第二話

勅使河原くんと二人目の魔姫 Ⅰ

 エンダ村を出発してマリアの進む道を後ろから付いて行くと、やがて広い街道に出た。


 街道の脇には木製の指示看板が立てられている。

 一本の杭に三枚の矢印の形をした看板が取り付けられていた。

 僕達が歩いて来た道を指す矢印の看板には”エンダ村”。

 まだ午前中の太陽が見える東の方角を示している矢印の看板には”創造神教会ユピテル支部”。

 その反対方向である街道の西を向いている矢印の看板には”エルフの森”。


 そうで書かれてあった。


 ──うん、まぁね……そういうファンタジー世界の約束事って大事だよね。

 ──物凄い偶然の一致で、そういう似ている言語や文字を使う文明になっていても不思議じゃないし……。


 僕は取り敢えず、そう思う事にした。


「ここで馬車を待ちましょう?」

 僕達が来た道の直ぐ側には指示看板以外に、もう一つの看板や巨大な丸太を縦に切って造られたと思われる長椅子があった。

 看板には、やはり日本語で”エンダ村停留所”と書かれてある。

 僕はマリアと一緒に底がまるい長椅子の平らな上面に座ると、彼女に話し掛けた。

「エルフの森へは、どのくらいで到着するの?」

「馬車だと速いんですよ? もうすぐ来ますから、昼には森の入り口の停留所に着くと思います。」

 ──そんなに?

迂回うかいしながらの徒歩じゃ無いなら、そんなもんなんだ?」

 僕は驚いた。

「ええ、そうなんです。……エルフの森へ救援を頼みに行った人は、ゴブリン達の監視がある中で先程の目立つ小道を通る訳にもいきませんし、おおっぴらに馬車を利用する事も出来ません。森の中を静かに隠れながら進んでも、監視が酷くて時々まったく動けなくなった場合もあったそうです」

 ──もの凄い苦労をされてたんだなぁ……。

 僕は昨日の朝に村長さんに紹介された、エルフの森に救援を呼びに行った男性の事を思い出していた。

「不眠不休でエルフの森に辿り着いた時には、気絶してしまわれたそうです……。丸一日も意識が、戻らなかったとか……」

「うわぁ……」

 僕は改めて彼に感謝した。

「でも、あの日の夕方に救援が来たという事は、僕の作戦は余り必要が無かったのかも知れないね……?」

 そんな事を冷静に分析して、つい口に出してしまったら……マリアが慌てる様に否定してくれる。

「そんな事ありません! マサタカさんがいなかったら……私……あの担ぎ台の上で、今頃は……」

 そう言って頬に両手を当てている彼女の顔色は、青くなったり赤くなったり目まぐるしく変化した。

 ──可愛いなぁ。

「村に馬は、いなかったの?」

「……いましたけれど……馬も全部、最初のホブゴブリンとゴブリン達の奇襲で……」

 マリアは、そう言うと悲しそうな顔をする。

 彼女に、そんな表情をさせたままにしたく無かった僕は、すぐさま別の質問をした。

「じゃあ今も村には、馬が一頭もいないの?」

「いいえ。……エルフの人達に乗ってきた馬を何頭か置いていって頂けたんです。今回の御遣いは、御礼の品を届ける以外にも馬の代金を御支払いするという目的も含まれているんですよ?」

 そう言って彼女は、にっこりと笑った。

「なるほどね……」

 僕は納得した。

「あ、馬車が来ました」

 彼女は長椅子から立ち上がった。

 僕も立ち上がって太陽の見える方角から街道を真っ直ぐに、こちらに向かって来る馬車を眺めた。

 馬二頭にかれて来るのは、結構大きくて頑丈そうな乗り合い馬車だった。


 体感だと午前七時くらいにエンダの村を出発して、八時くらいに馬車に乗って、十二時くらいにエルフの森の停留所に着いた気がした。

 太陽は真上に差し掛かろうとしている。

 途中から街道は、深い森の中を通っていて、そこにエルフの森の停留所があった。

 僕らは馬車を降りると、マリアが僕の方を振り向きながら森の奥へと続いている幅の広い道に入っていった。

「ここは、とても大きな森で……エルフの皆さんの住んでいる場所は、その一部なんですよ?」

「そこがエルフの森って呼ばれてるの?」

「そうなんです。でもエルフの皆さんは、この森全体を自分達の庭の様に知り尽くしていますから、この森全てがエルフの森と言っても、いいくらいかも知れませんね」

 しばらく歩くと、森は開けて草原が拡がっていた。

「ここはエルフの皆さんが所有する牧場なんです。頂けた馬も、ここで育てられたんですよ?」

 僕らの歩いてきた道は、深い森から広い草原を経て、また深い森の中へと続いている。

 丁度その道の真ん中辺りで、僕は立ち止まって周りを見渡してみた。

 森の壁が前後に立ち並び、その隙間の草原は左右の遥か先にまで延びているものの遠くには、やっぱり森が拡がっていた。

 その草原の先にある森の上空には、もはや見慣れた大きな月があった。

 少し先へ歩いていたマリアが、戻ってきて微笑みながら僕に言う。

「まだまだ目的地まで少し掛かりそうですから……この近くで休憩にして、お弁当を食べましょうか?」

「いいね! でも……」

 僕は元気良く返事したものの……どこで食べようか? ……と悩みながら辺りを見回した。

 マリアは広い道の行く先を指で差して微笑む。

「この道を少しだけ森の中へと歩いた所に、とっておきの秘密の場所へと通じる抜け道があるんです。友達に教えて貰ったんですよ?」

 彼女はほがらかに、そう提案してきた。

「友達? 前にも、そう言ってた事があったね?」

「ええ……名前はレアちゃんって言うんです。これから会うミランダさんっていうエルフの族長様の娘さんなんですよ?」

 ──エルフに友達がいるなんて、マリアは凄いな……。

 僕は素直に感心した。


 森の中の道は、馬か馬車を通す為なのか比較的きちんと整備されていて広かった。

 でも新しく入った森の中で、その道の端から横に延びている小さな抜け道は、大人ひとりが歩くのも、やっとの幅しか無かった。

 僕はマリアを先頭にして彼女に誘われる様に、その小道を歩いている。

 奥から、せせらぎが聞こえてきた。

 少しだけ下り坂になっている、その小道を通って森を抜けると開けた場所に出てくる。

 僕達の進む先に綺麗な小川が見えた。

 その小川の周囲には、色々な花が咲いている。

 僕達の着いた川岸の周りは、背の高いあしのような草で囲まれていた。

 マリアは小川の手前で布製の敷物を広げると、そこに座って僕を手招きした。

 僕も荷物を敷物の隅に置いて隣に座る。

 マリアは荷物入れの中から包みを取り出して開けた。

 その中身は美味しそうなサンドイッチだった。

 彼女は続けて水筒を取り出す。

「少し待っていて下さいね? 今、水を汲んで来ますから……。この小川の水は、とっても美味しいんですよ?」

「へえ、楽しみだなぁ……」

 ──ん?

 僕は、ある事を思い付いて、立ち上がろうとしたマリアを呼び止めた。

「ちょっと待って?」

「はい?」

 マリアは振り返って不思議そうな顔をした。

「ついでに確かめたい事があるから、協力してくれる?」


 僕は親指と人差し指で、ちょうど十円硬貨くらいの大きさの丸を作って、マリアに見せた。

「これぐらいの大きさの『対の門』って、出せるかな?」

「大丈夫ですよ?」

 マリアは、にっこり笑って言うと、白と黒の二つの円が僕の期待通りの大きさで出現した。

「じゃあ片方を小川の方に向かって、敷物の少し外の空中に移動して、色の付いた側を下向きにして貰える?」

 マリアは黒い円を言われた通りに移動してくれた。

「じゃあ残った白い円は、上向きにして小川に沈めてくれる?」

 そこまで言うとマリアにも、僕が何をしたいのかが分かったらしくて……その発想は、ありませんでした……みたいな表情を見せた。

 白い円が小川の中に沈む。

 すると同時に黒い円から、まるで水道の蛇口の様に水が出て来た。

 黒い円から落ちてくる水は、敷物の向こう側の地面に溜まり、小さな川の様に流れて小川と合流する。

 マリアは水筒を黒い円から出てくる水で満たした。

 ──さて……僕が本当に確認したかった事は、ここからだ……。

「じゃあマリア、水を注ぎ終わったみたいだし『対の門』を、このままで消してみて?」

「はい!」

 彼女が返事をすると、同時に黒い円と水の中の白い円が消えた。

 ──ふーん。

 あっさりと『対の門』が消えたという事は、水の様な液体や空気の様な気体は、異物と認められないという事だ。

 ──覚えておこう。


 サンドイッチを食べながら先程の簡易水道に関して、マリアが僕を褒めちぎる。

 ──嬉しいけど、くすぐったいな……。

「早くマサタカさんと出会っていれば、水汲みとか本当に楽だったのになあ……」

 そう言うと彼女は、明るく笑いながらも溜息を漏らした。

 嫌味を感じさせない吐息を出した後のマリアは、僕を見て微笑んだ。

 僕は隣でサンドイッチを半分ほど食べてから、彼女が水筒からコップに注いでくれた水を飲む。

 ──美味しい。

「……本当だ。本当に、これ……凄く美味しい水だね? マリア……」

 ほどよく冷たくて、すっきりとした飲み口の水に、僕は驚いた。

 本当に……こんなにも水が美味しく感じられたのは、生まれて初めての事だった。

 マリアも嬉しそうに頷いてくれる。

「僕もマリアと早く出会えていれば、もっと沢山の美味しい水やサンドイッチを頂けたのになあ……」

 サンドイッチを完食しつつ横目で彼女を見ながら微笑んで、そういう感想を伝えた。

 彼女は微笑み返してくれたが、何故か寂しさを混じらせた表情だった。

「……本当に……もっと早くに出会えていたら……」

 彼女は小さく呟く様に、そう答えた。


 僕たちは色んな話をしながら食後の休憩を充分に取る事が出来た。

「それでは、そろそろ出発しましょうか?」

 マリアは、そう言って立ち上がると敷物の外に出ようとした。

 彼女の足元は、先程の簡易水道が作った小さな水溜まりのせいで、ぬかるんでいる。

「マリア。そこ、ぬかるんでいるから気を付けて……」

 僕が、そう言って彼女が反応して振り向いた時だった。

「えっ……? きゃっ!?」

 ぬかるみに足を取られたマリアは、バランスを崩して倒れてくる。

「危ない!」

 僕はマリアを支えようと手を伸ばしたが、僕に向かって倒れてくる彼女を止める事が出来ずに、そのまま仰向けになる形で彼女を受け止めた。

 倒れてくるのを止められなかった筈のマリアなのに……身体全体で受けると、とても軽く感じた。

 僕の胸に彼女の顔があった。

 そして、その下から彼女の双丘の柔らかみを感じる。

 少しだけ怖かったのか震えながら彼女は、ゆっくりと僕の方に潤んだ瞳を向けてきた。

「私……私、やっぱり……」

 囁くマリア。

「だ、大丈夫?」

 早鐘の様に鳴る鼓動を感じた。

 それは、僕の?

 それとも、彼女?

 もしかして、二人とも?

「マサタカさん……お願いがあります……」

 彼女が頬を赤らめて言った。

「な、なに?」

 僕は尋ねた。


「私に、今ここで……キャッキャッ♡ウフフ♡を教えて下さい……」

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