第1話 山崎幸也には運がない③
「………えーっと、はい、明日からですね。有り難う御座います!はい!全力で、何でもさせて頂きますので、宜しくお願い致します!」
ツーツーツー。
受話器の向こうからはそんな、無機質な音が鳴り響いていた。
今電話を掛けていた相手は、例の店────「喫茶・ディフィワー」の店長さんである。
電話を掛けて見たところ、早速明日から住み込みで働いて欲しい、とのこと。
始めて三日間は研修期間だが、その後は普通に働くことになる、というシステムらしい。
あーあ。
あーあ、本当にあーあ。
明日から働くとかさぁ……まぁ受話器越しにでも分かるほど、店長さんの声は透き通っていて多分だがかなりの美人だと思うので、まぁ良いのだが。
でもなぁ………。
あーあ。
………………………働くって、ダルそうだ。
何てことを思いながらも俺は、再び敷布団の中に忍び込み。
☆☆☆☆☆
『ピピピピッ、ピピピピッ、アサダゾォ、アサダゾォ、ピピピピッ………』
自室内で鳴る騒がしい目覚ましを手探りで取り、取り敢えず投げる。
と、壊れたのか電池が取れたのか、目覚ましは鳴りやまった。
んー。
今日も、素晴らしい朝だなぁ………。
と、ふと時計に目をやると、時刻は十二時を下回っていた。
ぐー。
俺のお腹が鳴る。
そう言えば昨日、まともに夕食も取らずに寝てたんだっけ。
だからこんなにお腹が空いているのか。
んー、そうなのか。
ぐー。
また、俺のお腹が鳴った。
……よし。
俺は思い、立ち上がる。
そして。
やや、重い足取りで。
リビングへと、向かって行った。
☆☆☆☆☆
「っはぁー、疲れたぁ………‼」
勉強机の上に置かれてあるPCの上に更に置かれている何ものっていない、油汚れのべっとりと着いた食器。
敷布団の上に溢れたポテトティップス、通称ポテプの欠片とその本体。
そんなものが置いてある───というか、そんなものしか置いていない自室の中で。
俺は、心の底からそんな声をあげた。
というのも、リビングに行ったときの話。
会えば地獄、会わなければ九割型マシだと俺に認識されている堅物────親父が、リビングで昼食を取っていたのであった。
親父は俺の姿を見るなり。
「早く仕事せんか。このロクでなしが‼」
と、全国全世界の
へいへい、わかってますよ、仕事しなきゃいけないことくらい。
でもですね。
中々出来ないんですよ。
俺特技も無いし、趣味はネトゲだけだし。
かと言って、機械扱いが特に得意な訳でもなければ、他に人より特化したところもない。
しかも、普通に働くサラリーマンのようになるのは嫌だというのが俺の、身勝手で欲深い願望なんだから。
────と、そんなことを思いながらも妹お手製の「おかし☆」と書かれた紙が張り付けてある木箱の中を漁り、ポテプを取った俺。
そのまま自室に帰ろうとしたところ、母親に御盆を押し付けられた。
どうやら「食べて」とのことなので、まぁ食料が増えるなら良いかということでそのまま、御盆とポテプを手に自室に帰って来た。
─────で、今に至るのだが。
俺には一つ、引っ掛かっている言葉があった。
それは────親父の言葉であった。
「早く仕事せんか。このロクでなしが‼」
いやまぁ、「ロクでなし」の部分は関係ないとして。
──────やめてやめて、これ以上ロクでなし扱いしたら俺コアラ並みのストレス溜めちゃう体質だからすぐにコロッと逝っちゃうよ?
────と、そんなこと、今はどうでも良くて。
まぁ俺実際親の金で生きてこれからもそれで生きていく気がある────というかその気しかないようなロクでなしだし?
クズだし?
底辺だし?
何なら「底辺」で「
でも頼む、もう言わないでやってくれ…………俺のためにも!
─────と、大分話が逸れてしまっていたが、話を戻すとして。
「早く仕事せんか」
それは、何時も言われるような、就職を催促してくる言葉。
何時もなら「へいへ~い」とか言いながら聞き流しているところ、なのだが。
────何故か今日は例外で。
心の中でずっと、渦を造って漂っているのであった。
それに加えて。
今朝、というか今昼起きたときからの感覚なのだが────。
俺は何か、大切なことを忘れている気がしてならないのであった。
んー、何だったのか。
本当にとても、とてつもなく大切で、俺の中での人生の基点になるような、そんな大切なことだと思ったんだがなぁ………。
と、俺がそんなことを考えながら頭を悩ませていると。
「幸也─────‼御仕事は良いのー?」
リビングの方から聞こえてきた、母親の声。
だから………。
俺は、就職する気は、全く………。
「幸也ー?今日から御仕事なんでしょう?『喫茶店』のー」
………。
………。
………。
………ヤベ。
………ヤベ。
……………………………………ヤベぇ!!!!
俺は、昨日何時の間にやら纏めておいた「スミコミ」と書かれた付箋の貼ってある修学旅行用の大きな鞄を手に。
自室を去り、あの嫌味な────じゃなかった、19年間お世話になり大変申し訳ない気持ちを抱いているあのお方───親父への挨拶も無しに俺は、家を飛び出して行った。
理由はただ一つ。
─────『喫茶・ディフィワー』に行くためだ!
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