勅使河原くんと一人目の魔姫 Ⅷ

 翌日の早朝。

 昨夜は泣き疲れて、まだ眠っているマリアを家に置いたままで、僕は外へと出掛けた。

 夜間は流石に危険だと判断して、空が明るくなって来てから目的地へと向かう。

 今は、まだ朝食を頂くよりも相当に早い時間帯の筈だった。

 護身用の小刀と、灯りが必要になるのでランプを持って来た。

 空が明るいのに、なぜランプが必要なのか?

 誰にでも、その理由が分かるであろう場所へと、僕は急いだ。


 僕は、村長さんから教えられた通りの方角に沿って、森を進む。

 具体的な場所までは教わっていないし、もちろん訪れるのは初めてだ。

 しかし、それなりに道が整備されているので迷う事は無かった。

 元々は、村人達の備蓄庫として利用されていたらしい。

 今は……ホブゴブリン達の住処だ。

 その暗い洞窟が……ランプの灯りが必要な目的地が見えて来た。


 洞窟の前に見張りのゴブリンは、見当たらなかった。

 僕は、まず敵に見つからない事を大前提として、慎重に近づいて行った。


 洞窟の入り口に辿り着くと、足音を立てない様に中に入る。

 耳に手を当てて中の様子を確認した。

 洞窟の中は、音が反響する。

 相手の音も聞き取りやすいが、こちらの音も聞こえ易い。

 音を立てない様に僕は、ランプを開けて芯に火を灯す。

 ──マッチのある世界で助かった。

 手で灯りが漏れるのを防ぎながら、少しずつ手をずらして洞窟の奥を照らす。

 洞窟の壁を反射する光に、中にいるかもしれないゴブリン達が、反応する様子は無い。

 僕は、足音を立てない様に慎重に、ランプの灯りを手で隠して調節しながら、背を低くして洞窟の奥へと進んで行った。


 そして、洞窟での探索は終わった。

 僕は走って村へと戻る。

 ──やった!

 ──やった! やった!

 成果は上々だった。

 これで村長さんを説得できるだろう。

 いや、してみせる。

 僕はマリアの待つ村へと急いだ。


 村の入り口が、見えて来た。

 村長さんと、何人かの村人達と、マリアが一緒に入り口に立っていた。

 全員で何かを話している様子だった。

 ──まさかっ!? もうマリアを村から追い出そうとしているのか……!?

 走りながら、僕は叫んだ。

「まっ! はぁはぁ……待ってくださいっ!」

 その声に全員で僕の方を見る。

 マリアは僕と目が合った瞬間に驚いて駆け寄って来た。

「マサタカさん!? どこに行っていたんですか!? 皆さん、心配してらしたんですよ!?」

「ま、マリア……はぁ、あ、安心して……はぁはぁ……も、もう村を……出て行く必要なんて……無いからっ!」

 僕は走って来たせいで、息が荒くなっていた。

 でも最後だけはマリアに、はっきりと伝えたかったので、声が大きくなってしまった。

 マリアは驚いた表情のまま、口を両手で覆った。

「どうしたんじゃ?」

 村長さんが、ゆっくりと僕達に近づいて来る。

 僕は、その間に息を整えてから答えた。

「ホブゴブリン達は洞窟から全て逃げ出しました。あそこはもう、もぬけの殻です。マリアを……彼女を生贄に渡す必要が無くなったんですっ! だからっ!」

 ……彼女を村から追い出すのは、やめて下さい。

 そう言おうと思ったら、いきなり村長に両肩を強く掴まれた。

「たった一人で行ったのか!? なんという無茶を……」

 僕は驚いて村長さんを見た。

 村長さんは首を横に向けてマリアに優しく尋ねる。

「テッシーには、何も話しておらんかったのか?」

 ──え?

 僕もマリアの方を見ると、彼女の瞳が潤んでいた。

「あの、その……村長様から御話を戴く前の早朝から、マサタカさんの姿が見当たらなかったもので……」

 マリアは、少し溜まった涙を人差し指で目尻を擦る様に拭うと、僕に近づいて微笑んで話し掛けてくる。

「マサタカさん、ありがとうごさいます。私、結局は村から出る事になりました」

 ──そんなっ!?

 僕は愕然がくぜんとして、全身の力が抜けてしまった。

「こりゃ! ちゃんと順を追って説明してやらんかい。何か知らんが、テッシーは誤解しとる様子じゃないか」

 村長さんが慌ててマリアに注意した。


「勘違い!?」

 ばつの悪そうな顔をしているマリアに、僕は大きな声で尋ねた。

 彼女は恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、俯いてしまう。

「すみません。私を一人でホブゴブリンの洞窟に行かせようという意味で、村から出す相談をしていた訳では無かったみたいで……」

 村長さんが補足説明を僕にしてくれる。

「二人が帰って暫くしたら……外に助けを呼びに行っていた彼が、村に戻って来てなあ」

 村長さんが一人の男性を紹介してきた。

 いつの間にか僕の周りには、村の人達も集まってきている。

 戻って来たと紹介された人は、僕より年上みたいだけど村の中では若くて活発そうな……如何いかにも足の速そうなスマートな青年だった。

「見張りのゴブリン達をかわす為に迂回うかいしていたら、救援を頼む所への到着が遅くなってしまったんだ……申し訳ない」

 彼は僕の方を済まなそうな表情で見た。

「エルフの森に救援を要請しに行ったら、素早く人員を用意して装備を整えて、ホブゴブリン達の掃討に協力してくれると約束してくれてね。」

 彼は僕と村長さんを交互に見ながら、そう言った。

「ところが昨日の夕方に、早速エルフ達と洞窟に偵察に行ってみたら……既に、もぬけの殻だったんだよ。……どういう事か? ……と、事情を村長に尋ねたら……」

「昨日のテッシーの武勇伝を話してな。……ああ、大魔王が降臨したから、あいつら逃げ出したんじゃな? ……と、結論付けた訳じゃ」

 そう言うと、村長は笑った。

 マリアは自分も僕の事を大魔王だと勘違いした事を思い出したのか、さらに顔を真っ赤にしている。

「……全くの無駄足になって済まない……と、エルフの人達には御礼と、お詫びをして帰って貰ったんじゃが、その中の顔見知りの一人が……最近、首都アウロペを訪れた時に、マリアの両親らしき人を見掛けた……と、言ってきてな」

 僕は驚いて、マリアを見る。

 顔を上げたマリアは、少しだけ、はにかんでいた。

「どうせ、改めてエルフの人達へ御礼の品を渡す為の遣いを出さなきゃならん。その用事をマリアに頼んで済み次第に、そこから両親を探す為にアウロペへ足を延ばして貰おうと思っておった」

 村長さんは、そこでわざとらしく考える素振そぶりをする。

「じゃがのう……女の子の一人旅は、危険じゃし? ホブゴブリン共は去った、と言っても男手を村から出す余裕も無い。そこでマリアの随伴ずいはんをテッシーに頼もうかと思っていたのじゃが……」

 村長さんがマリアを見ると、彼女は再び頬を赤くした。

 でも僕の方を、しっかりと見ながら、彼女は続きを話してくれる。

「あの……その……それで村長様が、今朝方けさがた……私の家を訪ねて来られて……先程の話を頂いて、もう自分が自分で自分を恥ずかしいやら、情け無いやらで……」

 マリアは少しずつ僕から目を逸らしていった。

「それでその……取り敢えず、マサタカさんに都合を尋ねてみたいと思って探したんですけど……いなかったもので……。その事を村長様に伝えたら……」

「村中を探しても見当たらないから、外を捜索しようかと、入り口で他の村人達と話し合っておったら……お主が外から、ひょっこりと現れたんじゃ」

 村長さんが、そう言って話を締めた。

 ──長い解説を、ありがとうございました。


 僕は姿勢を正して、村長さんや村の人達を見る。

「村長さん、それに村の皆さん」

「……なんじゃね?」

 村長さんは不思議そうな顔をして尋ねてきた。

 僕は両手の指を全部伸ばしてから、太腿ふとももの外側に、ぴったりと付けて、上半身を四十五度ほど前に倒す様に腰を曲げてから言った。

「ごめんなさい」

 そのままの姿勢を崩さずにいると、マリアが慌てて僕の横に立ち、両手でスカートの前を抑えて同じ様に御辞儀をした。

「ごめんなさい」

 彼女も、そう言って村長さん達に謝った。

「なんのことやら? じゃが……」

 あご白髭しろひげさすりながら、村長さんは目線だけで空を見上げた。

「ま、ええんじゃないかの?」

 そう言うと村長さんは、僕達に視線を落としてほがらかに笑った。

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