勅使河原くんと仲間達

 最後は僕の番だった。

 

 レアが宝石箱を持ってきて、マリアが代表して僕の左手の薬指に指輪をめてくれる。

 金の幅の細い輪と銀の幅の細い輪を合わせた様な指輪。

 そこに宝石を置く為の台座は、存在しなかった。

 代わりに花嫁全員に渡した指輪と同じ種類の小さな宝石が、等間隔で輪の周囲にちりばめられる様に埋め込まれている。

 緑色、水色、紫色、赤色と青色、そして無色透明な輝き。

 僕は左手で拳を作ると目を閉じて右手で、そっと指輪を撫でた。

「みんな、ありがとう……」

 その一言だけの感謝を彼女達に伝えるのが、精一杯だった。


 結婚式も終わって、みんなで外へと出る。

 記念撮影という訳では無いけれど、テミスが……みんなの集合している絵を描いてあげる……と、前もって提案してくれていたのだ。

 僕が中心に立って、その右にマリア、左にレアが立つ。

 僕の前にはイアが立ち、その左右にコンバさんとライデさん。

 僕の斜め後ろにミランダさんと美恵が、並んで立つ。

 村長さんやマナちゃん、デモス司教も横に並んでくれた。

 結婚式の時は、窓から見守る様に覗いてくれていたペイルも一番後ろへと並んでくれた。

 ヨアヒムさんは人ひとり分の間を空けてミランダさんとレアの横に立つ。

 テミスが、ある程度の下描きを終えるとヨアヒムさんに声を掛けた。

「じゃあ、ヨアヒム! 交代してくれる!?」

 そう言って描き掛けの絵から離れたテミスが、ミランダさんとレアの真横に立つと、入れ替わりにヨアヒムさんが、その様子をテミスの描き掛けの絵に描き加えた。

 再びヨアヒムさんと場所を交代して描き掛けの絵の前へと戻って来たテミスは、描き加えられた自分の姿を確認してヨアヒムさんにOKのサインを出すと、全体の細部を描き込んでいく。

 着色は、族長宅ことヨアヒムさんとテミスの自宅にある彼女のアトリエで行われる。

 僕は絵の完成が待ち遠しくて楽しみだった。


 夜には城で祝賀会が行われた。


 僕は一通り挨拶をし終えると、祝賀会場の外にあるテラスへと涼みに出た。

 中ではイアとコンバさんとライデさん、それにレアとテミスとヨアヒムさんとミランダさん達が、グループを作って話している。

 他にも、お祝いに来てくれた封印の国の人々が、思い思いに料理を食べたり、お酒や果物のジュースを飲んだりしながら歓談していた。

 僕は、その光景を外にあるテラスから楽しく眺めていた。

「どうしたの?」

 先にテラスに出ていた美恵が、声を掛けてくる。

 彼女の側には、ペイルとマリアがいた。

「美恵こそ、どうしたの?」

「……少し空の夜風に当たりたいな……って、思って……」

 そう言うと彼女は、ペイルの首に跨った。

「大丈夫?」

「大丈夫よ、そんなに酔っていないし……」

 美恵は少しだけ頬が紅かったけれど、足取りも確かだったし何より目の焦点が、きちんと僕の方へと定まっていた。

「政孝も一緒に来る?」

 ──せっかくの、お誘いだけれども……。

「今、僕まで居なくなったら大騒ぎになっちゃうから、ここに居るよ。……マリアは?」

「私は美恵さんを見送りにテラスまで出ただけですから……」

 マリアは少しだけ苦笑いの表情になっていた。

 僕はペイルに声を掛ける。

「美恵の事、よろしくね?」

「まかせて」

 ペイルはドラゴンの言葉で、そう返事をしてくれた。

 ペイルが羽ばたき始める。

「じゃあ政孝! 十分くらい飛んだら戻って来るから!」

「気を付けてね!?」

 ゆっくりと空高く星の海へと……ペイルに乗った美恵は、向かって行った。


「マリア」

「はい?」


「……指輪の交換の儀式の時は、ゴメンね?」

「……いいえ」


「マリアには伝えたい事が一杯あった筈なのに、土壇場で何も思い出せなくなって……」

「私もレアちゃんの言葉に感動していて、気付くのが遅れましたから……おあいこです」


「マリアもかい?」

「はい」


「……」

「……」


「……あはははっ」

「ふふっ……」


「ナメクロさんに言われた事を思い出したよ」

「なんですか?」


「神様ってのは気紛れだから、僕たち人間……生き物が、どんなに頑張っても駄目な時は駄目だって……」

「……せつないですね」


「あの時、僕が何も思い出せない……何も思い付かなくなったのも神様の気紛れなのかも知れない」

「私が咄嗟に助け舟を出せた事も神様の気紛れだったんでしょうか?」


「……そうか」

「はい?」


「ナメクロさんは……神様は気紛れだからこそ、僕達の頑張りを見れば、気紛れに助けてくれる……そう、言っていた様な気がする」

「そうなんですか?」


「そう……だから諦めないで頑張れ……とも……」

「……」


「僕は、あの時……自分が情けなくなって、強く目を閉じて諦めかけた。でも君は、たぶん心の底で結婚式の成功を諦めていなかったんだろうね。だから神様が気紛れを起こして、マリアに機転の利くアイデアを授けてくれたのかも知れない」

「……そうだったら素敵ですね」


「マリア、ありがとう……。もし君が諦めかける様な事があれば、今度は僕が絶対に諦めない。……必ず神様の気紛れを起こしてみせるよ」

「……私はホブゴブリンへ生贄にされそうになった時に全てを諦めていました。そこへ振られて色々な事を諦めたマサタカさんが、やって来ました」


「……ひどいなあ」

「ふふっ……すみません。でもマサタカさんは、私の話を聞いてくれた後で諦めずに助けてくれました。私だけじゃありません。マサタカさんの諦めない思いに救われた人達は、大勢いますよ?」


「……そう言って貰えると嬉しいよ。僕が諦めかけた時に、誰かが諦めずに助けてくれる様に……僕も諦めずに誰かを支えられる人になりたい」

「もう、なっています」


「どうかな? でもマリア……僕は、もう絶対に何があっても自分が生きていく事だけは、諦めない事にするよ……。だから……」

「はい」


「君も諦めずに僕と、この世界で一緒に生き続けてくれるかい?」

「……はいっ!」


 横並びになっていた僕達は、一緒に満天の星を見上げる。

 そして僕は、右手を……マリアは左手を差し出して互いに握り合った。

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