第20話「合流」

 カーサスよりも一足先にメイオへと転移魔法で移動したヴィクトリアとジュリエッテは先ず始めに宿泊施設で彼の到着を待つ傍ら情報収集に入った。

 意外にも情報は早く集まり駐軍司令官の言ったことは事実だった。しかし暫くして司令官が何者かによって暗殺される。リブラが裏切り者として手を下したと考えるのが妥当だろうか。

 情報を新聞で知ったヴィクトリアは見付からないよう警戒し、カーサスの到着を待つもの依然やって来る気配が無かった。

 ふたりは今日こそ来るだろうとベッドの上で待っていた。ヴィクトリアは窓から見える外の風景をぽかんと眺めている。

「カーサス兄ちゃん、遅いね」

 ジュリエッテの声に彼女は反応せず何かを考えているようだった。

「どうかしたの?」

 二、三回ほど呼び掛けてやっと反応を示すと彼女は静かに話し始める。それは、リブラに関してのことだった。

「リブラっていう名前はボクの兄なんだ。もしかしたら彼が関わっているじゃないかって心配で」

「そのお兄ちゃんは悪い人なの?」

 返答に暫く時間を置いてから答えだした。

「ある人から見れば良い人で、またある人から見れば悪い人に見えるのかなあ」

 すると彼女が強気で言い出した。それも子供とは思えない発言だ。

「自分自身が良い人って思っていればそのお兄ちゃんは絶対に良い人だよ! 他の人の目なんて気にしちゃダメ」

 その言葉に頷くと前言を撤回しこう答えた。

「リブラは良い人。ボクにとって大事な人のひとりだよ!」

 するとドアをノックする音が聞こえる。カーサスか、はたまた敵か。ヴィクトリアは警戒し、ジュリエッテを部屋の奥へと隠れさせドア越しに誰であるか訊ねた。すると呻いた声でふたりの名前を呼ぶ。

 いつでも防御または応戦の態勢が取れるように身構えながらノブに手を掛けドアを開くとそこには泥だらけになって茫然と立ち尽くすカーサスの姿があった。

「あら、遅かったじゃない」

「遅かったじゃないじゃないよ」

 充血した目を見開き彼は彼女に寄り掛かるとそのまま押し倒した。そして胸に手を掛けると涎を垂らして、

「腹が減って喉もカラカラだ。お前のおっぱいでも良いから飲みたーい」

 などと子供じみた言葉を言ってヴィクトリアは珍しく顔を赤らめながら彼を引き離した。

「ジュ、ジュリエッテが見てる前でなんてはしたない」

「本当に腹さ減って、もう死にしょうなんだ」

「ところどころおかしいよ」

 子供に突っ込まれるカーサスを見てルームサービスを取ろうとするが彼は我慢出来ず再びヴィクトリアに襲い掛かった。そしてあろうことか服の上から彼女の乳房を吸い始め、ジュリエッテはまじまじと見つめる傍ら当の本人は怒りが込み上げ膝蹴りで彼を気絶させる。

「はぁ、びっくりした」

 彼女の息は上がり心臓の鼓動も高鳴っていた。ヴィクトリアもひとりの女性なのだ。

「ジュリエッテも大人になったらこういう奴には注意してね」

「はーい」

 片腕を上げて大きく返事をした。そしてルームサービスで3人の食事を頼みカーサスをバスルームへ閉じ込める。

「バスルーム付きを借りて良かった。綺麗になるまで出てきちゃダメだよ」

「それより、メシ!」

「汚物に食わせるご飯は無いよ」

「悪魔、鬼、ドM、ドS、ちっぱい」

 彼女は聞こえない振りをしてジュリエッテの元へ行くと彼女がちっぱいとは何か訊ねてきたので濁しながら答えた。

「ちっぱいとは小さいってこと」

「じゃあそう言えば良いのに」

「そ、そうだね」

 ここで補足するがヴィクトリア自身、胸はもちろん女性の体にコンプレックスを抱いているわけではないのだ。ただカーサスはどんな女性が気に入るのか知っておきたいという気持ちがある。

「まぁ、ボクは愛されるより嫌われた方が性にあってるから」

「何か言った?」

「ううん、何でもないよ」

 暫くしてルームサービスが到着すると全裸でカーサスがすっ飛んでくるなり全員分の食事を食べてしまった。ヴィクトリアは怒りを抑えつつ今度はふたり分の食事をお願いする。

「いい加減にしなさい!」

 男にとってもっとも大事な股間を蹴り上げると彼は昇天したかのように白目を剥いてその場で気絶した。彼にシーツを掛けて死んだように装いながら食事を待つふたり。

「こんなはしたないお兄ちゃんと旅をしているの?」

「うん、まぁね」

「物好きというか変わり者だね」

「そうだね。でもコレもこれで役に立ったり、助けてくれるから。多分」

「おまちどおさまです」

 漸く食事に有り付けたふたりは目覚める前に食べる。次に気付いたのは数時間後であった。

 彼が気が付くまでの間、心優しいジュリエッテは体を綺麗に拭いてあげ、ヴィクトリアは新しく買った服を着せた。目を覚ましたカーサスはその服装に難色を示す。何故なら、真っ黄色のポロシャツに同じく真っ黄色の腰よりも高いズボンに、あろうことかスカート付きのものだったからだ。因みにこれはヘルマフロディタという現地の民族衣裳らしい。

「おかしいだろ、これ……」

「似合ってると思うよ」

「絶対に似合ってないだろ!」

 くすくす笑うふたりに怒りを抑えつつ冷静になって元々来ていた服を探すが見当たらない。まさか捨てたのかと詰問すると洗い物出したとかで取り敢えず捨てられていないことにホッとする。

「そんなに大事なもの?」

 ジュリエッテが訊いた。

「あれは俺が初めて働いて金をもらった時に買った大事な服なんだ。当時はぶかぶかだったが今ではぴったり。だからあれとは一心同体なんだよ」

「いつまで使うの」

 今度はヴィクトリアが訊いた。

「いつまでって……ずっとさ」

「そう」

 彼女は何かを言いたげそうだった。しかし何も言わなかった。

 怪訝な表情を浮かべる中で彼はそのまま話を終える。それから結局、服が乾くのを待ってからヘルマフロディタは脱いで元の服装へと戻ったのだった。

「これがやっぱり一番だな」

「格好良いと思ったんだけどなあ」

 彼女を睨み、本題に入ろうとする。

 リブラの潜伏先はこの町の高台にある廃工場が候補として上がっている。理由は工場への道が封鎖されていることとゴロツキが屯たむろしていることが挙げれる。

「それに感じるんだよ。僅かだけどマックスが使っていた魔法の波長が」

「本当か? でもそれじゃあお前も出してるってことだよな」

「いや、わざと出してるような気がするんだ」

 それ以上、ヴィクトリアには分からなかった。だが此方を誘いざなっているような気がするらしい。

「多分、バレてるよ」

「ここもヤバいってことか」

 ジュリエッテの方を見つめるカーサス。不老不死のふたりならともかく彼女がいると下手に動けないのだ。だからと言ってひとりにすることは断じて許されない。彼女は父親しか身内がおらず、また帰りを待っているからだ。

「これを使おう」

 取り出したのは式神だった。またプチヴィクトリアを使うのだろうと思っていたがどうやら違うようだ。

 式神に何やら文字を刻み呪文を唱えると白煙とともに少年が現れた。茶色の髪に碧色の瞳、背丈は170センチのヴィクトリアよりも約半分くらいの高さだ。

「だ、誰だ……」

 遂に人まで錬成出来るのかと思っていると少年から聞いたことない言葉で話し掛けられカーサスは困惑した。

「何言ってんだこいつ」

「彼の名前はウィンディーでボクの使い魔みたいなものかな」

 使い魔とは魔法使いにとってなくてはならない大切な役割を持つ。契約を結んだ術者に魔力の提供はもちろん使い魔自身が戦闘や勝利を導いたりすることが出来るからだ。

「お前に使い魔がいたのか」

 長らく一緒にいるが初めて知ったことで内心、まだまだ彼女の全てを知っているというわけではないことを悟った。それと同時にはまだ内緒にしていることがあるのではないか。いや、ヴィクトリアのことだからあるに決まっている、そう思っているカーサスであった。

「彼がジュリエッテを護ってくれるよ、絶対に」

「本当にか?」

 絶対、とは余計なのではないかと言おうとしたがかなりの自身があったため言い出せなかった。

「でもよ、言葉が通じないじゃんか。さっきから何言ってだよ、こいつ」

「失礼しました」

 突然ウィンディーが彼に分かる言葉で話し始め動揺した。どういうことかヴィクトリアに説明を求める。

「さっきまで話してたのはボクだけと会話する時に使う古代アーク語なんだ」

「そ、そうなのか」

「ご迷惑をおかけしましたね、カーサスさん。ウィンディーと申します。いつも主人様あるじさまを護って下さいまして有難う御座います」

 深々と頭を下げると何か申し訳ない気持ちになった。

「ていうかプチヴィクトリアもそうだが、ヴィクトリアと違って礼儀正しいな」

「主人様は自由奔放を座右の銘にしておりまして……」

「それ以上は良いから」

 もう少しだけ少年の話を聞いてみたかったが彼女はそれを許さなかった。本題であるジュリエッテの父親救出とリブラの壊滅ならびに逮捕をどうやって行うか考えたかったのだ。

「時間が経つにつれ父親の安否が心配される。少し急いだ方が良いかもね」

 なぜ今までもっと早く手を打たなかったのかカーサスは疑問を抱いたが、またこの場で言い争うとさらに時間を食ってしまうかもしれないと予想し余計なことは口にしなかった。

「じゃあさ、もう正面突破で……ヴィクトリア?」

 今の今まで気丈に振る舞っていた彼女が突然、胸を押さえて苦しみだした。

「ど、どうした!?」

「ぁ……っ」

 訳の分からない彼はウィンディーに助力を求める。少年は直ぐに彼女をベッドの上に乗せるよう指示し従った。

「水をお願いします」

「お、おう」

 カーサスはグラス一杯の水を持ってくると少年に差し出した。依然としてヴィクトリアは苦しんでおり、今まで見たことのないその様子に彼は悔やんだ。

「主人様、薬はありますか」

「ぅ……それが切れてて……」

「なんですと」

 そこにカーサスが何のことか聞いてきた。彼女が何かの病に掛かっていたことなど知らなかったからだ。

「言ってないんですね」

「心配かけたく……無かった」

 十分心配掛けていると言ってやりたかったが彼は思い止まり、彼女の身に何が起きたのか詳しく説明するよう求めた。

「主人様はハートフルなのです」

「は、ハートフル?」

 聞いたこともない病名だ。どのような症状なのか詳しく聞いたところ驚愕した。

 ハートフルとは心臓に掛かるインフルエンザのような病気だ。治療薬が無く感染すると致死率は100パーセントに及ぶ不治の病である。しかし不老不死のヴィクトリアは永遠に苦しみ続けなければならない病なのだ。

 症状自体は多種多様で、動悸や心機能の低下、最悪心停止や心破裂にも及ぶ。

「なんでそんなことに。治療は?」

「薬で和らぐことしか出来ないのです。それも手に入らないような薬なので自分で作るしかないのです」

「そんなあ」

 苦しがる彼女を見て彼はいても立ってもいられなかった。だがどうすれば良いのか分からない。

「くそっ……」

「大丈夫……暫くすれば治まるから」

 痛みの中で他人を気遣うその心にカーサスは自然と涙をこぼす。

「なんなんだよ……お前は」

「主人様はこういうお人なのです」

 暫くしていると痛みが引いたのか落ち着いてきた様で水を所望する。

「ありがとう」

 起き上がりグラス一杯の水を一気に飲み干すと再び横になって天井を見つめた。ジュリエッテが心配そうに窺っている。

「黙っててごめん」

「いや、良いよ。それより何故治療薬が無いんだ」

「それは……作る人がいないからかな」

 どういうことなのか彼には理解できなかった。少なくとも世界単位で見れば誰かが作っているだろうと思ったからだ。しかしそれは彼女の言葉で間違いだと判明する。

「ハートフルはボクにしか掛かってないんだ。だからボク以外の人には絶対に掛からない。これは保障するよ」

 言っている意味がいまいち分からない。なぜヴィクトリアだけが感染しているのか、その真相に迫り彼は言葉を失った。



 それは人類が初めてアーク神族の手によって誕生した時のことだった。

 それまで人類創造の命を受けていたのはゲスチオンヌだがアーク神族に謀反を起こそうとして堕落民族に格下げられ地上へと落とされることとなった。しかし彼らの憎しみはひとつのウイルスとなって神族の手を煩わせた。

 人類生誕と同時に折角生まれた命が消えようとしたのだ。原因は心臓にウイルスが入り込んでいたことだった。

 当時の神族はこれをハートフルと名付けたことにより名前は定着する。しかし治療方法が見出だせず生まれた命は次々に消えていった。

 何故堕落民族はハートフルを生み出したのか。その理由は簡単だった。

 それはアーク神族の手によって生まれてきた罰だという。そして最初は脳にウイルスを送ろうと考えていたらしいが、敢えて心臓にしたようだ。

 仮に脳へ感染した場合、一瞬で死に至ってしまうらしく、それならば長い間苦痛の続く心臓に矛先を向けたのだ。目論見は成功し、生まれてきた生命の全てはハートフルを発症し苦しみながら死に絶えた。

 この元を断とうとヴィクトリアがひとつの提案をする。それが、彼女を犠牲にハートフルを吸収させることだった。

 およそ数万種の生命体からハートフルを取り込んだヴィクトリアは永遠の苦痛を与えられた一方、感染の心配が無くなった生命はすくすくと育ち現在に至る。

 ハートフルの感染条件はアーク神族からこの世に生を受けた場合のみ適用されるためか現在は生命から生命へ継がれるので永久に感染することはないだろうとされる。しかし前述通り、治療方法が無く、アーク神族によって生み出された処方薬のみで和らぐことしか出来ないためヴィクトリアには多大なる負担掛かっているのが現状だ。



「そんなことが……」

「苦しいけどみんなの幸せのためにもこうするしかなかったんだよ」

 彼女の必死な笑顔に心が痛むカーサス。ジュリエッテは話が難しかったのか気が付けば突っ伏して眠っている。

「取り敢えず薬を作らないといけません。戦闘中に発症してしまえば不利になります」

「どうやって作るんだよ」

 必要な薬草と調合の仕方の載る本を見せてくれたがびっしりと書かれた文字ばかりな上に古代アーク語だったため直ぐに返却した。

「少なくともこの辺りに薬草はありませんから採りに行くしかありません」

「そんな時間は無いよ、くっ……」

 脈を早めると心臓が痛みを上げるらしい。絶対安静でなければならないのだ。

「こんな時に限って……なんで薬をもっと持っておかないんだ」

「ごめんね。ボクがいけないんだ」

 いつもの彼女は違った。いつもなら少しは反論し言い争い、そして楽しく和解するのだが今はその面影すらない。病は人をここまでにするのかと痛感した。

「だったら俺ひとりでカタを付けてくる」

「それは流石に無茶だよ。マックスは強い。幾ら不死身だからって簡単に勝てる相手じゃ……ごふっ」

 吐血だ。ベッドの上が赤い血で染まる。幸いジュリエッテには掛かっていないようだったため、ウィンディーが隣のベッドに彼女を寝かせた。

「と、ともかくひとりじゃ絶対ダメ」

「じゃあどうしろっていうんだよ」

「ボクも行くから……」

 起き上がろうとするも直ぐに息が荒くなり吐血を繰り返した。やがて脈が弱まり意識が混沌とする。呼び掛けにも次第に反応しなくなっていくも上言うわごとでカーサスを呟いていた。

「お前が何て言おうとも俺はひとりで行く」

「言っても無駄でしょうね」

「ウィンディーはこいつとジュリエッテを護ってくれよな」

「承知しました。それからこれを」

 少年は一枚の式神を渡した。しかしカーサスは受け取りを拒んだ。何故なら、式神は術者に負担を掛けるからである。これ以上ヴィクトリアに苦しい思いをさせたくなかった。

「確かに主人様の式ですが魔力を消費しないよう確立した知能を持つ式神です。一応持っておいて下さい」

 断ればまた厄介になると考えた彼は一先ず受け取ると内ポケットに入れておく。そうして彼は単身で乗り込んだのだった。

 廃工場へ通ずる入り口は確かに閉鎖されており、その前には浮浪者が屯している様子だ。正面からは入れないと考えた彼はどこか別の場所から行けないか模索する。

「何の工場か分からないけど、もし整備が行き届いているなら下水道から行けるかもしれないな」

 そこで彼は周辺を隈無く探した。そして暫く探していると川辺に鉄格子が嵌められた小さな洞窟を見付ける。

 彼はこれが下水道だと思い鉄格子をサプレッサーの付いた拳銃、ナーワルで破壊を試みる。幸いにも年月の影響か簡単に破壊でき、中へ侵入することが出来た。気付かれないよう破壊した格子を元の位置に戻して膠にかわを使い応急措置を施しておいた。

「これで大丈夫だろう」

 先を急ごうと駆け足でその場を去った直後に格子が倒れたことは言うまでもない。

 蝋燭の灯りを頼りに進むこと10分、横穴の他に縦穴と鉄製の梯子が壁に埋まっていた。それを伝い上へと上っていくと僅かに光が差し込んでいるマンホールが見えた。

 恐る恐る開いて周りを確認するが誰もいなかった。

 蓋を開け、下水道から出たカーサスは辺りを探索し何か証拠が見付からないか考える。

 屋内は廃れており埃や蜘蛛の巣でいっぱいだ。また、侵入者のせいか寿命のせいかで家具や壁などは倒れていたり穴が開いたりしていた。

 奥へ進むにつれ何やら音が聞こえてる。音を立てずに近付いていくと頑丈そうな扉が立ち尽くす。その隙間から明るい光と大きな音が漏れていた。

「覗けないかな」

 隙間から何か見えないかと覗こうとした瞬間、扉が外側へ開いて彼は衝突して壁と挟まりそうになった。そして開いた扉から大きなジャイアントが2体出て来ると談笑しながら遠ざかる。その隙に中へ入ろうと扉越しから頭を出すと目の前に広がっていた光景は驚くべきものであった。

「町だ……町がある」

 扉の向こうには遥か彼方まで町が広がっている。太陽か分からないが橙色の空が町を照らしていた。

「どういうことだ?」

 思考が停止し夢か現実か分からなくなっていると背後から声が聞こえ、取り敢えず中に入り扉を閉めると下へ続く階段を降りていった。そして積み重なった樽の中へと隠れて声の主が通り過ぎるのを待つ。暫く待っていると今度は3人のゴブリンが目の前を通っていった。

「ここは一体どういうところだろう」

 人間はいないのかと町を探索し始めるとジャイアントやゴブリンが多く見られたが普通の人間の姿もあった。

「とするとメイオの中に町があるってことに」

 突然蒸気の抜ける音が聞こえて驚いた拍子に木で出来たドアに手を付いて破壊してしまった。

「いけねっ!」

 逃げようとその場から立ち去ろうとした時だ、中から呼び止める声がした。弱々しくも聞こえる。

 警戒しながら屋内へ入っていくと荒んだベッドの上にひとりの老人が横たわっていた。囚人のような服に身を纏った彼は咳をしながら目を開く。

「久し振りの客人じゃ」

「客ってわけじゃないけどな」

「何もできんが掛けとくれ」

 その言葉に甘え椅子に座ろうとするが埃を舞上げて壊れてしまった。

「またやっちまった」

「気にせんでええわい」

「悪いなじいさん。でよぉ、ここは一体どこなんだ」

 老人はカーサスのことを上から下まで見回すと静かに話し始めた。

「ここはネオメイオ。儂たちにとって監獄のような場所じゃ」

「ネオメイオ……監獄?」

 頷く彼は両手の平を見せてきた。それにカーサスは驚嘆する。

 手の平に紋章のような印が刻まれていたのだ。

「これはリブラの紋章じゃけん、ここに住まいを持つ儂たちは奴らの所有物の一部じゃ」

「つまり奴隷ってことか」

 老人は頷いた。しかし分からないことが幾つかある。人間の他にジャイアントやゴブリンがいることや彼らは自由に出入りが可能であること、そして奴隷であるのに所帯を持たせてもらっていることだ。そのことを可能な限り聞き出そうとするが濁される。

「なぁじいさん、教えてくれないか」

「教えたいがダメじゃ。教えると儂は爆発してしまう」

 カーサスは思い出した。マックスの掛けた魔法で情報を聞き出そうとして肉片だけとなった男たちのことを。

「くそ……」

「儂はもう長くない。お前さんにあらゆる全てのことを話したいが話す前に爆発して消えちまう」

「じいさん……」

 どうすれば良いのか分からなかった。ヴィクトリアに相談しようにも肝心の彼女は病床に伏せっている。自分が無力だと思い知らされ悔しく拳を握り締める。

「なぜお前さんはここへ来た」

「ある少女の父親を探しに。それからマックスとリブラをぶっ潰しに」

 その言葉に彼は笑い声を上げた。馬鹿にされたのかと思い腹が立ったがそうではなかった。

「儂も同じ志しを持って奴らに挑んだがダメじゃった。奴隷にされ、この地へ連れてこられてから早50年余り……一度で良いから外の空気や景色を見て死にたかったのぅ」

 彼の夢を叶えてあげたい。そう思って約束をしようと口を開いたが、ヴィクトリアの言葉を思い出した。出来ない約束はしないこと。

「じいさん、もう少し長生きすれば良いことあると思うぜ」

「そうじゃのう。お前さんが奴らを倒せば可能かもしれんのう。じゃが無理じゃよ。百人でも1万人でも奴らには勝てん」

「じいさん、……例えそうだったとしても俺はやらなければならないんだぜ。昔のアンタみたいにな」

 そして持っていた食糧や水を彼に全て渡すと破壊してしまったドアから出ようとした時だ。

「儂はダッチじゃ、ダッチ・バーバー。お前さん、名は?」

「カーサス。バーン・カーサスだ。覚えておくと良いことあるかも知れないぜ」

 そう言い残して彼は立ち去った。残された老人は小さくお礼を言い、再び目を閉じる。

 取り敢えず彼は蒸気の音が聞こえた辺りに向かった。奴隷が働かされている工場があるかもしれないからだ。

「町の中の工場の中に町があってその工場に行って、また町と工場があったとしたら、もう何がなんだか分からんな」

 そんなことを思いつつ町一番の高さを誇っていた煙突を発見し近付いていく。煙突から煙は見当たらないが蒸気の音は聞こえていた。

「もしかしたらあの煙突、外の世界に繋がっているんじゃ」

 煙突ではなく大きなパイプに思えてきたカーサスは近付いた後、工場への入口を探し出して侵入した。中は整備されており、多くの人が作業をしている。

「いつもの手で行くか」

 彼は注意深く身を潜めつつ通路を通り過ぎる人々の手の平を見つめる。刻印がある奴隷にすり変わってしまっても直ぐに印がないと気付かれてしまうため、刻印のない、つまりリブラ側に潜入しようと考えたのだ。

「だが刻印がないからと言って奴隷じゃないとは言い切れんからなぁ」

 ひとりの男が通り過ぎる人々とは違う服装や装飾を施していたため獲物を捕えたような目線を送る。素手で警棒を持ち、その手の平には刻印がない。

「よし、リブラだ」

 その言葉と共に彼は周囲に誰もいないことを確認してから男を気絶させると自らが隠れていた所に戻り、服装や装飾品を身に付け彼とすり変わることに成功した。そして両手足を男が持っていた手錠で施錠すると樽の中に隠してその場を去る。カーサスは警備員を装いリブラに近付こうとしたのだった。

 一方、ホテルで弱々しく心臓を動かし今にも死にそうなヴィクトリアが目を覚ましカーサスが居なくなっていることに気が付くとウィンディーを責め立てる。

「マックスは上級魔法使いだ。君も知ってるだろ。ボクがやらないとカーサスは勝てない。魔法が使えない彼がいっても……」

「それはどうでしょうか」

 その言葉に疑問が浮かび上がる。カーサスは自身で魔法が使えないと口にしていた。しかしウィンディーはそれが間違いであると思っていたのだ。

「例え使えてもボクが行かなきゃ……くっ」

 吐血を繰り返す彼女の背中を宥めウィンディーが優しく言葉を贈る。

「彼なら大丈夫です。信じましょう。だから今は休んで下さい。刻ときを待つのです。刻を……」

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