勅使河原くんと四人の花嫁候補

 僕は自室のバルコニーに立って満月を見ていた。

 こうして元いた世界よりも大きな月を眺めていると、心なしか安らぎを得られる様になってしまった。

 あの月の強い光に照らされると、この異世界に溶け込む事が出来た気がする。

「どうか……願いが叶いますように……」

 僕は月に祈った。


 僕の部屋の扉をノックする音がした。

 いったん深呼吸をしてから、僕は返事をする。

「どうぞ?」

 扉を開けてマリアが入って来た。

「お呼びですか? マサタカさん」

 彼女に続いてレアも入ってくる。

「失礼します」

 その後にはイアが……。

「何か美味いものでも手に入ったのか?」

 そして最後に美恵が入って扉を閉めてくれる。

「もうじき、お風呂の時間だし……あたし、歯を磨いちゃったんだけど?」

 そう言いながら僕の立っているバルコニーへ来ると、四人とも空を見上げた。

「わあ、満月……」

「綺麗ですね」

「雲一つ無いな」

「……これを見せたかったの?」

 僕は……。

「それも、あるけれど……ようやく決めた事があるから、みんなに伝えたかったんだ」

 僕の一言にイア以外の三人の間で緊張が走る。

「……まさか、今……教えてくれるの?」

 美恵の問い掛けに、僕は静かに頷いた。


「結婚したい人が……ようやく、決められたよ……」

 その言葉でイアも緊張した面持ちになる。

「……それで、どなたを選ばれたのですか?」

 レアが単刀直入に尋ねてくる。

 四人とも僕の顔をジッと見つめてきた。

「先ず、みんなに御礼を言わせて欲しいんだけど……いいかな?」

 そう頼むと、四人とも顔を見合わせた後で僕を見て頷いてくれた。

「みんな今まで城の中で、こんな僕の花嫁候補として過ごしてくれて、ありがとう……優柔不断で随分と待たせちゃって、ごめんね?」

 僕が王様になる事が決められてからの彼女達の立場は、妃候補だった。

 事情を知っているミランダさんの提案だ。

 僕が誰の告白を受け入れるのか決めると同時に、その人を王様の花嫁として迎える。

 ……この歳で? ……と、僕は思ったのだが……十八歳という年齢での結婚は、この異世界では珍しい事では無いらしい。

 王様になる事を受け入れたからには、後継ぎの事も考えなければならないと思っていたし、結ばれるなら四人の中の誰かであって欲しい……とは思っていた。

 四人の承諾を得た上でミランダさんの提案に、僕達は乗る事にしたのだ。

 だから彼女達は、僕の事を陛下と呼ばずに、いつも通りの呼び方で声を掛けてくれていた。

 僕は、その変わらない事が嬉しかった。

 ──だから願わくば、これからも……。


「そうですね。随分と待ちました」

 マリアが頬を膨らませながら答えた。

「危うく、どなたかを沸騰させてしまう所でしたわ」

 レアが微笑みながら冗談を言った。

 ──冗談だよね?

「まあ色々と作って忙しかったから……楽しくて、あっという間だったけどな」

 イアが両手を首の後ろに回しながら笑顔になった。

「あたしなんか通算で言えば、五年以上は待たされたんだから……あんたを振った自業自得とは言え……ほんと、勘弁して欲しいわ」

 美恵が苦笑いをした。


 僕は御礼の為の会話を切り出す。

「じゃあ先ず一人目の御礼をマリアから……」

 僕とマリアは、目を合わせた。

「僕の命を助けてくれて、ありがとう。この異世界へと導いてくれて、本当にありがとう。僕は君の魔法と優しさが、とても好きです。僕は君のおかげで自分も他の命も本当に尊いのだと知る事が出来ました。僕は君の事が大好きです……本当に感謝しています」

 僕は彼女に、お辞儀をした。

 彼女は真っ赤になって手を前に出して振っている。

 なぜか他の三人から諦めた様な溜め息が漏れた。


「それじゃ今度はレア……」

 僕は歩いてレアの前に立つと、マリアと同じ様に彼女と目を合わせた。

「いつも無理を聞いて貰って、ありがとう。君の精霊魔法は、この国の……ううん、僕にとっての宝です。みんなの危機を何度も救って貰ったし……。僕は、この世界にエルフがいると知った時に出会う事が夢だったんだ。想像通りの美しさで、君はいた。そして想像していた以上に、とても優しい女性だと知った。僕はレアの事が大好きです」

 レアはマリアと同じ様に顔を真っ赤にしている。

 今度のイアと美恵からは、溜め息が聞こえてこなかった。

 きっと奇妙に思っているのだろう。


「イア?」

「お、おう!」

 僕がイアに向き直ると、彼女は返事をした。

「ゴーレム闘技大会、とても楽しかったよ? 君の優勝に貢献出来て、とても嬉しかった。この大陸に来てからも色々な物を一緒に作れて面白かった。僕は君と何かを作っている時が、とても貴重で大切な時間だった。そんな時間を可愛い君と共有できる事が僕にとっての幸せだよ? 大好きだ、イア……」

 イアの手を握ると、彼女は普段と違って力なく握り返した。

 イアは頬を赤くして、ぼーっとしている様子だった。


「美恵……」

 僕は美恵を見つめる。

 彼女は訝しむ表情をして僕を見つめていた。

 流石に、この事態に関して何らかの異常を感じ始めているらしい。

「僕は君に振られたと思ってショックだった。その時の想いは、もう言い表せないくらいに……。でも、それが誤解だったと分かって、とても嬉しかった。とても綺麗になってしまった君を見て少し追い越された気が、最初の頃にしていたんだけれど……昔と変わらない雰囲気の君で親しみやすくて……僕は、やっぱり君の事が好きなんだな……と、改めて思ったよ。ありがとう……僕と、また巡り会ってくれて……大好きな美恵」

 美恵は顔を赤くしても厳しい表情を崩さなかった。

「……ありがとう……でも、これは一体どういう事なの? あたしは最初のマリアちゃんに、あんたが好きだって言った時に……ああ、やっぱりマリアちゃんで決まってしまった……って諦めたわ。でも、その後で全員に……あたしにも好きだって言って……まさか、あんた……?」


 僕は美恵から離れると少しだけ後ろに下がって、四人を同時に見つめられる位置に立った。

 僕の真後ろには満月があって、彼女達の困惑の表情が良く見える。

 僕は大きな罪悪感を持ちながらも彼女達に伝えた。


「僕は、みんなと結婚したい……。誰一人欠ける事なく、全員と……」


 僕は真剣な表情で彼女達に訴えた。


「ユピテル国に倣った封印の国の法律では、一夫一妻が原則だ。それは王様でも守らなければならない筈だぜ?」

 イアも厳しい表情になって僕に詰問してきた。

「そうだね……。だから法改正する事にしたんだ」

 あっさりと言い切る僕に、イアは驚いた顔をした。

「独裁者にでも成るつもり?」

「そんな積もりは、無いよ」

 美恵の質問に、僕は答えた。

「自分の都合の良い様に法律を変えるだなんて……独裁の始まり、そのものじゃない……」

 美恵は呆れた様に僕を責めた。

「待ってください、ミエさん……。ユピテル国では少子化対策の為に多夫多妻制を導入しようという話も出ています。それに倣った法改正ではないのですか?」

 レアが美恵に伝えた話は、美恵も知っていた様子だ。

「そういう動きは、あるんでしょうけど……それを口実に便乗して自分の都合の良い方向に、この国を動かそうっていうんじゃないでしょうね?」

「言い訳にする積もりは、無いよ?」

 僕は話を続ける。

「確かにデモス司教から、ユピテル国は多夫多妻制にするかも知れないという話を僕も聞いた。……出生率と人口を増やすのに有利かも知れない……と思って法改正自体は、この封印の国で粛々と進める積もりだよ? 実は、封印の国がモデルとなって多夫多妻制を先行させて、そのノウハウをシュリテ国王に買って貰おうって思惑もあるんだ」

「なっ!?」

 僕の計画に流石の美恵も開いた口が塞がらない様子だった。

「でも、たまたまさ……。僕が、みんなと結婚したい事が単なる自分の我が儘なのは、充分に分かっているよ……。のちの国益になるかも知れないから、仮に僕の我が儘が通らなかったとしても、法改正をする事に変わりは無いけどね」

「仮に? ……どちらかと言えば、私達がマサタカさんの我が儘を通す可能性の方が高いと、マサタカさんは思われているんですね?」

 少しだけ軽蔑するかの様な眼差しをマリアが僕に向けてくる。

 彼女に、そんな表情をさせてしまった事に心が痛んだが……退く訳には、いかなかった。

「どうかな? 正直そんな自信なんて無いよ。ただ僕は、ずっと……みんなと一緒にいたかったから、この道を選んだんだ」


「誰か一人を選んで一時的にせよ他の三人を悲しませたくなかった。僕と離れた後で他の男性と結ばれる事が、我慢できなかった。誰とも出会えずに孤独になってしまう可能性の残る事が、許せなかった」


「そんな自分の正直な気持ちに殉じたら、こんな方法しか残されていなかったんだ。……みんなに愛想をつかされて誰も残ってくれないかも知れない……それは一番イヤな事だけど、自分にとっての一番の幸せを掴む為に、その危険を避けて通れなかった。危険を回避する為に他の……わずかな不満の残る幸せを選択する方が、イヤになってしまったんだ……」


 僕は、もう一度だけ全員を順番に見つめた。


「僕は、みんなを愛している……。受け入れて貰える人だけ前に……僕の側に来て欲しい……」


「受け入れて貰えなくても、みんなの生活は保障する。願いがあるのなら、僕に出来る事なら、きっと叶えてみせる。みんなが僕に呆れたのなら、僕は独身のまま国王としての責務を全うして、大統領制に移して選ばれた人に後を託す積もりだ」


 伝えるべき事を全て伝え終わった僕は、ただ静かに審判を待った。


「いっちば〜ん!」

 あまりにも早く、その声は僕の自室に響いた。

 言われた僕ですら驚いた程だ。

 その女性は高らかに右手の人差し指を挙げながら僕に近付いて来た。

「ちょっ……ちょっと、イアちゃん!?」

 マリアの狼狽した声も部屋に響いた。

 最初に僕の側へと、やって来た女性はイアだった。

「ど、どうしてなのよっ!?」

 美恵も慌ててイアに質問する。

「いやあ〜……テシがヨアヒムと恋人同士だと勘違いした時にさ。とても悲しくなったんだよね」

 イアは説明を始めた。

「で、それが誤解だと分かった時に、こういう時の為に慌てない様に予め考えておく事にしたんだ」


「まずテシがオレを選んでくれた場合……これは、もう考える必要が無いくらいに嬉しい事だから真っ先に考える事から除外した」


「次にオレが振られた場合……これは考え始めたら悲しくなっちゃったから、その時になったら考えようと思って保留にした。全員が振られた場合も、これに当たるから同じ様に保留にしていたんだけど……」

 イアは僕の顔を見ながら続ける。

「もう一つは、誰かと……あるいは全員一緒に……お嫁さんになって欲しい……って、言われた場合なんだけど……なんだか考えるとムカムカして来たんだけど……そういう可能性もあるかも知れないな……って、真面目に考えたんだ」

「真面目に考えた結果が、これなんですか?」

 やや呆れた様にレアが、イアに向かって尋ねた。

「うん……。なんだか何かに負けた様な気分で腹が立つんだけど……そんな事ぐらいでテシと離れるのはイヤだ……と、思えたんだ。それに、みんなとなら上手く、やっていけそうな気もしてさ?」

 今のイアは、ニコニコしながら振り返って僕を見上げてくれていた。

「それにオレは、三番目にテシの事を好きになっていたと思ったら、実は一番最後だった訳じゃん? ……改めて一番を獲るなら今しかないな……とも思ったわけさ」

「ありがとう、イア」

 僕も彼女に微笑み返した。


 ゆっくりと静かに、もう一人の女性が僕の側へと歩み寄ってくる。

「レアちゃんまでっ!?」

 マリアは再び驚きの声をあげた。

 レアは僕の側まで来ると、マリアや美恵に向き直って言う。

「わたくしもイアちゃんと同じ気持ちです。悩んでいる間に先を越されてしまったのは、不覚を取りましたが……」

 彼女はイアを横目で見つめて悔しがった。

「確かにマーくんの傲慢さには、正直に言って呆れました。ミエさんの言う通り根っ子の部分では、ドSなのでしょうね……」

 レアは溜め息を吐いた。

 ──ドS?

 ──僕が?

「でも初めてマーくんは、我が儘を……わたくしに言ってくれた。……叶えられるものであれば、叶えてあげたい……と、そう思いました」

 レアは、そう言って微笑んで僕を見た。

「ありがとう、レア」

 僕は彼女に御礼を言った。


 フラフラとマリアが、前に歩み出しそうになる。

 その肩を、はっしと美恵が掴んだ。

 ハッとして正気を取り戻したマリアは、振り返って美恵を見る。

 しかし、その顔は世界の終わりが来たかの様な絶望的な表情をしていた。

 それを見た美恵は、そっとマリアの肩を放した。

 トボトボとマリアが、僕の側へと歩いて来る。

 俯いて唇を噛んで、少しだけ泣きそうな顔をしていた。

 僕の心は、申し訳ない気持ちで一杯になり胸が痛んだが、彼女が僕を選んでくれた事に深い喜びを感じていた。

「私、本当は独占欲が強いんですからね?」

「……知ってる」

 僕は苦笑いをした。

「……週に一度、半日だけ私が独り占めできる日を作って下さい。それで許してあげます」

 マリアは、そう言うと顔を上げた。

 いつもの温かい、向日葵の様な笑顔だった。

 僕は心の底から、ほっとした。

「あー! いいな、それ! オレも! オレも!」

「わたくしも、お願いします」

 自分のアイデアに後から乗っかってきたイアとレアの方を向いてマリアは、目を瞑って舌を出した。

「善処します……」

 ──し、仕事を詰めて土曜日も休日にすれば……何とか、なる……かなあ?

 僕は三人へ曖昧に答えつつも不安を隠しきれなかった。


 ──残ったのは……。


 イアとレア、そして僕とマリアの視線が、一人の女性に集中する。

 その女性……美恵は俯いて肩を震わせていた。

 顔を上げると僕を……キッ! ……と、睨んだ。

 その目尻には涙が浮かんでいる。

「ああっ! もうっ!」

 彼女は叫んだ。

「恋愛は躊躇ためらったら負けだって、あの時……あんたを振った時にイヤって言うほど後悔して理解していた筈だったのにいぃーっ!」

 美恵は突進してくる様に、ずかずかと僕に向かって睨んだままで早歩きをして来た。

 その迫力に僕は、たじろいでしまって後退りしそうになる。

 後ろに逃げようとする僕の左足が、彼女の右足に思いっきり踏まれた。

「いぃってえぇーっ!」

 僕は痛みで堪らずに悲鳴をあげる。

 怯える三人を余所に美恵が、僕の胸倉を掴みあげた。

「あたしも、あんたが大好きよっ! だから、お嫁さんになってあげるわ!」

 僕は嬉しくなって彼女を抱き締めようと……。

「でも、ここまでよっ!? ここで定員よっ!? これ以上は誰も入れさせないからねっ!?」

 彼女を抱き締めようとした僕の胸倉を更に締め上げて、美恵は怖い顔を僕の顔に寄せながら大きな声で言った。


 僕の額から一滴の汗が流れた。


 その僕の動揺を敏感に察知した美恵は、にっこり笑って質問を変えてくる。

「私達四人の他に結婚したい女性なんて……まさか、いないわよね?」


 僕も彼女に笑顔を返した。


 でも返事は、しなかった。


「「「「どうして返事を……」」」」


「しないんですかっ!?」

「されないのですかっ!?」

「しないんだっ!?」

「しないのよっ!?」


 夜の僕の自室に四人の女性の大きな声が響く。


 僕は今度こそ、お月様に嗤われた気がした。

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