第22話「解放の末に」
魔法を使うことが出来ることを知ったカーサスはその力で見事にファイティングジャイアントを倒すことが出来た。そしていよいよ、残るはマックスだけとなる。
「奴は一筋縄じゃ行かないぞ。あんな体たらくのくせし機敏に動き且つ頭が良い」
「自分で手を汚さず生きてきたくらいだからな」
リブラがカーサスよりも前に出て彼は後方で銃を構える姿勢を取った。こうすることで互いに得意とする戦法で攻撃が可能なのだ。
「このナーワルの銃弾は距離が縮まれば縮むほど威力が高い傾向にある。だから出来るだけ俺も近付きたい」
そう思った矢先、ふたりは彼が地面にこっそり描いていた錬成陣へ迂闊にも入り込んでしまった。そして足が動かない状況に陥ってしまったのだ。
「くそ、やられた」
「そのまま地面にひれ伏せていろ」
両手をふたりに向けると彼らの体は地面に叩きつけられ身動きが取れなかった。また体の上に何も見えなかったが押し潰される感覚がする。
「く、苦しい」
ふたりの心臓は早鐘のように高鳴り悲鳴を上げ、血液は沸騰するように熱く体内を循環する。そんな中で今にも破裂してしまいそうな血管に恐怖を覚えた。
「今からお前たちに死の呪文を掛けてやる。これは身体中の血管が一本一本破裂して死に至るという、とてもとても残酷で激痛と絶望を与えるすんばらしい魔法だ」
そうするとふたりに向かって聞きなれない言葉を発し始める。それが呪文なのだ。カーサスがマックスに向けて銃口を構えようと必死になるが無駄だった。
「さぁ、君たちに呪文を掛け終わったよ。どうだい、痛みが出て来ただろう」
何かが潰れるような音が体内から聞こえてきた。それは虫がプチッと潰れるような音だ。
「血管が破裂し、次に内臓が破裂、そして肺や心臓、最後に脳までもが破裂するパーティーを楽しめるぞ」
その時だ、リブラが吐血して唸り声を上げた。胃が破裂して血液が逆流したのだ。彼の惨状に恐怖するカーサスも腎臓と肺のひとつが風船を割るように破裂すると激痛が襲う。しかし身動きが取れない今、為す術が何一つ残されていない。謂わば死を待つだけなのだ。
「どうかね、恐怖と絶望は」
「最高だよ、全く」
リブラが粋がると彼の背中から膨れ上がって小さく爆発する。小腸と大腸が同時に破裂したのだ。
「おめでとう」
マックスが手を叩いて祝福する。まるでパーティー用のクラッカーが破裂したような音で周囲に谺こだましていたからだ。
増援の魔導士やファイティングジャイアント、ゴブリンや兵士たちが駆け付けお祭り騒ぎとなっていた。また、奴隷も数人おり見せしめのように行われているのだった。
「次は何が破裂するかな」
ニタリと薄気味笑いを浮かべ死へのカウントダウンを数えるマックスにカーサスは一言告げる。
「お前はどうせ死ぬ。俺がやっつけるからだ」
その言葉に一瞬会場が静まるがマックスの嘲笑を皮切りに場内が笑いの渦に包み込まれる。
「その状態からどうやって私を倒すというのかね。貴様たちの運命は死、あるのみだ」
するとカーサスは小刻みに震え出した。その勢いは増す一方だ。
マックスは魔力を強くするが彼の力の方が高かった。次第にその場から立ち上がる姿を目の当たりにした場内は恐怖に陥った。今まで見たことのない光景であったからだ。
「これでどうだ!」
彼の魔法はカーサスの足下の地面を凹ませる程の威力であったものの効くことはなかった。しかし彼の胸が肥大すると爆発を起こし口から多量の吐血が見える。
「ははっ、心臓が爆発したようだな。これで脳も爆発してお前は終わりだ!」
だがカーサスの胸からは白煙が上っていた。それだけではない、リブラからも同様の症状が見られる。
「な、なんだ。これは……」
何が起こっているのか分からない周囲の敵はその状況をただ見ているだけだった。
「言っただろ。俺はお前を殺すって」
「そ、そうか……あの洞窟にいた時、確実に殺したかと思っていたがそういう事だったのか」
マックスは高らかに笑い声を上げると周囲の人間たちをも恐怖に陥れる。
「この目で見るのは初めてだ。貴様ら人間ではなく、不死者だな」
その事実に会場が動揺する。不死身の彼らを倒す術を知らないからだ。
「その通りだ」
先ほどまでくたばっていたリブラが顔色を変えずカーサスの隣に立っていた。しかも魔術の影響を受けていない。
「くっ……」
「申し訳ないがお前の死の呪文とやらは解除させてもらった」
もう一度掛けようと無詠唱で身構えるもリブラは一瞬で彼の至近距離まで近付くとアッパーを食らわせよろけたところにカーサスの銃弾が腹部に食い込む。ところが彼の体は空気が抜けた風船のように萎んで行くとヒラヒラと地面へ落ちていった。
「なんだと!?」
カーサスも近付き様子を見ると式紙のようなものがあった。ふたりは周囲を見渡すとパイプラインの上に立つマックスを見付けて唖然とする。
「危うくやられるところだ」
「いつから刷り変わった」
「最初からだよ」
「何っ!?」
今まで戦っていたのは全て偶像だったのかと考えるカーサスにリブラは、
「もしかすると幻術を使っているかもしれない。若しくは本当に安全なところで式紙を使って戦わせているのかも」
そう耳元で囁き落ち着かせる。何にせよ奴を倒さなければ彼らに勝利という言葉はない。
「兎に角状況が分かるまであいつを可能な限り追い詰めるしかない」
「ちょっと待って。仮に実態のないあいつがこの場にいないとしたらヴィクトリアたちは……」
その通りになっていた。ヴィクトリア、もといネクロスは今正にマックスと対峙しているのだった。
「どうやらあっちの私がやれたようだ」
「カ、カーサスのところ……か」
彼女は弱っていた。右目と左腕を失い黒ずんだ血が流れ出て地面に水溜まりが出来ている。
「君も不死身だったか。まぁ厳密には死んでいる体なのかもしれないが」
マックスには全てお見通しなのだろうか。奴の底知れぬ力にウィンディーは驚愕しているだけだった。
「主人様、こやつの力……」
「分かってるよ。若干、あいつらの力に似ている。ナチョスの力にね」
最初は気付かなかったがマックスの出す魔法の端々に彼女らアーク神族の因縁の敵、ナチョスの闇の力に似ているのだ。もしかすると彼は堕落民族と関係があるのかもしれない。そう思った彼女は彼にひとつの質問を投げ掛ける。
「偉大なる父は……」
「セルヴィア様、ただひとり」
その言葉で彼が何者であるかはっきりした。彼は正真正銘、堕落民族だったのだ。
セルヴィアとはナチョスの創設者でありシルヴィアの父、セルヴィア・ナチョスのことである。彼はアークとの戦闘で命を落とすが魂はこの世に留まり復活の時を待っているらしい。
ヴィクトリアの旅はこれらを食い止めるため、永遠に続けていると言っても過言はない。
「主人様、殺す前に情報を」
「聞き出したいの山々だけど私、もう力が……」
既に体力を消耗した彼女は立っているだけでも精一杯だったのだ。目の前は霞んでぼやけてしまい疲れはないが力が出ない。
「おまけに胸が……くっ……」
ハートフルの影響で彼女は遂にその場で倒れこみ気絶してしまう。血溜まりが徐々に広がる中、ジュリエッテが思わず駆け寄る。しかしこれが間違いだと気付かされるのだった。
少女の姿は彼女とウィンディーにしか見えない。だが血溜まりに足を踏み込んでしまったことにより足跡が出来てしまった。
マックスはそこに誰かがいると思い土製の槍を錬成する。ウィンディーは気付かれたと戦闘態勢に入り、彼の目の前に姿を表すもマックスの狙いは血溜まりの足跡に立つジュリエッテだ。
「しまった……」
しかし既に手遅れだった。少女の胸に槍が食い込むと首から提げていた魔法石を結ぶ紐が契れて彼女は姿を表した。そして胸と口から夥しく出血するとマックスは勢い良く槍を引き抜いた。
少女は力尽きたように地面へと吸い込まれる形で倒れるとウィンディーがジュリエッテの名を叫ぶ。ネクロスも意識が混沌とする最中、目を覚ますと横たわる少女に目を見開いた。
「ジュ、ジュリエッテ……」
「お、ね、えちゃ……私、もう一度、だけ、パパに会いたかった」
「ジュリエッテ……」
彼女は痛みを忘れ起き上がると横たわる少女を右腕で抱え必死に呼び掛ける。
「ジュリエッテ、しっかりして」
「私、お姉ちゃんに会えて嬉しかった……忘れないよ」
その言葉を最期に彼女は目を閉じて静かに眠る。ネクロスは涙を流すことはなかった。しかし怒りと憎しみでいっぱいだ。
少女の遺体を地面へ置くとウィンディーの名を呼ぶ。彼は息を呑むと彼女に恐怖を覚える。
「あ、主人様……」
「これはジュリエッテの弔い合戦だ」
「は、はい……」
彼は光を放つとそのまま光り輝く球体へと変貌し彼女の体に取り込まれていった。それと同時に彼女の体はネクロスからヴィクトリアの姿に変わっていった。しかも目や腕は再生していたのだ。
「あの時の……」
マックスはカーサスと一緒にいた彼女だと知ると笑みが零れる。そして奇声という名の雄叫びを上げると彼女に向かって無数の錬成した槍を飛ばしてきた。
「そんなもの、効かない」
槍は彼女の体を避けるようにしてヴィクトリアが倒した横たわる死体に次々と突き刺さっていく。その間にも彼女は前進する。
「もう一度だ」
鉄製の刺が彼女に襲い掛かるがやはり効果はない。彼は動きを封じる呪文を解くが全く効かず地面に尻餅を付いた。
「何故効かないんだ」
「私は貴様に無力化の魔法を掛けた。よって貴様の魔法で私を倒すことは出来ない」
「ならば……」
拳銃を取り出して引き金を引く。ところが弾は全て逸れてしまい当たることはなかった。
「なんで!?」
「私の属性は『風』。つまり風を自由に操れる。銃弾を弾くなど造作もない」
「くそぅ……」
ヴィクトリアは彼の目の前に立ち止まると帯刀していた“神風”を抜く。
「私は貴様を許さない。絶対に許さない」
「へっ、ガキがひとり死んだくらいで何を抜かすか。ガキなんて奴隷以下だよ」
「くっ」
ヴィクトリアは目にも止まらぬ早業で彼の首を切り上げると頭部はゴトンと鈍い音と共に地面へ叩きつけられた。血飛沫が天井まで上りヴィクトリアの体や刀には返り血が付着する。
「もうひとつ言っておくと、貴様の体を実体、つまり偶像ではなく実像にすり替えた。もう遅いがな」
刀に付いた血を振り払ってから鞘に戻すと彼女はジュリエッテの遺体を抱えて先ほどの広場へと戻る。そこには魔導士や兵士の死体でいっぱいだった。
「よぉヴィクトリアに戻ったのか」
陽気に手を振るカーサス。リブラが割って入ると、
「お前がやったのか」
マックスを倒したことを訊かれ頷く彼女は少女の方に目を向ける。流石のカーサスも気付いたようで近付いて生死を問い、犠牲になったことを知ると怒りがこみあげてきた。そして片っ端から魔導士の死体に蹴りを入れたりナイフで切り刻んで怒りをぶつける。
「そんなことをしても彼女は帰ってこないよ」
ウィンディーがヴィクトリアの体から離れて姿を現した。
「それよりも奴隷を解放しないと」
「その仕事、任せても良いかな」
それはヴィクトリアからのお願いだった。何故そのようなことを言ったのか訊ねると彼女はネクロスの姿に変化へんげして、
「ちょっと冥界に行って来る」
そう告げる。ウィンディーは反対し、カーサスはよく分からないが取り敢えず反対しておいた。リブラは彼女が決めたこととして賛成し、こちら側の仕事はやっておくように言う。
「主人様、死者の蘇りは禁じられています。あなたも重々承知しているでしょう」
「うん知ってる」
「じゃあ、尚更いけません!」
「だから行くの。不可能を可能に」
リブラがウィンディーの肩に手を置くと、
「言っても無駄だよ。こいつは昔からそうだったじゃないか」
そう言って彼らは見届けることにした。
ネクロスはジュリエッテの遺体を中心に錬成陣を描き、冥界への門を開くための呪文を解く。
「じゃあ、行ってくるよ」
そう言い残すと閃光の中に消えていった。残されたウィンディーは無事に帰ってくることを祈る。リブラとカーサスは彼女が帰ってきた頃には何もかもが終わっていることにするため先を急いだ。
冥界へと旅立ったネクロスは胸の痛みと戦いながら、暗闇の中に薄らと光る目的地へと通ずる4989万段ある階段を上っていた。それもジュリエッテの遺体を両手で抱えながら一段、また一段と上っていく。
冥界への道は現在、この階段だけであり生きとし生ける者が死んだ時、必ず死者はここを通る場所なのだ。上っていく間に成仏の念が固まり見事冥界へ辿り着ける。しかし心が折れたり後悔の念が強くなると階段が消えて現世に留まることとなり最悪、一生冥界へと行けなくなりゴーストや死霊として彷徨うこととなるのだ。
だがネクロスは違う。彼女の今の姿は死神でありここを通ることはない。しかしながらジュリエッテを抱える今、ここを上り切らなければならないのだ。彼女の力で少女の魂はこの身に宿ったままだった。
「あと49885011段か、先は長いな」
1時間、2時間、時間で言い表せないほどの刻を懸けて漸く出口の灯りが見えた。
「あと4989段。最後まで頑張らないと」
遂に4989万段を上り切るとそこには大きな扉が待っていた。その大きさははかり知れぬものだ。この扉を自分の力で開かねば冥界には行くことが出来ない。
「待っててねジュリエッテ。もうすぐだから」
ネクロスは渾身の力を右腕に集中させると片手だけで冥界への扉を開く。重い扉が静かに動きだし光が差し込む。眩しかった。
「ようこそ冥界へ。あなたを担当する認証番号B-20152016です。サンと呼んでもらってかまいません」
「冥界長を呼んで」
「はい? 今なんと?」
「冥界長を呼べ!」
冥界長とはその名の通り冥界を取り仕切る長で、死者を輪廻転生させるために天国界へ、処罰を与えるために地獄界へ言い渡す権限を唯一持つ人物なのだ。
一般の死神は、この冥界長の命令で魂を4989万の階段へと誘うのが仕事で、扉を開けたあとの仕事はサンのような冥界付の使者が行う。冥界長は一般の死神にとって雲の上の存在であり易々と呼べるものではなかった。
「あっ、あなたは死神ですね。しかも腕に抱えているのは魂の籠もった仮死状態の人間」
「何々ー」
「何の騒ぎだ」
周りの使者が近寄ってくると人間の姿に恐怖した。これは人間自体が恐ろしいわけではなく冥界に連れてきたことが恐ろしいのだ。
冥界では生きた人間を連れてくることは禁じられている。もしも破った場合は重大な処罰を課せられ、最悪死神の位を剥奪され無間地獄へ落とされることがあるのだ。
「お前、名は何と言う」
「それより、冥界長を早く呼んで」
「貴様、話を聞け」
使者を司る左官が取り押さえようとすると彼女は声を張り、
「黙って冥界長をここへ呼べ!」
そう叫ぶと左官らに取り押さえられた。するとそこにある中年の男性がやってくると彼女の名を呼んだ。
「ネクロスさんじゃない。どうしたの?」
「今田こんださん……」
彼は古くからの友人に当たる今田靖やすしという冥界で働く案内人だった。使者や左官たちの間で知らぬ者はおらず、また面倒見が良く誰からも頼られる人物でもある。
左官らはネクロスを解放し彼に事情を説明すると今田は眉を細めた。
「ネクロスさん、あなたまさかその子を生き返らせようとしているんじゃないだろうね」
「そうです。ジュリエッテは死ななくても良かった」
「気持ちは分かるが、これは彼女の運命でもあるんだよ」
だが一歩も退かないネクロスは彼に対しても命令口調で言い放った。
「良いから、冥界長を呼んで! 話はそれからだから」
左官は再び取り押さえようとするが今田がそれを拒む。
「分かりました。今すぐ呼びましょう」
「今田さん、こいつは危険です。もしや冥長を脅かす存在かもしれませんぞ」
しかし彼は首を横に振る。そして何れ分かることでもあったため、彼女の素性を明かした。
「まだ使者や左官になって若い方もおるだろうが、彼女の名前はネクロス・ギザーロフ。死神庁の零使団の団長だ」
死神庁は言うまでもなく死神が所属する組織であり、その中にも様々な団体が存在する。彼女はその中でも冥界、天国界、地獄界、そして現世を自由自在に行き来することの出来る使団と呼ばれる団体の団長であった。
使団は全部で零から四までの5つあり、これらは階級順で並んでいるため零使団というのは最高位に当たる。また使者たちは次の言葉にも驚愕した。
彼女はアーク神族のヴィクトリア・ギャラクシーということだ。これに対し失神する者まで現れた。
偉大な死神に左官たちは数々の無礼を詫びる。しかし彼女は気にしなかった。寧ろ誰であろうと規則に忠実な姿勢で取り締まろうとするその心意気を称讃した。
例えアーク神族であっても冥界では長が一番偉く、そして規律は守らなければならないのだ。このことを理解して彼女は冥長を呼んでいる。
「私たちが今すぐ報告して参ります」
「その必要はない」
ネクロスたちの前に袴を着込み、白い髭を生やした老人が現れた。冥界長の閻魔尊えんま みことだ。「ネクロス、話があるそうじゃな」
「はい」
「ここでも良いか」
「どこでも構いません。他人に聞かれようが聞かれまいが、あなたに聞いてもらえれば私は構いません」
彼は頷き彼女の話を聞いた。
ジュリエッテを戦闘の最中で失ったこと。死ななくても良い命だったこと。そして生き返らせるよう頼んだ。
「ネクロスさん……」
今田は彼女が頭を下げる姿に昔見た光景を重ねていた。昔の彼女、ここではカーサスと出会うずっとむかしのことで下界、つまり現世の生命に対し然程関心はなかった。無論ハートフルのこともあったが神の仕事だと割り切っていた。
だが今はここまで少女のために必死となる彼女をここまで突き動かしたものは何かと思ってネクロスを見ていた。
「下界で生命の尊さを知ったからかのぅ」
そう呟く今田の前で彼女は閻魔に頭を下げ続ける。
「これは異例の事態じゃ。これを許せば今日こんにち以降の魂の復活を認めざるを得ない状況になってしまう」
その通りだ。しかし食い下がることないネクロスに閻魔がひとつの条件を突き付ける。
「それでも構いません。それでジュリエッテが生き返るなら」
「良よいか、これは其方そなたの罰でもあることを忘れてはならぬ」
「ありがとうございます、冥長」
今田にもお礼言った。しかし彼は本当に良かったのかと心配した顔で訊ねる。
「私には時間がたくさんあるし、全然構わないよ。ただみんなに迷惑が掛かるかなって」
ジュリエッテの遺体を抱き抱えると閻魔の方を振り向きお辞儀をした。
「少女が甦り、其方の罰が始まるのは別れの言葉を言った後じゃぞ」
「はい、それではお世話になります」
彼女はそう言って少女を抱えたまま再び扉の前に立った。
「今田さん、今度一緒に呑みましょう」
「そうですね。行きましょう」
「はい」
そうして彼女は右腕に力を込めて扉を開けると暗闇の中に足を踏み入れた。既に光り輝いていた階段は消えて底知れぬ闇が待ち受けている。
「行くか、現世へ」
深呼吸をすると彼女は一歩二歩と進み出し途端に真下へと落ちて行く。速度が加速するなかジュリエッテに変化が見られた。
少女の心臓が鼓動を始めたのだ。一拍一拍、赤ん坊が初めて2本の足で歩くかのように拍動すると、
「パパ……ヴィクトリア、お姉ちゃん」
これもまた赤ん坊のように名を呼び始めた。ネクロスは笑みを浮かべ、そして頬を涙が伝う。
「良かった、ジュリエッテ。もうすぐでパパに会えるから」
○
現世に戻ったネクロスは本当に何もかもが終わっていることに驚いた。街にいた奴隷は外の世界に移動し残党は街共々爆破されてマックス率いる大悪党リブラの生涯はここで終わったのだ。
ジュリエッテの父親は絶望視されていたが他の借金をしていた人たちと共にパイプライン内で働かされており生きていた。そして数日振りの再会にネクロスやウィンディーは涙した。
「ありがとう、これも貴方たちアーク神族のお陰です」
「借金は程々にしろよな」
「はい、もう二度と借金は致しません」
奴隷たちは解放され、セントラルラインが責任を持って彼らを保護することを誓った。それまでの数週間、ネクロスやカーサスは彼らの生活を支援したが、いよいよ国の支援部隊が到着し別れの日がやってきた。
ジュリエッテはネクロスと別れたくはなかった。しかしそうしなければ理由がある。彼女は遂に言うことなく少女たちと別れる刻が来た。
「私、大きくなったらお姉ちゃんみたいに強くなる! そしていっぱいみんなを助けてあげるんだ」
「頑張ってね。あなたならきっと出来る。応援してるからね」
「うん。だから、だから……」
少女は涙ぐむ中で必死に堪えようとしたがそれは出来なかった。
「また、会えるよね」
「うん、いつか会えるよ。それまでは……元気でね」
「さようなら、さようなら」
ジュリエッテを含む難民は一度セントラルラインの保護施設へと移送される。彼女たちは馬車に乗せられると手を振るネクロスとカーサスに応えるよう見えなくなるまで手を降り続けた。そうして見えなくなったところで彼女にカーサスが質問する。
「冥界行ってどんな手であいつを生き返らせたんだよ」
「彼女の人生分をボクの人生で代替する」
「えっ!?」
つまりジュリエッテが生きる分、彼女は眠って人生を送るのだ。
「だから、カーサス。迷惑掛けちゃうけどごめんね」
「い、いつからだよ」
「もうすぐかな」
するとリブラが彼女に寄り添い優しく声を掛けた。
「多少迷惑を掛けちゃうところがお前らしい。だが安心しろ。私が責任をもって面倒を見てやるよ」
「ありがとう、リブラ」
そしてネクロスは大きく深呼吸すると今の体は痛覚が無いものの風を感じる気がした。ウィンディーが挨拶をしているのかもしれない。
「じゃあカーサス、またいつか」
「あ、あぁ……」
そうして彼女は天そらに向かって一言を告げる。
「さようなら、ジュリエッテ」
その言葉の後、彼女は意識を失いカーサスに寄り掛かった。短くて長い眠りに就いたのだ。
次にネクロス、いやヴィクトリアが目覚めるのはいつのことだろうか。それはジュリエッテが眠るときだろう。
○
91年後、ネクロスはベッドの上で寝かされていたがゆっくりと上体を起こして辺りを見回した。
「ここは……私、目覚めたの」
久しぶり立ち上がろうとするが思うように立てず転んでしまった。ベッドに捕まってもう一度立ち上がると今度は壁に立て掛けてあった神風を松葉杖代わりに使ってドアへと向かう。
「ここまで体力が落ちるとは」
ドアを開けるとそこは長い廊下だ。彼女は廊下の窓から眺める景色に感動していた。すると食器が割れる音が聞こえ振り向くとカーサスが呆然と立っている。
「おはよう」
彼女の言葉が聞こえなかったのかもう一度挨拶をしようと口を開けると彼が飛び掛かってきた。そして涙しながら抱き締める。
「やっと帰ってきたんだな。良かった。寂しかった。良かったよぉ!」
恥ずかしさでいっぱいのネクロスは引き離そうとするがそれを拒むカーサス。そうしている中、リブラとウィンディーが現れた。
「私が目覚めたってことはジュリエッテは……」
「100歳だ」
「え……」
「彼女は100歳で死んだ。ずっとお前に会いたがっていたぞ」
ネクロスはカーサスの肩を貸してもらいリブラの案内で彼女が眠る墓地へと向かった。そこはマックスとの戦闘の地、メイオ村の広大な墓地郡だった。
「ここだ」
墓石に彼女の名前が刻まれている。ネクロスはヴィクトリアの姿に変化すると跪き再会が出来なかったこと謝った。
「ジュリエッテ、嘘を言って本当にごめんなさい」
後に今田から彼女の魂は無事、輪廻転生したということを告げられ、また彼女と会えることを願い、ヴィクトリアの旅は続くのであった……。
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