教師魔王と嫁勇者

灰色人

prologue1『魔王と勇者は転移しました』

魔王城ーーーー。


 古よりも古い時代からそびえ立つ魔物たちの王が住む城塞。

 堅牢な要塞の中央部、その玉座にてその城の主の前に立つ一人の戦士。頭部まで覆い隠す白銀の甲冑、伸びきった髪は甲冑に収まりきらないのか綺麗な白髪が甲冑から出している。


「勇者、お供はいないのか?」


 ニヤリと悪趣味な表情を浮かべ、黒い髪に赤い目をしたこの城の主は目の前の戦士に声をかける。背中からは巨大な翼に巨大な二本の角、人間よりも大きな巨大な爪。


「みんなお前を倒すために、ここまでの道を切り開いてくれた!私は魔王!お前を倒すだけだ!」


 そう言いながら勇者と呼ばれた戦士は両刃の巨大な剣の切っ先を魔王と呼ばれた男に向ける。


「はっ!勇者ごときにやられると思ってるのか!残念ながら、勇者一人に倒されるほど俺は甘くないぞ!」


 玉座から立ち上がり、勇者へと向き魔王は地面に手をつく。瞬間、魔王の手から光が広がり魔法陣が描かれたのち一本の巨大な剣がその場所から姿を表す。


「さて、相手をしてやろう……」


 現れた巨大な剣を肩に担ぎながら魔王は勇者に向けてゆっくりと歩いていく。


「行くぞ、魔王!」


 その言葉と共に勇者の剣が魔王に襲いかかる。しかし、その一撃は魔王に届くことなくあっけなく魔王の剣によって弾かれた。


「軽いんだよ、お前の一撃は!」


 言葉と共に返された魔王の一撃を受けて吹き飛ばされた勇者はギリギリのところで踏みとどまる。


「まだだ!まだ終わらないぞ!」


 続く二撃、三撃目もなんとか勇者は防ぐ。しかし、一撃、一撃の強力な魔王の攻撃にすぐに勇者の手は痺れ始めた。


「ファイヤーボルト!」


 距離を取って詠唱なしの速攻魔法を勇者が発動するが、その攻撃すら魔王に当たる直前で魔王の剣の一振りによってかき消されてしまった。


 圧倒的すぎる魔王の前に勇者のすべての攻撃を弾かれてしまう。


「くっ……どうして……どうしてだ……!」


「魔王ってのはな魔界で最も強い者がもらう最強の称号だ!それをもらってる俺が、人間ごときに負けるわけにはいかねぇんだよ!」


 魔王のその言葉と共に繰り出される剣戟は、衝撃波となり勇者ごと魔王城の壁を切り裂く。


「魔界の王が!魔界最強がどうした!私は!人間最強だ!」


 魔王の剣戟により、壊された頭部甲冑から赤い目の少女が姿を表す。その瞳はまっすぐに魔王を見つめていた。


「くっ……!」


 急速に肥大化していく勇者の魔力に魔王は背中の巨大な翼をはためかせて空に逃げる。


「天から連なりしすべての力よこの身に宿りし魔力を喰らい、魔を消失させる力を一つの矢としろ!」


「させるか!」


 詠唱を始めた勇者に対抗するため、魔王も魔力を収束させて剣にそのすべてを集める。


「この一撃で終わらせます!魔王ルシファー!」


「この魔界を護るためにもお前を倒す!勇者ラファエル!」


 互いの一撃が交差する。瞬間、巨大な魔力同士が干渉を起こしソレは起こってしまった。


 巨大な魔力の塊通しがぶつかった事により、周囲の物質を飲み込みながら一つの円を描く。それは互いの巨大な魔力を糧として生まれてしまった。


「なにこれは……」


「くっ……」


 ルシファーとラファエルは互いにその円の中に飲み込まれ、魔王の玉座にはその円を残し魔王と勇者は消えてしまった。


 結局、魔王の玉座に残ったのは壊れた魔王城の外壁だけだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 水音を立てて、魔王ルシファーは水の中に投げ出された。瞬間、ここがどこだか判別ができず窒息しそうになる。

 急遽、残りの魔力を使って周りに障壁を張って空間を確保し、周りの水から空気を精製してその場に止まる。


「……ここは?」


 周りの状況を確認する。一面、水、水、水。水しかない。周りには大量の魚が泳いでおり、それ以外のものはどこにも何もない。


 上下左右、前後ろ、方向感覚がつかめない。魔界にはここまで綺麗な水がない。ということは人間界にでも飛ばされたか、と思いため息をついた。


「とりあえず、空間転移なんて魔法使えないしな……」


 ルシファーはとりあえず止まっていても仕方がないと、とりあえず上方向に翼をはためかせて飛び立つ。


 飛び立ったところで見えてくるのは一面水だらけだが、徐々に暗かった空間から光が差す空間に近づいてきた。


「これで助かったか……」


 先ほどの一撃で大半の魔力を使い切ってしまっていたため魔力量もそこをつきかけていた。緊急的に回復する手立ても持ち合わせていないため、空気を作る魔力も抑えたいところである。


 やっとの事で水から脱出をしたルシファーは辺りを見回す。今度は陸地が見えない。


「どうしろと……」


 そう言いながら、飛んでいる自分の下にプカプカと浮いている何かが目に飛び込んでくる。


「勇者……」


 どうやら勇者自身は水を吸い込み溺れてしまっているらしい。


「はっ!ゲホっ……ゲホッ……」


 助ける義理もないと、見放していこうとしたところで加護なのか、なんなのか強制的に息を吹き返した。


「……眼を覚ましたみたいだな……」


「魔王……ここはどこですか?」


 目の前の状況が理解できていないのかラファエルは周りを見渡してからルシファーを睨みつける。


「人間界じゃないのか?」


「……えっ?」


 ルシファーの言葉にラファエルは眼を丸くする。


「いや、えって言われても困るんだが……」


「えっ?えっ?さっきまで魔王城でしたよね?なんで、海になんて飛ばされているですか!?」


「そう言われても……」


困ったような表情を浮かべてルシファーは辺りを見回す。見たところで一面水、いや海と言うものなんだろう。


「とりあえず、場所を移しましょう」


そう言ってラファエルも魔王と同じ高さまで飛翔する。結局、何が起こってるのかわからないまま、ラファエルとルシファーは行動を共にする。


「なあ、勇者……空間転移なんて魔法使えるか?」


「使えるわけないじゃないですか、あれは何人もの賢者が挑戦して敗れ去ってる技術ですよ。それより魔王の方は使えないんですか?」


「生憎、俺の魔力は剣に乗せるか体を強化するくらいしかできん。そもそも超初歩的な魔法以外使えんのだ」


 そう言いながら陸を目指してひたすら二人で飛び続ける。二人とも魔力の残りが少なく、いつ落ちるかわからないため海面すれすれをひたすら進む。


「そう言えば魔王。なんで人間界に戦争を仕掛けてきたんですか?魔界自体も見て回りましたが資源に困っている風ではありませんでしたし」


 白い髪をなびかせながら、暇なのだろう髪を触りラファエルはルシファーに話しかけてくる。


「何言ってる、攻めるわけないだろ。資源も余裕があって、魔物同士で戦ってたって闘争本能満たされるのにわざわざ人間界に行く意味がわからん。そもそも攻めてきたのはそちらだろうが」


「えっ?じゃあ、3年前に人間に宣戦布告してきたじゃないですか、オルクス海域で」


「オルクス海域は元々魔界との境界線だろ。そもそも、魔物は一体一の戦いを好むんだ、いくら弱いスライムでもな。なんでわざわざ戦争なんて一体一以外の戦いをしたいと思う」


「じゃ、じゃあ、龍王による姫の誘拐事件は……」


「あれは誘拐じゃなくて駆け落ちだ。龍王は姫と逃げて、魔界で今も行方不明だ」


「ちょっと待ってください……。もしかして、私意味もなく貴方と戦っていませんか?」


ルシファーの言葉にラファエルはオロオロとしだす。意味がわからないと眼を回しながら、両の人差し指をこめかみにつけて意味がわからないとポーズを決めている。


「いや、待って!待ってください!卑怯な魔王が、私をはめるために嘘を……」


「悪いか人間以外の生き物で嘘をつけるのは悪魔族だけだ」


「魔王は何族ですか?」


「元神族だ」


「えっ?元神様?」


「元神の眷属だ、神様じゃない。まあ魔界の生き物を根絶やしにするべきだって派閥と対立して戦争して、負けて天界から魔界に堕ちた。だから悪魔呼ばわりされたりもするが、根っからの悪魔じゃないから嘘はつけない」


「だったら、私はなんのために……。じゃあ、一番最後に食べた御飯は!」


「答えないとダメか……それ」


 呆れながらラファエルを見るルシファーは困ったように頭を掻く。


「良いから答えてください!」


「魔界牛のテールスープと魔界米、魔力草のサラダと魔界豚の香草焼きだ……」


「確かにそれは魔王城の厨房で見たものですね。では、幼少期の一番恥ずかしい話を」


「オネショが長い間治らなかった……うわああぁぁぁぁぁぁ!何言わせる!」


「とりあえず私たちが戦う理由は今はなさそうです」


 ラファエルはルシファーの魔王の姿を見ながら大笑いを浮かべていた。


「陸が見えてきたな……?」


「そうです……ね……え?えっ!?」


 周りを見渡しながら、ラファエルは眼を丸くする。もうすぐ夜になるというのに街は明るく、そして赤、青、黄色、様々な色が光り輝いていた。


 ラファエル自身もこんな光景を見たことはなかった。夜は蝋燭の灯りだし、夜にあそこまで輝くものなど見たことがなかったのだ。


「魔王……もしかしたら空間ではなく世界を超えているかもしれません」


「どういうことだ?」


「いや、ですからあの……人間界では無さそうです……」


「はっ?」


 あたりにルシファーの唖然とした声が響いた。

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