勅使河原くんと一人目の魔姫 Ⅴ
僕は目が覚めると顔を洗って、マリアが作ってくれた朝食を頂いた。
彼女は、上機嫌で朝食を食べる僕を不思議そうに見ていたが、やがて彼女も僕の話しに合わせて笑ってくれる様になった。
食事と、その
「それでは、マサタカさん……私は村長様の所に、お話を伺いに行ってきます……」
僕は慌てて彼女を引き留めた。
「待って!?」
彼女は振り返って僕の言葉を待った。
「僕も付いて行って、いいかな?」
マリアは少しだけ考えると、微笑んで言った。
「特に断る理由も無いですし、いいですよ?」
村長さんの話は、マリアを生け贄とする為の準備の話だった。
他にも何人か出席している村の人達がいる。
屈強そうな男は、ほとんどいない。
みんな僕みたいに小柄で痩せている若者か、老人や女性達ばかりだ。
そんな中で残った村民の各世帯代表による、会議が始まった。
ホブゴブリンは生け贄の引き渡し場所を指定してきている。
時間と人数もだ。
明日の昼に見晴らしの良い草原で、マリアの両手を縛り上げて、付き添いを一人だけ用意して連れて来いという話だった。
その付き添いには、僕が立候補した。
もちろん考えが、あっての事だ。
マリアは反対したが、他に誰も危険な役を引き受ける人がいなかったので、なし崩し的に決まってしまった。
僕には返って好都合だったのだけれども……。
目印になるのは、指定された草原の中に一つだけ、ぽつんとあるらしい大岩だ。
……その上に縛り上げた生け贄を立たせておけ……という指示が出されている。
見晴らしの良い場所を指定してきたのは、人間の伏兵を
草原を指定してきた訳は、逆に背丈の低いゴブリン達が隠れ易い草むらだと都合が良いからだろう。
僕はホブゴブリンの知能の高さに驚いた。
……舐めて掛かってはいけないな……と、気を引き締める。
僕は村長さんの話を真剣に聞いていた。
作戦に必要な修正を
村長さんは、そんな真剣な僕を見て、何か企んでいる事に気が付いたのかも知れない。
話の途中で一瞬だけ目が合った。
だが何も気付いていない振りをしてくれて、問い詰められる事は無かった。
──感謝します。
僕は村長さんの話の続きを真剣に聞くことに戻った。
マリアの家に戻ると、彼女は寝室からダイニングへ水晶玉を持ってきて、テーブルの上に台座の小座布団ごと置いた。
「それじゃあ、マサタカさん。昨日の続きをしましょう? 何か私が占って、あなたの世界が水晶玉に映りそうな事柄って他にありますか?」
「そんな事よりも……少し早いけど、お昼御飯にしようよ? 僕からも少し相談したい事があるし……」
「そんな事って……まあ、分かりました。じゃあ、お昼にしましょうね? 腹が減っては戦が出来ぬ……っていう、
──その諺、この世界にもあるんだ?
何故か怒っている様子のマリアを見つつ僕は、どうでもいい事を発見した。
ゆっくりと食事をしながら、僕はマリアに話し掛ける。
「ねぇ、マリア?」
「なんですか?」
少しだけ間を置いて尋ねてみる。
「助かりたい?」
「……それは……ですが……」
「もし助かるとしたら、何でもする気はある?」
僕は彼女を真剣に見詰めた。
彼女は視線を逸らすと、少し考える。
そして再び僕に目を向けると、きっぱりと答えてくる。
「村の皆さんが、不幸にならない範囲でなら……」
──決まったな。
「今回、君を生け贄にしようと狙っているホブゴブリンは、村長さんの話だと一匹だけだ」
「ええ、先ほど説明を受けました」
「ホブゴブリンには十数匹ほどのゴブリンが従っている」
「はい、それも村長様の説明にありました」
今日の昼食のおかずは、とうもろこしとソーセージの炒め物だ。
ソーセージを皿の真ん中に置いて僕は、それにフォークを刺した。
「ゴブリン達を統率しているホブゴブリンを倒せれば、ゴブリン達を統率できる存在はいなくなる」
そしてソーセージの周りにあったコーンを、皿の縁へと寄せた。
「そうなればゴブリン達は、指揮系統を失って逃げて行くだろう」
「ええ、それはそうかも知れませんが……」
皿の上で僕が何を説明したいのか理解した彼女は、条件付きで同意する。
「僕たちは、ホブゴブリンだけを倒せればいいんだ」
「確かに理屈は、そうかもしれません。でも実際は、不可能です」
彼女は僕に目を合わせて答えた。
「ホブゴブリンの周りには、常に沢山のゴブリン達がいます。容易には近づけません。私を囮にして皆で待ち伏せして戦っても……今の非力な私達では、標的に辿り着く前に全滅させられてしまうでしょう……」
マリアは冷静に続ける。
「もしホブゴブリンだけを狙うとしたら、私が囮になって近づいて来た所を狙撃するしかありませんけど、そんな弓の名手は村にいませんし……」
そこまで言って彼女は、ハッとした。
──ん?
僕は少しイヤな予感がした。
「まさか……マサタカさんが私の付き添いに立候補してくれたのって……?」
──え?
──いやいやいやいや、違うって。
「ごめん、なんか誤解させちゃったみたいだけど……僕は弓なんて持った事も無いし、剣も振るった事は無いんだ。他にホブゴブリンだけを狙撃する手段を持っているわけでもない……」
彼女は酷く落胆した表情を見せると、溜息をついた。
──そんなに落ち込まなくたって、いいじゃん。
──なんか、傷つくなあ……。
僕は、気を取り直してマリアに告げる。
「君が倒すんだよ」
「え?」
……いきなり何を言っているの? この人……。
彼女は露骨に、そういう気持ちだと思われる嫌そうな顔をした。
そして椅子から立ち上がって、想像していたよりも遥かに大きな声で驚く。
「私がホブゴブリンを倒すですって!? 無理無理無理! そんなの絶対に無理ですよっ!?」
彼女の顔は、青ざめていた。
「大丈夫。君になら倒せる。いや、君にしか出来ない……」
僕は肘をついて指を組むと、おでこに当てながら口元をニヤリと歪めた。
マリアは、頭のおかしくなった患者を見る時の医者の様な目付きで、僕を見た。
「論より証拠さ。ちょっと付き合ってよ?」
僕は、にっこりと彼女に向かって微笑んだ。
「マリア、とりあえず『対の門』を出してくれない?」
マリアは疑問に思っている表情を少しだけ出しつつも、僕の言う事を聞いて白い円と黒い円を出してくれた。
「これって、このまま移動とか出来たりする?」
僕は彼女に尋ねた。
コップで縁を押した時は、僕の力ではビクともしなかった。
動かせられないなら動かせないで、やりようはあるんだけれど、動かせたら便利だし作戦が
「出来ますよ?」
マリアが、そう言った瞬間に円達は、ダンスでも踊るかの様に動き出した。
「これって、何処まで移動できるの?」
「結構、遠くまで出来ます。視界から外れても一度出したら、消す事をイメージするか、魔力が尽きるまで消える事はありません」
そう言うと彼女は、円達を見ずに自分の周囲を回らせて見せた。
「『対の門』は魔力を余り消費しないので一日中、私が眠るまで出しっ放しにする事も出来ます」
僕は、境界面に異物を挿入したまま魔力が尽きたら、どうなるのか? という興味が湧いてしまった。
──今度、試そう。
「こんな事も可能ですよ?」
そう言うと円達は、クルクルとコマの様に縦に回り始めた。
色の見える側の裏は、透明のせいか、円が消えたり現れたりしている様にも見える。
──面白いなあ。
「でも固定されている物や、重たい障害物を超える事は、出来ません」
そう言うと彼女は、円達をテーブルに向けて移動させる。
白い円がテーブルの上のコップに当たると、コップは押されてテーブルの上を滑り出した。
黒い円がテーブルの脚に当たったが、そちらは、そのまま動かずに止まる。
「なるほどね」
──上出来だ。
「それじゃマリア…一旦、庭に出ようか?」
僕は彼女に、そう提案した。
僕はマリアと一緒に庭へと出た。
『対の門』は出したままだ。
散歩についてくる犬の様に、円達はマリアの後をついてくる。
──実際は彼女が、移動させているんだけどね。
僕は適当な大きさの石を拾うとマリアに、お願いをする。
「じゃあマリア、黒い円の黒い側を上に向けて地面に対して水平に、その真上に白い円を白い方が下に向くよう平行に置いてみて?」
彼女は言われた通りに円達を移動して回転させる。
僕は拾った石を黒い円の真下の地面に置いた。
そして、それよりも少し大きな石を拾うと、二つの円の間に手を入れて石を離した。
大きな石は、下にある黒い円に向かって落ちていく。
そして中に吸い込まれると、上にある白い円から出てきた。
そしてまた、黒い円に吸い込まれる。
それを繰り返していた。
大きな石はグングンと落下速度を上げていく。
マリアは、その様子を徐々に驚く表情に変わりながら眺めている。
僕は彼女の背後に回って囁いた。
「僕が君の肩の上に手を置いたら、円を消してみて?」
彼女は、少しだけ震えながら頷いた。
大きな石は、既に目視では捉えきれない速度にまで上がっている。
空気抵抗を考えると、これぐらいが限界かもしれない。
──所詮、テストだしね。
僕は彼女の肩に、ゆっくりと手を置いた。
円が消える。
大きな音がして、黒い円の下に置いた石が砕け散った。
その場所には、小さな穴も
マリアは大きく目を見開いたまま振り返って、僕を見た。
僕は多分、今迄に生きてきた中で一番、悪い顔をして微笑んでいたと思う。
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