勅使河原くんと三人目の魔姫 ⅩⅣ

 翌朝、僕が目を覚ますと、この宿屋の部屋には既に起きていたヨアヒムさんしか居なかった。

「みんなは?」

 僕は眠い目を擦りながらヨアヒムさんに尋ねる。

「城から迎えが来て、なんでも女性同士で話し合いたい事があるからと、イアの誘いで四人共お城で朝食を頂く事になったよ。」

 …イアが?

 …同士で?

 イアとは昨晩の事があったので僕は、そのヨアヒムさんの話を聞いて急に不安になった。

「じゃ、自分達は食堂にでも行こうか?」

 何も事情を知らないヨアヒムさんは、そう笑顔で誘った。


 悩んでいた僕だけど、食堂の朝御飯は美味しく感じられた。

 特にハムやソーセージが絶品で…朝から、こんなに幸せで良いのかな?…と、浮かれ気分だった。


 部屋に戻るとヨアヒムさんと荷物の整理をしながら女性陣の帰りを待つ。

 ヨアヒムさんとテミスは、コンバ陛下やライデ后妃と一緒にエルフの森へと帰る。

 そしてミランダさんと坑道の閉鎖方法に関して相談する予定だ。

 国王と王妃の留守は、ボルテ第一王子が預かる。

 ダイモは今日にも退院してボルテさんの手伝いをする事になるらしい。

 そして僕とマリアとレアは、イアの用意した乗り物でユピテル国の首都アウロペへ送って貰う予定だ。

 そこにはマリアの御両親が居るかもしれない。

 元の世界に帰る方法や幼馴染の美恵に再び会う為の何かヒントもある筈だ。

 …マリアは心の整理が着いたのかな?

 …僕は…。

 …僕は、どうなんだろう?

 僕はアウロペに着いて、もし元の世界に帰って美恵に会えるのなら、答えを出さなければならない。

 誰か一人を選ぶという答えを…。

 僕の脳裏に美恵とマリアとレアの顔が、順番に浮かんだ。

 次にイアの微笑む顔が、浮かんでしまう。

 僕は、その想像を掻き消す様に、かぶりを振った。

 彼女は関係ないし昨日の事で嫌われてしまっただろう。

 ゴーレムの闘技大会を一緒に駆け抜けて来た仲間…。

 …それ以上の感情を持ってはいけない。

 僕は理性をもって、そう心の中に刻み込んだ。


 やがて宿屋に女性陣が戻って来た。

 今度は彼女達が出発の為の荷物の整理をする番だったので、男二人はチェックアウトの手続きを済ませると先に外へ出た。

 外にはコンバ陛下とライデ后妃の乗っている馬車があった。

 僕はコンバ陛下に近付いて挨拶をすると握手をした。

 イアは見当たらなかった。


 テミスが先に宿屋から出て来た。

 彼女は何故か僕を値踏みするかの様に見つめてくる。

「どうしたの?」

 僕はテミスに尋ねた。

「うーん…何処に、そんなに魅力があるのかなぁ?…って。」

 彼女は首を傾げて答える。

 …なんのことやら。

「まあ、優しさなのかな?容姿は関係無さそうだし…。」

 僕は失礼な事を言われているのは承知していたが、理由が分からないので苦笑いするしか無かった。

「まあ、いいや。それじゃテッシー…一応さよならって事で良いのかな?」

 そう言ってテミスは、右手を差し出してくる。

 僕は彼女と握手をした。

「また会う日までだね。」

「そか…じゃ、また会う日までね。命を救ってくれて、ありがと…。」

 テミスは、そう言って手を離すと微笑んだ。

 ヨアヒムさんも隣から握手を求めてくる。

「ここで別れる事になるけど…また会う日まで、君の事は忘れないよ…。達者でね…。」

 僕も彼の手を握り返す。

「ヨアヒムさんも、お元気で…。」

 二人は馬車に乗り込む。

 このままで取り敢えず自分達の馬を預かって貰っている場所へ向かうとの事だった。

 宿屋からマリアとレアも出て来た。

 二人は馬車へと近付くと、テミス達と会話を交わした。

 そして馬車は、ゆっくりと走り出す。

 窓から顔を出して、テミスが手を振ってくれる。

 僕達三人も手を振り返しながら、去って行く馬車を見送った。


「イアは?」

「この先で乗り物の準備をして待ってくれていますよ?」

 僕の質問に、そう答えるマリアの表情に特に変な所は、見当たらなかった。

「さあ、参りましょう?」

 それはレアも同様だった。

 …いったい、お城での朝食で四人とも何を話し合ったのだろう?

 僕は気にし過ぎだとも思ったけれど、先程のテミスの態度もあって、少しだけの不安が拭えないでいる。

 しかし今は、どうしようも無いので、喋りながら先へと歩く二人の後をついて行った。


 やがて歩いて行く先に、馬車が見えた。

 しかし、よく見ると馬が変だ。

 馬の正体は、馬の形に組まれたイアのゴーレム達だった。

 レギオンは四頭くらいの馬に別れている。

 余ったゴーレム達が、馬車の後ろにズラッと並んでいた。

 馬車の前の方には、御者が一人だけ乗っている。

 カウボーイの様な帽子を目深まぶかに被っているので、顔はつばに隠れて良く見えない。

 しかし僕には見覚えがある人物だった。

 イアだ。

 …馬がゴーレムなんだから当然なんだけれども…。

 マリアとレアが、馬車の中へ荷物を入れて乗り込む。

 僕も取り敢えず荷物を入れると、馬車の中へと乗り込もうとした。

「マーくんは、あちらですわ。」

 レアが御者の隣を指した。

 僕は恐る恐るレアの表情を確認する。

 しかし特に怒っている様子も呆れている様子でも無かった。

 僕は諦めてイアの隣に座った。

 馬車の扉が閉められると、イアが手綱を振るった。

 ゴーレムの馬が、ゆっくりと走り出した。


 …き、気不味きまずい…。

 もうドワーフの国を出てから、大分時間が経つ。

 辺り一面が草原の、のどかな風景が広がる街道を、ゴーレム馬車は進んでいた。

 馬車の中からはマリアとレアの楽しそうな声が聞こえる。

 どうせなら四人で楽しく会話したい。

 でも、それは優柔不断で自業自得な僕にとっては、贅沢な話なのだろう。

「イア?」

 僕は切り出した。

 イアはビクリと肩を震わせる。

「昨日の夜は驚かせる様な事をして…ゴメン…。」

 僕はイアの方を横目で見た。

 表情の見えない彼女の唇が動く。

「謝らなきゃならない様な事をしたのか?」

「いいや…驚かせた事は、ともかく…行為自体を詫びるつもりは無いよ…。」

 イアの質問に、僕は答えた。

「…なら、いいさ。」

 彼女は、そう呟いた。


 イアは右手で手綱を握りながら、左腕を水平に前に上げる。

 その上には数体のゴーレム達が乗っていた。

「一度しか、やらないから…よく見ていて?」

 彼女は顔を紅くして言った。


 僕は彼女の左腕に乗っているゴーレム達に注目した。

 その瞬間に微かに視界が歪んだ気がする。


 やがて一体のゴーレムが腰を、くの字に曲げて地面と水平に両腕と上体を前に伸ばした。

 それを、もう一体が斜め下から支える。


 …ス?


 その隣で一体のゴーレムが立ったまま、もう一体のゴーレムを横に抱えた。

 横に抱えられたゴーレムは、水平に真っ直ぐ伸びている。

 さらに、もう一体のゴーレムが、立っているゴーレムの膝を掴んで同じ様に水平に横になった。


 …キ?


 …スキ?


 ゴーレム達がイアの左腕から降りる。

 彼女は再び両手で手綱を握り締めた。


「イア…僕は…。」

「答えはオレも…アウロペに着いてからで、いいから…。」

 そのイアの言葉に驚いて、僕は後ろを振り返って馬車の中を見る。

 レアが微笑みながら手を小さく振っていた。

 マリアは頬を膨らませて横を向いている。

「今朝…テシの事を相談したら二人ともだって言われて…。」

 イアは朝食時の事を教えてくれた。

「マリアは慌てて…もう恋の馬車は、満員です!…って言ってきたんだけど、レアが…御者の席なら空いていますわ…って誘ってくれて…。」

 …それで、この配置?

 僕は、もう一度だけ笑顔のレアを見る。

 人数を増やして混乱に乗じて漁夫の利を得ようとしているのか?

 寛大な所を見せて僕のレアに対する好感度を上げるつもりなのか?

 それとも単にイアに対しての優しさからなのか?

 …彼女は策士なのかも知れないな…。

 僕はレアの事が益々ますます好きになりつつも苦笑いをせずには、いられなかった。


「イア、ありがとう…確かに僕は、答えを今すぐには伝えられない…。でも返事なら出来る。」

 イアは、こちらを向いた。

 まだ帽子を目深に被ったままなので、表情は見えない。

「…大好きだよ、イア。それだけは間違いない…。」

 少しだけ間が空いてから、イアは真っ赤になって俯く。

「…やっぱり、オレも言葉にしないと駄目だよな…。」

 彼女は、そう呟いた。

 顔の前の帽子の鍔を片手の親指で持ち上げて、イアは言った。

「オレも大好きだよ、テシ。」

 そして彼女は、やっと瞳と笑顔を僕に見せてくれた。

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