勅使河原くんと一人目の魔姫 Ⅹ

 翌朝になった。


 村の正門の前で僕とマリアは、村長さんと何人かの村の人達に見送りに来て貰っていた。

 村長さん達からエルフの人達に渡す手紙と御礼の品を持たされる。

「マリアは、これを持っていておくれ。お遣いに必要な路銀ろぎんと報酬の前渡しじゃよ。」

 村長さんは、そう言うと彼女に小袋を渡した。

 中身を確認して、マリアは驚いて答える。

「教会が発行している共通貨幣じゃないですか? それも、こんなに沢山……」

「当たり前じゃ。普段の生活で使っている村の通貨が、他所よそで通用する訳が無かろう? それに御両親が見つかったら、何かと物入りになるかも知れん。手紙の一つくらいは、連絡を寄越して欲しいが……そのまま御両親と暮らす事になっても構わないから……の?」

 そう言うと村長さんは、マリアの頭を撫でた。

 僕は横から小袋の中に指を入れて貨幣を一枚だけ取り出そうとする。

 金、銀、銅の様々な輝きの中から一枚を選んだ。

 僕の指に挟まれた金色に輝く硬貨は、とても綺麗だった。

 何か文字の様なものが彫られているが、見た事が無い物なので読めなかった。

 ──これが異世界の通貨かあ……。

 僕は、そこはかとなく感動していた。


 マリアが村の人々に挨拶して回っている時に、村長さんが彼女に気付かれない様に僕へと近付いてきた。

 村長さんは僕に耳打ちをする。

「マリアの祖母が、亡くなる前に孫の事を占った時にな……他所よその世界から来た男に村の外に連れ出される……という結果が、出た事があるんじゃよ」

 そうささやくと僕の耳から顔を離して、にっこりと笑った。

「まさか当たるとは、思わんかったがの? あやつの占いは、良いとこ的中率三割ぐらいじゃったし、マリアも似た様なもんじゃしな」

 昨日マリアが占ってくれた……僕が幼馴染みの美恵と会えるかどうかの占いは、あれから何度か試してみたけれど……二度とアウロペの街が水晶玉に映る事が無かった。

 マリアの力が足りなかったのか?

 たまたま最初の占うタイミングが、良かったのか?

 それとも占っている途中で、未来が変わってしまったのか?

 ──まあ……村長さんの言う通りの的中率なら、あまり期待し過ぎない方が良さそうだね……。

 ……今はエルフの森まで彼女を無事に届ける事に集中しよう……と、僕は思った。


 ──それにしても……マリアのおばあちゃんが、僕の出現を村長さんに予言していただなんて……。

「だから僕が……異世界から来た……と言った時にも、あまり疑わなかったんですね?」

「まあ……今でも半信半疑じゃよ? そんな途方もない占いが、当たるとも思えんかったし……。なんせ大昔にマリアの祖母が、わしの事を占った時には、わしが絞首刑になる未来が映ったのじゃからな……」

 ──ええっ!?

 僕が驚いた表情を見せると、村長さんは歯を見せて笑った。

清廉潔白せいれんけっぱくなわしが、そんな目に合うものかね? 未だに、こうしてピンピンしとるよ」

 村長さんは、そう言って僕の肩を叩くのだった。


 自分達の荷物を持って二人で全員に向かって、お辞儀をしてから出発する。

 村長さん達に手を振りながら、僕達は村の正門から外へと向けて離れて行った。

 開け放たれた正門の両側には、二本の柱が垂直に伸びていて……その上にアーチ状の看板が、取り付けられていた。

 僕は、ふと……その看板に書かれてある文字に目がまる。


 "ようこそ! エンダ村へ!"


 看板には、そうで書かれてあった。

 ──幻覚かな?

 僕は目をこすって、もう一度見る。

 変わらなかった。


 僕は横で一緒に歩いているマリアに尋ねる。

「ねぇ、マリア?」

「なんですか?」

「村での通貨って奴を見せてくれない?」

「いいですよ?」

 そう言って彼女は、先ほどの小袋よりも小さな別の袋から木製の小さな円盤を取り出して僕に渡してくれた。


 "十円"


 その硬貨には、で、そう書かれてあった。

 似ているのは円の直径だけで厚みも素材も、まるで違う硬貨だった。


 ──もしかして僕は、この女の子と村の人達に騙されているのだろうか?

 ──ここは壮大なテーマパークの敷地内の一角で僕は、そこに来場している客なのではないだろうか?


 僕は、そんな考えに囚われもしたけれど……目の前の空に浮かぶ大きな月に笑われた気がした。

 それとも僕は、まだ現実世界にある病院のベッドの上で目覚めずにいて、ずっと夢を見ているだけなのかもしれない。

 あるいは、ここが死後の世界……天国か地獄のどちらかなのだろうか?


 少し斜め前の隣側を歩いていたマリアは、微笑みながら不思議そうに僕の顔を覗いてきた。

 手を後ろに組んで横向きに、お辞儀をする様に僕の顔を正面から見詰めてくる。

 僕は、そんなマリアに村の十円を返した。

 十円を受け取って自分の財布である小袋にしまったマリアは、再び前を歩き出す。

 まるで、僕を導いてくれるかの様に……。


 ──今は色々な事を考えるのは、やめよう。

 ──でも、きっと何時かは答えに辿り着ける様に頑張ろう。


 その為の一歩を僕は、マリアを追いかける様にして改めて踏み出していた。

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