとした表情で自信満々に胸を張るラファエルに、なんなのかと思いルシファーは首をかしげる。


「情報収集ができる場所が見つかったんですよ!」


「なんだとっ!」


 この短時間でどうやってそんなものを知ったのかルシファーは疑問に思いながら、ラファエルの続く言葉に真剣に耳を傾ける。


「ほら、勇者って情報収集が得意なんですよ。ほら、村々へ言っていろんな人に話を聞いて問題を解決するのも勇者の仕事ですから」


「それはわかった。だが、情報収集をするにはうってつけだ!場所はどこだ!」


「ずばり、ここです!」


 そう言いながら牛丼屋を見つけたときのように指を刺しすラファエルの指を刺す先を見つめる。


「ま、んが……喫茶?」


「ええ、その通り漫画喫茶です!そこでインターネットというものを使えば色々なことを調べられるようです!」


「よし、では行こうか!」


 意気揚々と漫画喫茶に向けて歩みを進める魔王と勇者。


「ごゆっくりどうぞー」


 漫画喫茶の受付をすませて、指定された座席内に二人で入る。正直、二人が座って少ししか余裕がないような場所だが、情報をあつめるためには仕方がないと我慢する。


「さて、どれがいんたーねっと?というものだ」


「多分、これじゃないですかね?」


 そう言いながらラファエルが指差した先に昨日も見たテレビのようなものが光っていた。そこにインターネットと書いてある記述を発見して、ルシファーは指で画面に触るが、なにも反応しない。


「くっ……俺ではこのいんたーねっとを操作できないということか……」


「いえ、ルシファーさん。おそらくこのこれで操作するのだと思います」


 そう言って再び目の前にあるテレビのようなものの下にいくつものボタンがついた板とよくわからない線がはえた丸い物体を見つめる。


「くそっ……何も起こらないぞ!」


「そうですね」


 キーボードのボタンを人差し指でいくつか押してみるが、画面上でなにも反応しない。試しにマウスを動かしてみても←のようなものが動くだけでこれと言ってインターネットに接続できない。


「どうしたものか……」


 困ったように頭を抱える。相当困っているのか、頭からニョキッと角が生えてくる。


「ルシファーさん!ツノ!ツノ出てます!しまってください!」


「ああ、すまない、すまない」


 慌てるラファエルの指示通りルシファーも慌てて角をしまう。


「そもそも、この国の言語を変換して読めるのは良いがいくらなんでも入力することなんてできないぞ……」


「そうですね……なにか、例えばその機械と同化できればいいんですけどね。いくら魔法でもそれはできないですし」


 ラファエルはできないと思いつつもそんな冗談を言ってルシファーに笑いかける。


「…………同化?」


 そして、ラファエルの言葉にしばらく思案したのち、ルシファーはそんな言葉を呟いた。


「ええ、この機械と同化すれば調べながらいろんなことを学べると思いまして」


「できるぞ」


「えっ?」


「この機械といったん同化して情報収集すればいいんだよな?」


「ええ。それができれば言語を入力できない上、このインターネットも操作できない私たちが調べることはできると思います」


 ルシファーの言葉にうなづきながらラファエルが説明を続ける。


「じゃあ、こいつの出番だな」


 そう言って宝物庫から二人つの骸骨が背中あわせに描かれた箱を二つ取り出す。デザイン自体は魔王のものらしくかなり凶悪そうなデザインをしている。


「闇と光の棺。自分の精神を自分以外のものへと同化させる魔道具だ。二つある。一回使ったら終わりだ、この一回で情報を集め切らねばならん」


「そんな便利な道具あるのになんで今まで黙っていたんですか」


「ものすごく貴重なんだよ、これ。一個で魔王城の十年間の運営費が飛んで行くほどな」


「そんな貴重なもの使っていいんですか?」


「背に腹は変えられんだろう。仕方ない……つかったら副官にものすごく怒られそうだがな」


 言いながらるルシファーは自嘲気味に呟いて見せて、闇と光の棺の一つをラファエルに渡す。


「使い方は簡単だ。同化したいものに触れながら、これを噛砕くだけだ。そしたら同化できる」


「なんだか、嫌ですね。歯が欠けたりしませんか?」


 怪訝な表情を向けるラファエルに、ルシファーは笑いながら声をかける。


「口に入れた瞬間にこれはその者の体液から情報を読み取って精神体に干渉し、噛み切った瞬間に精神を同化させる。強度はそうだな、魚の小骨程度だ。使ったら消えてなくなる」


「了解です。でも何に触れればいいんですかね?」


「これだろうな……」


 そう言いながら黒くて大きい箱に手を載せる。いわゆるデスクトップパソコンの本体というものだ。


「本当に大丈夫なんですか?」


「すべての線がこの機械につながっている。よっぽど大丈夫だろう」


「じゃあ、行きましょうか」


 ラファエルもルシファーと同じように箱に右手をかざして、闇と光の棺を口の中に含む。それを見て、ルシファーも同じように口に含んだ。


「行くぞ」


 そして、ルシファーのその言葉と共に棺を噛砕いた。バキッという音を立て、瞬間に棺は消えてなくなり、二人はパソコンに手を置いたまま動かなくなってしまった。


―――――――――――――――――――――――――――――――


(で、ここがあの機械の中ですか……)


(みたいだな……)


 コンピューターの中に入った二人の目の前にはこの世界の数字の羅列がなべられていた。『0』と『1』その文字だけが高速で二人の目の前を駆け抜けていく。それを見ながら、どうしたものかと再び頭を抱える二人。


(こんなものの羅列じゃわからないんですが!)


(もう少しまて、そうすれば効果が表れる)


 ルシファーの言葉通りしばらく経つと、どこからかラファエルの記憶を読み取ったのか元いた世界のような風景が現れ始める。


(これで大丈夫だろう)


(効果が表れるまで時間がかかるんですね)


(まあな、それなりにだ)


 いいながら現れた舗装もされていない道を歩く。あらゆるものが今いる世界とは違い懐かしく感じて、ラファエルは涙ぐむ。


「なんか、まだ全然経ってないのに懐かしいです……」


「まあ、そうだろうな」


 涙ぐむラファエルを横目に情報屋と書かれた看板のお店の扉をルシファーは開ける。中には沢山の人たちであふれかえっているが、ここにいる人間は人間ではなく幻想。情報が人の形を形作っているだけにすぎない。


「とりあえず、俺はこの国についてだ。王をやっていた俺の方がそちらを調べた方がいいだろう。ラファエル、お前にはこの世界の常識と言語がわかるようなものを集めてくれ」


「わかりました。良い役割分担だと思います」


 そう言いながらルシファーとラファエルは拳を突き合わせて笑いあう。


「さて、ここで情報収集だ」


「ええ、そうしましょう!」


 意気込んで二人は酒場にいる色々な人に話を聞くため話しかけ始めた。



――――――――――――――――――――――――――――――――


 しばらくして、情報収集を終えた二人が合流して情報屋の看板を掲げている店を後にして、路地裏のベンチに腰をかける。


「良い情報は見つかりましたか?」


「ああ、わかったことがいくつかある」


 言いながらルシファーは話し始めた。


「じゃあ、俺からだな。この星の名前は地球。そして俺たちがいるこの国は日本の首都、東京という場所らしい。そして、この国に王、天皇と言われるものがいるが、それは国家機構の運営とは一切関係がないらしい。この国の人間は就職して貨幣。この国の通貨で言えば『円』だな。それを稼いで生活している」


「この国の通貨ということは、他の国もあるってことですか?」


「ああ、この国以外に国として世界から認められているものが現在193ある。まあ、その国々でさまざまな通貨が流通しているようだ」


 そこで一旦区切って再び続ける。


「この国で一般的な生活を送るためには、戸籍、住民票、電話、運転免許証、保険証などが必要になる。戸籍、住民票について調べてみたが、国などが管理しているためまともな方法では手に入れられない」


「それじゃあ、まともな生活できないじゃないですか!」


「まあ、聞け。ただ、まともな手段でないなら手に入れることができる」


「まともじゃない方法……ですか?まさか……力ずくで?」


 そう言いながら危険な香りを感じ取ったのか、ラファエルは身構える。


「いや、別に誰かを殺してなり替わろうとかそういうことを言ってるんじゃない。ほら、ここインターネット上だろ?」


「ええ、そうですね」


 なんとか危険ではなさそうだと判断して、ラファエルは警戒を解いた。


「この国のシステム自体にアクセスして戸籍とか作ればいいんだよ。どうやら、この状態の俺たちにはここの衛兵自体、無意味だしな」


「それはいけないことではないんですか?」


「生きるためだ、しかたねえだろ」


「そうでしたね……」


 ルシファーの言葉にラファエルは諦めたように呟くと、やれやれと言ったような表情を向ける。勇者として行けないことを注意しないといけないことはわかっていたが、自分が生活できないと困る。結局、ここはラファエル自身が折れるほかなかった。


「……取りに行くか、戸籍とやらを。続きは戻ってからだ、もう一度有力な情報がないか調べておいてくれすぐ戻る」


 ニヤっと笑ってルシファーは村から見える王城に向かって立ち上がり、歩いて行った。

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