勅使河原くんと花嫁達
僕が四人にプロポーズした満月の夜から幾日かが過ぎた。
今日は僕達の結婚式が教会で行われる日だ。
「あー……マサタカ? 俺が相談を受けた時の人数は、四人だったと記憶していたんだがな?」
デモス司教は呆れた様に僕に向かって尋ねてきた。
そして僕の五人目の花嫁に対しても尋ねる。
「なあ、ミランダ元族長……あんた、モラルって言葉を知っているか?」
「モチのロンよ!」
とびっきりの笑顔で答えたミランダさんは、デモス司教に向かって右手でVサインを作った。
薄い若草色の生地に金の
「そうか……いや、いい……分かっているなら、いいんだ……」
デモス司教は、頭が痛いのか……こめかみを押さえながら、ミランダさんの笑顔から顔を背けた。
(まったく……神様が禁じていなければ、何をやっても良いって訳じゃねぇんだぞ?)
デモス司教は小声で呟いた。
「お姉ちゃんは、これでいいの? アタシは、お姉ちゃんさえ良ければ反対しないけどさあ……」
テミスが僕の二人目の花嫁に向かって声を掛けた。
白桃の様な色の生地に水色の刺繍があしらわれているウェディングドレスを身に着けたレアだ。
レアは目を瞑ると片手を頬に当てて肘を、もう片方の手で支えて溜め息を漏らす。
「まあ、お母様も……お父様を喪ってから随分と経ちますし、今まで慣れない族長などをして頂いて大変だったと思いますし、これからは御自身の思う通りに生きて頂いても良いのではないでしょうか?」
「……それも、そうだね」
テミスはルンルン気分でいる母親を諦めた様に見ながら、そう言って微笑んだ。
「それに毒を食らわば皿まで、とも申しますし……」
「オレ達は毒か?」
レアの一言に、イアがツッコミを入れた。
イアも薄い紫色に銀色の刺繍が施されたウェディングドレスを着ていた。
「お母様に……わたしがいれば夜、多い人数でも安心よ? ……と、説得もされました」
「ナプキンのテレビCMのキャッチコピーみたいな事を言う人よね……」
レアの一言に美恵が、ミランダさんを目で追いながら答えた。
空色の生地に金色の刺繍のウェディングドレス姿の美恵が、僕に近付いて来て尋ねてくる。
「ねえ? 本当に、もうミランダさんで最後でしょうね? これ以上は洒落にならないわよ?」
「うん、大丈夫だよ。ごめんね?」
僕は申し訳なさそうに答えた。
「別に怒っている訳じゃないわよ。政孝の身体が
美恵は本当に心配そうに僕を見つめてくる。
マリアの独り占め出来る日を作って欲しいとの御願いは、彼女に頼み込んで何とか二週間に一度の半日に変更して貰えた。
何故なら五人とも同じ事を要求してきたからだ。
平日の仕事を切り詰めれば土曜日も休みにする事が可能だろう。
彼女達にローテーションを組んで貰えれば二人だけで過ごす時間が、午前または午後だけに偏る事もない筈だ。
自分だけの時間も少しだけ取れると思う。
「二週間に一回に減ったのは、申し訳ないけれど……何とかなると思うよ?」
僕は、そう美恵に向かって力なく笑って答えた。
だけど美恵は、片手を立てて彼女自身の顔の前に持ってくると横に振った。
「違う、違う……。そっちの方じゃなくて……その……キャッキャッ♡ウフフ♡……の方の事よ?」
美恵は顔を真っ赤にしながら改めて僕に尋ねてきた。
その『キャッキャッ♡ウフフ♡』という言葉を前にマリアから聞かされていた美恵は、僕をからかいたい時などに良く使ってくる様になった。
でも今の彼女は、その言葉を照れながら使っている。
きっと本気で心配しているのだろう。
──そうか……僕は五人とキャッキャッ♡ウフフ♡できるんだ……。
──五人?
僕は改めて確認できた驚愕の事実に顔から血の気が引いていく感じがした。
「もしかして今、気が付いたの?」
美恵の問い掛けに青ざめた顔のままで、僕は頷いた。
彼女は、そっと溜め息を吐く。
「あんた、腹上死決定だわ……」
彼女は苦笑いをしながら話を続ける。
「政孝の健康は、心配だけど……夜の生活も手を抜いたら許さないからね? もし政孝が、あたしを満足させられなくなったら、他に旦那を作っちゃうんだから? あんたが法改正したのは、一夫多妻制じゃなくて多夫多妻制なのを、お忘れなく……」
彼女は僕の腕に絡まって艶っぽい視線を送りながら脅してきた。
「勘弁してよ……」
僕も美恵に苦笑いを返した。
封印の国の多夫多妻制は、新たな結婚相手を迎え入れる時に多数決で決められる事になっている。
僕一人が反対を投じても美恵と他の四人の内の誰かが賛成すれば、新しい旦那様が五人の輪の中に入ってくる可能性もある。
──失敗したかなあ?
今は、まだ冗談で済んでいる。
これからも冗談であって欲しい。
──お妃様の亭主に王様以外とか洒落にならないし、頑張らないと……。
法律を改正して多夫多妻制を導入したものの、やはり封印の国の人々の間でも抵抗はあるようで、既婚者で制度を利用しようとする人達は、皆無だった。
しかしエンダ村の女性達は、過去のホブゴブリンの襲撃の際に旦那さんを亡くされた方が多かったので、今度の法改正が再婚を決める良い切っ掛けになってくれたみたいだ。
それ以外だと今の所は、一夫多妻か多夫一妻での制度の利用が多い。
男女を問わず富める個人に結婚相手が集中するのは、仕方のない事なのかもしれない。
一方でエルフやドワーフも含めて、僕らの様な若い人達の間での仲良しグループが、婚姻届を申請するケースもあった。
多夫多妻制が意味を持つ理想のケースだ。
僕は……幸せになって制度を成功に導いて欲しいな……と、願っていた。
そんな事を考えていた僕の前にある控え室の扉が開いて、中から最後に着替え終わった花嫁が現れた。
純白のウェディングドレスを身に纏ったマリアだ。
白い生地に刺繍された銀糸が、彼女の髪と同じ様に輝いていた。
「可愛くて綺麗……まるで天使みたい……」
美恵が、そう感想を漏らした。
僕が初めてマリアを見た時も天使の様だと思った。
もちろん今の姿も……。
僕は美恵が自分と同じ感想をマリアに抱いてくれた事が、嬉しかった。
マリアは確かに天使だ。
僕にとって……唯一無二の……。
花嫁達が揃ったので、式は静かに始まった。
「あー……おまえら、こいつのことを、しんじぃまぁすぅかあぁ〜っ?」
デモス司教は、ダルそうに五人の花嫁を前に並べて僕を指差した。
「ちょっと! 真面目にやりなさいよっ!?」
ミランダさんが苦情を入れた。
「あー、はいはい……わーった、わーったよ」
最初の悪ふざけが終わると、後は真面目に厳かに進行していった。
そして指輪の交換の儀式に入る。
僕は先ずミランダさんの前に立った。
テミスが僕の側へと静かに歩いてきて、小さな宝石箱を開ける。
中にはミランダさんへの結婚指輪が入っていた。
デザインは少し異なるものの、テミスがヨアヒムさんから受け取った物と同じ金の指輪で、台座にはエメラルドが収まっている。
箱から指輪を取ると、僕はミランダさんの左手を、そっと持ち上げて静かに薬指へ
「ミランダさん……この世界に来てからの僕にとって、貴女は第二の母……」
ミランダさんの顔が、能面に変わった。
「……二人目の姉の様な存在でした」
ミランダさんの表情が、微笑みに戻る。
──危なかった……。
──でもミランダさんからは、どうしてもバブみを感じてしまうんだよなあ……。
「これからも僕の側にいて、この世界の事、貴女自身のことを一杯、教えて下さい」
「わたしで良ければ……」
僕はミランダさんの両肩に両手で、そっと触れると静かに彼女の顔を寄せて口付けをした。
続いて美恵の前に立つ。
同じ様にテミスの運んできた小箱の中から水色のパライバトルマリンと同系統の宝石が、台座の上で輝いている指輪を取り出した。
彼女の左手の薬指に指輪を通しながら、僕は想いを伝える。
「四年間……独りで辛い思いをさせていてゴメンね。また僕の前に現れて、僕の事を好きでいてくれて有難う。この世界で一緒に過ごす内に僕は、もっと君の事が好きに……ううん、君の事を愛してしまう様になりました。これからも、ずっと僕の側に居て下さい」
美恵は左手を少しだけ上げながら感慨深そうに指輪を眺める。
その目尻には、
「あたし今、全てを取り戻せた気分よ……。想像以上に嬉しい……。政孝、ありがとう……これからも宜しくね」
僕は彼女の左手を優しく掴むと彼女の右手も合わせて、向かい合わせで立つ二人の間へと降ろした。
美恵の両手を自分の両手で覆うと、ゆっくりと引いて彼女の身体を寄せる。
そして顔を近付けて誓いのキスをした。
僕はイアの側へと近付いて、しゃがむ。
ライデさんが指輪の箱を持ってきてくれた。
他の四人の指輪は、僕の意見を参考にしてイアとドワーフの職人達が作ってくれた物だったのだが、イアの指輪だけはコンバさんが独りで作った逸品だ。
だから僕もイアも見るのは、初めてだった
箱を開けるとアメジストの指輪が現れる。
指輪には銀が使われていて、その装飾は非常に緻密に彫られていて豪奢だった。
「流石、親父だ……」
イアは感嘆の溜息を漏らすと、その指輪が自分の左手の薬指へと着けられていく様を目で追っていた。
「なんか悪いな……オレだけ特別な指輪を貰ったみたいで……」
「きっと、お義父さんのイアを思う心が、強くて美しいから指輪も綺麗なんだよ」
「心……心か……。まだまだオレは、未熟なんだな……」
「それは僕も一緒だよ。でも僕は美しい指輪を作る事は、出来ないけれど……君を想う気持ちだけは、君の父親にも負けないつもりだ。何かを作る事で無く行動で証明してみせる。だから今は……愛してるよ? イア……」
僕は彼女の顎に手を添えると、そっと持ち上げて優しくキスをした。
レアの番になった。
彼女には理由があって、結婚指輪のデザインのコンセプトを作製前に伝えてある。
だからテミスが運んで来てくれた宝石箱の中身の細かな部分は、分からなくても……どんな指輪が入っているのか、彼女は知っていた。
テミスが箱を静かに開ける。
中から現れたのは、サファイアとルビーを金の指輪の台座の上に、あしらった物だった。
ウェディングドレスもそうだが、彼女のオッドアイに合わせたデザインだった。
「レア……この指輪を作る事を認めてくれて有難う。……もしかしたら君を傷付けてしまうんじゃないか? ……僕は、そう思って予め君に相談した。でも君は喜んで受け入れてくれた。僕も嬉しかったよ。やっぱり君の瞳は、美して神秘的で魅力的だと思うから……どうしても
レアは左手の薬指に僕が指輪を入れようとしている間は、瞳を閉じていた。
そして僕が手を離すと、ゆっくりと瞼を開く。
彼女は左手を自分の胸に当てると、右手を重ねて慈しむ様に指輪に触れた。
「わたくしは、自分の瞳の色が苦手でした。他のみんなと違う事が、とても寂しかった。みんなが出来る事を独りだけ出来ない事も悲しかった……」
彼女は僕を見詰める。
「でも今は、この瞳の色も精霊魔法も、わたくしの誇りです。貴方が何もかも変えてくれたんです。わたくしを導いてくれたんです。マーくん……愛しているなんて言葉では、足りないくらい……貴方を想っています」
レアの感謝の言葉に、僕は打ち震えた。
大きな感動が心を満たしていく。
彼女に出会えて、結ばれる事が出来て、本当に嬉しかった。
僕は緊張しながら彼女の腰に手を当てて引き寄せると、口付けを交わした。
いよいよ、マリアの前に立つ時が来た。
マナが僕の側まで、やって来て宝石箱を開く。
ダイヤモンドが台座の上で輝く銀色の指輪を彼女の左手の薬指に填めた。
僕の緊張は、最高潮に達していた。
先ほどのレアの言葉に感動してしまった余韻が、まだ残っている。
頭の中は、空っぽだ。
マリアに伝える積もりで昨日の夜に考え抜いたメッセージが、暗記した筈なのに全く思い出せない。
アドリブですら何も思いつかなかった。
非常にマズい状況だ。
──マリアには、伝えたい事が山程あった筈なのに……。
──何も思い出せない。
──何も思い付かない。
──こんな時に、こんな事って……。
マリアの真正面に立って彼女を見詰めているだけの僕の耳に、周囲の小さな騒めきが聞こえ始めた。
僕は自分が情けなくなって瞼を強く閉じた……その時……。
マリアが僕に飛び付く様に抱きついて来て、首の後ろへと手を回してキスをしてきた。
ゆっくりと唇を離すと、彼女は僕に抱きついたままで微笑む。
「愛しています。マサタカさん……」
「ぼ、僕も……君を愛している!」
周囲から割れんばかりの拍手の音が、聞こえてきた。
こうして僕は、また自分の窮地をマリアの機転によって救われたのだった。
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