第1話 山崎幸也には運がない⑤

「─────で、ここが………って、聞いてる?ねぇ、ヤマサキってば‼」

「───────あ?何────いや、うんうん、聞いてる聞いてるって。それで、お嬢様で二枚目の婚約者がいたけど幼馴染みに求婚されたお前はどうなったって?」

「何よその妄想みたいな話。勝手に私に少女漫画の中のヒロインみたいな設定オプションつけないでよ。───っていうかそもそもそんな話、1㎜たりとも関係無いし。───良い?今からもう一度説明してあげるから、よぉく、耳の穴をかっぽじって聞くことね愚民」

銀髪の美少女ウズメはそう言いながら華麗に右手で髪を払った。

俺とウズメは今、店外の街───神外じんがい街の中を散歩していた。

店に働きに行ったはずの俺が何故こんなことをしているのかというと、遡ること数十分前のこと。



☆☆☆☆☆



「私は───ウズメ。うん、ウズメ。ま、精々『様』でも付けて呼ぶことね、愚民」



上から目線な態度で自己紹介を済ました銀髪美少女・ウズメは、言い終わると早速、テーブル席に座り、置いてあったメニューを手にした。

………。

俺は取り敢えず沈黙を保ち。

そして、心の中で呟いた。

───────誰なんだよこいつっ‼

つーか大体何で『愚民』呼ばわりしてんだよ!!!!

それに他にも────

─────っと、考え始めたら止まらないからここで思考は停止して置くとして。

俺は、テーブル席で肘をついて「どれにしようかしら」も呟きながらメニューを眺めるウズメを横目に見ながら、ウズメの前の席に座った。

「何よ、このウズメ様の視界に入ろうっての?やめて、目が腐っちゃうから。視界に入りたいなら精々、顔面それを隠すか覆うか壊すかしてきてからにしない、愚民」

先程と同じ────否、先程よりもより上から目線な態度で言い放ったウズメは、メニューから逸らしていた目を再びメニューに戻した。

───っ!!!!

益々ムカつくなぁ、こいつ!!!!

大体何だよ、最後のやつ!

隠すか覆うかならまだわかるが、壊すかって。

俺こいつに何かしたか?!

これ、イジリってレベル越えてもはや何かの恨みさえ感じるぞ!!!!

────っと、いかんいかん。

抑えろ、俺。

切りがなくなる。

と、俺は、理性を効かせて怒りを抑えて。

「あのさ………俺、これからどうすればいいの?」

肘を付きながら未だにメニューを見ているウズメに向かって言った。

「どうすれば、なんて、人に聞くことでもないでしょ?自分で考えなさいよ」

いやいや、そんな、この店少し新人にきつくないですかね?

「まぁ、仕方無いからこのウズメ様が教えて上げるわよ。ここでの過ごし方とか、まぁその他適当に色々と」

ウズメは溜め息混じりにそう言うと、「ついてきなさい」と一言吐いてさっき俺が入って来た場所────店内への入出口の扉から出て行ってしまった。

「ちょっ、待ってくれよウズメ‼」

俺は言いながら、慌ててウズメを追いかけ店外へと出て行った。



☆☆☆☆☆



「ちょっとウズメ、何処行くんだよ」

「何処って、そんなの、着いてきてればわかることだわ」

店外へ出て数分が経過しただろうか。

俺とウズメは、店の裏にある森の中を歩いていた。

───俺が此処に来た時森なんて見当たらなかったのだが、それはまぁ気にしないでおくとしよう。

と、俺はそんなことを考えながらも。

「何処に行ったって別に良いんだけど………この荷物だけはどうにかさせてくれよ、重くて邪魔だし」

俺は言って、隣を歩くウズメに高3の時修学旅行用に買った大きな鞄を見せつける。

中にはハンカチ、チリ紙、歯ブラシを始めとした様々な日用品や私物が入っている。

────なので、この鞄の重さと言ったら結構なものだった。

と、そんな俺の必死の抗議にもウズメは耳を傾けず。

「ふんっ。そんなこと、私の知ったことじゃないわよ。────それよりもほら、喋ってばかりいないできちんと歩いて‼小走りで歩いて‼」

怒ったように眉を吊り上げながら言った。

何だよ、それ、こいつも案外酷い奴だなぁ。

まあ俺もそんなこと言える方じゃないけれど。

つーかそれ、歩くか走るのかどっちかにしてくれよ。

────とか何とか思いながらも。

俺は、ウズメの横を歩きながら、互いに何も言わず、ただただ静かに歩き続けた。

と、歩き続けて結構な時間が経ったと思われる頃。

俺とウズメの目の前には、大木だいぼくが1つ立っていた。

いや、此処に来るまでも大木だいぼくは沢山あったんだけども。

でも、この木は、それとは全然比べ物になら無いくらいの大きさであった。

と、その大木だいぼくを前にして。

「さぁ、着いたわよ‼えーっと………」

言いながらウズメは途中で詰まる。

そして、俺の方を見ながら「名前なんだったかしら………」と小さく呟く。

あ、そう言えば俺、こいつに名乗ってなかったんだっけ?

俺は改めてウズメの方に向き直り。

「俺の名前は山崎幸也。今日から、さっき居た喫茶店に住み込みで働くことになったんだ。お前もその格好だと店員か何かだろ?ま、よろしくな」

言って、ウズメに手を差し出した。

うん。

我ながら、結構良い自己紹介だったと思う。

と、そんな───自己紹介に自己満足中な俺に、ウズメが一言。

「は?誰もあんたに名前なんか聞いてないんですけど。勝手に何言っちゃってんですか?愚民は何を言ったって愚民ですよ、愚民」

言い終え、再び呟く。

「名前なんだったかしら…………………『大木これ』の」

──────聞いて俺は、一人気を落とした。

何やってんだ俺。

何一人で勝手に勘違いしちゃってんだよ俺。

俺あれじゃん、所謂「イタ男」ってやつじゃん。

ていうかもう本当、勘違いも良い所。

こいつが俺に名前なんて聞くわけ無いってのに。

こいつは俺のことを、頑として「愚民」と呼んで止めないんだから。

─────あーあ!!!!!!

何かさぁ─────────!!!!!!

恥ずかしいなぁぁぁぁぁぁ!!!!!!

──────とか何とか思いながらも、差し出していた手をよそよそしく直し。

「この木に、何の用事があるんだよ」

顎に手を当てて一生懸命に木の名前を考えているウズメに声を掛けた。

「ふふん。聞く?聞きたい?聞きたいわよねぇ?」

「勿体ぶるな」

俺が言うと、ウズメは咳払いをして。

「じゃ、話すわよ──────」

気を取り直し、話始めた。

この大木の『伝統』というやつを。

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