勅使河原くんと三人目の魔姫 Ⅵ

 イアと一緒に王様でもある彼女の父親に、無理を承知で宿泊の許可を貰いに行った。

 僕は死刑になりたくなかったので逃げようとしたんだけど…イアに捕まって引きずられた。

「テシは徹夜してでも最後まで面倒見るって言っただろ?まさか男に二言は無いよな?」

 …自分は女の子だからってズルい。

 でも彼女の、その言葉で腹を括った僕は、マリアに…いつでも『対の門』で逃げられる様に準備しといて…と告げると、今はコンバ陛下とライデ后妃のいる謁見の間に入った。

 コンバ陛下なら、それほど酷い事態にはならないだろうと期待しながら…。


 結果は酷い事になるどころか、むしろ歓迎された。

 コンバ陛下からは、しっかりと両手で握手を求められ…。


「どうか、娘の事を宜しく頼む。」


 …とか言われた。

 コンバ陛下は、とても晴れやかな笑顔でニコニコしていた。

 僕は何か、またマズイ事態に追い込まれている気がしていた。


「わたくし達も今日は、イアちゃんの部屋に泊まります。」

 レアがコンバ陛下に申し出た。

 泊まらせて下さい、ではなく、泊まりますと言い切るあたりが彼女らしいと思った。

 しかしコンバ陛下は、レアとマリアがイアの部屋に泊まる事に難色を示した。

 なぜ父親がそんな反応をするのか分からないイアは、首をかしげている。

「今からだと色々と夕飯の準備とかがだな…。」

「宿屋の食堂にて済ませて参ります。」

 言い訳をして断ろうとするコンバ陛下に、レアは食い下がる。

「いや、それでも朝食とか着替えの準備がな…。」

「宿屋の部屋に置いてある荷物から持って参りますわ。」

「いや、しかし…。」

 尚も断ろうとするコンバ陛下に、ライデ后妃が声をかけた。

「あなた、いい加減になさい。」

「…はい。」

 こうしてマリアとレアも、イアの部屋に泊まれる事になった。


 僕とマリア、それにレアとイアは、城門の前までヨアヒムさんとテミスを見送りに出た。

 テミスは一緒にイアの部屋に泊まりたかったみたいだけど、宿泊先の部屋に鍵をかけているとはいえ一晩中荷物だけを置くわけにもいかない。

 かといって、ヨアヒムさんが一人で荷物番というのも酷い話だ。

 テミスも、それは理解してくれたしヨアヒムさんと二人きりになれるのは、満更でも無さそうだった。

 夕飯は結局、イアの部屋に泊まる組が全員、城で用意された料理を頂ける事になったので、もったいないけど僕らは、宿屋の部屋には戻らないことにした。

 食事は宿屋の食堂で代金を払って注文して食べる方式だったらしいので、僕らの食事代分お金が浮いた事だけは良かったのかもしれない。

「それじゃ、荷物の事は任せておいてくれ。」

 ヨアヒムさんは笑顔で、そう言うと嬉しそうに手を振りながら、テミスと一緒に宿屋へと帰り始めた。

 後姿のヨアヒムさんの、もう片方の手は、しっかりとテミスの手を握り締めている。

 僕は、そんな仲睦なかむつまじい二人を優しい瞳で見つめながら、そっと…爆発しろ…と思った。


 深夜。

「ねえ?イア…こんな感じで、いいかな?」

 僕はイアに尋ねた。

「ああ、いいよ、テシ…凄くいい…。」

 彼女は息を荒くしながら、うっとりとしていた。

 僕達は結局、彼女の部屋を出て、今は外の庭で明るく巨大な月の下にて二人きりで作業をしている。

 マリアとレアは、もう部屋のベッドの上で寝てしまった。

 僕らは彼女達を起こさない様に、そっと部屋を抜け出して来たのだ。

 イアは汗をかいてしまったので上着を脱いで、今は袖なしの黒いタンクトップ一枚だった。

 彼女が作業中に腕をあげた時に、スベスベの脇が見えてしまった僕は、どうしようもなくドキドキしてしまった。

 その時に…イアも可愛い女の子なんだな…と、改めて気づかされてしまう。 

「後は、これを立たせるだけだな…。」

 彼女は、そう言うと僕の腕に絡まるように抱きついてきた。

「そ、そうだね。お願い出来るかな?」

 急に、くっついてきた彼女に僕は、焦りつつも肯定の返事をする。

「任せてくれ。なにせ初めてだからな。ゆっくり優しく立たせないと…。」

 そう言うと彼女は、舌なめずりをしてみせた。

 その表情に何か女性的というか…淫猥いんわいな雰囲気を感じた僕は、ごくりと唾を飲み込む。

「じゃあ…いくぜ?」

 彼女が、ゆっくりと手をかざした。

 少しづつ身体が震え始める。

 僕は、ここがマリアとレアの眠っている部屋でなくて良かったと、心の底から思った。

 そうでなければ、きっと振動で彼女達を起こしてしまっていた事だろう。

 僕の視線の先には、今まさにイアの手によって天に向かって伸びようとしているものがあった。

「イア…手だけじゃ駄目だ…。腰と足を使うんだ…。」

「…こ、腰と足か?…こ、こうかな?」

 イアの額が、じっとりと汗ばんできた。

 黒いタンクトップが、しっとりと濡れてくる。

 彼女にとっても、この大物を扱う事は、生まれて初めての経験なのだろう。

「ど、どうかな?」

 イアは震える声で僕に尋ねた。

「いいよ!イア!最高だ!これなら大丈夫だ!」

 僕が、そう言うと、彼女は微笑んだ。

「…よし、今だ!」

 僕は叫んだ。


 僕らの目の前で、イアが初めて作った大きな人型のゴーレムは、大地に立った。


 イアは、その勇姿を呆然として見つめる。

 そして、しばらくした後で天に向かって顔と両手を挙げた。

「やった!やった!やったよ!テシ!」

 彼女は嬉しそうに僕に飛びついてきた。

 僕は彼女を、ぎゅっと抱きしめる。

「良かった!よく頑張ったよ!イアは、よく頑張った!」

 彼女の背中を優しく叩きながら、僕は言った。

 僕達は目に涙を浮かべながら喜び合った。


「こんな、やり方があるなんてな…。」

 イアは自分の初めての巨大ゴーレムを見上げる。

 月に照らされて浮かび上がるゴーレムの全身。

 それは全て彼女の小さなゴーレムで構成されていた。

 骨格から筋肉に至るまで、全てが小型のゴーレム達を組み体操の様に繋げて再現している。

 まるで小さな魚が寄り集まって大きな魚に見える魚群のように…。

 違う点といえば、これらの寄せ集めが、まるで本当に一体の巨大ゴーレムであるかの様に動かせるところだ。

 イアのコアの能力と、複数のゴーレムを同時に何百体と操れる才能の賜物だ。

「それにしてもテシのゴーレムのデザインセンスは、本当に凄くいいな…。」

 イアは若干、よだれを垂らしながら、うっとりとした表情で巨大ゴーレムのフォルムを確認していた。

 僕も我ながら良く出来たと思っている。

 スマートなマッチョをイメージしてデザインしたんだけど、立っている姿はイケメンのプロレスラーみたいで格好いい。

 皮膚の代わりになるような布は被せてないが、剥き出しの小型ゴーレム達が、逆にデザインの持ち味になっている。

「皮膚、要らないよね?」

「ああ、むしろ、このままの方が格好いい。障壁の強度的にも問題は無いしな。」

 念の為にイアに尋ねると、彼女も同意してくれた。

「それにしても起き上がらせるだけで一苦労だね。最初にイアが手をかざしてゴーレム全体が震え出して振動が起きた時は、壊れるんじゃないかとヒヤヒヤしたよ。」

「最初だけさ。何度か経験させればコアが覚えてくれて、簡略化した命令だけで必要に応じて自律的にゴーレム達が動いてくれる様になるし、情報はコア同士で共有できるから、どのゴーレムが何処の部位に入っても大丈夫な様になる。ゴーレムの追加も容易に可能さ。」

 レアは再びゴーレムに向かって手をかざすと語り続ける。

「手をかざしたのも最初は、集中してイメージを送る必要があったからさ。テシの的確なアドバイスのおかげで、次からは念じるだけで素早く立ち上がる事が出来る様になるよ。」

「人ってのは起き上がる時に手だけじゃなくて、腰を捻ったり足を振ったりしてるからね。役に立つアドバイスが出来て僕も嬉しいよ。」

 僕達は、しばらくの間、立ち上がったゴーレムを満足しながら眺めていた。


「さて、設計して組み上げて、立たせるまでが半分くらいだな。残りは、ちゃんと相手と格闘出来る様に動作の基本をコアに覚えこませないと…。」

 座りながらゴーレムを眺めていたイアが、仰向けになってから、両手を使ってジャンプして起き上がった。

「その動作も入れとこうよ?」

 僕は微笑みながら提案する。

「そりゃ、いいや。」

 イアが、こっちを向いて笑い返した。

「テシは、どうする?もう寝るか?オレは、これから演武を舞うと同時にゴーレムにも同じ動作をさせて、コアに覚えさせるつもりだけど…。」

 言いながらイアは、少しだけ寂しそうな表情を見せる。

 …そんな顔をされちゃったら…ね?

「付き合うよ。イアの舞っている姿を見てみたい。」

 僕は、そう言った。

 イアは顔を真っ赤にする。

「お、お、お、お前が見たいのは、ゴーレムの動く所だろ?どーせ。」

 イアは横を向いて、そう言った。


 真剣な表情で演武を舞うイアは、とても綺麗だった。

 軽く付き合うつもりだったのに僕は、心から彼女の姿に惹き込まれていった。

 後ろで同じ動きをトレースする巨大なゴーレム。

 それを見ながら僕は、彼女の手助けが出来た事を誇らしく思えていた。


「完成したんですね?!」

 いつの間にかマリアが横に来ていた。

「…ごめん、起こしちゃった?」

 僕は彼女に尋ねる。

 答えは彼女の後ろから聞こえて来た。

「部屋の中が少し揺れたものですから、目覚めてしまいましたわ。」

 レアも一緒に来ていた。

「ごめんね。」

 僕は謝っている筈なのに、何故か笑みが抑えられなかった。

「構いませんわ…。」

 レアも微笑み返しながら許してくれる。

「イアちゃん、とても綺麗…。」

 マリアが呟いた。

「ええ、本当に…。」

 レアが同意する。


 集中し過ぎて、二人が来ている事に気が付いていないのか…イアの演武は途切れる事が無かった。

 真剣な表情で美しく舞を続けるイアを僕は、いつまでも見ていたいと思った。

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