勅使河原くんと二人目の魔姫 Ⅲ

「……さんっ! マサタカさんっ!」

 声が聞こえて、僕は目が覚めた。

 まぶたを、ゆっくり開けるとマリアの顔が見える。

 彼女は目を真っ赤にらしながら泣いていた。


 ──あれ? また泣かしちゃった……。


 状況も把握できていない内から罪悪感に襲われる。

 僕は、ゆっくりと片手を伸ばして彼女の頭を撫でた。

「ごめんね……」

 僕が、それだけを言うと……マリアは僕に抱きついてきた。


「起きたか? 小僧……」

 どうやら僕は、またベッドの上で寝かされていたらしい。

 僕は上半身を起こすと、尋ねてきた男の人を見た。

 かなり年配の人みたいだ。

 顔中に沢山のしわが刻まれていた。

 結構な量の赤茶けた顎髭あごひげを蓄えている。

 その反対に頭は、剃ったみたいにツルツルだ。

 ぶっきらぼうな物言いに反して、しっかりとした身なりをしている。

「こちらの方はデモス司祭です。マサタカさんを助けてくれたんですよ?」

 ──司祭?

 確かに簡素かつ動き易そうではあるけれど祭服っぽい黒い着物を身に着けている。

 僕の世界との違いと言えば、十字架が見当たらない事くらいだ。

「……ありがとうございます」

 まだ身体からダルい感じが抜けない僕は、失礼だとは思いつつもベッドに入ったままで、ゆっくりと上半身だけを曲げてデモス司祭に御礼を言った。

「なぁに、たまたま解毒魔法の処置が早かったから助かったのよ……。中々に意識を戻さないから、多少は心配したがな」

「……解毒魔法?」

 ──凄い。

 ──本物の魔法を使う異世界のプリーストだ。

「すみません。こんな格好で……」

「気にするな。じゃあ俺は、これで失礼するよ? 会議しなきゃならん事が出来たのでね……」

 そう言うとデモス司祭は、部屋から出て行った。

 ──部屋?

 ──そう言えば、ここは何処だ?

 僕は知らない部屋のベッドの中にいた。


 しばらくすると二人の女の子達が、部屋に入って来た。

 ──え?

 女の子達は二人とも耳が後ろへと跳ねる様に長く伸びている。

 ──エルフ?

 ──本物のエルフだ!

「マリアちゃん、お水と夕食を持ってきたよ?」

「ありがとう、レアちゃん」

 ──レアちゃん?

 ──じゃあ、彼女がマリアの友達の……?

 レアと呼ばれたエルフの女の子は、大人しそうな感じだった。

 ロングストレートの金髪。

 優しそうな少しだけ垂れ気味の目。

 若草色をした半袖のワンピースを着て、くびれの所を長いけれど幅の狭い黄色い布を巻いて後ろで結んでいた。

 マリアほど大きくは無いけど、はっきりと形の分かる美しい……。

 ──待て待て、僕は何処を見ているんだよ?

 僕は視線をレアの顔に戻すと、ある事に気が付いた。

 彼女の目は、左が赤くて右が青かった。

 オッドアイだ。

 ──なんか……綺麗だな……。

 その神秘的な瞳に、僕の視線が吸い寄せられていく。

「なに? お姉ちゃんの目が、そんなに珍しいの?」

 質問は、もう一人の女の子から僕に飛んできた。

 僕がレアのオッドアイをジーッと見ていた事に気付いたらしい。

 なんだか少し怒っている感じの物言いだった。

「うん……初めて見るけど……とても神秘的で綺麗な目をしているな……って、思って……」

 僕が素直に、そう感想を告げると……もう一人の女の子は、なぜか驚いた表情をした。

「ふーん、分かってるじゃない……」

 もう一人の女の子が今度は、上機嫌な雰囲気に変わった。

「マリアの彼氏、目が覚めて良かったね?」

 続いて、そんな事を言う。

 ──え?

「え? いや、あの……その……そんな……まだ……」

 マリアは答える事が出来ずに口ごもってしまった。

「なんだ、違うの?」

「ち、違わない……かも……知れない……けど……」

「なーによ? それ……」

「テミスちゃん、おやめなさい……」

 レアが口を開いて、もう一人の女の子を注意した。

「はーい」

 どうやら、もう一人の女の子の名前は、テミスと言うらしい。

「あの……マリア?」

 僕は彼氏と言われて少し自分の顔が火照ほてる感じがしていたけれど、マリアに二人を紹介して貰おうと思って声を掛けた。

 マリアは察してくれる。

「あ……はい、そうですね」

 オッドアイの少女に手の平を向けて、マリアは彼女を紹介してくれる。

「もう二人の名前は、既に御存知かもしれませんが……このはレアちゃん。私の親友です」

「はじめまして……」

 彼女は静かに言うと、おずおずと御辞儀おじぎをした。

「は、はじめまして……」

 僕は、まだベッドの中で座りながらも同じ様に返した。

 マリアは手の平を、もう一人の女の子に向け直す。

「この娘はテミスちゃんです。レアちゃんの妹なんですよ? 二人とも族長であるミランダさんが母親なんです」

「こんにちはー!」

 テミスは明るくて活発な性格の様だ。

 彼女の元気な声から、その事が分かる。

「こ、こんにちは」

 出来たかどうかは分からないけれど……僕も、なるべく元気に返事をした。

 テミスの方は両目が同じ瞳の色で揃っていて、焦げ茶色だった。

 半袖の白いシャツの上に袖無しの深緑色のベストに見える服を着ていて、前の方を茶色い紐で靴紐みたいに結んでいる。

 下はスカートでは無く、ベストと同系色の短パンを履いていた。

 お姉さんと同じ金髪だけど、髪型はミディアムで……毛先が肩の辺りでフワッと広がっているのが印象的だ。

 胸の辺りのベストは、窮屈そうには見えない。

 瞳の色以外にも、お姉さんと異なる点の一つだった。

 ──だから、僕は何処を見ているんだよ?

 マリアが今度は、手の平を僕に向けて二人に紹介してくれた。

「この方は……マサタカさんです。わけがあって同行して頂いています。」

 ──そんなに勅使河原てしがわらって言いにくいかなぁ?

「マサタカさんは異世界の人なんですよ?」

 ──ちょっ!? っ!?

「へ?」

 テミスの目が点になった。

「あら、まあ……」

 レアが片手で口を覆った。

 テミスがマリアに近づいて来た。

 テミスの片手が、マリアのひたいに当てられる。

 テミスは、もう片方の手を自分の額に当ててから、しばらくして呟く。

「熱は無い様ね……」

「……無いよ?」

 マリアは不思議そうな顔をした。


「お邪魔するわね?」

 部屋の入り口から女性の声がした。

 僕は、その声の主の方へと向いた瞬間に見蕩みとれてしまった。

 雰囲気がテミスに似ていた。

 でも遥かに大きかった。

 ……何処を見ているんだ? ……と、またまた自分でも思ったけれど……きっと誰もが仕方のない事だと理解してくれるのではないか? ……とも思った。

 入って来たエルフの女性は、そのくらい目をく美しいスタイルをしていた。

 綺麗だけれど、モデルに例えられる程に彫刻然ちょうこくぜんとした美しさじゃない。

 仕草の柔らかさと微笑みの暖かさを兼ね備えた自然な美しさだった。

 そう……敢えて例えるならトップクラスのグラビアアイドル並みの美貌だった。

 僕は思わずレアに聞いてしまう。

「この人はレアさん達の、お姉さん?」

 部屋に入って来た女性は、僕の言葉を聞くと目を丸くした。

 その後で、ゆっくりと微笑みながら片手を紅くなった頬に当てると、照れた様子で言う。

「あら、お上手ね……?」

「あはははは! まあ、人間が初めてエルフを見ると、そう思うかもね? この人は私達の母親で、こう見えても三十キュッ……」

 笑い出したテミスの台詞は、そこで途切れた。

 彼女の母親は娘の頭を片手だけで掴むと、両側のこめかみに細くて綺麗な指を食い込ませた。

 ──えーと?

 ──ミシミシと音がしてるんだけど……大丈夫なのかな?

「幾つですって? テミスちゃん?」

「じゅ……十七歳と八千百日です。お母様かあさま……」

 ──ええっ!?

 ──この世界も一年が、三百六十五日なの?

 ──いや驚く所は、そこじゃないか……。

「ち、因みに私は、本当の十七歳だから……」

 テミスは痛むらしい頭を押さえながら涙目になりつつも微笑むと、僕に向かって、そう答えてくれた。

「あ、僕と同い年だったんだ?」

「「「「えっ!?」」」」

 今、部屋の中にいる女性陣が、みんな驚いた顔をして僕の方を見ている。

 マリアまで目を、まんまるにしていた。

 ──そういえば、教えてなかったっけ?

 ──そんなにけて見えるのかなあ? 僕……。

「それじゃあ私の方が、お姉さんですね? 私はテミスより一つだけ年上なんです」

 そう言って初めてレアは、僕に笑いかけた。

「マサタカくん? フルネームは何て言うのかしら?」

 続けてレアは、そう尋ねてくる。

「あ……はい、勅使河原政孝って言います」

 彼女達の母親が、握手を求めながら僕に話し掛ける。

「ごめんなさい……。結構、呼び方の難しい名前ね……? テッシーくんで、いいかしら? わたしの名前は、ミランダよ。このエルフの森で族長をしているわ、よろしくね?」

 僕は握り返しながら答える。

「はい、大丈夫です」

 ──そんなに?

 テミスが続けて訊いてくる。

「アタシは同い年だからテッシーで、いいわよね?」

「うん、構わないよ?」

 ──でも、そんなに?

 レアも後に続いた。

「わたくしは……マーくんって、呼んでいいですか?」

 ──いや流石に、それは……。


「そろそろ自分も紹介して貰っても、いいですか?」

 部屋の入り口に立つ男の人が、にこやかな表情をして話し掛けてきた。

「ヨアヒムさん!」

 マリアが、その質問に答える様に彼の名前を呼んだ。

 ──ヨアヒム?

 僕は身体が少し楽になってきたのでベッドから出て立ち上がると、ヨアヒムさんを見て尋ねた。

「もしかして……僕とマリアをデモス司祭と一緒に助けてくれた?」

「……よく、憶えているね?」

 ヨアヒムさんは驚いた顔をした。

「ええ……意識を失う直前に貴方の名前を呼ぶマリアの声と、貴方がデモス司祭に素早く解毒魔法を頼む声が聞こえてきました。本当に、ありがとうございます。」

 僕はヨアヒムさんに御礼を言ってから、お辞儀をした。

「助かって良かったよ」

 そう言うとヨアヒムさんは、人懐ひとなつっこい笑顔を僕に向けてくれた。

 失礼な例えかもしれないけれど、賢い犬の様な……優しくて親しみ易い瞳をしている人だ。

 ヨアヒムさんは、長くも短くも無いけれど微かに青み掛かった美しい銀髪をしていた。

 ──多分エルフだと思うけど、女性達に比べると耳が少しだけ短いような?

 ──もしかして?

 ──いや……勝手な詮索は、やめておこう……。

 背はミランダさんより、やや高くてスマートだけれども……服の上からでも筋肉を鍛えているのが分かった。

 もしかすると、あの時に弓を使ってゴブリンを倒してくれたのも、ヨアヒムさんなのかもしれない。

 緑色の服の上には、軽装だけど硬そうな皮の鎧を身に着けていた。

「ミランダ族長、休憩時間が終わって会議を再開させる時刻まで後少しです」

 ヨアヒムさんは表情を変えるとミランダさんに、そう伝えた。

 その時のヨアヒムさんは、真剣な表情をしていて……僕は見た事も無い狼の姿を想像してしまう。

 彼は、そう感じさせてしまう程の厳しい顔をしていた。

「そうね……。ねえ、マリアちゃん? テッシーくん? 食事の前に申し訳ないのだけれども、教えて欲しい事があるの……」

 ミランダさんはテミスと同じ色とスタイルの髪を片手で掻き上げながら、そう僕達に問い掛けてきた。

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