勅使河原くんと三人目の魔姫 Ⅱ

 イアに案内されて正門を通り、ドワーフの国へと入った。

 国と言っても…エルフの森も、そうだったらしいけど…ユピテル国に自治を認められた街の一つで、規模は首都アウロペの、およそ半分といった広さだそうだ。


 左右に石造りの家が立ち並ぶ広い道を真っ直ぐに進んでいた。

 ヨアヒムさんとテミスが、イアと一緒に僕の前を横に並んで歩いている。

 国王に謁見する前に第一皇女であるイアへ、ミランダさんからの用件を簡単に説明している。

 僕はマリアやレアと一緒に彼らの後に付いて行った。

 その道の行く先には、石造りの大きな宮殿が見える。

 屋根に色の着いた瓦を使用している訳でも無く、城全体が石だけで建てられているみたいだ。

 その外観は、まるで要塞の様に見えなくもない。


 城下町は賑やかで道の左右の端には、何やら複数の屋台を組み立てている人達が大勢いた。

 出発前にヨアヒムさんが教えてくれた祭りの準備だろうか?

「凄い賑やかだね?何の祭りが始まるのか、知ってる?レアさん?」

「…。」

 そっぽを向かれた。

「…なんの、お祭りがあるのか?教えてくれない?レ、レア…。」

「はぁい♡」

 そう言って彼女は、とても嬉しそうに振り向く。

 マリアが不機嫌な顔をした。

 …うう、自業自得とはいえ、これがアウロペまで続くのか…。

 …二人とも喧嘩したり相手を無視するわけでは無く、普段は仲がいいのが救いだけど…。

「ドワーフの方々は、とても器用で鍛冶職人としての才能に恵まれている事は、御存知ですか?」

 レアの説明が始まった。

「あまり詳しくは知らないかな?良かったら教えて?」

 僕は自分の世界での物語の知識と、この世界とのギャップを埋めるべく、そう尋ね返した。

「多くの日用品、工芸品、特に彫刻などの美術品、そして道具…。ありとあらゆる物を造りだしてきた彼らの中でも、特に有名なのがゴーレムです。」

 …ゴーレム?!

「ゴ、ゴーレムって、あの?」

「…御存知なのですか?」

「い、いや、詳しくは知らないから、教えて?」

 …ふう、危ない、危ない。

 …ちょっと興奮しちゃった。

「ゴーレムとは主に石や金属で作られた動く人形の事です。ドワーフの中でも強い魔力を持つ方達にしか作れない上に、質の高いゴーレムを作るには鍛冶職人としてのスキルの高さが必須です。」

 レアは意外にも、うっとりとして語りだす。

「そのゴーレム職人とでも言うべき花形の鍛冶職人達が、己の自信作を披露し年に一度だけトーナメント方式で闘わせて互いの優劣を競い合う!」

 彼女はノリノリで片手を挙げて、くるりと横向きに一回転すると、僕に告げた。

「それが、この祭り!ゴーレム闘技大会なのですっ!」

 …おおーっ!

 僕とマリアは、感激のあまりに拍手をしてしまった。


「あ、でも…僕達は、ここで一泊したらアウロペまで急いで行かないと…。」

「「ええ~?」」

 …レアが不満の声を出すのは理解できるけど、なんでマリアまで?

「…ええ~?…じゃないでしょ?なるべく早くアウロペに着いて、まずはマリアの御両親を探さないと?」

 マリアは…あっ?!…という顔を見せた後で、少し気を落とした表情になった。

 なにかを躊躇っている様な、悩んでいる様な、そんな顔をしていた。

「…マリア?」

「…すみません。忘れていた訳では無いんです…。」

 …本当かなあ?

「じゃあ、どうして?」

「…二人がいなくなってから、かなりの年月が経っているので…その…気持ちの整理がついていないというか…会って何から話そうか?とか…まだ…何も考えていなくて…。」

 …なるほど。

「そういう事なら是非お祭りを観てから、ここを出発してくれよな?」

 いつの間にか後ろ側へと来ていたイアが、マリアを慰める様に元気よく会話に割り込んできた。

「お祭りの雰囲気は、気分転換にもなるし、ゴーレム同士の闘いは、迫力があるからスカッとするよ?」

 イアは目を閉じて腕を組みながら、誇らしそうに話した。

「闘技大会は明日の昼からだし、祭りは、その夜が一番賑やかだ。見物して明後日になったら手の空いたオレが、アウロペまで送って行ってやるよ?」

 イアは目を開けると胸を叩いた。

「話を聞いた限りだとヨアヒムさんとテミスは、オレの親父達を乗せてエルフの森まで戻らなきゃいけないみたいだから、乗ってきた馬は使えないしな。」

 …あの大きな蜥蜴に乗るの?

 僕は少しだけ怖くなってしまった。

 …でも、贅沢は言ってられないか…。

 イアはマリアの肩を抱き寄せながら続ける。

「オレならアウロペの知り合いに複数の宿屋を経営している奴がいるから、寝泊りには苦労しないよ?闘技大会が終わるまでは無理だけど、終わってからならイアとマリアや、その知り合いの為なら幾らでも手を貸すぜ?」

 …おお、流石第一皇女様っ!

 …小さいのに太っ腹!

「イアとレアは、仲が良いんだね?」

 僕は、そう感想を漏らした。

 途端にイアとレアの顔が真っ赤になる。

「ば、馬鹿言ってんじゃねぇよ!単なる腐れ縁だっ!腐れ縁!」

「そ、そうですわっ?!冗談も、ほどほどにして下さい!」

 …はいはい。

 二人のツンデレを見ながら、僕は苦笑いをするのだった。


「じゃあマリア、イアの言葉に甘える事にしよ?」

「はい!」

 マリアは元気を取り戻した。

 可愛らしい笑顔の彼女を見つつ僕は、この祭りの間にマリアの気持ちの整理がつく事を願うばかりだった。


「そういえば、イアもゴーレムの闘技大会には参加するの?」

 僕は何気なく尋ねた。

 その瞬間に僕を除いた全員が…あっ…という顔をする。

 …この空気感は知っているぞ?

 …僕、また地雷を踏んじゃった?

 その時だった。

「イア!」

 すぐ側にまで見えてきた城門の方から、こちらに歩いてくる小さな男の人が見えた。

「…兄貴…。」

「ヨアヒムくん達が来たって?」

「うん…。」

 イアは男の人に手を向けると、こちらを見て紹介してくれた。

「オレの兄貴で第一王子のボルテだ…。」

 なんだか僕の発言から明らかにイアの元気が無くなっている。

 …うう、いったい今度は、どんな地雷を踏んでしまったんだろう?

「ヨアヒムくん!話の大筋はイアが先に向かわせた伝令から聞いたが、大変な迷惑をかけてしまった。申し訳ない!」

「いえ、お気になさらずに…。こちらも何とか大きな被害や犠牲を出さずに済みましたから…。」

 そう言ってヨアヒムさんは、テミスを優しそうな目で見た。

 テミスは照れて横を向いた。

 …ちょっと爆発して欲しい気分だ。

「親父も詳しい事を聞かせて欲しいと、取り敢えず謁見の間で待っている。済まないが案内をするので今すぐ皆一緒に来て欲しい。」

「分かりました。」

「ん?そちらの方は?」

 ボルテさんは僕の方を見てヨアヒムさんに尋ねた。

「彼は…マサタカと言います。今回の件での自分達の恩人です。紹介は後ほど謁見の間にて…。」

「分かった。それでは一緒に来ていただこうか?マサタカくん。」

「はい。」

 僕は返事をしつつ会釈をした。

 城へと向かおうとしたボルテさんが、ふと振り返ってイアに声をかける。

「イア…その…調子の方は、どうだ?」

 イアは少しだけビクッと震えると、わざとらしく感じる様な明るさで答えた。

「ごめん、兄貴。オレ、やっぱ才能が無いかもしれない…。まあ、最後まで頑張ってみるよ…。」

 それを聞いたボルテさんは、少しだけ済まなそうな表情をした。

「そうか…まあ、諦めずに頑張れ。」

 ボルテさんは、そう言ってイアに優しく微笑むと、城の中へ僕らを案内する仕事に戻った。


 城の中。

 謁見の間へと向かう廊下の途中でイアが、僕に話し掛けてくる。

「ボルテの兄貴は、前回のゴーレム闘技大会の優勝者なんだ…。自慢の兄貴さ…。」

 だが、そんな自慢の兄を語る彼女の口調は、どこか寂しげだった。

「テシ…悪いんだけど…謁見が終わったら少しだけ、オレに付きあって貰えるかな?」

 イアは僕の目を見ながら、そう尋ねて来た。

 どこか縋るような彼女の瞳を見つめながら、僕は了承した。

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