prologue4『宿屋とベットと魔界の掟』

「うわぁ!」


 部屋に入った瞬間に漏れたのはラファエルの感嘆の声だった。確かにそう言った声を上げるには十分すぎるほどこの宿屋は素晴らしい。


「これは……」


 そう言ってルシファーはかなり大きなベッドに手を置いて沈み込みを確かめる。ベッドは一まで使っていたものよりも柔らかく、そして何より沈み込んだ分が戻ってくるのだ。


「お、おお!」


 ルシファーもただただ驚くことしかできなかった。そうして、部屋の中を見渡す。

 綺麗に整えられた調度品と大きなベットが一つ。それに三人で腰掛けてもまだ余りあるソファー、ソファーの前に置かれたガラスのテーブル。そのすべてから技術力の高さが窺えた。


「ルシファーさん、見てください!これ!お風呂すごいです!」


 いつの間にか別の場所を見に行っていた、ラファエルが戻ってきてこちらに声をかけてきた。


「そんなにか?」


 ラファエルの言葉に内心ではどんなになっているのだろうと思いながら、風呂場の扉を開く。

 材質はわからないが、岩よりも格段に柔らかそうな材質でできている浴槽に良くわからない機械のようなものがいくつか、置いてある。そしてなにより、風呂場の床が温められていて快適だ。


「これは……すごいな」


 思わず口から言葉がこぼれおちてしまうほど、それはすごいとしか言いようがなかった。魔界の技術力と人間界の技術力を合わせてもここまではいかないだろうと、ルシファーは思う。


――――――――――――――――――――――――――――


 一通り部屋の中を散策し終えて、二人はベットの縁へと腰をかけた。


「すごいですね、この世界!」


 満足したのかラファエルは背中からベットへとダイブをする。行儀が悪いと一瞬、ルシファーは思ったが疲れているし問題ないかと思い直してため息をつく。


「もう、姿を変える魔法を解いてもいいだろう。魔力を無駄に消耗することもないからな」


「あ、そうでした。すっかり忘れてました。告げる、偽りの姿を真実の姿に……」


 ラファエルがそう言うと、一瞬で二人とも元の服装に戻る。窮屈だったので、ルシファーはついてでにいつも通り羽と角と爪を出した。


「あー!窮屈だった……」


 そう言いながらルシファーは立ち上がり魔皇帝の宝物庫から酒を取りだして、先ほど部屋の中を調べていたときに見つけたグラスにそれを注ぎ始める。


「あー、うまい……」


 一杯目を一口で飲みほして、ラファエルの方を向く。


「ラファエル、飲むか?」


「私が飲んでも大丈夫ですか、それ」


「大丈夫だろう、魔界原産のブドウを使った醸造酒だからそんなにきつくはないだろう」


「まあ、去年から飲めるようになりましたが……」


 魔界には法律がないため、水のようにいつでも飲めるが、人間界にはルールがありラファエルもその規則に従っているようだ。


「15からか?」


「いいえ、14歳からです。ただし、お酒の強さによって飲んでいいものとダメなものと分れていますが……」


「めんどくさいルールだな」


 そう言いながらルシファーはもう一口注いで一気にあおった。


「じゃあ、私も頂きますね」


 ラファエルはそう言いながらルシファーのそばにある使われていないコップを取ってルシファーの方にグラスを傾ける。


「ああ、これでゆっくり眠れるだろう」


 ルシファーもなんの躊躇もなく、ラファエルのグラスに並々とお酒を注ぐ。


「魔王にお酌してもらう勇者なんてはじめてですよ」


「そりゃそうだろ。そもそも、勇者と魔王が同じ部屋で寝るなんてのも前代未聞だろうな」


 ルシファーものどを鳴らして笑いながら、お酒を注いだグラスを左手で持ち、これまた一気に一口で飲みほした。


「どうだ、うまいか?」


「ええ、とっても安らぐ良い味です」


 ルシファーの言葉にちびちびと注がれたグラスからお酒を飲みつつラファエルも答える。


「悪い、吸わせてもらうぞ」


 そう言って宝物庫から細い葉巻を一本出してルシファーは口に咥える。


「吸われるんですね」


「ああ……」


 含みのある言い方をしてルシファーはラファエルがいる場所から少し離れたソファーまで移動して、ソファーに腰掛けてから魔道具を一つ取りだす。


「その魔道具は?」


「ああ、緋色の業火って魔道具だ。火がつけれる、指定したもの以外には火がつかないし温度も感じない、火自体を消そうと思ったらすぐ消せるし、とても良い魔道具だよ」


 そう言いながら緋色の業火の魔道具でルシファーは自らの葉巻に火をつけて煙を吐き出した。


「普段はあんまり吸わないんだがな……残してきた部下や仲間が心配で、吸わねえとやってらんない気分なんだよ。少し落ち着いちまったら、やっぱり考えちまうもんだ」


「そうですね。私も一緒に旅をしてきた仲間が心配です。魔法使いはおっとりしすぎてますし、賢者はすぐに研究に没頭する。盗賊なんて身嗜みをほとんど気にしてないから、女の子なのにお風呂も入ろうとしない……本当にもう何日も前のような気がしてしまいますね」


 今に至るまでそんなに時間がたっていないはずなのに、もしかしたらもう二度と元の世界に帰れないかもしれないと言う言い知れない不安を覚えながら二人は同時にため息をつく。


「まあ、考えても仕方がないことだ。現状もどれないなら、戻ろう手段を考えながら生きていくしかない」


「そう……ですね」


「とりあえず、情報収集できそうなものはあるか?」


「そうですね……街で見た箱の中に人が映し出されいるものと同じものがありますので、これでならおそらく……」


「わかった。つけれそうか?」


「待ってくださいね……」


 そう言ってラファエルはテレビの周りをくるくると歩きだす。


「あ、やっぱりなにかボタンのようなものがありますね!」


 そう言って、ラファエルは手当たり次第にボタンを押し始めた。しばらくして、正解を引き当てたのだろうカチッという音を立ててテレビの電源が入る。


「さっぱりわからないですね……」


「ああ……」


 しばらくの間二人はテレビを見続けてでた結論はそれだった。結局わかったのはこの箱自体がテレビと言われていることと、この世界では時間と言う概念があり今が夜の9時になったということだけだった。

 それだけの情報を探るためだけに、二人でお酒の壺を二つ空にしてしまったということだけ。


「私、お風呂入ってきてもいいですか?」


「別に構わんぞ」


「では……」


 そう言って立ち上がってラファエルは先ほどまで自分たちが入ってきたドアの近くにある風呂場への扉をくぐっていった。


「にしても……この世界は良くわからんものが多い……」


 グラスを再び傾けて、ルシファーは愚痴るように呟いた。目の前にあるテレビですら今の自分には操作ができないのだ。文字も読めはしないし、魔力がなければ会話もままならない。それでもこの国の技術力の高さが伺えて、それを使いこなしてみせるという意欲はどこからともなく湧いてくるのだった。


「それにしても……」


 もう一本取りだした葉巻に火をつけてルシファーはため息をつく。まさか勇者と二人で異世界探索などするとは考えてもみなかった。こんな事態にならなければ、あのばで本当にどちらかの命を奪っていただろう相手と今はこうして同じ宿の部屋にいる。わからないものだ。


(ルシファーさん、とっても気持ちいですよ!)


 突如として聞こえてくる声に、ルシファーは唖然とした。風呂に入ってまでテレパシーで話しかけてくるなと。


(風呂に入ってるときは、風呂に集中しろ)


(そんなこと言わずに、なんと暖かいお湯の中に浸かれるんですよ。あぁ、なんて気持ちいいんでしょう……ルシファーさんも入ってくださいね)


(ああ、そうするよ)


 現状ではどこかで情報収集をするしかないという結論をだして、どこでしようかと考えながら再びルシファーは酒を口に運ぶ作業を繰り返す。


 どうしようもないもどかしさから、頭を抱えてもだえようとする気持ちを落ち着かせてとりあえずと行動をするためにこの国について調べることから始めようと決意した。


「気持ちよかったですよ。ルシファーさんもどうぞ」


「ああ、ありがとう」


 風呂上がりのラファエルはどこか年の割に大人びて見えた。なぜかどこか色っぽく感じてしまうような少女だと湯上りの姿をみてルシファーは思う。備え付けだったバスローブ一枚に、頭にはタオルを巻いて髪を乾かしている。


「じゃあ、行ってくる」


 どこか調子を崩されていると思いつつもルシファーも同じように風呂に入って行った。

 とりあえず湯船につかって疲れを取るように腰掛ける。広さも深さもちょうどいいその浴槽を設計したものはよほどいい腕なのだろう。大きすぎず小さすぎず、心地よくくつろぐことができる。


「はぁ……この年で人間の少女に調子を崩されるとはな……」


 自嘲気味に呟いて、今の自分は魔王でもないかと思い、湯船から上がった。


「ラファエル上がったぞ」


「気持ち良かったですよね?」


「ああ、とてもな」


 そう言いながらルシファーはソファーに腰をかけてる。ソファー自体もベットに負けず劣らずしっかりと沈んで、体にフィットしてくれる。素晴らしい。


「私、もう眠いです。部屋の明かり消しても大丈夫ですか?」


「問題ないぞ」


「ルシファーももう寝ますよね?」


「ああ、そのつもりだが……」


「ベットに寝ないんですか?」


「今日のところは疲れているだろ、ベットを譲ってやる」


「いえ、そうではなくてですね。一緒に寝ないんですか?」


「なんでだ!?」


 突然の不意打ちに飲もうとしていたお酒を吹き出しそうになってルシファーは目を丸くする。


「だってルシファーさんも疲れてるでしょ?」


「まあ、いろんなことがあったからな」


「じゃあ、ルシファーもベットに寝てくださいよ。私も旅してきたときは仲間とそうしていましたし」


「そう言われてもな……」


 お酒を飲みながら困ったようにルシファーは頭をかく。


「大丈夫ですよ、夜討とかかけられる体力も魔力も残ってませんし。なによりそれをする理由が今はないですから」


「まあ、そうか……。じゃない!魔王と同じベットで寝るつもりか!」


「え?いけませんか?」


「いけない!とってもいけない!君はまだうら若き少女!それにいくら魔族でも俺は男だ。女と一緒のベットに寝るなんてできない」


「なんでですか?」


「魔族の掟だよ。一緒に寝るってことはすなわち夫婦になるってことだ。そもそも、俺にはまだ嫁もいない。はじめての相手が勇者でそれに勇者が嫁なんて帰ったら何言われるかわかったもんじゃないの!いい?わかった?わかったらいいからあなたはベットで寝て!俺はソファーで寝るから!」


 まくしたてるように言うだけ言って宝物庫から取り出した毛布をかぶってルシファーは横になる。綺麗な白髪の少女のことを見て、少しだけ残念がっている自分がいることにルシファーは気づいたがそれを鼻で笑い飛ばして目をつむった。

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