勅使河原くんと三人目の魔姫 Ⅷ

 闘技大会の開始まで、少しだけ時間的な余裕があった。

 僕は宿屋の部屋で休んでいる。

 ヨアヒムさんとテミスには、入れ代わりに祭りの雰囲気を満喫して貰っていた。

 闘技大会の開始時刻が近付いたら貴重品と必要な荷物だけを持って、みんなでイアの応援に行くつもりだ。

 マリアとレアは部屋の中にある台所で、お弁当を作ってくれている。

 楽しそうな声が聞こえて、二人の仲の良さが確認できた。

 僕は、その声を聞きながらソファの上で横になって、ゆっくりと仮眠をとる事にした。


 そして闘技大会の会場に僕達は、やって来た。

 テミスが宿屋まで来て、先にヨアヒムさんが場所取りをしてくれているから早く行こう、と告げられたのだ。

 広い湖畔の砂地の周囲は、見物客で一杯だった。

 僕はヨアヒムさんとテミスの気遣いに感謝しつつ、彼女と一緒に彼を探す。

 直ぐに試合会場の側で手を振っているヨアヒムさんを見つけた。

 マリアとレアにも教えて、みんなでヨアヒムさんと合流する。

 合流した先の観客席として区切られた場所は、芝生だった。

「やあ、いらっしゃい。みんな、ここに座って?」

 ヨアヒムさんはレジャーシート代わりに拡げた布の上に座って、その布を片手で叩きながら、ここに座るように皆を誘ってくれた。

 ヨアヒムさんの隣にテミスが、屋台で買った食べ物や飲み物の入ったバスケットを挟んで座る。

 その後ろにマリア、僕、レアの順で並んで座った。

 僕達は、お弁当を広げて食べながらイアの登場を待つ。


 しばらくすると音楽が聞こえた。

 コンバ国王とライデ后妃の座っている特別な観覧席の下にいる楽団が奏でている。

 勇壮な曲調に合わせるかの様に僕らの席から見て両端からゴーレム使いが現れた。

 右から現れたのはイアだ。

 彼女は第一ブロックの第一試合が初戦だった。

 試合はトーナメント方式で二つのブロックに別れて、一つの試合場で交互に試合が行われる。

 それぞれのブロックの勝者による決勝戦で、優勝者が決まるのだ。

 続いてゴーレムが現れる。

 左から巨大な石造りのゴーレムが、ゆっくりと立ち上がって中央に歩いてくる。

 観客席から歓声があがった。

 次に右からイアのゴーレムが…。

 小さいままで沢山、歩いて出て来た。

 観衆が、どよめく。

 ヨアヒムさんとテミスは、心配そうな表情で僕を振り返った。

 僕とマリアとレアは、一緒に笑顔で頷いて大丈夫だと伝える。

 受付で委員長と呼ばれていた、おっちゃ…ドワーフの男性が楽団の前に用意された壇上に立った。

「それでは、これよりゴーレム闘技大会を開催いたします。」

 委員長から、そう開催宣言が告げられると観客席から割れんばかりの拍手が起こる。

 僕らも一所懸命に拍手をした。

 そして、拍手が収まり試合開始の合図を待つ。


「なんだ?!そのありみたいなゴーレムどもは?!貴様、やる気があるのか?!」

 相手側のゴーレム使いは、そんな馬鹿にした様な罵声をイアに向かって浴びせてきた。

「んふふふふ…。」

 イアは目を瞑り、腕を組んで笑った。

 そして、口を開く。

「すまねぇな…。試合じゃ初お披露目で嬉しくて、しょうがねぇんだ…。多少の演出過剰は許してくれよ…?」


 イアはカッと目を見開いた。


「立て!レギオン!」


 ザザザザザ…と、大きな波のような音を立てて、イアの背後で小さなゴーレム達が寄り集まり、重なっていく。

 やがて、それは大きな人の形をとっていった。

 観客席から再び大きな、どよめきが起きる。

 相手のゴーレム使いの表情が驚愕に染まっていく。

 彼は、その姿に見覚えがあった。

 審査の時に並べられていた中でも、一際異彩ひときわいさいを放っていたゴーレムだ。


「…虚仮威こけおどししを!」

 イアの対戦者が、冷や汗を垂らしてひるみつつも、そう言い放っておのれ鼓舞こぶした、その時…。


 試合開始の号砲が鳴った。


 開始と同時に対戦相手のゴーレムが突っ込んでくる。

 左肘を引いて溜めてから、左の拳をレギオンの顔面めがけて伸ばしてくる。

 レギオンは右足を下げながら上半身を傾けて、相手の攻撃をかわした。

 次に相手が左拳を引くと同時に反動を利用して右拳が伸びてきた。

 レギオンは、その拳を左手を拡げて受け止めた。

「な、なんだと?」

 相手のゴーレム使いの驚きが、更に大きくなっていく。

 イアのレギオンは、かなりの威力を持った拳を受け止めたにも関わらず、一歩も後ずさりする事が無かった。

 イアが口の端を吊り上げる。

 …楽しそうだな。

 僕も、なんだか嬉しくなってしまった。

「…いくぜ?」

 イアが、そう言うとレギオンは、その言葉に応えるかの様に相手のゴーレムを掴んだ拳ごと押す。

 バランスを崩して後ろに蹌踉よろめく相手のゴーレム。

 その巨大な岩の様な胸板の部分が綺麗にパックリと割れた。

 よく見るとレギオンは、右足を天高く上げている。

 相手の右拳を左手で押して離した後に、その勢いのまま右足で後ろ回し蹴りをしたのだった。

 割れた相手の胸板に光り輝くコアが見える。

 コアを剥き出しのままで、相手のゴーレムは後ろ向きに倒れた。

 レギオンは相手の胸のコアを目がけて、前斜め下向きの右の正拳突きを入れる。

 そしてコアの手前で、その拳を止めた。


「ま、参った…。」


 初戦の相手のゴーレム使いから、その言葉を聞いたイアは、静かに片手を挙げてガッツポースをとった。


「テシ!勝ったよ!」

 初陣ういじんを白星で飾ったイアを祝福しようと、僕とマリアとレアは選手控えのテントに、やって来た。

 テントに入ると同時に僕達に気が付いたイアが、走り寄ってくる。

 僕は片手を肩の位置まで挙げつつ、彼女が来るのを待ってハイタッチをした。

 イアは続けてレアとマリアにもハイタッチをする。

「やったな!イア!」

「おめでとう、イアちゃん。」

「素晴らしかったわ。」

 みんな口々にイアに賞賛の言葉を浴びせる。

 ハイタッチをして興奮が少し落ち着いてきたイアは、急に照れ始めた。

「み、みんなの応援のおかげだよ…。ありがとう…。」

 イアは目尻に溜まった涙を人差し指で拭いながら答えた。

「お見事でした、姫様…。いや、まさか、これ程とは…。」

 イアの後ろから拍手をしながら近づいて来る人物がいた。

「おっちゃん…じゃなかった。委員長…ありがとう。」

 イアは、そう言って差し出された委員長の手を握り返す。

「委員長のおかげだよ。審査を通してくれて…オレのゴーレムを認めてくれて…本当にありがとう…。」

「いやいや、久し振りに胸が熱くなる戦いでしたわい。ダイモ様のゴーレムといい、外国から来たゴーレムといい、今年の大会は楽しみな戦いが多くて私も嬉しいです。」

「外国から参加している人がいるんですか?」

 僕は興味が湧いて委員長に尋ねた。

「…丁度、今から試合の筈ですよ?ここから御覧になられますか?」

 そう言って委員長は、試合場に視線を向けた。

 僕とイアも釣られて、そちらの方を見る。


 そこには、あの時に擦れ違ったフードを被った人が立っていた。

 フードの中から少し高めだけど、くぐもった声が響く。

「我が名はナプトラ…。我がゴーレムにほふられること…光栄に思うがいい…。」

 そう言ってフードの人は、前方に向かって手を伸ばした。

 その指先には比較的大きなコアが浮いていた。

 コアはアメジストの様な紫色ではなく、エメラルドの様な緑色に光っている。

「コアだけ?なんだ、あれは?」

 イアが呟いた。

「私も初めて見ました。話には聞いた事がありましたがね。イア様と同様、審査には難儀しましたよ…。」

 委員長がイアの呟きに答える。

「しかし委員長でいる内に、こうも面白いゴーレムを二体も目にする事が出来るなんて…私は運が良い…。」

 委員長は緑色に輝くコアを見つめながら微笑んだ。


顕現けんげんしろ!デューン!」


 フードの人が、そう叫ぶと同時にエメラルドコアの真下の砂地から砂が舞い上がった。

 砂はコアの周りに吸い付く様に集まり、やがて人の形になっていく。


「サンド…ゴーレム…?」

 イアの、その言葉で僕は、何となく理解した。

 鉄や石では無い。

 砂の身体を持つゴーレム。

 それがフードの人…いや、ナプトラのゴーレム。

 サンドゴーレム、デューン。


 試合開始の号砲が再び鳴った。


 デューンの相手も突進して来て、右ストレートを放って来た。

 しかし、デューンは全く動かない。

 相手の右拳がデューンの頭を捉える。

 しかし拳が当たる直前にデューンの頭は、ドーナツの様に割れた。

 相手の拳はドーナツの穴に入ってくうを切る。

 そして何かが地面にドサリと落ちる大きな音がした。

 デューンの背後にある砂地に落下した物。

 それは相手の右拳だった。

 ドーナツ状に拡がったデューンの頭が戻る時に、相手ゴーレムの右手首が切断されたのだ。

 片方の拳を失った相手のゴーレムは、怯むように後ずさる。

 その背中から砂で出来た槍が生えて来た。

 胸をコアごと撃ち抜かれてデューンの相手のゴーレムは、力なく膝を屈し砂地に突っ伏した。


 僕とイアは、しばらく声が出なかった。

 とんでもない強敵が現れた。

 しかし、どうしても一言だけ叫びたい事がある。


「「あんなん、アリかっ?!」」

 僕とイアは、同時に大きな声で言った。


「それ、君らが言う?」

 委員長が呆れた様な顔をして僕らに言った。

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