prologue2 『魔法も剣もない世界で』

 手近な地面にこっそりと降り立って周りを見渡す、ルシファーとラファエル。巨大な建造物の山。山。山。

 多少魔力で周りに結界を張っていると言ってもさすがに寒くなってきた。


「魔王城より大きい……だと……」


「ええ、さすがにこれは……」


 目の前にそびえ立つ巨大な建物。石でも木でもないもので出来ているように見える。

少し遠くに逆三角形が四つ連なるような建物が見える。

 それを見てルシファーもラファエルも目が点になって、ただ周りを見渡すことしかできずにいた。近づいてくる人間に気がつかないほどに。


「ちょっと!まだ着替えてなかったんですか!もうイベントも終わりましたし、普通の服に着替えてもらわないと困るんですが……。それともその格好のまま帰ったりしたらダメですからね!」


 突然現れた青年に声をかけられて、瞬間的にルシファーが剣を背中から取り出す。ボロボロの体とは違い、剣の方は刃こぼれ一つしていない。


「お!かっこいいですね!翼なんて本物みたいで!何のコスプレですか!?……じゃなくて、お二人とも早く着替えて帰ってください……頼みますから、あなた方で最後なんですよ……」


「最後?」


 魔力の作用の一つに相手の言語を自分言語に変換してくれる作用がある。魔王と勇者の言語形態が違うのに会話ができるのもこのためで、それを使ってルシファーが男に聞く。


「ええ、もう更衣室も閉まってますし……とりあえずどこかで着替えてから帰ってくださいね!いいですか?」


 男の声に気圧されながら、ルシファーもラファエルも頷くことしかできずにいた。この世界で初めての接触がこれである。


「普通の服って言ったって……これ以外の服なんか無いぞ……」


「とりあえず、私の魔法で何とかします……」


 そう言いながらラファエルは視力を魔力で強化して遠くの人間を観察する。自分たちのすぐ近くには現在人はいない。


「翼はしまった方がいいか?」


「ええ、そもそもこの世界の人間に翼は生えていないみたいですし……。というより、人間には翼は生えてません」


「ふむ……ならしまうか……」


 ラファエルの言葉にそう返して、ルシファーはできる限り人間に近づくために翼を体の中にしまいツノを隠し、爪を引っ込める。


「魔王、爪も引っ込められるんですね……なんだか猫みたいですよ」


 そうやってからかっているように笑うラファエルはどこか楽しそうな表情を浮かべていた。


「そういう体なんだ……化けることはできんがこれくらいならできる」


 そう言いながらルシファーは照れたように顔を赤らめた。恥ずかしいのだろう。赤らめた顔をそっぽに向ける。

 そんなルシファーを見ながら少し笑ってラファエルは真剣な表情を浮かべる。


「では、行きますよ……告げる、汝の姿。告げる、偽りの姿。告げる、その身に纏しは祝福を、汝の姿を幻に具現化せしは我が幻」


 瞬間、一瞬の光と共に二人の服だけが変わった。ルシファーはグレーのスーツにネクタイ。ラファエルは黒のスーツにタイトスカート。


「動きづらそうな格好だな」


「我慢してください。とりあえず、この姿の人が大勢いたのでこの姿にしておきました。魔力は回復しますからしばらくは大丈夫かと。あと、情報収集をしなくては行けませんから、協力していきましょうね」


 ラファエルはそう言いながらルシファーに向けてウインクを飛ばす。

 呆れたようにルシファーも、肩をすくめてため息をついた。この女はこんな状況なのによくもまあ強く入られるものだと。


「ではあちらの大きい街道を歩きましょうか……」


「あぁ……」


「あと、魔王と呼ぶのはアレかもしれないのでルシファーさんとお呼びします。ですからルシファーさんも、私のことはラファエルと呼んでください」


「あぁ……」


 なすがまま、されるがままにルシファーはラファエルに続いて歩いていく。


「あんまり人がいないですね……ルシファーさん、テレパシー使えますか?」


「一応、長距離は無理だ。せいぜい6ルーン(10メートル)くらいなら使えるが……」


「そうですか、ではテレパシーに変えましょう。もしかしたら、こちらの会話が不審に思われるかもしれないので」


(ルシファーさん、聞こえますか?)


(あぁ、問題無い)


 言いながら、テレパシーでの会話を始める。正直、ルシファーにとっては今まで使っていた魔力の大半は膂力の強化や技の強化に回していたため、魔法という魔法を使ったことがなかった。放出系もだめなため、初歩の初歩のこんなことぐらいしかできないのであった。


(なんか違和感を感じます……)


(違和感?)


 大通りに向けて足を進めている中で見えてきた光景にラファエルは確かに違和感を感じていた。


(魔法を使っていない……ですね……魔力痕跡もないので、だいぶ長い間使われていなかったみたいです……)


(武器を持ってる人間もいないな……)


 そう言いながらルシファーも自分の剣を消す。


(それ、どうやってるんですか?)


(魔王の七つ道具の一つ、魔皇帝の宝物庫だ。俺の体内にある宝珠で、武器だったり私物だったりいろんなものを収納しておける。出すときは魔法陣が発動するが、消すときは何故か発動しない。容量もほぼ無限に近いから一番便利な道具だよ)


(他には何が入ってるんですか?)


(魔剣、宝剣、魔刀、妖刀、魔弓、魔導具、魔導書、体力回復剤、各種薬草、服、下着、食料、金、銀、銅に水に酒とかだな……確か他にもあったはずだが忘れた)


(そうですか……)


 呆れるほど大量のものをしまいこんでいるであろうルシファーのことを見ながら、ラファエルはどうするかと考える。


(ちなみに金はいかほどあるんですか?)


(インゴットで確か10億個くらいはあったはずだが)


(10億!?なんでそんなにもあるんですかっ!)


 ルシファーの口から出たとんでもない数字にラファエルは目が点になりその場で転んでしまった。


(別に珍しいことではないが、魔界では金はそんなに珍しいものでもない。掘ればそこら変から出てくる。ダイヤとかもな。立てるか)


 言いながら手を伸ばしてきたルシファーの腕に捕まるってラファエルは立ち上がる。


(ありがとうございます。そうですか……物資の豊富さとかそう言ったものじゃないんですね。魔界では金はありふれたものだというだけのことですね)


(そういうことだ、どちらかというと鉄の方が金よりも貴重だな)


(あぁ……それで魔界の通貨は鉄なんですね)


(そうだ……)


(この国ではどうなんでしょうね。もし、私たちの国と同じように金が貴重なものだとしたら、大金持ちじゃないですか?)


(この世界のバランスを崩しかねん。売ってもいいが、怪しまれたら危険だぞ)


(わかってます。言ってみただけです)


 ラファエルはそういうと口元を子供みたいに膨らませてみせる。大通りをゆっくりと歩く。自分と同じような格好をした人間たちが早歩きで喧噪のなかを通り過ぎていく。


(な、なにあれは……箱の中に沢山の人が……)


 何かが映る箱に興味津津なラファエルに対し自身の感覚を研ぎ澄ませて目の前にある箱の中身を探る。正直、人やら生物の気配はしない。


(いや、あの中から人の気配はしない……それに、あそこにもあそこにも同じようなものが映っている。おそらくなにかしらの方法でどこかからの映像を中継しているのだろう……)


(そうですか、大量の小人さんとであるかと思ったんですが……)


 少しだけ残念そうにラファエルが笑う。その表情は勇者としていて対峙していた時よりもどちらかと言うと年相応の少女のような表情だった。


(そんなわけないだろ。それより、ラファエル。お前いくつだ?)


(年齢ですか?今年で16歳になりますが……)


(若いな)


(まあ、それなりに。他の子たちよりもだいぶ殺伐とした青春時代でしたが)


 はははと言って乾いた笑いを浮かべるラファエルはやはりどこか悲しそうだった。


(ちなみに、ルシファーさんはおいくつなんですか?)


(今年で…………えっと……千……二千……あ、。2696歳だ、もはやあんまり数えてないんだがな)


(そんな年なんですね……)


 どこか憐れむような表情を浮かべるラファエルに、少しだけイラっとしてルシファーは睨む。


(神族に年齢は関係ないんだよ。ほぼ無限に近い。まあ、俺の年齢を人間に例えるなら22歳くらいだ)


(はいはい、すみませんでした)


 そんな他愛のないやり取りをしながら、大通りの淵あたりまで歩ききってしまった。


(何かわかったか?)


(ええ、断定はできませんがこの世界には魔法が存在してないみたいですね。その手の話をしている人間すらいませんでした)


(まあ、なんとなく想像していた通りだな)


(そして、この世界は平和そのものみたいです。中でもこの国は特に平和みたいです)


(剣も魔法もない世界か……穏便に元の世界に帰れる方法を探さないとな……)


(あら、力づくで帰らないんですか?)


(事故で飛ばされたこの世界から元の世界に帰るために再び事故を起こせって?また事故が起こるかもわからないのにか?)


(冗談です。さて、ルシファーさんここで困ったことがおこりました。それは何でしょうか?)


(俺は特に困っていないが?)


(私が困ってるんです!とりあえず、今日の寝床と今日の食事が取れる場所を探さないと行けないです)


(剣も魔法もない平和な世界でか……)


 ルシファーは空を見上げてため息をつく。空からは真っ白な雪がパラパラと降り注いできていた。

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