勅使河原くんと三人目の魔姫 Ⅶ

 イアの演武も終わって空が、ほんの少しだけ明るくなり始めた頃。

 マリアとイアとレアの三人は、イアのベッドで一緒に眠る事にした。

 僕は宿屋の部屋に戻ろうかとも考えたけれど…。

 今、戻ると多分ヨアヒムさんとテミスが、一緒に寝ている現場に遭遇する事になると思う。

 二人が寝間着を着て眠っているのなら、いいけれど…。

 …もし…なら…。

 …あまつさえ…だったら…。

 そんな現場に出喰わすのは、絶対に避けないとならない。

 そう考えて、やっぱりイアの部屋に泊まらせて貰う事にした。

 既に部屋の中にはライデ后妃様のはからいで別のベッドが用意されている。

 イアは…別に一緒でもいいじゃん…と言ってくれたけど、良い訳がない。


 お城の中の風呂は、きちんと男女に別れていたので、イアと僕は同時に、それぞれの風呂場へと向かった。

 レアとマリアは最初に眠る前に既に入浴済みなので、二度目は風呂に入らず先に寝ている。

 そして僕が、ゆっくり風呂から上がるとイアも含めた三人が、同じベッドの中で熟睡していた。

 僕は天蓋のカーテンの隙間から少しだけ見えた三人の寝顔を可愛いなと思いつつ、自分のベッドに向かって布団に潜り込んだ。

 すると、三人のベッドから誰か一人が抜けて扉を開け廊下に出て行く気配を感じた。

 …誰か、お花を摘みに行ったのかな?

 そう思いつつ、そのまま僕は眠ってしまった…。


 翌朝。

 僕が目を覚ますと目の前にイアの可愛らしい寝顔があった。

 僕は、その寝顔につい見惚れてしま…。


 …なんで、僕のベッドの中にイアがいるの?


 そう思った瞬間に周りが、急に暗くなった。

 どうやら僕の顔に、影が落ちたらしい。

 僕は影の主の方を見た。

 にこやかに微笑んでいるレアと目が合った。

 彼女の左目は、紅く光っている。

 僕は苦笑いしながら、ゆっくりと起き上がった。

 すると今度はベッドを挟んでレアとは反対の方向から、風を切る音が聞こえてきた。

 そちらの方へと顔を向けると、唇を噛んでいる潤んだ瞳のマリアが、僕の視界に入ってきた。

 彼女の横の、やや上に『対の門』が現れている。

 その間で小さなゴーレムが、一体だけ自由落下を繰り返していた。

「とりあえず、話だけでも聞いてくれる?」

 口の端をヒクつかせながら僕が、そう言うと同時にイアが目覚めた。


 僕は今朝も生きて食事できた事を世界に感謝しながら、街の中の大通りを闘技大会の受付へと向かって歩いている。

 イアが起きてからも色々とあったんだけど、とりあえず彼女が早朝のトイレの帰りに寝ぼけて僕のベッドに入っただけだという事は、マリアとレアには納得して貰えた。

 やがてイアの先導で受付に着くと、すれ違いに彼女に良く似た本当の少年のドワーフに遭遇する。

「あれ?ねーちゃん?」

「よっ!」

 イアは少年と親しげな挨拶を交わすと僕の方に向いて話す。

「テシは初めて会うよな?こいつは第二王子のダイモ、オレの弟だよ。ダイモ、この人の名前は…。」

 イアは、そこで詰まってしまった。

「勅使河原政孝って言います。よろしくね。」

「あ、初めまして、よろしく御願いします。」

 ダイモは挨拶が丁寧な上に人見知りしなさそうな子で、僕は好感が持てた。

 …子供だよね?

(ダイモって、歳は幾つなの?)

(私より一つ下です。)

 僕はマリアに小声で尋ねると、そう答えが返って来たので安心した。

「ねーちゃん?まさか参加できるの?」

「ああ、今年は参加できそうだよ。」

「あのゴーレムが、そう?」

「ああ、そうさ。」

 ダイモが指を差した方向を、みんなで見る。

 ゴーレム本体は登録前に仮審査に通す事が出来る。

 会場へは僕達が眠っている間に城の兵士さん達に搬入して貰えた。

 闘技大会の受付は開催会場の近くにあって、試合を行うのは大きな湖のほとりの広い場所だった。

 そこに参加するゴーレム達が、直立不動で綺麗に並んでいる。

 その中にイアの作った大きなゴーレムの姿もあった。

「すぐ分かったよ。ねーちゃんの小さなゴーレム達が、一杯くっついているのが見えたからね。よく、あんな手を思いついたね…。」

「ふふーん、どうだ?」

 イアは人差し指で鼻を擦った。

 そしてイアは、ダイモに尋ねる。

「今年は、お前一人だけ参加するのか?」

「うん!ボルテにーちゃんは、連覇を狙わないらしいよ?なんか祭りの運営の方で忙しいから、今年は参加しないんだって。」

 ダイモは、そう言うと、その場で駆け足を始める。

「ボクは朝ご飯前に登録しに来たから、もう、お腹がペコペコだよ。城へは先に戻っているね?」

 そして、受付とは反対方向に走り出した。

 ダイモは振り向きながら手を振って、イアに大きな声で話す。

「ねーちゃん!決勝戦で会おうね?!」

「バーカ!途中で当たるか負けるかもしれないだろ!気が早いよ!」

 イアは、そう言いつつも微笑んで嬉しそうだった。


「審査が通らない?!」

 イアは受付の人に食ってかかっていた。

 僕は彼女の肩を引いて落ち着かせる。

「何故なんですか?」

 レアが代わりに担当者に尋ねた。

「…複数のゴーレムというのが前代未聞ぜんだいみもんでして…やはりゴーレムは単体同士の、ぶつかり合いが闘技大会の基本ではないかと…。」

「だから!アレで一体扱いなんだってば!」

 イアの興奮は、収まらない。

「ええ…今ちょっと運営委員で会議をしておりますので結果を、お待ち頂ければと…。」

「結果って…結果が悪かったら、どうなるんですか?」

 イアを羽交はがめにして抑えつつ、僕は尋ねた。

「最悪、不参加というか出場停止という事に…。」

「そんな…。」

 イアの身体から、力が抜ける。

 …ここまで来て…。

 僕は歯痒はがゆかった。

 闘技大会の規定の前では、何も出来ない自分が…。

 規定に引っ掛からなそうなグレーゾーンだからと言って油断していた自分が、情けなかった。

「大丈夫です。参加できますよ?」

 受付の奥から初老のドワーフの男性が、そう言いながら現れた。

「委員長…会議が終わったんですか?」

 受付の担当者が、彼の事を委員長と呼んだ。

 イアの表情が、ぱあっと輝く。

「本当か?!おっちゃん!」

「…おっちゃんって…姫様、乱暴な言葉遣いは、おやめ下さい。」

 おっちゃんと呼ばれた委員長は、そう言ってイアをたしなめた。

「固いことを言うなって!」

 イアに笑顔が戻った。

「ただし!参加には条件があります!」

 おっちゃんは人差し指を立てながら顔をイアに寄せた。

「お、おう…。」

 イアは、たじろいだ。

「これは新しく大会規定にも追加されましたが、参加は複数のコアを持つ一体のゴーレムに限ります。分裂して複数で相手をボコボコにしたら失格ですからね!」

「任せろ!そんなズルは、絶対しねぇよ!」

 イアは元気良く委員長と約束した。

よろしいのですか?委員長…。」

「ああ…参加したい者は、なるべく参加させるべしというのが大会の趣旨であり、委員会の方針だ。今回はイア様のゴーレムだけでなく、例の外国人参加者のゴーレムの件もあったしな。」

「ああ…あれ、ですか?」

 受付の人の質問に委員長が答えると、受付の人も納得していた。

 …あれ?

 …あれって、何の事だろう?

 僕は少し気になったけど、イアと喜び合う事に夢中で聞き流してしまった。


「それでは登録いたします。まずゴーレムの名前を教えて頂けますか?」

 委員長は奥に戻って、また担当者に受付が入れ替わりイアに尋ねてきた。

「…名前?」

 イアは振り向いて僕の方を見る。

「テシ…ゴーレムの名前を決めて貰えないかな?」

「ぼ、僕が?」

 僕は驚いてイアの目を見る。

「うん…。きっとテシがいなかったら、オレ…ここには居なかっただろうから…感謝しているんだ…。」

 そう言ってイアは、俯いてモジモジしながら顔を赤らめた。

「初めての…二人だけの夜の共同作業で作ったから…テシに名前を付けて欲しいな…。」

 イアは、そう呟いた。

 背後からマリアとレアの冷たい視線が、僕に突き刺さってくるのを感じる。

 …誤解を招きそうな言い回しは、やめて欲しいなぁ…。

 そう思いつつ、僕は腕を組んだ。

 …名前か…。

 僕はイアのゴーレムの姿を想い浮かべる。

 小型のゴーレムが、寄り集まって一つの大きなゴーレムになっている姿を…。


「レギオン…。」


 僕は呟いてから…しまった!…と思った。

「レギオン…レギオンか!なんだか名前の響きが、格好良いな!」

 イアが即座に気に入ってしまう。

「いや、待って、イア?!もうちょっと、慎重に決めよう?他の名前も候補に挙げるから、その中から選んで…。」

「なんでだよ?オレは気に入ったぜ?受付の人も待っている事だし、それでいいじゃん?!何か不味い事でもあるのか?」

 …あるっちゃーあるような?

 …ないっちゃーないような?

「な、無いけどさぁ?」

「じゃ、いいじゃん!はい、決定!」

 イアは登録用紙のゴーレムの名前欄に、さらさらとレギオンって書き込んだ。

 …ああ、手遅れに…。

「因みにレギオンって、どんな意味なんだ?」

 イアは屈託のない純真な笑顔で僕に尋ねてくる。

 僕は頭脳をフル回転させて記憶の底を、ほじくり返した。

「…ぼ、僕らの世界に大昔に存在していた古代帝国の軍隊の名前だよ?」

「軍隊か?!格好良いな!」

 …すみません、本当はそれ、元ネタの元ネタの話です…。

「なんだか正義の味方っぽいな!」

 …すみません、悪役です…。

 僕は目を瞑り、胸を抑え、こっそりと心の中でイアに泣いて詫びた。

 …オタクで済みません…と。


 受付を終えて一旦イアは、お城へ…僕達三人は宿屋へ行く事になった。

 その帰り道に全身を覆うベージュ色のフードを被った目立つ人と、すれ違う。

 身長は低かったけれど、ドワーフでは無さそうだった。

 あまりにも目立つので、ついつい通り過ぎた後も目で追ってしまう。

「ゴーレム闘技大会を見物しに来た人かな?」

 僕は誰に尋ねた訳でも無かったけど、思わず呟いてしまった。

「いや、参加者だ。」

 イアが断定する。

「どうして分かるの?」

 イアは尋ねた僕の方を向いて笑う。

 いつもの明朗な笑みでは無い。

 イアにしては、珍しく不敵な笑みだった。


 イアは言った。


「あいつ、オレに向けて殺気を放ってきやがった…。」

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