第18話「企み」

 ヴィクトリアが坑内で作業を始めた途端、笛の合図が聞こえ作業員の手が止まると中央に整列した。逐一脱走者がいないか数を数えるらしい。

「まずいな。ひとり多いってバレちゃうな」

「全員で57人だったよな。3人ばかし多いぞ」

「屋内作業員も来たんだろう」

 そう言って再び作業へ戻ることを命令した。

 ヴィクトリアは安堵して溜め息を吐く。最悪一暴れすることになっていたかもしれないからだ。

「カーサスは……いたいた」

 汗水流して岩をツルハシで砕いている。後からそっと近付くと声を掛けた。

「ぎゃわっ!」

 驚いた拍子に壁面へよろけて背中から当たると轟音が鳴り響く。

「な、なんだ!?」

「あれを見ろ!」

 天井が崩落していた。中央にいた男たちは坑道へ退避する一方広間で作業をしている被害者たちは取り残されていた。

「カーサスのせいだな」

「お前が驚かすからだろ」

「言い合ってるばやいじゃなかろう!」

 男たちが割って入るとふたりは言い争いを中断し彼らを別の坑道へ誘導した。その坑道は落盤で塞がれ、ヴィクトリアが作った小部屋のあるところだ。

「こんなところにこんなものがあったのか」

 借金取りの被害者らは驚きながら小部屋に入り終えた頃には広間が完全に土砂で埋もれてしまっていた。ヴィクトリアとカーサスはすんでの所で脱出に成功し小部屋に入る。

「ありがとうな」

 ふたりの行動に感謝する男たちの中にカーサスはジュリエッテの父親がいないか訊いたが屋内の作業にまわっているらしくここにはいなかった。

「ところであの男と屈強な男たちは一体誰なんだい」

 ヴィクトリアが例の一目散に逃げていった人物らについて訊ねると、被害者たちが口を揃えてこう答えた。

「奴らはここら一帯を仕切るマフィアのワトキンス一味だ」

「じゃあ真ん中にいたのがボス?」

「いや、違う」

 ワトキンス一味の上にもうひとつ組織があるようだ。しかし奴らの他に誰が取り仕切っているか誰も知らなかった。

「ワトキンス一味は全部で12人いる。今日、広間にいた5人と屋内で作業していた筈の7人がそうだ」

「奴らは全員銃を持ってるし雇った魔導師もいて対抗は出来ないんだ」

 カーサスが付け加えた。ヴィクトリアが見た限りではそれほど強敵ではない相手に見えたワトキンス一味とその魔導師だったが被害者を前に下手な動きは出来ない。

「取り敢えず今いる人たちだけでも逃がそう」

「逃げられるのか、俺たち」

 喜ぶ面々もいる一方でここに残ることを決める人もいた。彼らは借金をし行く先もない者が多い。ここにいれば仕事はかなりハードではあるが、衣食住は揃っており借金取りから追われる心配もないからだ。その代わり、借金を返すまでは出ることはできない。

「だからって、『借金返しました。出てって良いですか?』って言って帰らせてくれるとは限らん」

 カーサスの言う通りでもある。大人しくワトキンス一味とそのさらなる上の組織がすんなり返してくれるとは思わないからだ。寧ろ仏となってこの山で永久に過ごすこととなるかもしれない。

「でも、脱出できたとしてもまた追われるんだから同じこと……」

 口々に呟いていると再び坑内に揺れが響く。何処かで落盤が起きたのだろうか、直ぐに考えを纏めなければこのまま生き埋めになってしまう。

「逃げたいの? 逃げたくないの?」

 ヴィクトリアの声の後にカーサスがドスの利いた声で、

「どっちなんだ!」

 叫び声をあげると彼らは小さい声で逃げたい、と答え考えがまとまった。

「よし、ボクの後に着いてきて。カーサスは一番後ろからサポートを」

「分かった」

 一行は扉から出ていくと落盤で塞がった出口の方へと向かった。男たちはその現場に着くとがっかりしていたが彼女は岩で出来た扉を錬成することによって解決する。

 出口へ近付くにつれて雨の音と風を肌に感じられた。それは坑内に閉じ込められた男たちにとってとても久しいものだ。

「出口だ!」

 坑道から出ると凄まじい暴風雨で体が持っていかれそうになった。ヴィクトリアは危険と判断して彼らをジュリエッテのいる坑道へ連れて行くことにした。

「この中で下山するのは危険だ。収まるまで皆さんはこの坑道で彼女と一緒に待っていて下さい」

 と言って結界を解いて中へ誘導したが肝心のジュリエッテがいないことにヴィクトリアは衝撃する。カーサスが奥まで行くと洞穴ほらあながあると言って彼女が駆け付けると僅かだが風が通っていた。

「ここからどっかに行っちゃったのか?」

「ボクの責任だ」

 拳を握り締めて悔やんだ。

「震動で穴が開いちまったんだなぁ」

「こうなるのは良くあることサァ」

 経験者はそう語るとカーサスが拳同士をぶつけ意気込むと、

「俺は今からこの穴を伝って彼女を助けに行くからみんなはここで待っていてくれよ」

 そしてヴィクトリアの方を見つめるとにこりと笑い、

「もちろんお前も行くよな」

 そう言われて断る理由がない彼女は坑道の出口と坑内に結界を張ると、

「必ず戻りますから待っていて下さい」

 そう言い残すと隅においてあった鞄を彼らに渡し、カーサスと共に人ひとり分がやっとこせ通ることの出来る小さな穴に入っていく。その穴の入口も結界によって封じた。

 残された彼らは渡された鞄を見て嬉々とした。中身は食料品だったからだ。皆に行き渡るくらい十二分にあった。彼らはそれを食べて暴風雨を凌ぎふたりを待つ。

 洞穴の出口は未だかと進んでいくと漸く広々とした空間に出られ腰を伸ばせた。

「中腰はキツい」

 ヴィクトリアは気持ち良く背伸びをしていると殺気を感じて身を避けた。すると暗闇の一点から風を切る音がしたと思うと近くの壁に何かが当たる。

「な、なんだ!?」

 カーサスは感じなかったのか音を聞いて驚いた。

 ヴィクトリアが杖を使って焔を先端に空間を照らさせると弓矢のようなものが壁面に刺さっている。

「何処からこんなものが……」

 すると再び風切り音がすると彼女の右肩に突き刺さる。カーサスが駆け寄ろうと近付くが別角度から狙われている気がし、彼の足を振り払うと勢い良くすっ転ぶと同時に彼の頭を弓矢が霞めヴィクトリアの頬の横を過ぎ去り壁に突き刺さった。

「大丈夫か!」

 状況が理解できない彼だったが彼女の安否を確かめるために声を上げた。しかし返答がない。

 気付けば焔の灯りも消えており真っ暗な世界が広がっていた。

「火を点けるものは……」

 カーサスは体を探りマッチがあったことを思い出し内ポケットに手を突っ込むが雨に晒されて濡れてしまっていた。

「なんてこったい……」

 彼は手探りで彼女を探し始めようと地べたに手を付いたときだ。何か手の平が暖かく感じた。

「水? いや暖かいし……」

 カーサスは嫌な考えが浮かぶ。

「まさか、ヴィクトリアの……」

 直ぐに彼女を見付けようと捜し回ろうとすると三度風切り音がして彼の近くに弓矢が着弾した。

「一体何なんだよ」

 半べそをかきながら手当たり次第に指の先まで神経を集中させて彼女を探していると、

「カ、カーサス……」

 今にも死にそうな声を上げてヴィクトリアが呼んでいる。

「カーサス、その場から一歩も動くな……くっ……」

 苦しそうに息を吸っては吐いている。時折咳き込み彼女が死の淵に立たされていることは直ぐにでも分かった。

「しっかりしろ」

「今、この洞窟中に太陽の光を入れる……から」

 何を言っているのか分からなかった。しかし彼女を信じて待つことにする。

「ヴィクトリア……」

 どのくらい時間が経ったのだろうか。1分か、10分か。はたまた1時間か分からないが突然洞窟内が昼間のように明るくなった。

「これは一体……」

 彼から数十メートル離れたところに彼女が血を流して横たわっていた。肩と腹部には弓矢が刺さっている。

「ヴィクトリア!」

「動かないで!」

 どうやらまだ息があるようで安堵するも状況が掴めなかった。

 彼女は渾身の力を振り絞り震えた腕で杖を握ると、

「武装解除」

 そう呟くと同時にふたりの周りで何かが切れたような音がした。そうして彼女はゆっくり腕を下ろして彼に動いても良いと言ってカーサスは駆け寄った。

「大丈夫か!」

「そんな大声出さなくても……でもちょっと厳しいかも」

 血溜まりができ出血の量が尋常ではない。医学を少し学んでいるカーサスが簡単に調べたところ腹部に刺さった矢は大動脈を貫き大量出血させていた。

「現代医学では治せない……」

 ふたりの生きる時代にこのような状況下で治すことは出来ないのであった。

「で、でも不死身だから直ぐに治るよな」

「ははは、ちょっと疲れたから。ほんの少しだけ……寝かせて」

 そう言い残すと彼女は目を閉じて死んだように眠るも彼には分かった。出血が止まったことで彼女は死んでしまったことを。

「早く生き返ってくれよぅ……」

 彼女の横で蘇生されることを願って彼は体育座りをして待っていた。今思えばいくら不死身だからと言って身内が死んでしまうと何か淋しい気持ちが出来てしまうのは何故だろうか。

 カーサスはそんなことを思っていること数時間、眠ってしまっていたのふと目を覚ますとヴィクトリアが座っているのに気が付いた。

「あ、あれ、いつの間に!?」

「ごめんごめん。寝てたから少し寝かせてあげようと思って」

 カーサスは途端に顔を赤くした。何故なら涙を流していたからだ。慌てて拭うと気付かれないように振る舞い、彼女にふたつ質問した。

「洞窟内が明るくなったことかい? それはね……」

 土壌の組織を太陽の光を通す物質に再構築したためだった。また雨が降っているが夜ではないため太陽がまだ出ている状態であり、ここら一帯に出ている雲も再構築して太陽の光を地下まで届くようにしたのだそうだ。

「なんか凄いな」

「うん。だから時間が掛かった。構築中に2、3回意識が飛んだけど」

 カーサスは構築するよりもっと他の簡単な手でやれば良かったのではないかと思ったのは言うまでもない。

「二つ目はボクたちを襲った弓矢のことかな」

 そう言って彼女は地面に手を当てて何かを探していた。そしてその何かを掴み上げると彼の手の平に乗せる。

「糸……いや、ワイヤーか?」

「そう。ワイヤーがこの洞窟中に張り巡らされてて、これに触れると矢が飛んでくる仕組みなんだ」

 ここへ入る前にヴィクトリアは杖の灯りで察知したがカーサスが無闇に動いてしまい矢が稼働して現在に至ってしまったのだ。

「悪い。俺がしっかり気を付けていれば」

「良いよ、気にしていないし。それよりジュリエッテが気になる」

 そういえばそうだ。この仕掛けが存在するということはここを通過したということと、仕掛けた人間か何かがいるということ。

「もしかしたら彼女は捕まっているのかも」

「なんでそう思う」

「ジュリエッテを捕まえておいて矢を仕掛けておけば必ず後を追ってきた者が……」

「そうか、獲物になるわけだな」

 そうだとすれば彼女の身が危なかった。ふたりは先を急いだ。

 広い空間から暫く歩くと狭い空間に戻り、そこから数分ひたすら真っ直ぐ歩いていくと三股のある空間があった。

「どこがどれに通ずるのか分からないなぁ」

「二手に分かれるか?」

「いや、それでも一箇所が埋まらな……あ、そうだ」

 そうしてふたりは別々の穴へと入っていった。左の穴にはヴィクトリアが、右の穴にはカーサスが、そして真ん中の穴にはヴィクトリアの式神が入る。

「何か見つけても深追いはしないこと」

 3人には魔導テレパシーという無線のようなチャンネルでどんなに離れていても会話が出来る魔法が掛けられているため逐次報告し合っていた。

「真ん中はひたすら真っ直ぐです」

 式神のプチヴィクトリアが伝えるとカーサスは蜘蛛を踏ん付けて殺してしまったことを懺悔している。

「あ、行き止まり……うわっと」

 ヴィクトリアからで危うく穴に落ちるところだったらしい。暗闇なら分からない位置に穴が開いていたようだ。

「ぎょへー」

 今度はカーサスだ。一歩のところで剣山に填まるところらしい。

 残すはプチヴィクトリアのいる真ん中の道だ。ふたりは式神と合流するために来た道を戻った。その間にもプチヴィクトリアは先へ進むと再び広い空間へと出た。

 そこはいくつもの分岐がある十字路のようなものでそれぞれの入口には名前が書いてあるという。

 ヴィクトリアとカーサスはまず合流すると真ん中の道へ侵入した。式神にはそのまま探索を続けるよう指示する。

「もっと効率上げた方が良いんじゃないか」

「式神をもっと出せと?」

「うん」

 しかし一体の式神で彼女に掛かる負担は大きいものがある。式神は独立した意識を持ってはいるものの知識などは随時共有している他、ダメージなどは術者であるヴィクトリアが負うことになっているため万が一を考えた時、一体の方が効率は悪いが術者に対する負担は少ないのだ。

「だったらプチカーサスを作ってよ」

「ダメだよ。これは高等な技術がいるし何より君は魔法が使えないじゃないか」

「ちぇっ、良い考えだと思ったのにな」

 しかし彼が魔法に興味を持つことは良いことだと思っていた。誰でも魔法は身につけることが可能である。しかしながらその内才能を開花させることが出来る者は限られる。カーサスは才能が開花しなくても少しだけで良いから、火を点けたり風を作ったりすることの出来る魔法を使って楽しむことが出来れば良いと彼女は思うのであった。

「敵兵あり!」

 プチヴィクトリアが数人の武装した男たちがふたりの方へ向かったと報告すると攻撃態勢を構える。一本道で隠れる場所など無かったからだ。

「一撃必中だよ」

「ひとりだけ残して情報を聞きだそう」

「分かってる。……良し、今だ!」

 合図とともに3人の男たちへ飛び掛かり首を絞めて気絶させると逃げるひとりを捕まえて他の被害者はどこにいるか聞き出した。またダイヤモンド採掘以外に何をやっているのかも詰問すると驚くべき答えが返ってきた。

「ここは謂わば地下帝国。入ったら二度と出られない地獄の奥底にある国だ。ここなら極悪非道すら罷まかり通るのだ」

 さらに男は語り口調を止めず声を張り上げて言った。

「表向きはダイヤモンド採掘だが、コケインやキノコインの栽培、そして毒ガスの製造に極め付けは死んだ連中の臓器売買、骨は装飾品やダイヤモンドに加工しているのだ。どうだ驚いたか」

 ふたりは恐ろしくなり誰が黒幕か聞き出そうとした。ところがいざ聞き出そうとすると男は突然狂ったように笑いだし、やがて頭が風船のように膨らんでいく。

「カーサス、離れて!」

「ふぇっ!?」

 ふたりが男から離れた直後、頭が爆発して血肉が飛沫する。

「なんだったんだ」

 愕然とする中、ヴィクトリアは呟いた。

「高位な魔術師が背景にいる……」

 そのようだった。男は予め掛けられた魔法で口封じとして殺されたのだ。

「厄介だな」

 カーサスも呟く。もしかすると国を抱き込む、いや世界を支配しようとする大きな組織がいるのかもしれないのだ。

「そういえばプチヴィクトリアは?」

「今、さっきの大広間の辺りにいるみたい」

 既に瓦礫の山と化した場所には逃げ遅れた人々の肉片や血液が飛び散っており、人っこひとりいなかった。広間に通じる道は一本でふたりも残った男たちを隠してから合流した。

「もうひとつ入口があるみたいです」

 式神が指を差すとふたりはその入口の中へと入っていく。するともうひとつ大広間ほどではないものの広々とした空間が広がっていた。そして数人の男たちと先ほど、広間で屈強な男に守られていた意識の高そうな男がふたりを待っていた。

「ようこそ、リブラへ。私が参謀のマックスだ」

「リブラ?」

 ヴィクトリアは何かを言いたそうだ。

「そうだ、我がマフィアの名前だ」

「バックにもうひとつ大きな組織があるんだろ」

 カーサスの答えは直ぐに帰ってきた。彼らの後ろから高らかな笑い声が広間中に響くとリブラの皆が一斉に頭こうべを垂れる。

「お前は何者だ」

 ひとりの年老いた男がそこにいた。足腰が悪いのか杖をついて立っている。

「ハッハッハッ、ワシを知らぬか。ならば体で教えてしんぜよう」

 すると持っていた杖を翳すと地面から大人ひとり分のゴーレムが現れふたりに襲い掛かる。

「なんなんだ、あのジジイは!」

 攻撃を避けるが突然足のいうことが利かなくなった。足下を見ると地面から手が伸びて彼の足を掴んでいる。

「なんじゃこりゃ!」

「奴は土の精霊を自由自在に操れるみたい」

 彼女は捕まる前に攻撃を避けつつ冷静に答えた。しかし取り巻きの男たちの銃撃もあり、中々カーサスを助けることが出来ない。代わりにプチヴィクトリアが接近しようとするがゴーレムに掴まり背中の刻印を消されて一枚の式へと戻ってしまった。

「クソ、なんてこったい」

「ハッハッハッ、君たちはワシに手を出した奴らの中で最も強い男たちじゃ。まだ殺したりはせぬ」

 そう言ってカーサスは男たちに掴まりロープで捕縛されると彼女が一か八かと突撃する。だが幾つもの岩壁が形成され彼の救出を阻む他、みるみる内に彼女の動きを封じ込めていく。

「ヴィクトリア……」

 やがて逃げ道が無くなると彼女は降参したかのように剣を納めると手を挙げた。

「降伏するよ」

「潔いな。益々気に入った。マックス、奴らを丁重にワシの部屋まで連れてこい」

 そうして老人は奥の入口まで進むと一度振り向いた。

「ワシの名を言うのを忘れとった。ワシはセントラルライン帝国の皇帝……」

 カーサスが驚いて口を開く。

「――の弟の……」

 と言った瞬間に期待と反したものだったためか盛大にコケる。

「なんじゃ。ワシは皇帝の弟、エッジじゃ。そしてアングル帝国の皇帝でもあるのじゃ」

 アングル帝国、それはセントラルライン帝国の裏の国家である。無論非公式ではあるものの国内外のマフィアや裏世界の住人からは極悪非道且つ冷酷無比と知られている。

「なんでまた国家なんて大それたモンを作ってまでやってンだ」

「小僧にはワシの気持ちは分からん。ワシは耐えられなかった。これはヤツにとっての復讐でもあるのじゃよ」

 カーサスにはなんのことかさっぱりだったが、ヴィクトリアには通じていた。

「あんた、兄に嫉妬心を抱いているのね」

「違う、奴は母上も父上も奪った……兄こそ極悪非道、冷酷無比、冷徹無欠の馬鹿野郎だ」

 声を荒げると子供分くらいのゴーレムが数体、束になって彼女へ襲い掛かってきた。防御魔法で一体ずつ細かく砕いて行くも鉱山の中だ、元となる土がふんだんにあり数を減らすことは出来なかった。

「奴は許されぬ。いつもワシに濡れ衣を着せ、母上や父上の目を彼自身に向けさせ、ワシは孤立していった。そして誰もワシを信じなくなっていったのだ」

「どんなことがあったのか知らないけど、それだけでここまで大きく事がデカくならないと思うけど」

 敵の行動を的確に避けながら彼との対話を続ける。エッジの心を揺らがせ、心が乱れて冷静な判断力を失ったその時こそふたりの輝かしい勝利である。

「チェントロは絶対に許さん。全て奴のせいだ……だからワシは奴に泥を濡らすためにアングル帝国の皇帝の地位についているのだ」

 奇声を上げながら彼は広間内を滅茶苦茶に破壊していく。それに対してリブラのボス、マックスが宥めようとするも聞く耳持たず。彼の破壊行動は増していった。

「おいヴィクトリア、洞窟が崩れち……ってそれが狙いか?」

「そうかもね」

 汗だくになって答える。湿気の多い坑内は少しの運動でも直ぐに汗を掻いてしまうのだ。

「気が変わった。こいつらは今すぐ殺して金にする。金はええからな。裏切ることもなければ、ワシの思うがままに事が進んでいく」

 異常だった。金に取り付かれた精神異常者だ。それだけ金は有能らしい。がしかし心は豊かにはならないようだ。

「だからお金は必要な分だけあれば良いんだよ」

 地響きが聞こえると彼女はカーサスを掴んでいた土製の足枷を砕くと彼は漸く自由に動くことができた。それと同時に震動が増していくと、

「ねぇ、そろそろ危ないと思うんだ。互いのためにもここは一時休戦してみんなと一緒に脱出しない?」

 敵であるエッジに申し出るが彼は判断力を失い過去の幻想に囚われ怒り狂っていた。

「自滅か?」

 自制心を失った彼に突如天井から大きな岩の塊が落下してきた。当然、足腰の弱い彼は気付いても逃げることは出来ず土煙と共にその場から消え去る。

「さぁ脱出しよう」

「残りの捕まった奴はどうすんだ」

「それなら問題ないよ、プチヴィクトリアが誘導してる」

 彼女は彼との戦闘中にこっそりと式神を坑内中に送り込んでいたのだった。

「今頃、転移魔法であの洞穴に送っているさ」

「それを早く言えよ」

 するとその時だ、ふたりの胸に拳一つ分くらいの大きさの穴が開くと、ふたつの心臓が脈打ちながら壁際に吹き飛んだ。

「な、に……」

 地面へと倒れていくヴィクトリアが見た先にはマックスが無表情で此方を見つめていた。

「漸く哀れなじじいが死んだか。これで私がボスになれるわけだな」

 意識が遠退く中で彼はヴィクトリアに感謝した。

「小物を殺してくれてありがとう」

「なぜ……」

「私たちが殺すと色々と厄介だからね。敵に襲われ、先頭の末に死ねば及第点だろう」

 そうして腕に仕込んでいたナイフを彼女の首へあてがうとカーサスは震え上がった。彼は躊躇いもなくヴィクトリアの首を切り落としていく。彼女は察していたのか目を閉じ身動きせずに切られていったが体は正直者か酷く暴れていた。

「最近は魔法で心臓の代わりが出来るっていうからな。止めを差さないとな」

 マックスは淡々と彼女の脊椎を残して皮と肉の部分だけを切り取った。そして綺麗に切り終わると彼女の頭を掴み、

「まぁ来世では楽しい人生をだな」

 そう呟くと洞窟内に鈍い音が響き渡った。

 屍となった彼女の周りは血の海と化している。いざカーサスの首も切り落とそうとした矢先、震動が遂に限界を通り越したためか亀裂が生じ天井が崩れ始めた。

「やや、これは流石にマズい。ズラかるぞ」

 意識が朦朧とする中、カーサスが最後に見た光景はマックスが金貨の入った巾着を投げ付けたものだった。冥土への送り賃のつもりなのだろうか、彼は静かに眠ると天井が崩落してふたりは完全に埋もれてしまった。

「部下に逃げるよう伝えろ。第二合流地点はノースラインとの国境付近の町だ」

「シー、ボス」

 リブラに忠誠を誓っていた部下たちはボス、マックスの命令通り鉱山から脱出した。残ったエッジ側の人間や逃げ遅れた被害者たちはリブラの手によって抹殺されたのだった。

「リブラこそ正義だ。国などはいらん。いるのは強靱な強さと厚い信頼だ」

 トレンチコートを着こなすとマックスとその一味は洞窟内から姿を消した。

 一方で揺れが収まるも坑内は完全に崩落してしまっていた。無論ふたりの遺体とともに。

 プチヴィクトリアたちが出来るだけ多くの被害者たちをジュリエッテのいる洞窟へ転送し大事にはいたらなかったが肝心のふたりは今、

「ヴィークトーリアァーっ」

 悲痛な叫び声を上げては彼女の安否を確認するカーサスの姿はあった。しかし返答はなく、自らも動けないでいたためどうすることも出来ない。

「だーれかー……助けちくれぇーい……」

 その時だ、突然辺りが閃光に包まれると光の空間にひとりの男が立っている。

「だ、誰だ!?」

 男は頭まですっぽりとローブを着こなして素顔は見えなかった。幻覚か、はたまた夢の世界か、全く検討もつかなかない。

 男がぐったりしたヴィクトリアを抱えて近付いている。首は切断されておらず繋がっていることから夢の世界にいると悟った。

「少年、彼女をよろしく頼みます」

 まるで神様からのお告げのように頭の中でその声が響くと視界が真っ暗になり、彼が気付いた時には気絶したままのヴィクトリアともどもプチヴィクトリアと被害者たちに囲まれ洞穴にいた。ふたりは助かったのだ。

 どういう訳か気付いたらふたりが奥の方で倒れていたらしい。何はともあれ助かったことにカーサスは感謝した。

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