第1話 山崎幸也には運がない④
ヤベェヤベェ。
俺、山崎幸也現在無職の19歳は、早足でとある場所に向かっていた。
───っていうか、店長さん、絶対に怒ってるよなぁ?
だって確か、店に来いって行ってたのは午前の10時だったはず─────記憶上では。
そう、俺が向かっているのは、とある喫茶店。
今日から俺が勤めることとなる───人生初の就職をすることとなる、大切な場所。
と、俺は、とある店の前で足を止める。
こじゃれた雰囲気を漂わせる、レンガ造りの喫茶店。
ドアには『open』と可愛らしい丸字で書かれたこじゃれたプレートが掛かっていた。
そして、プレートの下には、プレートよりも少し大きめの板が。
板に書かれているのは、この店の店名だ。
その店の名は────
『喫茶・ディフィワー』
由来は知らないが、イントネーション的に少し微妙な店名だ。
俺はその店名を見て、ごくりと唾をのみ。
─────ここか。
一人でに、決心を固める。
そう、こここそが。
俺の、人生初の就職場となる店─────喫茶店、なのである。
すーはー、すーはー。
ゆっくりと落ち着いて、深呼吸をする。
…………大丈夫だ。
落ち着け、俺。
初めての職場なんだ。
遅れたことを忘れろ、失敗は成功のもと───なんて自信に満ち溢れたことは思えないけれど。
でも、それでも。
一つだけ、思っていよう。
─────これからの功績で、今日のイメージダウンを取り戻してやる……‼
「………おはよう、ございます………」
俺は恐る恐る喫茶・ディフィワーの扉を開ける。
───怒ってるよなぁ、店長さん。
昨日受話器越しに聞いた、あんな優しい声の人が怒ることもあるのかぁ?
─────────想像できない。
とまぁ、そんなことは今はどうでも言いとして。
俺は、下げっぱなしの頭をゆっくりと上げ、店内を見回す。
店は丁度良いくらいの狭さで、広すぎず小さすぎず、落ち着くような広さだ。
あるのはカウンター席とテーブル席。
カウンターは数席しか無く、テーブル席は二つほどしかない。
カウンターの奥に見える台所には、コーヒー豆の袋が置かれている。
と、そのコーヒー豆の袋の上が何だかもさもさと動いている気がするのだが………まぁ、気のせいだろう、気にしないでおこう。
────カウンター席の隅の方に置かれているのは、メトロノーム。
たーん、たーんと静かに音を立てながら、一定のリズムで動いている。
────すげぇ。
メトロノームって、喫茶店に置いてあるもんなんだなぁ………。
てっきりあれって、学校の音楽室にしかないものだとばかり思っていたぞ。
と、俺は、あまり見たことのないメトロノームに感心しながらも。
今まで目を逸らしてきた、店内の中央を見る。
腰ほどまで伸びている銀髪の先っぽは、少しばかり跳ねており、少女が少しでも動く度に髪の毛も少女と共に揺れる。
銀髪には慧眼が付き物、とはよく言われるが彼女も例外では無かったようで。
彼女の整った顔の奥にはしっかりと、蒼く澄んだ瞳が光を宿していた。
背丈は俺と同じくらい────いや、俺の方が少し高いか───兎に角そのくらいの背丈。
着ているのは白いブラウスにミニスカート、その上からピンクの可愛らしいフリル付きのエプロン。
出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる、正に世の男共が夢見るような理想の「美少女」を具現化したような姿────それこそが彼女────店内の中央に仁王立ちする彼女の、容姿であった。
と、彼女は、口を開く。
「ねぇ、あんた誰よ?」
おい、初対面の相手にいきなり「あんた」呼ばわりかよ。
もう少し言葉を考えろって。
幾ら容姿が良くても、所詮人間中身が大事って親に習わなかったのかぁ?
とか何とか思いながら。
俺はふと、気付いてしまった。
彼女の声について。
彼女の、清楚感漂わせる、透明感のある声。
何処かで聞いたことあるような、といっても懐かしいわけでもなくつい最近何処かで聞いたような、そんな声。
────と、暫く考えて。
やっぱり答えを見つけ出せなかった俺。
んー、気になる………ま、そのうちわかるか。
と、俺がそんなことを考えているのもお構い無しに、なのか。
彼女は、先の跳ねた銀髪を右手で払い。
「私は───ウズメ。うん、ウズメ。ま、精々『様』でも付けて呼ぶことね、愚民」
上から目線な自己紹介を済ました。
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