勅使河原くんと一人目の魔姫 Ⅲ
玄関からノックの音が聞こえると、マリアは小さく……ごめんなさい……とだけ言って、立ち上がって扉へと向かった。
彼女が玄関の扉を開けると、表には老人が立っていた。
髪も
しかし、その表情からは何か憂いの様なものを感じる。
「村長様……」
「……大丈夫かね?」
老人は僕のことを見ながら彼女に尋ねた。
「……はい」
マリアは静かに答える。
「……奴らからの指示が来た。明後日やって来るそうだ。……詳しいことは、明日の午前中に話そう……」
マリアは村長に顔を向けて肩を震わせている様子だ。
──脅えている?
だが彼女の返事は……分かりました……だった。
「本当に、いいのかね? いくら身寄りが無いとはいえ……」
身寄りが無いと言われて彼女は、一瞬びくりと身体を震わせる。
「私が行かなければ、彼らは村に何をするか分かりません。応援を呼びに行った人が助けを連れて戻ってくるまで、時間を稼がないと……」
「……分かった。おぬしの覚悟に感謝する」
──なんか、二人で不穏な事を話していないか?
村長は再び僕を見てマリアに尋ねた。
「彼は?」
「あ、あの人は、その……」
彼女は村長さんに僕の事を何と説明したら良いのか、言い
村長さんは、しばらく待った後で彼女に言った。
「少し、彼を借りても良いかね?」
そう言うと村長さんは、僕に手招きをする。
僕は自分の顔を指差した。
村長さんと外に出ると、彼は僕と二人で話したいらしく、マリアを家に残して少し歩いた場所へ連れて行かれた。
「さて、君の名前は? 君は何者かね? どうしてマリアの家にいる?」
嘘をついても、しょうがない状況だと思った。
僕は馬鹿馬鹿しいくらい正直に、包み隠さずに話す事にする。
「僕の名前は勅使河原政孝と言います。……なんか、この世界とは別の世界の人間らしいです。マリアさんは僕を助けてくれた恩人で、自宅で看病をしてくれました」
──怪我らしい怪我は無かったから、看病というのが適切かどうかは分からないけれど、嘘は言ってないよね?
僕は、そう思った。
「……難しい名前じゃの。テッシーで良いかな?」
「……どうぞ」
──テッシーって……。
「ではテッシー……異世界から来たと?」
「はい、信じられないかもしれませんが……」
「ううむ、そうさのぉ……」
──なぜだろう?
僕は不思議に感じた。
僕が異世界から来たと言うと、村長さんは確かに驚いた顔をした。
でも同時に知っていた様な表情も見せた気がする。
──気のせいかな?
僕は村長さんの次の言葉を待った。
しかし、いくら待っても村長さんは、考え事をしていて話の続きをしてくれなかった。
僕は辛抱できなくなって、村長さんに質問をしてみる。
「あの、先程の話……マリアさんが身寄りが無いって……?」
「マリアは両親が行方不明でな。親戚もおらん。母親方の祖母が、面倒を見ていたのだが最近に亡くなられてしまってな……」
「そうだったんですか……」
──そういえば水晶玉が、おばあちゃんの形見だって、彼女は言っていた……。
──あんなに明るくて元気なのに……。
僕は少しだけ余計だとは思いつつも、彼女に同情してしまう気持ちが抑えられなかった。
「それで、奴らからの指示って? 明後日に何があるんですか?」
僕は続けて質問をした。
村長さんは少しだけ考えてから話してくれる。
「明後日にホブゴブリンがゴブリンどもを率いて、この村にやって来る。マリアは、そいつらに生贄として捧げられる予定じゃ……」
──なるほど。
僕は少しだけ余計だとは思いつつも、彼女に同情……。
──え?
──同情どころの話じゃない!
「ほ、本当なんですか!? それはっ!?」
僕は村長さんの両肩を掴んで大きく揺さぶった。
「ほ、ほ、本当じゃっ! だから肩を揺さぶらんでおくれっ!」
村長さんはガクガクと揺れながら答えた。
──あ、分かった。
──この世界はファンタジーなんだ。
──最近はオークですら攫った女の子を大切に育てる物語があるくらいだ。
──だから、きっと……。
「ホブゴブリンはマリアを養女にして面倒を見るつもりなんですか?」
「……テッシーは何をアホな事を言っておるんじゃ? 自分の子供を生ませる為に決まっておるだろうが?」
──おぅふっ!
──そんな所だけリアルにしなくても……。
村長さんの言葉は、思ったよりも剛速球で僕の心にストライクだった。
マリアの、おっぱいを思い出して僕の頭の中に少しだけエッチな妄想が拡がる。
慌てて、それを振り払って村長さんに事情を尋ねる事にした。
村長さんから聞いた話によると、この世界でのホブゴブリンの生態は、僕の世界で良くある物語の中でのオークに近かった。
オークは
作品によっては大分違う事もあるけれど、大抵はそうだ。
一方で、この世界のゴブリンは、ホブゴブリンによって統率されているらしい。
ゴブリンは小型で猿の様な知能しか持たずに、犬のようにホブゴブリンに従っているという。
対してホブゴブリンは、人間に近い背丈と知能を持っているという事だった。
彼ら同士で会話をするのは勿論、人間の言葉も理解できるらしい。
この世界のホブゴブリンは、雄しか産まれないという事も無いとの話だった。
ただ、気に入った雌が他の種族にいれば、平気で攫ってしまうそうだ。
そして何匹か自分の子供を生ませると、ゴブリン達に引き渡してしまう。
他種族の雌……女性は引き渡された先で、今度はゴブリンの子供を産む事を強制されてしまうらしい。
──なんてタチの悪い連中だ。
この村の近くにある洞窟に住み着いたホブゴブリンは一匹で、ゴブリン達は十数匹いる。
村長さんの話では、普通はホブゴブリンも数体は居るものらしい。
はぐれたのか?
若くして独立したのか?
後で他の仲間達と合流するのか?
そこの所は村長さんにも判断がつかないそうだ。
「どうして彼女なんですかっ!?」
僕は大きな声で村長さんに訊かずにはいられなかった。
「ホブゴブリンは若い
「だからって!」
「……わしも止めたが、彼女から申し出た。」
──そんな!?
「……村の会議で決まったんじゃ。もちろん優しい彼女が、そう判断するような雰囲気に我々が追い込んでしまった感じはある。流されやすい意志の弱い子じゃからな……」
村長は溜息をついた。
「既に門番を含めて村の腕っ節に自信がある男達は、最初のゴブリンどもの奇襲で殺されてしまった。足に自信がある者に頼んで、エルフの森にまで救援を呼びに行って貰っているが戻ってこない。説得に時間が掛っているのか、或いは途中で殺されてしまったのか……」
村長は僕の方を見て話を続ける。
「未亡人になってしまった女性達に、自分を、娘を、ホブゴブリンに差し出せとも言えん。全滅覚悟で立て籠もってゴブリンどもと戦うという選択肢もあるが……」
──そんな、助けを乞う様な目で僕を見られても……。
「これ以上の犠牲者が出る事を嫌ったのか、マリアが……助けは必ず来る。その間に自分が生贄となって時間を稼ぐ……と、言ったんじゃ」
僕は黙ることしか出来なかった。
「荒ぶったホブゴブリンに
そんな話を聞いてすら何も言わない僕を、村長さんが諦めた様な目で見ている気がした。
「そうじゃな……。仮に誰かが勝手に、あの娘を連れ出したとしても、今なら誰も文句は言わないじゃろうて……それだけじゃ」
村長さんは、そう言って僕に背を向けると、片手だけを挙げて、ひらひらと手を振りながら去っていった。
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