第21話「覚醒」
カーサスがひとりで乗り込んでから数時間が過ぎた頃、ヴィクトリアの呼吸は今にも止まりそうであった。そして未だに彼の名を呼んでいる。
「流石に彼ひとりではまずかったのだろうか。主人様と違い、カーサス様は人間上がりの不老不死。それに……」
彼女を見つめて何かを思うウィンディー。
「――彼は特質したものがあまりない。あるのは主人様を護る思いだけ。立派だが儚いものだ」
すると咳き込む彼女に水を持ってくるようジュリエッテに頼む。グラス一杯の水を持ってくる間、彼女は息を途切れ途切れにしながらウィンディーを呼ぶ。
「な、何でしょうか」
「カーサスを追え。やっぱり彼だけじゃ無理だ。ボクとジュリエッテは大丈夫だから」
とは言ったものの今の状態ではとても自分はもちろん少女を守ることは出来ない。彼は猛反対するもヴィクトリアは今にも死ぬかもしれない体を起き上がらせ、
「これは私の命令だ。背けば契約を破棄するぞ!」
血走る眼光を彼に浴びせ震え上がらせる。ここで言う契約とは精霊との間で交わしたもので仮に破棄した場合ウィンディーは消滅してしまう。また風の精霊である彼が消滅するとなると、この世に風が無くなってしまうのだ。
「わ、分かりました。カーサス様を追い掛けます。ですが、これだけは言っておきます」
彼女は本をそっと閉じるかのようにベッドへと横たわると彼の話に耳を傾けた。
「今の命令、決して命乞いなどではありません。彼を身勝手にも、また無責任に送り出した事を思っての承知です。無事に責務を果たした後、再度処罰を進言して下さるよう……」
「良いから早く行け!」
あまりの怒号に水を持って来たジュリエッテは硬直した。そしてウィンディーが飛び出していくのを見送るとヴィクトリアに水を差し出した。
「ありがと……うっ」
胸に激痛が走り彼女はベッドの上で激しく悶え、そして息耐えてしまった。その光景にジュリエッテは泣き喚き外へ飛び出してしまう。
暫らくしてから彼女が宿主とともに部屋へ戻ってくるとそこにはヴィクトリアの姿は無かった。が、代わりに少女の姿があった。ネクロスだ。
「おやまぁ、何処から入ってきたんだい」
宿主の老人は外へと追い払った。彼女は老人がよそ見をしたその隙にジュリエッテの手を引いて共に宿から離れる。
「あなた、誰?」
「後で話すから、今は一緒に来て」
宿から遠く離れた山林へ逃げ込むと流石に少女は息を上げていた。ネクロスは平然としている。
「ごめん、無理させちゃって。私はネクロスで、信じないかもしれないけどヴィクトリアだよ」
少し戸惑った感じではあったが少女は笑顔を作り、
「信じる。だってお姉ちゃんはお姉ちゃんだもん」
手を繋いで喜んだ。ネクロスも微笑んでいるとジュリエッテが心配した顔で訊ねてきた。
「手、冷たい。大丈夫?」
彼女は少女を抱き寄せた。
「私は……というかこの体は死後の世界の物なんだ。だから死体みたいなもので手も足も冷たく、心臓も止まって、息だってしてないんだよ」
少女には難しいことかもしれないがありのままを話した。意外にもそれを受け入れ思いもよらない言葉を掛けてくれた。
「体は冷たいけど、心は暖かい。だから自分を冷酷だとは思わないで。ねっ」
難しい言葉もよく知っているものだと感心していた。
「ところでヴィクトリアお姉ちゃんとはどう違うの?」
突飛な質問にどこから説明したものかと考えていると山林の奥から何やらひそひそ話が聞えてきた。誰かがこちらへ近づいてきているようだ。
「誰か来るよ」
「説明してあげる。私は死後の世界の役人で謂わば死神。幽霊みたいなものだからこうしてこうやって……」
懐から何かを出してその場で作り上げるとジュリエッテに見せる。それは碧く光沢のある石が繋がれたネックレスだった。
「良い? これを肌身放さず首から提げているんだ」
「分かった。でもこれは何?」
すると近くをふたりの大男が通り過ぎた。彼女たちには全く気付いていない様子だ。
「これを身につけている間、あなたは誰からも見えなくなるんだ」
死人のネクロスや精霊のウィンディーからは見えるが不老不死やカーサス、ただの人間であるリブラたちからは見えない。逆にネックレスを付けた状態だと普段見えない幽霊などが見えてしまう。
「もし幽霊が見えても気軽に声かけちゃダメだよ」
「う、うん」
そうしてふたりは山林を登りどこかに入り口が無いか探し回ったが見付からなかった。
「おかしいな。この山林だと思ったんだけどなぁ」
結局先ほどの男ふたり組もただの登山客だったのだろうか、そう考えて切り株の上に座り溜め息を吐くネクロス。ジュリエッテが元気を出すよう声を掛ける。
「ありがとう」
すると彼女は胸を擦るようにしていることに気が付く少女が訊ねた。
「痛むの?」
「えっ!?」
「心臓、痛むの?」
見抜かれてしまったのかと思い彼女は頷いた。
「ははは、ヴィクトリアの時ほど痛みは軽減されてるけどね。でも体は変わっても私は私……だからハートフルは私に掛けられた呪いみたいなものだと思っている」
胸で手を堅く握り締める彼女を見て少女はどうしたら良いか分からないでいた。こんな時、どうした良いのか考えていると再び先ほどの男ふたり組がやってきた。
「ちょ、ちょうど良い。彼らに案内してもらおう」
後を追い掛けて見ると大きな木のトンネルが目の前に現れた。
「大きい」
「一見したら見過ごす位の立地と初見だ」
彼らはトンネルの中を進んでいき螺旋状の道を降りていく。ふたりも後を追い掛けると大きな鉄扉てっぴが聳え立っていた。
「よぅし開けろ」
「ほいさ」
扉の中心部に付いてあるハンドルを回していく大男。凡そ100回転させると鍵が解除される音が聞こえた。そして厚さ500ミリの鉄扉が開かれたのだった。
「す、凄い」
ふたりの目の前に広がる光景は想像を絶するものだった。カーサスが思った時のように。
「山の中に街があるなんて」
「凄いや。でも明るいね」
ネクロスはぼんやり輝く光を指差し、
「あれが多分、この世界を照らしている魔法石みたいなものだよ」
魔法の力で作り出していることを教えてあげた。そうしていると今度は3人組の男たちが外の世界へと出発した。
「彼らは一体何者なんだろうか」
そう考えながら不思議な世界へと足を踏み込んでいく。少なくとも外の世界の住人ではないのだろうと思っているとふたりの前に彼が現れた。
「カーサス!?」
偶然にも彼は鉄扉から出てきたふたりの前を通り過ぎるところだった。
「後を付けようよ」
「そうだね」
少女の言葉に賛同して後を追うと大きなパイプのようなものが見えた。
「あれは一体……」
「上に伸びてるね」
この街が山の中だとするとあのパイプは頂上に向かって伸びていることになる。
「何を考えているんだ」
そう思い立ち止まったカーサスに気が付かず突進してしまう。
「マズい……」
「どうするの?」
幸い近くに大男が歩いていたためかカーサスは彼に謝っていた。当然男は何のことかと思っていたがふたりにとっては好都合だ。
「バカで良かった。もしかしコイツ、リブラよりバカかも」
不思議な顔を浮かべる彼は再び歩きだし、暫らく歩くと天へ聳えるパイプラインの根元までやってきた。
「凄く太くて頑丈なパイプだ」
「何の為?」
「これは空気を地上から取り出すためだね」
突然彼女たちに話し掛けてきたのはウィンディーだった。ふたりを見つけて後を追ってきたらしい。
「それにしても主人様……ジュリエッテ様まで連れ込んで何かあったらどうするおつもりなんですか」
「うぐっ……ま、まぁ、ひとりにするよりかは良いと思……」
「そんなことを言ってるんじゃないです!」
ジュリエッテに止められるまで言い争いは続いていた。
「こんなところで喧嘩は止してこれからどうするか考えないと」
幼い少女にここまで言われてふたりは恥ずかしい気持ちだった。
「そうだね、取り敢えずあのバカに知らせなきゃ」
恐る恐る近付いていくと突然に彼は身構えた。気付かれたかと思いきや周りには黒いローブを頭まですっぽり覆った魔導士たちが取り囲んでいた。
「こいつらは……リブラと一緒にいた魔導士だ」
彼らの背丈よりも高い杖をカーサスに向けると稲妻のような閃光とともにカーサスの元へ電気が走る。華麗に交わすも多勢に無勢で一撃を食らってしまい、その場に蹲うずくまった。
「カーサス!」
すると彼は立ち上がり挑発した。魔導士たちは再び杖を振り翳かざして呪文を唱えると今度は鉄の杭のようなものが彼を襲う。
「加勢します」
ウィンディーが払い除けるように手を振ると風が生まれて杭が魔導士たちへと襲い掛かる。その状況にカーサスは過度な挑発を繰り返していた。
「ジュリエッテは絶対にネックレスを取っちゃダメだよ!」
「う、うん」
少女を信じて彼女は彼らの前に出現魔法を解いた。するとカーサスも含めて突然現れたネクロスに言葉が出ない様子だ。
「お前、あんな体で良く……」
「そんなことは良いから行くよ!」
「おう!」
戦闘へ入る前に彼女はウィンディーへアイコンタクトを送っていた。それは彼自身姿を現さず援護をするようにのことを意味する。最悪、ジュリエッテを連れてふたりだけでも逃げることを視野に入れたものだ。
「無鉄砲さは変わらないね」
「お前が言うな」
「私は対応出来るから」
狼狽える魔導士に向かって石畳から錬成した杭を手に襲い掛かる。次々に彼らは悲鳴と血飛沫を上げて倒れていく傍らでジュリエッテが小さく応援していた。
「出来ればあの子には見せたくなかったが。仕方ない」
「ジュリエッテも来てるのか。俺にはどこで見てるのか検討もつかないがなっ!」
拳銃で敵の脳天を撃ち抜くと装填のためにネクロスと背を合わせた。カーサスの方が大きく不釣り合いに見えたがウィンディーはその光景に満足する。
「あぁ、映えますな。主人様、ご立派です」
見惚れているわけにも行かないため適所に支援をすると敵の増援が建物を伝ってやってきた。今までの敵とは違い、上位の魔導士だと感じたネクロスはカーサスに忠告する。
「気をつけて、多分マックスの側近クラスの奴やっこさんだよ」
「分かってるよ。でもこいつらを倒さないと奴にまでは辿り着けない」
それもそうである。彼は装填の終わった拳銃を構えひとりずつ確実に打ち殺せるように急所を狙った。
ネクロスは石の杭を地面に置くと今度は自分の身長の倍以上ある大きな鎌を錬成する。これは死神の道具のひとつでもあった。
「鎌持ってる死神なんて絵本の世界だけかと思ってたぜ」
「実際その通りのようなものだけどね。私たち死神は普段、魔導士みたいな杖を持ってるから」
鎌を大きく振り回すとその力で彼女は敵の頭と胴体を真っ二つに切り刻んで行く。
「――死神が鎌を持っているのは下界の人たちに恐怖を表すためのただのパフォーマンスなんだ」
「実際効いてるよな。物理的に」
半数近くの敵を切り刻んだネクロスは返り血を浴びて装束が赤く染まっていた。
「後で洗うの大変なんだよな」
爪の間から血を拭いながら次なる目標を探す目付きに魔導士たちは畏怖した。しかし逃亡する者は現れなかった。それほどリブラとマックスの方が恐れているのだろうか。
「兎に角、さっさと殺しちまおう」
「同感」
そうしてふたりはすべての敵を借り尽くすと溜め息を吐いてその場に座った。
「疲れた」
「増援はもう来ないかも?」
と安心しているところに水を差すウィンディー。突然現れた彼にカーサスは驚いて心臓が止まるところだった。
「お前もいたのか」
「ずっといたよ。それに支援してくれてたじゃない」
「あの風ってお前だったのか。てっきり奴らの誰かがポカやったのかとばかり」
そうしていると彼らの前にマックスが堂々と仲間を連れてやってきた。
「お前……」
「死んでいなかったとは悪運の強い。だがここで死んでもらうよ。秘密を知ったお前ら全員」
「秘密か。じゃあ殺される前に俺の質問に答えろ。ここでは何をやっている」
マックスは懐に手を入れたためカーサスは拳銃を構えた。しかし出てきたのは茶色の袋だ。
「重を構えるのは良したまえ。私に銃は効かん」
「なんだと?」
「それよりこれを見たまえ」
茶色の袋からは白い粉のようなものが入っていた。さらさらとしておりただの塩かと思ったが似通ったものだと知る。
「これは食用麻薬だ」
名前の通り調味料として使う。一見塩に見えるため他人から分からない。だが過激な作用のある麻薬のため、腹痛や頭痛、吐き気とともに幻覚や幻聴が襲い掛かる。しかしながらその苦痛が快楽へと通じ、中毒になる者が後を絶たない。
尚致死量は10gほどの危険な薬物だ。無臭だが塩辛さはあるらしい。
「吸引しても危ないから気を付けろ!」
マックスはそう叫ぶと袋をふたりの足元に投げ付けた。粉は中空を舞い白く靄が掛かる。
「クソったれが」
ウィンディーはジュリエッテを建物の上まで退避させた。残りふたりは薬物の靄の中で動けないでいる。
そこにマックスの部下が小銃を使って一網打尽にしようと企てた。弾丸の嵐が靄の中へと襲い掛かるが不思議なことに反響音が聞こえるだけで手応えが無い。
「靄が晴れるぞ」
そこには鎌を構えたネクロスの姿があった。足下には弾頭が落ちている。
「なんだと……」
「何者だ、あいつぁ」
部下たちが口々に言い合っているとマックスは笑い声を上げる。
「そうでなくてはな。面白みがない」
次に彼らは投擲兵器を手に持つとピンを抜いてふたりに投げ込んだ。約3秒後に爆発を起こすと地面は抉られたように黒ずんでいた。
ふたりの姿はなく消し飛んだと部下たちは考えていたがマックスは違った。神経を研ぎ澄ませ意識を集中すると護身用のナイフを手に背後を振り向き身構える。
「ボス!」
背後には鎌を振り回そうとするネクロスがいた。寸でのところで鎌の先端部をナイフで防ぐマックスが、
「これは一筋縄で行かないのかね」
質問を投げ掛けるよう言い放つと鎌を弾き飛ばし間合いを取った。部下らは驚愕している。何故なら、
「私の間合いに入ったのは君が初めてだ。これは、私が直々に手を下さなければなるまいな」
なんとネクロスが初めてだというのだ。どうやって彼女は近付いたのかというと、投擲兵器の爆発1秒前にカーサスを吹き飛ばしてから自身を魔法で姿を見えなくさせてから彼の間合いに侵入した。
因みにカーサスは受け身を取ることもなく近くの建物の外壁に突っ込んで気を失っていた。
「君の名を教えてもらう」
「名乗るほどでもない」
言葉を言い終わる前にマックスは袖の中から杖を取り出すと無詠唱呪文で地面からゴーレムを10体召喚した。その内の1体の肩に乗ると、
「名乗っておけば君の栄誉ある死体は標本に出来たのにな」
自身が勝つことを前提としていた。確かにこれだけの戦闘やゴーレムの召喚で彼の体力や魔力の消耗が全く減っていないとなるとやりにくい相手ではある。
「っ……」
胸に手を当て痛みと戦うネクロスは次第に視界がぼやけていった。彼女の精神的な体力の方が遥かに消耗が激しかったのだ。
「さぁ楽しもうじゃないか」
ゴーレムに攻撃を命じると大挙して襲い掛かる。必死に避けつつ鎌で斬ろうとするが弾かれてしまった。
「物理攻撃は弾くよう魔法を掛けてある。さぁ鎌はもう使えんぞ」
だが彼女は笑っていた。この鎌は普通の鎌とは違うのだから。
「なにも物理的に攻撃しなくてもこれは使えます」
大きく構えると一体のゴーレムに向かって一降りすると刃は体を擦り抜けて行った。部下やマックスは何をしたのか皆目検討も付かなかったがそれはすぐに起こった。
どういうわけかゴーレムの体がバラバラとなり土に還ってしまったのだ。
「この鎌は特別でね、魔法などを解除することも出来るんだよ。そして操られている物や心の核を斬り、自由にさせてあげられることも出来る」
彼女の言葉にマックスは再び大声で笑った。
「それじゃあ君の鎌はまるで死神か何かの物じゃないか。滑稽だね」
「そうだね。それが嘘なら滑稽だね」
するとネクロスの体が半透明になっていくのを目の当たりにすると部下たちが口々に幽霊だと言い合う。しかしマックスは信じなかった。透明になる魔法はいくらでも存在するからだ。
「私は幽霊や死神は信じない太刀でしてね、君のようなやり方は気に食わないのだよ」
「じゃあ神も信じないのかな」
「そうだ。なぜ人間は目に見えぬ作り物を崇めようとするのか理解できん。それならば神ではなく、この私自身を崇めれば良い」
そうして自分が神のようになるため国の中に国を作り、裏社会の住人を呼び寄せたり奴隷を住まわせ彼に服従させていたのだ。即ち、マックスという人間は神になりたい人物であったということだ。
「神……か、そんなに良いものとは思えないけどね」
「何を言うか。この世の全てを自分の物に出来る快感と言ったら言葉で表せるものじゃなかろう」
彼には決してネクロス、もといヴィクトリアの気持ちなど到底理解出来ないのだろうと感じた。
「お喋りはこれくらいにしよう。君は神に唯一立ち向かったただひとりの傲慢な人間として語り継がれるだろう」
ゴーレムの上で両手を大きく広げ嘲笑する彼にひとりの男が言い放った。
「神が神に立ち向かう。それこそ滑稽だよ」
何者だとマックスたちが周囲を見回すが姿が見えない。ネクロスも初めはカーサスが格好良い捨て台詞を吐き捨てたのかと思っていたが、それは勘違いであった。
「どこを見ている。私はここにいるぞ」
高所のパイプラインの影からひとりの青年が飛び降りる。地面に着地すると背丈が高く好青年だとわかった。
「何者だ、貴様は」
「ふははは、正義の味方『リブラーマン』」
すとんと地べたにL字に座り、リブラの頭文字を表した。ギャグに踊らされるマックスではなかったため聞く耳持たず交戦を仕掛けようとする。
「ネクロス、ここは僕が引き受けるから君は奴隷の解放を」
そう言うと一滴の泪を流して感謝の言葉を贈った。
「ウィンディー、カーサス。着いてきて!」
ゴーレムを踏み台にしてその場から退散する彼女とウィンディーたちはパイプラインのある屋内へと入っていった。
「貴様、私の獲物を」
「まぁまぁ、僕が相手になるよ。あの子より少し弱いかもしれないけどね」
「かかれ!」
腹が立ったマックスは部下たちに総攻撃を下す。そして彼の運命は如何に。
一方、ネクロスは屋内にいた敵を蹴散らしながら一息吐ける場所を探していた。するとジュリエッテがあることに気が付いた。
「カーサスお兄ちゃんが着いてきてないよ」
急停止し振り返るネクロスとウィンディーは顔を合わせ溜め息を吐く。先程の場所へ戻ろうにも追っ手が次々に現れ仕方なく前に進んだ。
「あのバカ、まさか気絶したままなんじゃ……」
その通りだった。彼は今、謎の男を囲む魔導士たちの後ろにある壁面に埋もれていたのだ。
「ところでさっきの男の人って誰なの」
少女は必死に走りながら手を引くウィンディーに訊ねる。彼は一瞬言い掛けるも口を塞いだ。
「言っても良いよ」
「主人様……」
そうは言っても躊躇って中々口を開こうとしない彼の代わりにネクロスが答えた。
「彼は私の兄、リブラだよ」
その頃、当の本人は魔導士に対して降伏を促していた。彼もネクロスもとい、ヴィクトリアと同様にアーク神族であるからして敵である彼らにもチャンスを与えようとしているのだ。
「降伏か。貴様、立場を分かっていないようだな」
「それはお前さんの方だろ」
お互い睨み合いが続く中で漸く気絶していたカーサスが起きると今起きている状況が理解出来なかった。彼には仲間割れをしているようにしか見えなかったのだ。
「これはチャンスかもしれない」
そう思った彼は隠し持っていたダイナマイトの導火線にマッチで火を点けると彼らに向かって投げ付けた。
初めに気が付いたのはリブラだった。彼は右側にいた魔導士を拳ひとつで片付けると退避する。そこへダイナマイトが落ちると彼らは急いで退却しようと駆け出したが何人か巻き添えになってしまった。
「あいつのことを忘れていた」
粉塵が舞う中、マックスが頭を抱えてカーサスの方に気を取られているとリブラが近付いてくるも側近の大男ふたりがそれを拒む。しかし彼はふたりに下がるように命じ、
「お前らはあいつをやれ」
銃を構えて魔導士を撃ち殺すカーサスを指差して言う。そして彼自身はリブラを倒すことを宣言したのだった。
「舐めるなよ」
「そっちこそ」
ふたり見合って間合いを詰めていくと格闘戦に持ち込んでいった。
カーサスの方は大男が近付くまで残党狩りを行っていたがふたりが加勢しに来たことで状況が一変した。
「あいつら銃が効かねぇ」
彼らは人間ではなく亜人だった。像のように硬い皮膚と虎のように素早く動くことが出来る彼らはファイティングジャイアントと呼ばれている。早い話で、ジャイアントの中でも戦闘に特化した種族だ。おまけに彼らは魔法を扱うことも出来る。
「俺たちを倒せるかな」
口から炎を吹き出しながら近付くためにカーサスは至近距離には近付けない。即ちナイフや拳を使っての格闘戦が出来ないのだ。
「あっちの方が良いな」
隙を見計らってマックスとリブラの戦闘に割って入った。特にリブラ目がけて銃弾を発砲していたため、
「おい、私を撃つな。味方だ!」
などを言って撃つのを止めようとしていたが彼には無駄だった。
「味方? 俺はお前のことを知らねぇもん」
「かーっ!!!」
腹立った様子で彼は一度マックスから間合いを取ると一気にカーサスの元まで後退する。一瞬で彼のところへやってきたリブラに驚いて弾の装填が間に合わず大男の突進を食らいそうになるも彼が魔法を使って弾き飛ばしてくれた。
「お前、本当に味方なのか」
「私はヴィクトリアの兄、リブラだ。カーサス君」
「へっ!?」
それを知って開いた口が塞がらなかった。
「良いかい、ヴィクトリアに奴隷の居場所と解放をお願いしたから、私たちはこいつらを足止めしないといけない」
「足止めじゃなくて殺しても良いんだよな」
「もちろんだが、君は魔法を使えないだろ」
返す言葉がなかった。
「魔法すら使えない君は足止め位しか出来ないと思うが」
現にファイティングジャイアントを倒せずに苦労している。彼の言う通りだ。しかし使えないもの仕方がない、そう考えるカーサスは、
「なら足止めでも……」
迷いが出ていた。これで良いのかと。そこにリブラは振り向き彼に優しく言った。
「この先、必ず苦難が強いられる。その中でお前は私たちの妹を護らなければならない。それが契約であり務めでもある」
「契約……務め…」
「そうだ。今ここでもう一度問う、お前はヴィクトリアを護るか、ここで死ぬか」
死ぬ、つまり契約を解除するというわけだ。彼はもちろん生きることを選ぶ。これは死にたくないという思いではなく大切な人を護りたい、そう思ったからだ。
「ならば見せてみよ。お前の力を」
「俺の力……」
大男のふたりがカーサスに向かって突進を仕掛けようとしている。彼は冷静に装弾すると拳銃を敵に向ける。
「貴様の銃は効かんぞ」
嘲笑するファイティングジャイアントは彼の間合いに入った瞬間、ひとりの男の背から血飛沫が中空を舞った。そして力を失い前転すると隣を走るもうひとりの男を巻き込んで地面を転がる。
カーサスの目の前で止まった彼は絶命している同胞を何度か呼び掛け彼に何をしたか詰問する。リブラもその様子に耳を傾けた。
「意識をこのナーワルに集中させたらお前のお仲間を殺せたんだ」
「それは念写系の魔術だ。恐らく魔力で拳銃の弾の威力を向上させたんだ。やれば出来るじゃないか。これも立派な魔法のひとつだぞ!」
「俺にも魔法が使えたのか……」
彼は喜びと自信が一気に沸騰すると再び意識を集中させ、残る大男の額に銃口を向けて引き金を引いたのだった。
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