prologue5『魔王と勇者と牛丼』

結局、あれからすぐに寝てしまった。ルシファーはかつて自分が使っていたベットよりふかふかなソファーより起き上がって、翅を伸ばして違和感に気がついた。


「魔力の回復が……」


 自らの魔力は基本的には自動的に回復していく。それは天界にいた時もそうだったし魔界にいた時でも変わりない。今もそうだ。魔力は回復している。しているのだが、回復量がかつてよりも極端に少ない気がした。


「魔力粒子が少ないせいか……」


 通常、魔力自体を生成できる物質はそれほど多くなく、天界魔界人間界を通してその魔力が補充される所以は自らの体内で生成できる微量の魔力とは別に体内に魔力をかき集める機関があることだと広く知られていた。


「まあ、微量でも回復すれば問題ないか……」


 違和感はぬぐい去れないが、大丈夫だと言い聞かせて時計なるものを見て時間を確認する。現在、6:00。この部屋は外の明かりが確認できないため自分たちの体内時計でどうのような状況になっているか確認できないが、とりあえずまだ周りは騒がしくなってないようだとルシファー思い手元の『りもこん』なるものでテレビをつける。


「よくもまあ、朝から……」


 テレビの向こうで人間の女性が笑顔を振りまきながら元気な声で話しているのがわかる。現在、魔力で強化をしていないため何を言っているかさっぱりわからないが。


「あれ?ルシファーさん起きたんですか?」


「ああ……」


 すでに先に起きていたのか、風呂場から出てきたラファエルがルシファーに声をかけてきた。どうやら、朝から風呂に入っていたのか、髪が濡れている。


「ラファエル。今日はこれからどうする?」


 魔力が宿った声で話しかけてくるラファエルに対して、ルシファーも魔力を体にまとわせてそれに反応する。今や同郷出身といっても過言ではないラファエルとの会話でさえ、魔力を使わなければ何を言っているのか聞き取れない歯がゆさにこの世界に来てから何度目かもわからないため息をルシファーはついた。


「今日も情報収集ですね。それと毎日宿屋に泊るわけにもいかなさそうでなので、ここでの拠点を確保しないといけません」


「そう……だよな」


 この世界に来てわかったことと言えばものの名前くらいである。テレビ、リモコン、冷たい風を送りだして飲み物などを冷やす冷蔵庫や更に冷たい風を出してものを凍らすことのできる冷凍庫、後お湯を沸かす電気ケトルなるもの。正直言って者の名前を覚えることはできたが、この国の情報やなりたちなどさっぱりわかっていなかった。


 当面の資金は手に入れたものの、それがどれほどの価値があるものなのかもわかっていない。


「とりあえず、この宿屋から出ましょうか」


 そう言いながらラファエルは呪文を唱えて昨日と同じく二人ともスーツ姿になる。窮屈そうな格好だがいたしかたない。


 その後、自動で何かを離している機械にお金を入れるのに三十分以上格闘した上でようやく外に出ることに成功した。


「この国の通貨が良くわからんな……」


 おつりとして出てきた硬貨を手にとって眺めながら、それをポケットに突っ込んでルシファーはラファエルの横を歩く。


「まあ、私たちの世界では硬貨が主流でしたからね」


 この世界の貨幣だという紙切れをひらひらとさせながらラファエルはにこやかに笑いながら歩いている。


「とりあえず、情報を集めないとな……」


 この国がどうなっているかなど分らない。そして何より、魔法が使えないルシファーにとってはこの国にいる人間よりもかなり体が頑丈だということ以外なにかできそうなことはなかった。


「なんか、こういうときに使える魔道具とかないんですか?」


「そんな便利なものなんてない。攻撃するか防御するか、火をつけるかそれくらいしか俺の魔道具は役に立たんぞ。それよりもラファエル。お前の魔法で情報を聞き出せる魔法とかないのか?」


「自白魔法とか使えればいいんですけどね。そんな魔法を覚えるのは尋問官か異端審問官ぐらいなものですよ」


「だよな……」


 分り切っていた答えを聞きながらルシファーは再びため息をつく。ここに来てから大量のため息を量産している気がする。


「とりあえず、温かいご飯でも食べましょうよ!」


「そうだな」


「あ、あれなんてどうですか?」


 ラファエルが見つけたオレンジ色の看板の店が目に入ってくる。何かの良いにおいが漂ってくるお店に吸い寄せられるように入っていくラファエルの後を追いおながら、ルシファーも続く。


「開いてるお席におかけください」


 元気のいい店員の声を聞きながらルシファーとラファエルは開いている席に腰をかける。どうやらあまり人が来ていないのか、自分たちの他にはに三人ほどしかいないようだ。


「御注文お決まりになりましたら、お手元のボタンでお呼びください」


 決まり文句なのだろうと思われる言葉を並べて暖かいお茶を二人の前に出して店員は去っていく。


「どっれにしよおっかなー」


 おそらくメニュー表らしいものを取り出しながら、ラファエルは満面の笑みで食べ物を選んでいる。それに見とれながらルシファーも同じようにメニュー票を開く。このオレンジ色の看板のお店は『牛丼』というものをメインに販売しているそうだ。


「えーと、並、大盛り、アタマの大盛り、特盛り?うーん、わからん……」


 暖かいお茶をすすりながら、ルシファーはメニュー票に書かれている言葉を読み取るが、正直さっぱり意味がわからなかった。


「とりあえず頼みましょう!」


 そう言ってラファエルは店員に言われたとおりにテーブルの上に置かれたボタンを押した。すると、一瞬の間があり店員の声が聞こえたかと思うとすぐに店員がこちらに向かってやってきた。


「ご注文はお決まりですか?」


「えーっと、この牛丼の特盛りを4つと豚汁を……ルシファーさんはどうしますか?」


「では俺も同じものを一つずつ」


「か、かしこまりました。牛丼の特盛り5つと豚汁2杯ですね。少々お待ちくださいませ」


 ラファエルが頼んだ量が意外だったのか、店員は驚いた表情を一瞬だけ見せてから、下がっていった。


「そんなに食うつもりか……」


「とりあえず、量がわからなかったので少なめに頼んだつもりですが」


「もういい……」


 並はずれているであろうラファエルの食欲に呆れながら周りを見渡す。かけてある時計がちょうど7時を指している。まだ、そとは少し薄暗いが徐々に人が歩き始めている。ただ、自分たちが知っているように尾のやら弓やら剣などを持っていないが。


「そう言えば、ラファエル。勇者の剣はどうした。昨日から見てないが」


「ああ、剣ですか。剣ならここに……」


 そう言いながらラファエルは豊満な胸から剣の形をしたネックレスを取りだす。その形はまさしく自分と戦っていたときに使用していた剣と全く同じだった。


「小さくなるのか?」


「ええ、この剣は特別製でして。通常の剣と違う金属で作っているんです。私が魔力を流し込まないとこの状態のままですし、私以外の魔力には反応を示さないので他の人には使えません。なにより軽いです」


「そうなのか」


 またひとつ自分自身が知らない情報を覚えたなと思いながら、かつて敵対していた勇者について何も知らなかったんだなとおもいながらルシファーは苦笑いをする。勇者の戦力としてしかしらなかった自分を恥じる。


「お待たせしました」


 店員の言葉と共に運び込まれてきた牛丼がラファエルの目の前にずらりと並ぶ。自分の目の前には牛丼が一つ。朝からこの量かと思うと少しだけ胃が持たれるような思いをしながら、目の前のラファエルが食べ始めたのを確認して自分も食べ始める。


(あーっとてもおいしいです!)


 すごい勢いで一杯目を完食をして、2杯目に手をつけながらテレパシーでラファエルはルシファーに話しかけてくる。ルシファー自身は一口一口を噛みしめながらゆっくりと味わっている。


(わぁっ!このお肉とっても柔らかいです!ですよね!ルシファーさん!)


(そうだな)


 満面の笑顔であっと言う間に牛丼を4杯平らげて再び店員に同じ量を注文するラファエルを見ながら、もはやルシファーは苦笑い以外のなにも浮かぶことはなかった。昨日から振り回されっぱなしだなと、思いながら。

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