ホボス大司教と勅使河原くん
俺の名はホボス。
創造神教会の今は、大司教を務めている。
前任者は心労で倒れて引退してしまった。
無理もない。
彼が大司教の時に予言の魔王が、異世界より降臨して魔姫も四人揃ってしまったのだから……。
今は、あらゆる
正直いって羨ましい。
俺も、そんな老後でありたいと……まだ若いのに、そんな考え方をするのは、心労の原因が全て身代わりの俺に、のしかかっているからだろう。
だが魔王と追いかけっこをしていた頃よりは、随分と楽にはなった。
奴は今、封印された状態にあるからだ。
その功績のおかげで俺は、若くして大司教の地位を得る事になった。
心の中は、罪悪感で一杯だ。
まあ、魔王が封印されながらも存在している状態という厄介な時期の為に周りが、俺に大任を押しつけたのではあるが……。
しかし、早めにトップの座に上り詰めたかったので好都合ではあった。
大司教になって、やりたかった仕事の一つに新しい教典の
色々な学問からの情報を集めて現在の教典の内容を吟味して、神の教えの基本である原典から外れない様に、且つ人々の生活にとって有用なものへと新しく書き換えていく。
その訂正箇所には人の魂が心臓にあるという教えの件も含まれている。
なんとなく魔王に負けた気がして不愉快だが、最新の医学に関する情報からも裏付けの多い事だったので致し方なかった。
この教えが加えられた背景にも当時いろいろな事情があった様だが、他にも訂正しなければならない教えが、結構ある事には驚いた。
しかも、殆ど原典とは関係のない当時の大司教が付け加えたものばかりだ。
もちろん、引き継がなければならない正しい教えが加えられている場合の方が、圧倒的に多い。
当時の事情で仕方なく加えられた教えもあった様だ。
例えば、その時代に流行した疫病の蔓延を防ぐ為に、とある食材を悪魔の食べ物として食べる事を禁じた教えもあった。
病気を予防できる調理法が確立した今となっては、無用の教えだが……これは、まだ良い方の例だ。
中には、どう考えても当時の大司教の私利私欲で加えられたとしか思えない教えもある。
……彼等は本当に神の僕に足る人物達だったのだろうか? ……と、少し大司教という存在に対して不安になった。
最初の編纂作業を終えた新しい教典は、近い内に教えが各教会に広められ、形に残る様に本としても発行される予定だ。
編纂作業は定期的に行われて、次は五年後の予定になっている。
……その時も俺が大司教であればいいな……と、大きな仕事を一つ終えて充実感に浸りながら思っていた。
そんな執務室の中での穏やかな午後に、あいつは来た。
『ホボス司教、お久しぶりです』
その声には聞き覚えがあったので、俺は慌てずに余裕をもって答えた。
「二度と顔を見せるな……と、言った筈だが?」
『ええ、ですから……顔は見せていません』
俺は机にある椅子に座りながら辺りを見回すと、小さな黒い円が部屋の中に現れていた。
立ち上がって窓に近付くと、空を見上げる。
遙か遠くの上空に青いドラゴンが、一匹だけ飛んでいるのが見えた。
俺は机の席に戻ると、魔王に話し掛ける。
「お前達は封印されているんだから、出てくるな……と、言っただろう?」
『その件に関しては済みません。でも、どうしても御願いしたい事があって……』
「大司教になった俺が、魔王の願い事なんか聞けるかっ!」
つい声を荒げてしまう。
誰かに聞かれやしなかったかと、少しだけドキドキした。
『あ、就任おめでとうございます』
魔王は嬉しそうに、俺が大司教になった事を祝ってきた。
俺は脳天気な、こいつを呪いたくなってきた。
「お前は俺の立場が分かっているのか? 魔王と大司教が内通しているなんて噂が、ばら撒かれてみろ……? 俺は失脚だ」
『なるべく気を付けます』
「なるべくじゃない! 絶対にだ!」
また大きな声を出してしまった。
「それで……御願いというのは、何なんだ?」
『はい……実は……神様が欲しいんです』
……。
「お前は正気か?」
『何がです?』
「神様が欲しいとか言われて……はい、そうですか……と、大司教とはいえ人間風情が魔王に神様を差し出せる訳が無いだろう?」
『やだなあ、ちょっとした
「……分かっている」
『はい?』
「回りくどい言い方は止めて、もっと簡潔に話せと言っているんだ」
『あ、はい……』
『実は僕達の国も……僕達は封印の国と呼んでいるんですが、やっと生活が安定してきまして……』
魔王が封印された国の生活が安定?
悪い冗談だ……。
「それで?」
『実は今、僕達の住む古代都市のある半島……』
「ちょっと待て、何だって?」
『……ああ……実は、あの島は島の様に見えてただけで大陸から突き出た半島だったんです。そこにある大昔の先人の作った街に、僕らは住んでいます』
ちょっとビックリした。
「まあいい、それで?」
『はい実は、そこの洞窟から奇妙な壁画が発見されまして……』
「奇妙とは?」
『見つけたのはマリアだったんですけど……創造神様が描かれていたんです』
ガタッ……!
俺は椅子から立ち上がった。
「前人未踏の地に創造神様の御姿が描かれた壁画が?」
『まあ先に住んでいた古代都市の住人が描いた物らしいのですが……最初に観た時に僕……怖くなって逃げ出しちゃって……』
創造神様の御姿の描かれた壁画を観て怖くなって逃げ出した?
こいつ、本当に魔王っぽい行動ばかりするなあ……。
「それを、こちらに確認して欲しいと?」
『あ、いや……マリアも、ミランダ元族長も、エンダ村の村長も、ドワーフの元国王も創造神様に間違い無いって言っているので、それはいいんですけど……』
いいのかよ……?
「じゃあ、何だ?」
『……せっかくの二人しか知らない秘密の場所を勝手に他の人達に知らせた……って、その時にマリアに凄く怒られて……あ、痛い! いててててっ!? マリア、ごめん! 今は、やめて!?』
……。
「帰れ……そして末永く爆発しろ」
『待って下さい! それがもう大分前の事なんですけど……壁画の存在を知った一部の人達が、勝手に洞窟の中に入って祈る様になっちゃって……』
ふん?
「敬虔な事だ。良い事ではないか?」
『満潮になると海に沈んでしまう縦穴の底にある横穴でもですか?』
それは、いかんな……。
「もしかして、何か事故が起こったのか?」
『ええ、女の子が一人……洞窟に閉じ込められてしまって……。幸い横穴である洞窟の奥は、壁画に浸水しない様に斜め上に向かって登り坂になっているので、壁画の側にいた少女は事無きを得たんですけど……もし、泳いで逃げだそうとしていたらと思うと……』
途中で溺れていたかも知れないな……。
「見張りを付ければ、いいだろう?」
『ええ……それは、もちろん……他にも縦穴の内側に階段を設置して登り降りし易くもしたのですが……』
「が?」
『日中の干潮時に限ってはいるのですが、お祈りに来る人達が、後を絶たなくて……やっぱり人々の生活に信仰って欠かせないものなんだと、思い知りまして……』
「それで……神様が欲しい……か?」
『はい……』
魔王が自分の臣民達の為に神に縋るとか……。
笑い話にしかならんな……。
俺は苦笑してしまった。
「それで結局、俺に何を協力しろと言うんだ?」
『ええ、どうせなら本格的に全てに決着を付けたいなと、思いまして……』
魔王からの要望は、とんでも無いが魅力的な話だった。
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