勅使河原くんと二人目の魔姫 Ⅳ

 ミランダ族長は、僕とマリアが遭遇したゴブリン達について尋ねてきた。

 ミランダさんの話だと、彼らは僕らのいたエンダ村の近くに住み着いていた例のホブゴブリンの配下である可能性が高いという事だ。


「それじゃエンダ村を襲ったホブゴブリンが一匹だけで、その配下のゴブリン達は、およそ十数匹いたと言う訳ね?」

 ミランダさんの問い掛けに、僕とマリアは頷いた。

「ホブゴブリン達……今度は何処に住み着いたんですか?」

 僕からの質問にミランダさんが、一度だけヨアヒムさんの方を見る。

 彼は静かに頷いた。

 多分、話して良いかどうかの確認をしたのだろう。

「タイミングが悪かったのよね……。この近くにあるドワーフの鉱山に住み着いてしまっているわ」

 ミランダさんの回答の中に僕にとっては、とても惹かれる言葉があった。

 ──ドワーフ!?

 ──ドワーフもいるんだ!?

 真面目な話だったので、わくわくする気持ちを苦労して抑えながら、僕はミランダさんに質問をした。

「タイミングが悪いって、どういう事ですか?」

「その鉱山は大分掘り尽くしてしまって、今は余り良い鉱石が出ないのよ。それで、一旦は閉じて他の鉱山に暫く専念するって……周りに住んでいたドワーフ達が、みんな自分達の国に帰ってしまって……坑道が、もぬけの殻になっていたの……」

 ──居抜き物件みたいな状態だったのか……。

「もちろん入り口は、ドワーフ達が去る時に自分達で、ちゃんと塞いだらしいんだけど……ホブゴブリン達に、こじ開けられてしまったみたいね」

「ホブゴブリン達を退治した後は、ドワーフのおさと改めて鉱山の管理に関して話し合わなければなりませんね……」

 ミランダさんの言葉に、ヨアヒムさんが補足した。

「自分達の領地にある鉱山を提供したりして……ドワーフさん達とは仲がいいんですね?」

 僕は何気なく感想を伝えた。

 途端にミランダさんとヨアヒムさんの顔が、何故か真っ赤になる。

「べ、べべ、別に、あいつらと仲が良いなんて事は、な、ないわよ?」

「そ、そうだとも、も、貰う物は、ちゃんと貰っているし?」

 ミランダさんは僕から目を逸らした。

 ヨアヒムさんは人差し指と親指で輪っかを作って、お金のサインを僕に見せる。

 ──あれ?

 ──この反応……僕は、知っているぞ?

 ──確か……ツンデレじゃ無かったっけ?

 ……。

 ──え?


「すみません……。私が……もっと、しっかりしていれば……」

 先程まで話をキチンとした姿勢で聞いていたマリアは、いつの間にかうつむいていた。

「私が、ちゃんとマサタカさんの言った通りに行動していれば、皆さんに御迷惑を掛ける事も無かったのに……」

 ──いけない!

 ──彼女は、また泣きそうだ……。

「そ、そんな事ないって、マリア!」

 僕は根拠も無く、そう言った。

 根拠は無いから、後の言葉が続かない。

 ──我ながら情けない。

「そうだよ、マリアくん。村長さんから話は聞いたけれど……あれで正解だったんだよ。もし、統率者であるホブゴブリンをうしなう様な事があれば、混乱したゴブリン達に巻き込まれて、君達二人は命を落とすかも知れなかったんだから……」

 ヨアヒムさんがナイスなアシストをしてくれたけど……その話の内容を聞いて僕は、冷や汗が出てきた。

「親玉のホブゴブリンが逃げ出せば、当然の事ながら後を追う様にして手下のゴブリン達も逃げ出すからね? ボスを殺さずに脅かして逃がした事は、間違いでは無かったよ」

 ヨアヒムさんは続け様に、そう言ってマリアをなぐさめてくれた。

 ──あれ?

 ──でも、あの時は確か……ゴブリン達から先に逃げなかったっけ?

「でも……」

 マリアは呟くと、顔を下に向けたまま唇を噛んだ。

 ヨアヒムさんの慰めの言葉も、彼女には届かなかったみたいだ。

「大丈夫よ? マリアちゃん……。こう言うのも、どうかと思うけれど……まだ私たちエルフの中から、犠牲者は出ていない……。ううん、これからも決して出したりしないわ……」

 ミランダさんが優しくマリアの肩に手を置いて言った。

「もしも、この森の近くの坑道が、エンダ村の近くの洞窟よりも先にホブゴブリン達によって占拠されていたら……奇襲を受けて殺されていたのは、私達かも知れなかったわ」

 ミランダさんは少しだけ悲しそうな表情を見せる。

「むしろ先にエンダ村の人達から犠牲者を出させてしまった事を申し訳なく思っている。貴女への救援も間に合わなくなる所だったわ」

「ミランダさん……」

「たまたまなのよ? 私達は運が良かっただけ……。そして奇襲を受けて亡くなられたエンダ村の犠牲者の人達は……。だから絶対に貴女のせいじゃないわ」

「……ありがとう……ごさいます……」

 そう言って頷きながらマリアは、すすり泣いていた。

 ──ああ……結局、泣いちゃったよ……。

「テッシーくんも……彼女を助けてくれて、ありがとうね?」

 僕も瞳が潤んできた。

 ミランダさんの言葉を聞いて僕は……マリアを助ける事が出来て、本当に良かった……と、思えた。


「族長、そろそろ会議を再開する時刻です」

 ヨアヒムさんが、そう言ってミランダさんに声を掛けた。

「会議ですか?」

「ええ……鉱山に住み着いたホブゴブリンとゴブリン達を掃討そうとうする為の作戦会議よ」

 まだ俯いていたマリアの肩が、ビクリと震える。

「掃討……ですか?」

 マリアは顔を上げつつミランダさんに尋ねた。

 掃討……とどのつまりは皆殺しだ……。

 優しい彼女には、耐え難い現実なのだろう。

 そのマリアの表情から察したミランダさんは、彼女の頭を自身の胸に抱いて優しくさとす。

「マリアちゃん……貴女の優しさは、素敵な事だわ。いつまでも大切にしていて欲しい気持ちよ? でもね……私は族長として、ここで暮らす人々を守らなくちゃいけないの? きっと……貴女の村の村長さんでも同じ判断と行動をする、と思うわ」

 ミランダさんはマリアを抱いた瞬間に閉じていた目を開く。

 その瞳には覚悟の光が宿っていた。

「エンダ村の一般人である貴女には、村長さんの様に……エルフの森での私の様になれとは言わない。でもね? 私達の立場だけは、理解していて欲しいの……」

 ミランダさんは再び目をつむると、もう一度だけ強くマリアを抱き締めた。

「私だって、本当はイヤよ? 殺したり、殺されたりするのはね……。貴女は私の代わりに、いつまでも……その優しい気持ちだけは大事に持っていてね?」

 マリアは、こくりと頷いた。


 ミランダさんはマリアから離れると、立ち上がってヨアヒムさんと一緒に部屋を出て行こうとする。

「あ……待って下さい!」

 僕は思い出した事があったので、二人を呼び止めた。

「なにかしら?」

 ミランダさんが振り返って尋ねてきた。

「もしかするとホブゴブリンは、二匹に増えているかもしれません。毒矢を撃たれる前にゴブリン達が……親分が姉御を呼んだ……と、言っていたのを聞いたんです」

 ミランダさんとヨアヒムさんが、怪訝けげんそうな表情で顔を見合わせる。

「はぁ!? ゴブリンが喋る訳ないじゃん? テッシー、なに言ってんの?」

 そう答えたのはテミスだった。

 ──あれ?

「マリアも聞かなかったっけ?」

 マリアは驚いた表情で僕を見ながら、首を横に振った。

 ──あれえ?

 ──いや……そういえばマリアは、獣の鳴き声の様に聞こえたって、言っていたっけ?

 僕はエンダ村の村長さんの教えてくれたゴブリンの特徴を思い出そうとしてみる。

 ──言葉を理解できるのは、ホブゴブリン。

 ──ゴブリンは、そのホブゴブリンに付き従うだけの存在……。

 そういえば、そんな話だった。

 もしかしたら僕の聞いたゴブリン達の会話が、マリアには獣の鳴き声の様に聞こえたのでは無く、マリアが聞いたゴブリン達の鳴き声が、僕には会話の様に聞こえてしまったのだろうか?

「すみません……。僕の勘違いだったのかも知れません……」

 不確かな情報の提供は、作戦の遂行に支障をきたす。

 僕は自分の、あやふやな記憶から出てきた情報を二人に渡してしまった事を謝罪した。

「……言葉を話すゴブリン……」

 しかしミランダさんは、考え込んでしまった。

 ヨアヒムさんがミランダさんに彼自身の考えを述べる。

「確かにホブゴブリンとゴブリンは、彼ら同士で会話が成立していると考えられる行動をします。また、人間の言葉を理解して話すゴブリンの亜種が、存在する可能性を否定できません。しかし、彼ら同士で人間の言葉を使って会話をする必要なんて無いと思いますが……?」

「そうね……。でも仲間を呼んだ可能性は、考慮しておいた方が良いかもしれないわ……」

 ミランダさんはヨアヒムさんの疑問に、そう答えると僕の顔を見た。

「ありがとう、テッシーくん……参考にさせて貰うわね?」

 そう言って僕へ向けてウインクをした。

「は、はあ……こちらこそ、ありがとうございました」

 僕は少しだけ申し訳なさそうに照れながら、僕の言葉を真摯に受け止めてくれたミランダさんに御礼を言った。

 二人が再び部屋を出て行こうとすると、今度はテミスがヨアヒムさんを呼び止めた。

「待って、ヨアヒム! 会議が終わったら私の部屋に来てよ?」

「テミス……みんながいる前で、そんな大胆な事を言わなくても……」

「ちっがうわよっ! 馬鹿っ!」

 赤くなったヨアヒムさんの言葉を、もっと真っ赤になったテミスが否定する。

「お二人は婚約なさってるんですよ? ヨアヒムさんは次期族長候補なんです」

 マリアが、そっと僕に教えてくれた。

「へ、へえ……」

 それを聞いて僕は、顔が少し赤くなる。

「……言っておくけど、アタシ達だからね?」

 テミスが僕を鬼の形相で睨んできた。

「ああ、たくっもう! そうじゃなくて、二人も一緒に来て欲しいのよ? ヨアヒムが見たっていうマリアの、お父さんの事で……。ヨアヒムから特徴を聞いて、アタシが似顔絵を描いて、マリアに確認の為に見て貰いたいのよ」

 テミスは照れたまま目をマリアから逸らした。

「テミスちゃん……ありがとう……」

 マリアは感動して口を両手で覆っている。

「そういう事なら分かったよ。それじゃ、みんなも後でね?」

 そう言うと手を振りながらヨアヒムさんは、ミランダさんと一緒に部屋を出て行った。


「あ! いっけない!」

 マリアが突然に大きな声を出す。

「どうしたの?」

「ミランダさんに村からの御礼の品と馬の代金を、お渡しするのを忘れていました……」

 僕の問いにマリアは、そう答えた。

「まぁ……。それでは、わたくしが代わりに預かっておきますね?」

 レアがマリアに申し出ると、マリアは先ず馬の代金を共通貨幣でレアに渡してから、ふたの付いた割と大きめなバスケットを持ってくる。

 レアが蓋を開けて、その中身を確認した。

「まあ! 美味しそうな卵を沢山産んでくれそうね……? ありがとう」

 バスケットの中身は、雌鶏めんどりだった。

 ……いかにも、こういう世界らしい御礼だなあ……と、僕は思った。

「ううん、こちらこそ! 村を助けに来てくれて、ありがとうごさいます。ミランダ族長様には、改めて御礼を伝えさせていただきますね?」

 マリアは丁寧に言うと、レアに向かって御辞儀をした。

 レアが代金とバスケットを持って、どこか別の場所にある保管所に向かおうと、部屋から出ようとした時だった。

「あ……待って、おねえちゃん。アタシも一緒に行く」

 そう言いながらテミスは、レアを追いかける。

 テミスは、その途中で僕達の方を振り向いて話しかけてきた。

「夕飯は、みんなで一緒に食べよ? 私達の分も持ってくるから……ちょっと待ってて?」

 テミスはレアの背中を軽く両手で押しながら、二人で一緒に部屋を出て行った。

 そんな様子を見てマリアも微笑んでいる。


 ……二人とも仲がいいなあ……と、僕は思った。

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