勅使河原くんと三人目の魔姫 ⅩⅢ

 深夜の宿屋。


 祭りの夜の後に風呂に入って、マリアやレア、テミスとヨアヒムさんとの寝ながらの会話を楽しんでから深い眠りについた。


 眠っている僕の頬を誰かがつついた。

 起きて確認すると僕の枕の側に小さなゴーレムがいて、僕の頬を突きながら窓の外を指している。

 みんなを起こさない様に、そーっと窓の側へと近付くと、外にはイアがいた。

 イアは僕に表に出るように頼むジェスチャーをしている。

 小さなゴーレムは部屋の上部にある換気口の隙間から出て行った。

 僕は上着だけ羽織はおると静かに扉を開けてイアの元へと行く。


「どうしたの?こんな夜更けに?」

 イアの元へと着いた僕は、彼女に尋ねる。

 宿屋の庭にある大きな木の側でイアは、苦笑いをしていた。

「いや、なんか知らないけど、かーちゃんにテシにキスした事を謝って来いって言われて…。」

 イアは、お尻をさすりながら、そう答えた。

「どうしたの?」

 僕は、お尻を擦っている彼女の腕に視線を向けて尋ねた。

「これは、かーちゃんに叩か…。いや、なんでもない。これは、どうでもいい。」

 イアは尚も片手で、お尻を擦りながら、もう片方の手を顔の前に立てて僕に謝る仕草をした。

「とにかく悪かったな。かーちゃんから家族でも恋人でも無い奴にまで、無闇矢鱈むやみやたらにチューするなって怒られてさ。」

「気にする事ないのに…。」

 僕が、そう答えるとイアが不思議そうな顔をした。

「でもテシはさ、あの後で、しばらくボーっとしてたじゃん?」

「それはレアにコンバ陛下と関節キッスになったって指摘されて、軽くショックだったからだよ。」

 彼女の質問に、僕は答えた。

 イアは呆れる様な顔をする。

「なーんだ…オレにキスされて嬉しかったからじゃ無いのか…。」

 …それも無くは、なかったけれど…。

「まぁキスなら、した事あるし…。」

 僕が、そう答えるとイアは、驚いて目を丸くして尋ねてくる。

「ほ、本当か?一体いつの話なんだ?」

「幼稚園の時かな?幼馴染みと…。」

 僕は美恵との事を想い出す。

 当時なにも知らなかった僕達は、テレビのドラマで見た仲の良い大人達に憧れて盛んに真似をしていた様な気がする。

 小学校に上がる前には、もう、しなくなっていたけれど…美恵は憶えているのだろうか?

「…幼稚園?」

 イアが単語の意味が分からずに僕に尋ね返した。

「僕らの世界で三歳から五歳くらいの子供が通う学舎まなびやの事だよ。」

 僕の回答にイアは、吹き出した。

「なーんだ!ガキの頃の話かよ?!」

 うひゃひゃひゃひゃ…と彼女は、小馬鹿にした様に笑った。

 なんだか美しくも淡い思い出をけがされた様な気がして、僕は少しムキになった。

「そうだよ?子供の頃の話さ?今の僕とイアも子供だから何も変わりはしないさ。」

 そう言った瞬間に今度はイアが、眉間に皺を寄せて少し怒った表情に変わる。

「…なんだよ、それ?随分と突っかかって来る様な物言いじゃないか?」

「別に…。」

 僕は、そう呟くと横を向いた。

「いずれにせよ、あんなのは恋人同士のキスとは比べものにならない。だから、お互いにノーカウントさ。」

 そう言うと僕は肩を竦めて、わざとらしく溜息をついた。


「じゃあオレに恋人同士のキスとやらを教えてくれよ?」


 …はい?


 僕は驚いてイアの方を見る。

 彼女は怒った様な表情だけ変わらなかったが、真摯な瞳で真剣な顔つきをしていた。

「…本気?」

 僕はイアに尋ねる。

「ああ。」

 彼女は即答した。

「で、でも僕も恋人なんていなかったから…した事が無いし…。」

「なんだよ?テシは自分でした事も無いのに比べられないとか言っていたのか?」

 そう言うとイアは、僕の事を馬鹿にした様に鼻先で笑った。

 僕は再び少しだけカチンと来た。

「ち、知識とはしては持っているから…比較くらいは出来るさ。」

「じゃあ、知っている範囲でいいから、オレに実践してみてくれよ?」

 …もう互いに退けなくなっている…。

 僕は、その事を理解しつつもイアの側へと近付いた。

 僕は、しゃがむと自分の顔を彼女の顔と同じ高さへと合わせた。

「…本当に、いいの?」

 僕は彼女に最終確認をとる。

「ああ、男に二言は無い。」

 …いや、君は女の子でしょ?


「じゃあ、先ずは目をつむって?」

 僕はイアに伝える。

 彼女はまぶたを静かに閉じた。

「次に舌を出して?」

 …いや、おかしいだろ?それは?

 言ってから僕は、自分で自分にツッコミを入れる。

 どうにも偏った知識を記憶の断片から掘り返してしまった様だ。

 僕の年齢では本当は見ちゃいけない系のメディアの…。

 …でも流石に…これはオカシイ…とイアも思って…やっぱり、やめよう…と言うかも知れない…。

 しかし僕の淡い期待は、裏切られた。

 多分、基本的に人を疑う事を知らないイアは、僕に言われた通りに舌を突きだしてきたのだ。

 …マズい…。

 僕はゴクリと唾を飲み込む。

 てっきり、そんな状態のイアは、子供がアッカンベーをしている様な表情で色気もへったくれも無いと思っていた。

 だけど眉を中央に寄せて、舌を突きだして、頬を赤らめて、睫毛まつげを震わせているイアは、とてもつやっぽい表情をしていた。

 彼女の額には、うっすらと汗が光っているのが見える。

 …ダメだ…。

 …これ以上進んだら引き返せなくなる…。

 僕は、そう思った。

 思っていたのに僕の両手は、彼女の両肩を掴んでしまう。

 袖無しの黒いタンクトップで肌が剥き出しの彼女の両肩は、しっとりと汗で濡れていた。

 そして、とても柔らかかった。

 イアの両脇から、むわっとした香りが漂ってくる様に感じた。

 僕の両手が彼女の熱を感じて、じっとりと汗ばんでくる。

 僕も目を閉じて、自分自身の舌を出して、そのまま彼女に顔を寄せる。

 僕の舌先とイアの舌先が触れた刹那せつな…。


 僕の後頭部に衝撃が走った。


 僕はイアに突き飛ばされていた。


 彼女は瞳を潤ませて目尻には涙が滲んでいる。


「ごめん…テシ…ごめん…想像以上に…恥ずかしく…て…これ以上は…。」

 自分自身を抱き締めて、そう言いながら彼女は、僕の元から後退あとずさっていく。

「本当に、ごめん!」

 そう叫ぶと向こうへ回れ右をして脱兎だっとごとく走り去った。


 僕は大きな木にぶつけた後頭部を擦りながら、マリアとレアの顔を想い出して、自分の不誠実さとイアを傷付けてしまった事に対して、自己嫌悪におちいっていた…。

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