第三話

勅使河原くんと三人目の魔姫 Ⅰ

 奇跡を見た。


 レアのマリアを落としても回収しない云々の台詞…。

 僕は冗談だと思ってた。

 マリアも冗談だと思っていただろう。

 そして、当然レアも冗談のつもりだったらしい。

 それもそうだ。

 そもそも回収する以前に落馬したら大怪我をしてしまう。

 確かにレアの乗馬は、荒っぽいのかも知れないが振り落とされる程では無かった。

 ところが街道の途中で、いきなりいのししが飛び出してきたのだ。

 馬が少し驚いたもののレアは、馬をジャンプさせてギリギリで回避した。

 しかし、マリアも馬と同様に大きな猪に驚いて、レアの腰に回していた手を緩めてしまった。

 マリアは空中に放り出された。

 彼女は涙目のまま慌てて『対の門』を出す。

 白がマリアの落下地点に、黒が馬上に移動しながら出現した。

 そしてマリアは、地面に激突せずに馬上に生還したのだ。


「お馬さん怖い…お馬さん怖い…お馬さん怖い…。」

 マリアは岩の上に座りながら、両手で耳を塞いでガタガタと震え、繰り返し呟いている。

「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…。」

 レアは、そんなマリアの正面に立って、しきりに御辞儀を繰り返して謝っていた。

 …やっばり相当に申し訳なく思っているんだろうな…。


 ここはドワーフの国への入り口…正門の前だ。

 角が少し丸いサイコロの様な巨大な岩が、互い違いに高く積まれて正門の左右に伸びている。

 とても頑丈そうな外壁だった。

 この世界のドワーフは、坑道が仕事場でも住居が洞窟の中にあるという訳では無いらしい。

 この正門前は同時に馬車の停留所にもなっている。

 次の馬車が来るまでに、まだ大分だいぶ時間的な余裕があった。

 馬車のいない空いている停留所は、待ち合わせるには丁度良いので、後から来る筈のヨアヒムさんとテミスを、ここで待っているんだけれど…。

 ここに到着してから、かれこれ三十分くらいは経っているのでは無いだろうか?

 この世界にも時計がある。

 しかもドワーフの作った製品が多いらしい。

 ミランダさんが彼女の自宅の立派なドワーフ国製置き時計を見せて教えてくれた。

 そう言えば診療所にも立派では無かったが、時計はあった。

 しかし腕時計が無いので、今は正確な時間は分からないでいる。

 …でも身体で感じた経過時間と実際の経過時間に、大きなズレは無いと思うんだけど…。

 …いくら何でも、三十分は遅すぎるなぁ…。

 そう思っていたら、ちょうど来た道の先の方に見える森からヨアヒムさん達の乗った馬が見えてきた。


「お待たせ!テッシー!」

 馬から降りたテミスは、いつもの調子で片手を挙げて元気に声を掛けてきた。

「だいぶ待ったよ?…調子は、もういいの?」

 僕は彼女に尋ねた。

 テミスは朝から様子が変だったからだ。

 …まぁ、なんとなく理由が分かっては、いるんだけど…。

「うん!もう、大丈夫!休憩したらスッキリしたから!」

 …休憩?

 …スッキリ?

 僕は同じく馬から降りて手綱を引いていたヨアヒムさんの方を見た。

 ヨアヒムさんは、すーっと僕から目を逸らした。

 …。

 …テミスは…きっと、お花を摘みに行っていたんだ…。

 僕は自分の中のヨアヒムさんのイメージを崩したくは無かったので、そう思う事にした。


「あれぇ?レアとヨアヒムさんとテミス…それにマリアじゃないか?!久し振り!」

 可愛らしい元気な声が、僕の後ろから聞こえた。

 どうやら、みんなの知り合いらしい。

 僕が後ろへ振り向くと、とても大きな蜥蜴とかげに乗っている、とても小さな人が視界に入ってきた。

「イアちゃん!お久しぶり!」

 マリアが元気良く挨拶を交わした。

 僕は元気が戻ったマリアを見てイアと呼ばれた少女が、馬に乗っていなくて良かったと心の底から思った。

 そもそも、イアは馬に乗れそうもない背丈だった。

 髪は栗色で綺麗だけど短くて、瞳は普通に焦げ茶色だった。

 アスリートの様な黒くてそでの無いタンクトップの上に、ジーンズに使われるデニム生地の半袖の上着を羽織っている。

 すそを折り返した半ズボンもジーンズの様だった。

 マリアがイアと呼ばなければ、胸も含めた小さな身体のせいで男の子だと勘違いしていた所だ。

 …女の子だよね?


「そいつは誰だ?」

 …そいつ?

 イアの質問に、マリアは答える。

「異世界から来たマサタカさんです。」

 …紹介が短縮された?!

「異世界?」

 イアは明らかに疑っている目をしていた。

 彼女は大蜥蜴おおとかげから降りると、僕に近付いて来る。

「…ふーん。」

 イアは、そう言うと僕の身体の匂いを嗅ぎ始める。

 僕は何事かと思い少し怖くなって硬直してしまった。

 僕が固まっている間にもイアは、あらゆる角度から鼻を近づけてクンクンと僕の匂いを嗅いでいた。

「…ま、いいや。悪い奴の匂いは、しないみたいだし…。」

 そう呟くとイアは、手を差し出して握手を求めてきた。

「失礼な事をして済まなかったな。オレの名前はイア。このドワーフの国の…鍛治職人だ。」

「イアちゃんは、お姫様なんですよ?」

 …どっちなの?

「だーっ!マリア!やめろ、その呼び方!虫酸が走る!」

 イアはマリアに大慌てで注意した。

「あー…このドワーフ国の第一皇女、イアだ。よろしくな。」

 …ほ、本物のドワーフだあ…あ?

 僕が若干、引っ掛かったのは…イアがドワーフにしては、可愛らし過ぎたからだ。

 ドワーフと言えばエルフと逆で、年の割に老けて見えるのが定番だった気がする。

 …でも可愛いドワーフが、有りか無しかで言えば…アリだな…。

 …ないぺたロリっ子みたいで…。

 改めて差し出された彼女の手を取って、僕は握手をする。

「マサタカ?だっけ?」

「うん、勅使河原政孝って言うんだ。こちらこそ、よろしくね?イア。」

「…うーん、呼びづらいなぁ…。テシでいい?」

「…構わないよ?」

 ほぼ、お約束と化した僕の渾名あだな決めが終了すると、テミスが会話に入って来た。

「テッシーはアタシと同い年なんだよ?」

「なんだ、じゃオレより一つ下かよ。」

 …え?

 …明らかにガキんちょにしか見えないイアが、僕より年上?

 …あ、そうか!

 …ドワーフだから背が低い上に、可愛い容姿のせいで幼く見えるんだ…。

 その時、僕は背後から殺気を感じた。

 少しだけ後ろを見ると、レアが怒りの形相で僕を睨んでいた。

 言われなくても彼女の目を見れば分かる。

 …なんで私には、さん付けなのに、同じく年上のイアは、呼び捨てなのか?…

 あれは…あの目は、そう訴えている目だ。

「…それじゃイアさんは、レアさんと同い年なんだね?」

「なんだ?急に…さん付けして気色悪い…。イアでいいよ?テシ。」


 このあと僕は、レアさんに…わたくしの事もを付けずに呼んで下さい…と、かなり強めの口調で説得されてしまった。

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