勅使河原くんと一人目の魔姫 Ⅳ

 僕は村長さんと別れた後に、マリアの家へと戻ってきた。

 ショックを隠し切れていない僕の事を察してか、マリアは何も言わずに家に入れてくれた。

 そして彼女は僕に夕食を、ご馳走してくれる。

 しかし呆然としていた僕は、とても味わう気分にはなれなかった。

 食事中の静寂にえ兼ねて僕は、マリアに尋ねる。

「……どうして、生贄なんかに?」

「私しか……独り身がいなかったから……」

「そんなっ!? 怖くないの?」

 マリアの表情は、落ち着いている様に見える。

 だけど、両手が小刻みに震えていた。

「……怖いです。運が悪いと死ぬかも知れないって……」

「……だったら僕と逃げよう!? 今すぐに! そして僕の世界へ帰る手立てが見つかったら、一緒に行こう!?」

 マリアは椅子から立ち上がった僕を顔を上げて見ると、静かに首を横に振った。

「……出来ません」

「どうしてっ!? 言ったら何だけど、ここより、ずっと平和な世界だよ? そりゃあ、君みたいな人が戸籍を取るのは難しいかも知れないけど、事情を話せば父さんや母さんだって……」

「……隣の家にいる女の子……名前は、マナって言うんですけど……この前の奇襲で、お父さんをうしなってしまって……」

 彼女は語り始める。

「村の会議で生贄の話が出た時に、マナは母親の袖を掴んで離さなかったんです。母親も生贄に名乗り出る様な事はしませんでした。私も彼女達の父親には、大変お世話になっていて……そんな二人を見て決心したんです……」

 マリアは涙を目に溜め始めながらも健気けなげに話し続ける。

「他にも……そんな知り合いが、こんな小さなエンダの村にも沢山いるんです。みんな本当は、いい人達ばかりで……」

 とうとう流れ始めた涙をぬぐいもせずに、彼女は嗚咽混おえつまじりに僕に伝える。

「でも、やっぱり怖かったんです。だから、おばあちゃんに……絶対にしては、いけないよ……と、言われていたのに、自分が助かりたい一心で……自分が助かる為には、どうしたら良いのか? ……って、水晶玉で占ってしまって……自分を占う事は、禁忌だ……って、言われていた筈なのに……」

 ──え?

 僕は彼女の告白に驚いてしまった。

 ──まさか?

「そうしたら、あなたが崖から飛び込むところが、何故か映ってしまって……取り返しが付かない事を……」

 マリアは、そう言うと俯いてしまった。

「……でも、それで僕は助かったんだから……礼を言わなきゃならないくらいで……」

「でも! ……でも、また同じように占ったら、水晶玉には何も変化が起こらなくて、あなたと村長様が話している間にも思いつく限りを試したのに……」

 彼女の声が次第に大きくなっていく。

「あなたの世界は何処にあるのか? あなたの両親は何処にいるのか? あなたの家は? 友達は? 全部! 全部、占ってみたのにっ!?」

 彼女の声のトーンが、段々と落ちていく。

「……水晶玉は暗いままで何も映さなかった。私の力が足りないせいです……。おばあちゃんが亡くなる前に甘えてしまって、全部きちんと教わらなかったから……」

 彼女の涙は止まることを忘れた様に流れ続けていた。

「ごめんなさい……。こんな事に巻き込んでしまって、本当にごめんなさい……。必ず明後日までには、あなたを何としてでも元の世界に帰してみせますから……」

 最後の方で消えゆくように小さくなっていく彼女の声で、僕を元いた世界へ帰すあても、自信も無いんだなと分かった。

 僕は自分も、彼女も助けられない事実に茫然としつつ、泣いている彼女を、ただ見下ろすしかなかった。


 気まずい雰囲気のまま夕食を終えて、風呂はマリアに先に入ってもらって後片付けの仕方だけを聞くと、僕も風呂に入って寝室へと向かった。

 泣き疲れてしまったのか、彼女は既に眠っていた。

 枕は少しだけ濡れている様に見える。

 ベッドを移動する暇もなく、彼女の厚意に甘える形で僕は、彼女の祖母のベッドを借りて隣で眠る事になった。

 本当だったら、どきどきして眠れない筈の……女の子と二人っきりで同じ部屋というシチュエーション……。

 変な気になれる筈もなく、僕はマリアのおばあちゃんのベッドに潜り込んだ。

 眠れば、良い知恵が浮かぶ事を期待して……。

 マリアと僕が、眠っているベッドの間には小机があり、灯りの消えたランプと、今となっては忌々いまいましい事この上ない水晶玉が、台座代わりの小さな座布団に鎮座していた。

 窓に視線を映すと、僕のいた世界とは異なる馬鹿でかい月が、輝いているのが見える。

 ──昼も見えて夜も見えるという事は、公転周期も僕のいた世界と異なるのかな?

 そんな事を考えながら、再び水晶玉を見た。

 違和感があった。

 水晶玉は月の光を反射して鈍く光っている。

 僕は起き上がって水晶玉に近づいてみた。

 水晶玉には僕の影が、ぼうっと鈍く映りこんでいて、その中心は曇ったままだ。

 僕は思い出した。

 マリアが再び占ってくれた時には、もっと、はっきりと自分が映りこんでいた事を……。


 彼女は……自分が助かるためには、どうしたら良いのか? ……と、水晶玉で占った。

 そして崖から飛び降りようとしている、僕が映った。

 再び同じ占いをした。

 今度は水晶玉の近くにいる、僕が映った。

 つまり、水晶玉は彼女に……助かりたければ、僕が鍵になる……と答えた。

 そういう解釈も成り立つ。

 ──そんな馬鹿な。

 僕は自分の考えを即座に否定した。

 ──自分の事ですら助けられない僕が、彼女を一体どうやったら救えると言うんだ?

 ──でも、彼女を助ける手立てを考えるのも悪くない。

 ──どうせ、月が明る過ぎて眠れないことだし……。

 僕は状況を確認し直して、マリアを助ける作戦を練ってみる事にした。


 ──マリアを連れて逃げる?

 彼女は逃げようとしないだろう。

 決意が固そうだ。


 ──マリアを気絶させるか、または眠らせてから運んで逃げる?

 彼女を殴るとか、無理無理。

 睡眠薬なんて持ってないし。

 それに、おっぱい大きいし、身長も余り僕と変わらないから、非力な僕じゃ重くて運べないよ。

 なんだか、マリアが怒っている顔を想像してしまった。

 ごめん、マリア。


 ──ゴブリンどもを駆逐する?

 どうやって?

 いまさら籠城戦ろうじょうせんを村長さんに進言する?

 それも悪くないか…。

 保留で。


 ──ホブゴブリンだけを倒す?

 ゴブリンを統率しているボスのホブゴブリンは、一匹だけ……。

 ホブゴブリンを倒せば、ゴブリン達は雲の子を散らすように逃げ出すかもしれない……。

 悪くない考えだけど、どうやって倒そう?

 周りはゴブリン達に守らせているだろうし……。

 一撃で確実にトドメを刺せないと……多分、厄介な事になる。


 ──マリアをおとりにして、全員で待ち伏せて、みんなでホブゴブリンをタコ殴り?

 ホブゴブリンは知能が人間並みに高いと聞いた。

 きっと生贄を目指して来る時も配下のゴブリン達を偵察に使って、慎重に近づいて来るんじゃないだろうか?

 みんなを隠して配置しても、ゴブリン達が伏兵の存在に気がつくかもしれない。

 もしホブゴブリンに悟られたら、ただでは済まないだろう……。


 考えが結論へ導いてくれないまま、沈む月が見えた。

 流石に、そろそろ眠らないと、起きられなくなって対策のしようが無くなるかもしれない。

 沈みゆく月を恨めしく見詰めながら、僕は思った。

 ──マリアには悪いけど、生贄になった彼女を囮にしてホブゴブリンだけを倒すというのが、一番正解に近い気がする。

 ──でも周りにいるであろう、ゴブリン達が邪魔だ。

 ──あの月から強力なマスドライバーでホブゴブリンだけを撃ち抜ければなあ。

 自分でも……アホな事を考えているな……と思った。

 ……こんな下らない理系アニメオタク脳をしているから、幼馴染に振られるというのに……とも思った。

 なんだか、自分が哀しくなってきた。

 因みにマスドライバーというのは、ロボットアニメなんかで良く出てくる兵器だ。

 本当は月などで採掘された資源を地球に送る為の装置なのだが、戦争ばかりしているロボットアニメでは、主に兵器として登場する事が多い。

 リニアモーターカーを想像して欲しい。

 いや今の実在するリニアだと、本当は加速が足りなくて実用にならないけれど……。

 あの車体に貨物、または弾頭を載せて、月面に建てられた上に向けて曲がったレールから、地球に向けて射出するのだ。

 僕達の世界の月は、地球より重力が小さくて空気の様な抵抗もほとんど無いので、スペースシャトルを打ち上げられる様な強力な加速より弱くても十分に脱出可能だ。

 ──この世界の月だと、見掛けは重そうだから無理っぽいけど……。

 月の重力から脱出した弾頭は、地球の重力に引かれて……。


 ──重力?


 僕は、あるアイデアを思いついた。


 ──マスドライバーが無い?

 ──無いなら作ればいい!

 ──これは絶対に試す価値がある!


 自分の思い付きに興奮した後で僕は、いつの間にか眠ってしまっていた。

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