勅使河原くんと一人目の魔姫 Ⅵ
翌日。
僕とマリアはホブゴブリン達が指定してきた場所に、彼らが指定してきた時間より前に来ていた。
到着してから僕は、指定された大きな岩の近くで辺りの草原を注意深く観察する。
草の丈は短めで、仮に小さなゴブリン達が隠れていても、簡単では無いけど見つけられそうだ。
今日は無風だから、隠れたまま移動されれば草が揺れる事での発見も可能だろう。
また、岩を落とす時に風の影響を考えないで済むのは、有り難かった。
──いないみたいだな。
僕はゴブリン達がいないのを確認すると、岩の辺りから、ホブゴブリン達が住み着いたと教わった洞窟のある方角に向かって歩いた。
岩から少し離れた場所に来ると、そこの草を幾つか縛って目印にする。
「じゃあマリア、ここに『対の門』を出してくれる? できる限り大きな奴で……」
「はい」
僕の指示に答える様に、マリアは手をかざす。
目印の上に座布団くらいの大きさの黒い円が上向きに、その真上には白い円が下向きに現れた。
僕は村長さんから借りて着ている、若い村人が持つ普段着の袖を捲ると、自分が持てそうな限界ぎりぎりの大きな岩を辺りから探して持ってきた。
「……そんなに大きな岩を?」
マリアは不安そうに尋ねてきた。
「ある程度は大きくないと、命中しないからね」
無風とはいえホブゴブリンに気付かれない程度の高所から、照準も無しに岩を落として、奴に当てなきゃならない。
それも地上にいる僕らがだ。
だから、この大きさでも難易度は、決して低くは無い。
僕は両手で岩を、しっかりと持って黒い円に放り込んだ。
黒い円に吸い込まれた岩は、上の白い円から現れて、また黒い円に吸い込まれてゆく。
岩は、あっという間に速度を上げて、目で追うのすら難しくなった。
黒い円と岩の隙間には大分余裕があるようで、岩がずれて引っ掛かる様子が無い事を確認すると、僕はマリアに声をかけた。
「じゃあ、ゆっくりとでいいから『対の門』を真上に移動させてもらえる?」
「分かりました」
マリアは特に手を上にかざす仕草もなく、黒と白の円は間を通過している岩ごと垂直に上昇した。
白い円と岩は、どうしようもないが、黒い円は下から見れば透明に見える。
目立たなくなるくらい高い位置にまで上がったのを確認すると、僕はマリアに静止の合図を送った。
「もういいよ? 止めて?」
「はい」
準備は整った。
これでマリアが魔法を止めれば、無風状態の中で垂直に落ちて来た岩が、目印に命中する筈だ。
「じゃあ、段取りを説明するよ?」
僕はマリアと一緒に指定された大岩の上に乗りながら、彼女の両手を前に出して縄で縛りつつ話し始める。
縄は何かあった時の為に
「まず僕は君の肩に手を置いて、ホブゴブリン達が来るのを待つ。警戒はしているだろうから……ゴブリン達が周囲を、うろちょろするとは思うけど……ホブゴブリン本人は、恐らく余裕を見せる為に洞窟の方角から真っ直ぐ出てくるだろう」
「はい」
「でも、あの目印の上を必ず通過してくれるとは限らない。そこで、昨日さんざん練習したけれど……肩に乗せた僕の手をずらすから、君は手の動きに合わせて『対の門』を前後左右に移動してくれればいい」
僕は、この操作をホブゴブリン達に気付かれない様に上を見ないで
マリアには『対の門』を一定の速度で移動して貰う。
あとは自分でカウントを取って計算すれば、大体の移動距離は把握できる。
しかし、元の位置から遠くなればなる程、誤差は大きくなってしまうだろう。
なるべく目印の近くを通って欲しいけど、僕達の後ろから来ちゃったら……頑張るしかない。
「肩に乗せた手を元の位置に戻すまで、その方向に移動させて、元の位置に戻したら、そこで停止させてね? ここまでは、いい?」
「はい、分かりました」
僕は一度だけ目を
「そして、僕が君の肩を叩いたら……君は魔法を停止させて『対の門』を消すんだ。いいね?」
「……はい」
僕はマリアの後ろに立つと、彼女の肩に手を置いた。
「ここまでに何か質問ある?」
僕は、念のために彼女に確認を兼ねて訊いてみた。
「あの……」
「なに?」
「あの岩をホブゴブリンさんに当てると、ホブゴブリンさんは、死んでしまいますよね?」
「……え?」
──ホブゴブリンに……さん付け?
その彼女の質問に僕は、重要な事を作戦に織り込むのを忘れていた事に気が付いた。
彼女の優しい性格である。
丁度その時に、遙か彼方の草むらが左右で揺れ始め、その中央からゴブリン達の担ぐ台に乗った、ホブゴブリンが現れてしまった。
担ぎ台は二本の丸太に板を並べて載せて、荒縄で縛って組み立てた、簡単な造りの物みたいだ。
丸太の前後左右に二匹ずつで、合計八匹のゴブリンが担いでいる。
周りにもゴブリン達が数匹いる。
台の上に乗っているホブゴブリンは、ダルそうに横になっていたが、岩に乗っているマリアを見つけると、嬉しそうに起き上がった。
どうやら、彼女の事を一目見て気に入ったらしい。
彼らに気付かれない様に、僕は正面を向いたまま、小声でマリアに話し掛けた。
(今は、とにかく余計な事を考えずに、肩を叩かれたら魔法を消す事に集中して!)
(あの、でも、流石に殺すのは、ちょっと……)
彼女も振り返らずに小声で返して来る。
(今さら何言ってんの? 君、昨日の昼飯の時に何でもするって言ったじゃない?)
(それは、そうですけど……でも村の皆さんが、不幸にならない程度の話で……)
(ホブゴブリンは村の皆さんじゃないでしょ!?)
(でも、これって人殺し……)
(人でもないから!)
ホブゴブリンは台の上に乗って担がれたまま、ゆっくりと進んで来ている。
幸か不幸か僕達の立つ大岩を目指して、目印に向かってドンピシャ真っ直ぐに……。
担いでいるゴブリン達の歩みが遅いから、まだ余裕はある。
目印に着くまでに何とか彼女を説得しないと……。
(マリアは生き物を殺した事は無いの? 蟻を気付かない内に踏んでしまったとか、流石にあるでしょ?)
(そりゃあ生きている、お魚さんを捌いたり……ニワトリをシメたりとか、ありますけど……)
──え?
──脚を縛って逆さ吊りにして鶏の首を斬るアレのこと?
──意外だな……。
(なら大丈夫だよ! それらと変わらないって!)
(で、でも……お魚さんは鳴かないですし……ニワトリは言葉を喋りません)
(自分が生き残る為に、相手の命を奪うという点で同じでしょ?)
(じゃ、じゃあ……仮にマサタカさんが、私と同じ立場だったら、同じ事が出来ますか?)
僕はホブゴブリンを岩による一撃で仕留められなかった場合を考えて、一応は村長さんから小刀を借りて隠し持っている。
僕の力でも隙が出来たホブゴブリンの首や太腿の内側を刺す事は、可能だろう。
その為の覚悟もしたつもりだ……つもりだったけど、いざ出来るかどうかとなると……正直、自信が無い。
マリアに改めて言われると、悩んでしまった。
(……その件は、ひとまず置いておこう?)
(置いておかないで下さい!)
ホブゴブリン達は、まだ少し遠いが悠然と近づいて来ている。
余裕がある様に見せかけて奴は、その実かなり慎重だ。
担ぎ台から少し離れた、こちらから見て手前の左右の草が揺れている。
おそらく
こちらの伏兵を気にしているのだ。
僕が左右の斥候に気がついた事が相手側にバレないように、僕は台の上のホブゴブリンから視線を外さずにいた。
──げっ!?
僕は近付いて来るホブゴブリンを見て、気がついた事があった。
その事をマリアに教える。
(マリア……悪いけど、そのままでいいから、ホブゴブリンの股間の辺りを見てみて?)
(……ひいっ!)
どうやら彼女も気付いてくれたらしい。
これが説得の材料になるといいけど……。
(ホブゴブリンは巨体だけど、それにしちゃ台が広過ぎるとは思っていたんだ……。奴は、君を手に入れたら直ぐにヤる気でいるよ?)
(や、や、や、やるって? 何をですか?)
──何って、やっぱりナニだろうなぁ。
(はっきり言って欲しい?)
(……結構ですっ!)
(このままだと君は、ホブゴブリン相手に沢山のゴブリン達に見られながら、粗末な担ぎ台の上で青い空の下、初めてのキャッキャッ♡ウフフ♡をする事になるよ?)
(キャッキャッ♡ウフフ♡って何ですか!?)
(……知りたい?)
(知りたくありません!)
彼女のうなじが真っ赤に染まっているのが、長い髪を透き通して確認出来た。
きっと今、正面からマリアを見たら、顔を真っ赤にして目を回しているに違いない。
──可愛いなぁ。
──いけない、目的と手段が逆になる所だった。
(それがイヤなら、奴を仕留めるしかない)
(せめて殺さずに、気絶させるとか……)
岩の速度が上がり切っているだろうから、もう駄目だ。
(ごめん……やりようはあったかも知れないけれど、今からじゃ無理だ)
(……そんな……)
ホブゴブリンの乗った台は、もう間も無く目印に着く。
時間的な余裕は無い。
(マリア、君が彼を殺すんじゃない。僕が殺すんだ)
(……)
(作戦を立てたのも、君の肩を叩いて指示を出すのも僕だ。僕が主犯だ……君は何も悪くない)
(……でも)
(頼む……。君だけじゃない、僕達二人だけでもない、村のみんなも助けたいんだよ)
(マサタカさん……)
彼女の肩から、震えが消えたのを僕の手を通して感じた。
覚悟を決めてくれたらしい。
──良かった……ギリギリ間に合った。
ホブゴブリンは、もう目印の直ぐ側にまで迫っていた。
僕はマリアの肩を叩く為に手をあげようとして、力を緩めた。
「や……」
──や?
「やっばり! だめえええええええええぇーっ!」
──ちょっ、待っ、早いっ!?
上空から風切り音がしたと思ったら、続いて轟音と振動が目印の辺りから響いた。
ホブゴブリンが乗っていた担ぎ台が、バラバラに砕けて弾け飛ぶ。
──やったか?
立ちこめる土煙と飛んでくる担ぎ台の破片から、マリアと自分の身を腕で守りつつ、僕は目印のあった場所を見た。
そこには大きな穴を
──外したっ!?
周りのゴブリン達も、飛ばされていたり、隠れていた草むらから姿を現したり、何事かと振り返っていたりと、様々だったが……全員ほとんど無傷だ。
これじゃ、ホブゴブリンに駆け寄って小刀で刺そうとしても、気が付いた周りのゴブリンか、ホブゴブリン自身に反撃されてしまう……。
──どうしたらいい?
その時、僕の脳裏に村長さんから聞かされた相手の特徴が浮かんだ。
……ホブゴブリンは、人間の言葉を理解できる……。
──よし、一か八かだ!
僕はマリアを片手で抱き寄せると、もう片方の手で天を指差した。
「ふははははは! 我が名は大魔王……」
──なんにしよ?
僕の脳内にウィンクしながらサムズアップしている村長さんの姿が、現れた。
「テッシー!」
ホブゴブリン達は一切に僕の方を見た。
「我が力を思い知ったか!? 亜人種どもがっ! これこそが大魔術『星落とし』だっ! いいか!? これは警告であるっ! 私が異世界より降臨せし、この村から去れっ! 我は
そこまで一気に
マリアが呆けた視線を送っている気がする。
ホブゴブリンとゴブリン達の視線も感じる。
……もしかして、この中で一番知能が低いのは、自分なんじゃないか? ……と、思ってしまった。
一番後ろにいたゴブリンの一匹が、そーっと後ずさる。
僕らから距離を十分にとった、そいつは急に後ろを振り向くと、一目散に逃げ出した。
それに気が付いた周りのゴブリン達が、一切に我先にと逃走し始める。
ホブゴブリンは、そんな薄情な手下達を見回すと、僕を見ながら尻餅を着いたままで後ずさる。
そして、急に立ち上がると、手下達の後を追って一目散に逃げ出した。
──あいつらが、適度に馬鹿で助かった……。
僕は哄笑するのを止めると、いつの間にか自分の腕の中からいなくなったマリアに気が付いた。
何処に行ったのか周りを見回すと、横で土下座をしている彼女を見つける。
「だ、大魔王様とは知らずに、数々の御無礼を……お、お許し下さい! そして、間違って召喚してしまい申し訳ありません!
──違う。
──彼女は適度に馬鹿なんじゃない。
──純粋なんだ。
「なにマリアまで騙されてるのさ……?」
僕は、そう言って呆れると、吹き出した。
彼女は僕を見上げて、キョトンとした顔をしている。
問題は振り出しに戻ってしまったのかもしれない。
僕は淡い期待だけは抱きつつも、そう思った。
でも今は、助かった事を彼女と笑い合いたい。
そういう気分だった。
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