勅使河原くんと二人目の魔姫 Ⅴ

「テッシーは異世界から来たって、本当?」

 みんなで夕飯を僕の寝ていた部屋にあるテーブルに並べていると、テミスが質問をしてきた。

 ──異世界から来たというよりは、連れて来られたというのが正解に近いけど……。

「そうだよ?」

 異世界から来たという事自体には、違いが無いから、僕は肯定した。

「ふーん……。ねぇ、異世界の人達って……どんな魔法を使うの?」

「いや、僕は……僕達の世界では、そういうのは無いんだよ……」

 僕が、そう言うと……テミスは少しがっかりした様子だった。

「で、でもでも! マサタカさんは、凄いんですよ!? 『対の門』の新しい使い方を考えて、私に教えてくれたんです!」

 マリアがフォローに入ってくれる。

「へえ、本当? どんなの?」

 少しだけ感心したテミスが、マリアに尋ねてきた。

 マリアは楽しそうに小さな『対の門』を出すと、黒をコップの上に移動した。

 そして白を水差しの中の水に沈めたり、水の外に出したりしながら、四人分のコップに黒を移動させて華麗に水を注いでくれる。

「わぁ、すごい」

 レアは大人しい声だったけれど、素直に感動して小さく拍手をしてくれた。

「……で? これ以外に、なんの役に立つの?」

 テミスの質問に、マリアが悲しそうな顔をして僕の方を見た。


「残念だなぁ……異世界の魔法使いなら何とか出来るかも? ……って、相談したい事が、あったのに……」

 テミスは食事をしながら、ぼやいた。

「なんの話?」

 僕はテミスに尋ねると、彼女はレアの方を見て言った。

「お姉ちゃん、いい?」

「……テミスちゃんが良いなら、構わないわ」

 姉からの了承を得た妹は、改めて僕に向き直ると、やや真剣な表情をして話し始める。

「アタシ達エルフは、全員って言っていいくらい精霊魔法を使う事が出来るようになるの」

「精霊魔法?」

 もちろん僕は、自分の世界での本やゲームにおける精霊魔法に関して、ある程度は知っている。

 でも今後の為にも、この世界での精霊魔法に関する事柄を知っておきたかった。

地水火風ちすいかふうの四精霊に協力して貰って、彼らの力を借りて行う魔法の事よ」

 ──大体、似ているな。

「このユピテル国以外の森に住むエルフなんかも、ある程度の年齢になれば、ほぼ全員が使えるって話だし……人間でも使える魔術師は、少なくないのよ? でも、お姉ちゃんは……」

「使えないの?」

 僕はド直球の質問をしたけれど、テミスは首を横に振る。

「一応、使えるの……。使えるんだけど……変なのよ」

「変って?」

「……うーん、なんて説明したらいいか……。ちょっと、見てくれる?」

 テミスは、そう言うと自分のコップに片手をかざした。

「先ずは、アタシが一般的な精霊魔法を見せるわね?」

 テミスはコップを……いや、その中の水を見つめ始めた。

「水の精霊よ……。我が呼び掛けに答えよ……。我が手に来たれ……」

 テミスが呪文を唱えると、コップの中の水が渦を巻き始める。

 そして回転しながら球状になって、彼女の翳した手の近くにまで水だけが、コップから浮き上がった。

「凄いや……」

 精霊魔法の実物を初めて目にした僕の口から、溜息が漏れる。

「……と、まあ……こんな感じになるのが、普通なんだけどね」

 そう言いながらテミスは、レアに目配せをする。

 レアも自分のコップに手を翳して、呪文を唱え始める。

「精霊さん……精霊さん……わたくしの手元に集まって?」

 コップの中の水には、なんの変化もない。

 ──いや……あれれ?

 よく見ると、あぶくが立ってきた。

 段々と水蒸気も立ち上ってくる。

 ──沸騰している!?

 そう思ったのもつか……レアのコップの中は、ボコンボコンという音まで立てながら、お湯が沸いていた。

「お姉ちゃん! とめて、とめて! 危ないから!」

「せ、精霊さん! 精霊さん! もう、いいわ!? ありがとう!」

 そうレアが慌てて言うと、沸騰は収まった。

 でも湯気は、立ち上ってくるままだ。

 ──お湯になっちゃった……。

「……と、まあ……火の精霊に呼び掛けた訳でも無いのに……こう、なっちゃうんだけど……異世界の人から見て、原因は何だと思う?」

 テミスは僕に尋ねた。

「一つだけ分かった事が、あるよ」

「なになに?」

 テミスは僕の返事に期待で目を輝かせた。

「君と、お姉さんだと……呪文が違う」

 テミスは溜息を吐くと呪文を唱えた。

「精霊さーん。精霊さーん。もう、いいわー? ありがとー」

 テミスの手から球状の水が、ゆっくりと彼女のコップに戻る。

「言い方って、あまり関係ないのよねー。お姉ちゃんの唱え方が、アタシの趣味に合わないってだけで……」

「……なるほどね」

 僕には、お手上げの状態だった。


 食事を済ませて後片付けをすると、僕ら四人はテミスの部屋へと向かう事にした。

 僕が寝ていたベッドのある部屋は、診療所の建物の中だったらしい。

 テミスの部屋は、こことは別の建物……族長であるミランダさんの家の中にあるそうだ。

 ──家族なんだから、当然か……。


 姉妹達の家に向かう途中に広場があった。

 そこでキャンプファイヤーの様な炎の前に立つ一人の男性がいた。

「あの人は?」

 僕はレアに尋ねた。

「あの御方はホボス司教です。私達の森に神様の教えを定期的に伝えに来て下さっています」

「それだけじゃないんです。教会の方々は独自の軍隊を持っていて、定期的に街道を巡回してくれているんです。だから街道には、野盗や山賊が余り出没する事が無いんですよ?」

 マリアが説明を補足してくれた。

「エンダ村にホブゴブリン達が襲ってきた時にも、司教様達がいらっしゃっていれば……。救援を頼むにも教会は、エルフの森より遠過ぎましたし……」

 マリアは、そう言って少し悲しく残念そうな表情を僕に見せた。

「あの炎……あれは何をしているの?」

「テッシー達を襲ったゴブリン二匹を弔っているんだって……。結構な変わり者つうか……物好きだよね?」

「テミスちゃん、そういう事を言っては、いけません」

「はーい」

 僕の質問に答えてくれたテミスだったけれど、余計な事を付け加えてレアに怒られてしまっていた。

「ちょっと、見てきていい?」

 僕は、みんなに尋ねた。

「いいけど……辛気臭いから、アタシはパス。お姉ちゃんは、どうする?」

「わたくしも、ちょっと……」

「族長様の家なら、私が知っているから大丈夫! 見学が終わったら、きちんとマサタカさんを案内します!」

「そう? それなら、お願いしようかしら?」

 そう言うとレア達は、僕らに手を振りながら先に自分達の家へと向かった。


 僕とマリアは、ホボス司教の側へと向かう。

 近付くと黒焦げの遺体が、二つだけ炎の中に見えた。

「すみません。宜しいですか?」

「こんにちは、司教様。」

 まだ少しだけ陽の光を感じる広場の中で、炎に照らされたホボス司祭が、僕らの方へと顔を向けた。

「ちょうど略式での葬送が、終わった所だから構わないが……君達は?」

「お久し振りです。エンダ村のマリアです」

「……ああ、占い師のお孫さんの? そちらの少年は?」

「異世界の方です」

 ──だーかーらー。

 もう僕自身が、慣れつつあるマリアの僕を紹介する時の決まり文句だったけれど……ホボス司教の反応は、今までに無かったものだった。

 彼は何故か険しい表情で僕の方を睨んできた。

 値踏みするかのような視線に僕は、居心地が悪くなってしまう。

「……いや、いくら何でも少年という事は、あり得んか……」

 だけどホボス司教が、そう独り言を呟くと……彼の表情は、穏やかな物に切り替わった。

「初めまして……。俺はホボスという名の一介の聖職者だ。もっとも肩書きは、ユピテル国で教会支部を束ねる司教という事になっているがね」

 ホボス司教は、そう言って僕に握手を求めてきた。

「君の名前は?」

「勅使河原政孝と言います」

 僕は、ホボス司教の大きな手を握り返しながら答えた。

「テシガワラ君か……ここに何の用かな?」

 ──おおっ!?

 僕は苗字を異世界の人に、きちんと呼ばれたのが初めてだったので、何となく嬉しかった。

「はい、ゴブリン達を弔っているって聞いて……実は、そのゴブリン達に襲われたのが、僕達だったんです」

「そうだったのか……。君は、自分達を襲った彼らが憎いかね?」

 ──あれ?

 ──もう苗字では、呼んでくれないのか……。

 僕は喜んだのも束の間で少し寂しくなってしまったが、ホボス司教に促されて燃やされているゴブリンの遺体を見つめ直した。

「多分……誰か身近な人を殺されていたら、そう思っていたかもしれません。でも、こうなってしまうと……もう憎しみとか、そんな感情が湧く事も無くなってしまうみたいです」

 僕は素直に答えられた。

「そうか……」

 そう言ってホボス司教は、また炎の中に視線を戻す。

 ホボス司教の着ている服は、デモス司祭と似ているけれど、色は反対に白かった。

 頭髪の色はデモス司祭の髭の色と一緒の赤茶で、頭はフサフサだったけど、顎がツルツルだった。

 がっしりとした体格をしていて聖職者というよりは、格闘家みたいな感じだったけれど……とても優しそうな目をしていた。

 デモス司祭よりも結構、年齢は若そうに見える。

「ホボス司教は、どうしてゴブリン達を弔おうと思ったんですか?」

「死体を放置しておくと腐って、そこから流行はややまいが発生し易いから火葬する……という建前もあるが……」

 ホボス司教は僕の方を向いて微笑みかける。

「ゴブリンとて、神が創られた生き物には違いない。敵対してしまうのは、仕方の無い事だが……可能な限り弔ってやりたいと思ってね」

 ──そうか、この人は優しい目をしているんじゃない。

 ──優しいから、あんな目が出来るんだ……。

 僕は、そう思った。


 マリアはホボス司教の言葉を聞いて何か思う所があったのだろうか?

 僕の上着のすそを掴んで、そっと握り締めてきた。

「どうしたの?」

「ミランダさんが……ホブゴブリン達を掃討する……と、仰った時に……マサタカさんがゴブリンの毒矢に倒れた瞬間の記憶が、私の中で蘇ったんです……」

 マリアは焼かれていくゴブリン達を見詰めていた。

 ──しまった。

 ──僕は、また自分の事しか考えていなかった。

「つらいんだったら、もう行こうか? テミス達も待っているだろうし……」

「いいえ……。もう少し、ここに、いさせて下さい。私もゴブリン達を弔う所を見たかったから……いえ、見なければならないと思ったから……マサタカさんに、ついて来たんです。」

 ──どういう事だろう?

「……以前の私だったら、掃討しようとしているミランダさんの様な大人達を……イヤだな……と、思って見ていたかもしれません。でも、ホブゴブリン達を放っておいてマサタカさんが、今度こそ死んでしまうような事があったらと思うと……」

 マリアは目を細めた。

 それは、きっと炎がまぶしいからでは無いのだろう。

「私はずるい人間です。ミランダさんに説得されたのを良い事に、私が躊躇ためらった事で起きた事件の後始末を押しつけてしまったんです……。こんなの本当の優しさじゃありません」

「そんな事ないよ? ミランダさんも言っていたけど……マリアみたいな優しさも、あって良いんじゃないかな? そりゃ、それを貫き通す事は、つらいかもしれないけれど……僕はマリアが君らしく優しくある為に自分なりに協力していきたい、と思っているよ?」

 そう言うと僕の横に立つ彼女は、疲れた様に僕へと身体を預けてきた。

 僕はマリアの肩に手を置いて、彼女が崩れないよう支える為に強く抱き締める。

「私……マサタカさんが目を覚ますまで、ゴブリン達を、とても憎んでいたんです……。こんな気持ちは、初めてでした。自分の心の中に……こんな感情が、生まれるなんて……」

 衝撃だった。

 彼女の心に黒い部分が、生まれた事にじゃない。

 彼女の優しさを危うく僕が、壊してしまうかもしれなかった事に驚かされた。

 これでは協力どころか、その正反対だ。

 僕は……マリアが彼女らしくある為に、まず僕自身が生き延びなければならない……と、自惚れと知りつつも強く思った。

「でも、マサタカさんが言っていたように、ゴブリン達が弔われているのを見て、そんな憎しみも燃え尽きていく様な気がしました。」

 彼女は、つらそうだったけれど僕に微笑んだ。

「確信があったわけじゃないんです。でも……私の中の憎しみを癒やせるんじゃないかな? ……って、思って……マサタカさんに付いて行って、この光景を見るべきだ……と、思ったんです」

 そう言うと彼女は、静かに燃えていくゴブリン達を見つめ直す。

 僕は、彼女が何処か優しい目をしている様に感じていた。

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