第17話「財宝の在処」

 時は星暦222年2月22日のセントラルライン帝国はサークル山脈のとある洞窟にて冒険家のシェルパ博士が人類史上最も高値の付いたダイヤモンドを発掘した。それから約3年もの間に何百何千ものトレジャーハンターたちが挙こぞってダイヤを発掘している中にこの世を創造したアーク神族のひとり、ヴィクトリア・ギャラクシーとその下僕、バーン・カーサスがいた。

 ふたりは一生懸命に洞窟内で慎重に掘り進めている。

「ねぇカーサス。疲れたよ。ダイヤなんかいらないよ」

「何言ってるんだよ。見付かれば大金持ちになって当分はホテル暮らしが出来るんだぜ」

 どうやらカーサスが無理矢理彼女を巻き込んでいる様だ。というのも、ふたりは終わることのない長い旅で野宿の生活が身に染み付いてしまっていた。偶には贅沢にホテル暮らしをしたいとカーサスは提案するが払う金すらない現状で白羽の矢が立ったは旅先のレストランで話題になっていたトレジャーハンターたちの会話であった。

「サークル山脈のグリッド22の探鉱から奥深くに進んでいくと大きな広間にぶち当たってな、そのさらに奥へ進むと鍾乳洞が存在してなんとそこにはダイヤモンドがざっくざくってあるんだな、ほんとこれが!」

 胡散臭い話であったが数人の男たちはそれを信じてカーサスたちも付いてきたというわけだ。しかし、探鉱の入り口には多くの警備員がおり承認許可証のないトレジャーハンターは中に入れなかったため、その広間へ辿り着くように別の探鉱から掘り進んでいるのだ。

「大体、場所は合ってるの?」

「もちろんだ、穴掘りは軍隊時代に山籠りの訓練で何度か作ったことがある」

「一体何百年前の話をしていることやら」

「まだ100年も経ってないわい!」

 ツルハシを彼女の足下に投げると掘れと謂わんばかりの視線を送り溜め息を吐きながら掘り進む。その時だ、

「なんか揺れてないか?」

「地震!?」

 地面が揺れているのか分からなかったが振動しているのを感じるとふたりは急いで出口へと向かった。すると多くの人々が騒いでいる。何かと思って彼らが見ている視線の先に目をやると巨大な土煙が立ち上っていた。

「なんだ、なんだ!?」

 カーサスは頭を押さえてその状況を見ている。何人かの男が、その土煙から姿を現すと、

「落盤だ、土砂崩れも起きるかもしれねぇ。急いで避難するんだ!」

 そう言って皆は避難し始める。ヴィクトリアが中にいた人たちの安否を気にするも首を横に振るだけで話にならない。

「取り敢えず避難しろ」

 仕方なくふたりも安全な場所へ避難した。そして暫くすると警察や消防が現れ事故の原因や行方不明の捜索が始まる。ところが、いつまた落盤や土砂崩れがあるか予断を許さぬ状況だったためか捜索隊は直ぐに打ち切りとなり帰ってしまった。

 暫く警察もグリッド22にいたヴィクトリアを含めた採掘者に話を聞き回っていたが被害者の家族や友人らがやってくるやいなや話を切り上げて帰ってしまう始末。これに不安がったカーサスは事故ではなく、何か意図的に事故を起こしたのではないかと睨む。だが証拠もなければ、それを証明してもふたりに利益はない。

「もしかすれば報酬にたんまり金が貰えるかも」

「それなら賞金首を捕まえた方が手っ取り早いよ」

「言い値で引き受けりゃ良いじゃんか」

 だがヴィクトリアは乗り気でもないし、面倒ごとに巻き込まれたくなかったかその場から去ろうと思っているとレストランで被害者たちに話を持ち掛けた男が過ぎ去るのを目撃するとふたりは追尾した。

 男は森林の奥深くへ進んでいくと数人の警官が茶色の鞄を手に彼を待っている様子だ。そして鞄の中を確認し、中から札束を持つと耳の近くでバラパラと枚数を数えていく。音だけで何枚入っているのか確認できるようだ。作業を終えると満足したようで互いに握手をして別れた。

「殺人の報酬金だぜ、ありゃ」

「警察もグルじゃ未解決事件になるね」

 そう言ってヴィクトリアはその場から去ろうと来た道を戻るがカーサスが手を引っ張り、

「役場や国に言って捕まえてもらって金をだな……」

 なんとか説得しようと試みるが彼女の意思は変わらずその場を去る。

「ヴィクトリア、金が簡単に貰えるかも知れないんだぜ」

「“かも”でしょ。それに汗水流してダイヤモンド掘りの手伝いをさせられて、こんな事件に巻き込まれてちゃ特どころか損している気分だよ」

「じゃあさ、どうすれば損しないで大金を稼ぐんだよ」

 ふたりは町へ向かいながら歩く。彼女は再び溜め息を吐きながら彼に答える。

「だから賞金首を警察に突き出してお金を頂く」

「それも面倒だし怪我して痛い思いするのは嫌じゃんか」

「賞金稼ぎは家業みたいなもんだから苦でも嫌な思いも無いんだよ」

「よーし、分かった」

 何を分かったのか話を聞いてみると屁理屈を言っているだけな気がした。

「奴に賞金がかかればはっ倒して金をもらおう」

「あのね、ボクは事件に関わりたくないの。いくら賞金稼ぎをやってるからって面倒な仕事はやらないの。それに警察や政府が絡んでそうなものは特に嫌だね」

 もし睨まれでもすれば少なくとも約100年は追われる身になり普通の生活が送れなくなる可能性があるからだ。だから彼女は比較的リスクの無い、馬鹿で阿呆なノータリンの賞金首と戦って報酬を得ている。

「何事も楽に考えなくちゃ」

 自由奔放に生きる彼女にとってお金はどうでも良かった。逆を言えば賞金稼ぎをしている理由は暇潰しや腕ならしのためだと思えば良いだろう。

「神の気紛れって奴か」

「何か言った?」

「なんでもないよ」

 ふたりは夕陽が傾き小道がオレンジ色に染まる中、暗くなる前に町へ辿り着くため歩いた。

 暗くなってから漸く探鉱の町、ストレイトへ到着、その足で安い宿を見付けて腰を下ろした。

「あー疲れた。シャワー浴びたいなぁ」

 安い宿には望みのものすらついておらず汗で湿った服のまま彼女はベッドに入る。

「飯はどうするんだ」

「一食抜いても大丈夫だよ」

「金があればシャワーと食事付のホテルに泊まれるのになぁ」

 厭味を言って気まずい雰囲気を作るカーサスに彼女は無視した。しかし汗臭くじめじめしていたがために、鞄からタオルを取り出すと彼女は服を脱ぎ始める。

「な、何やってんだよ、急に!」

「何って体を拭くんだよ。それとも拭いてくれるの?」

 彼にタオルを渡すと全裸の彼女は背中を向けて汗を拭くように命じる。

「いや、俺、が、拭くの? 男、だし」

「あーもう、自分で拭くよ」

 タオルを取り返すと自らの体を拭き始める。最初は足下から、次に尻、腹、腰、そして胸と背中を拭いていく。彼は見ないように外方を向いていたがムスコはビンビンになっていた。

「は、恥ずかしくないのかよ」

「何が?」

「裸でだよ」

 きょとんとするヴィクトリアはふふっと笑うと、

「歳を取ったおばさんの裸を見て興奮してくれるの?」

 そう言って彼女はカーサスに近付いた。彼は今までで感じたことのないくらい心臓が高鳴っている。こういう経験は全くない彼にとって謂わば、初体験なのだ。

「ねぇ、カーサス」

「ふ……ふふぁ……」

 真っ赤になりながら振り向くと彼女の胸が目の前にある。そして彼はそのままヴィクトリアに抱き付く形で胸の谷間に頭を埋める。

 彼女の胸はそれほど大きくはないが柔らかく母親のような温もりもあった。

「か、母さ……ん」

「っ……。そうだよ、私がみんなのお母さんになったげる」

 カーサスは目を閉じて耳を澄ます。トクントクンとヴィクトリアの心臓が彼の耳や体に伝わる。落ち着いた心音だ。しかしカーサスの心拍数は未だに早かったが次第に落ち着きを取り戻して行ゆく。

 彼女の心音は子守歌のように聴こえたのか暫くしてから眠ってしまった。ゆっくりベッドの上に置くと布団を掛けて自らも裸のままで寝ることにした。

 そうして翌朝、カーサスが目を覚ますと彼女の姿がいないことに気付いた。テーブルに書き置きがあり、川へ水浴びに行ったようだ。

「しっかし、眠っちまったんだなぁ。でも何して寝たんだったか……」

 思い出そうとして頭の中を隅々まで探したが出て来なかった。いつか思い出すと思って彼女の帰宅を待つ。

 数分もしない内にヴィクトリアが水浴びから帰ってきた。珍しくポニーテール姿ではなく髪を下ろしていたがトレードマークでもある右目の眼帯は付けたままだ。

「あっ!」

 昨晩のことを思い出すと顔面が真っ赤になって気が付けば謝っていた。当然彼女は謝罪に幾つか心当たりがあったが一体何に対してか分からなかったため訊ねてみる。

「いや、だからさ。昨日のことだよ……」

 昨日と言っても色々ある。ヴィクトリアは意外と鈍感な部分もあるため昨夜のことは忘れているか気にすらしていない。

 そうとも知らない彼は気が気でない様子。そんな中彼女は水浴び帰りに売店で買った朝食のパラレロバーガーを差し出した。

「朝ご飯。ボクのおごり」

 飲み物に近くで取れたというミルクを付けて彼に渡した。

 パラレロバーガーはバンとクラブの間に肉厚なリオーネの肉とベーコンが挟まり、さらにチーズ、トマト、キャベツ、ツナがバンとの間に挟まれた重量感たっぷりなハンバーガーの一種でお値段はなんと15ラインドル。因みに1ラインドルは星暦225年現在、約130円である。

「ちと高いな」

「でもジューシーでお腹にたまるでしょ」

「まぁな。それにここは山脈に近いし、少しは値が張るかもしれんしな」

 ミルクも飲み干すと腹がいっぱいになったカーサスは武器の手入れを始め、ヴィクトリアは髪を結って剣の神風を磨き始める。かれこれ約50年は使い続けているが歯零れは一切なく定期的に磨いているせいか新品同様であった。

「最近、神風の切れ味が悪くなっている気がするんだよね」

「そうは見えないが?」

「若干、敵を切った時にブレるんだよ」

 どのくらいか訊いてみると数ミリと答えられ気にし過ぎだと言った。

「せめてあと5千年は使いたいね」

「それだけ使ってもらえりゃあいつらも喜ぶだろうよ」

 磨き終わった剣を振り回していると窓の外に小さな短髪の女の子がぽつんと立ってこちらを伺っていた。カーサスがそれに気付いたのか窓を開けて彼女を呼ぶ。

「どうしたんだ。迷子か?」

「あんたたちに決めた」

「へ?」

 部屋に招き入れて事情を聞くと、なんでも昨日起こったグリッド22の落盤事故についてだった。少女は6人の被害者の中のひとり、ハリソン・タナーの娘ジュリエッテであり、彼女は父親が借金の返済のために事故に偽装して殺されたと言って来た。

「だがなぁ、借金返済で殺されるってどういう意味なんだ」

 すると彼女は一枚の手紙を取り出した。それはジュリエッテに書き置きを残して発掘に出掛けた際のものだ。

『ジュリエッテ、借金を返せるかもしれない。前に会ったカルメンのおじさんと一緒に探鉱へ行って来る。帰ってきた頃には全てが終わるよ!』

 カルメンというのはハリソンの友人で彼もまた借金を抱えていたらしい。

「でもよ、借金を返さないといけないのになんで殺しちまうんだ。逆に生かさなきゃならんだろ」

「とにかくパパを助けて」

「なんで俺たちなんだ。ママに言って警察に動いてもらえば良い」

「ママなんていないわ。それにあなたたちが強そうだったから。……特にそこのお兄ちゃんが」

 ヴィクトリアを指差して言うとカーサスは失笑したが何とか抑えた。

「ボクが強い? どうしてそう見えたんだい?」

「その剣の輝き、切った時の正確さ、それから召使を連れてるから」

 良く理由が分からなかったがとにかく直感的に何か来たのだろうと解釈した。子供なのだから剣を振るう大きな人を見て強いイメージが湧いたのだろう。

「悪いが俺たちは引き受けないよ」

「あんたには言ってない。そこのお兄ちゃんに言ってる」

「ハイハイ、ヴィクトリアお兄ちゃま、ジュリエッテちゃんにちゃんと言いなさい」

 小馬鹿にするような言い方でヴィクトリアに言うと彼女はジュリエッテに近寄り、

「保障は出来ないけど何とかやってみるよ」

 引き受けることに決めカーサスをがっかりさせると共にジュリエッテを喜ばせた。彼女には家に戻らせることも考えたが必ず誰かはいる宿の方が良いと考えふたりの部屋に匿ってふたりはレストランへと向かった。

「おい、ヴィクトリア」

 カーサスは何か言いたげな顔をして彼女を止めた。

「何?」

「何じゃねぇよ。どういうつもりなんだよ」

「こういうつもりなんです」

 彼は深く溜め息を吐くとお得意の文句を言い出した。

「あんなに面倒な事は嫌がってた奴が、ガキのおだてに素直に従うのかよ」

「そうだねぇ」

「自分が男に見えて嬉しかったからか? それとも俺より格好良いって言われたからか?」

 文句は過熱し次第には僻みに聞こえてきている。

「いつもお前は自分勝手でよ、俺はほいほい振り回されて。まぁ、振り回される方も悪いんだが」

 自覚は在るようだ。しかし幾らヴィクトリアが神様だからと言って自分勝手は良くないと主張するカーサス。

「でもさ、ボクが引き受けたことによってお金が発生するかもしれないじゃん。君にも特があるわけだよね」

 納得させられそうになったが彼の言っていることはそうではない。

「ははは、ごめんごめん。自分勝手っての悪かったと思ってる。神の気紛れってこともね」

「自覚してるんだな」

「ボクもあの子の気持ちはわかる気がするんだ。父親がいなかったら母親と二人だけになってしまう。そうしたら未来はどうなるんだろう……ってね」

 腕を組むカーサスに話を続ける。彼は不満な面を見せたままだ。

「神ってのは大変なんだよ。やってることが気紛れに見えるからさ」

「つまり、気紛れなんだな」

「仕方ないね」

 こればかりは毎回のことであり彼自身はもう慣れてしまっていた。ただ気紛れは何とかしてほしいものだ。今回は自身にも特があるというわけで収拾がついた。

「こればっかりだからな」

 これもまた彼の口癖である。カーサスはまだ少し不満気に歩き始めた。

「まぁまぁ、ビール奢ってあげるから」

「チーズ付きな」

「ハイハイ」

 ふたりはレストランへ到着すると丁度先ほど警官と取引をしていた男に出くわした。男は別の男性2人と話をしていたがカーサスはそこへ割って入り、

「おうおう、あんたかい。借金を簡単に返済出来るミラクルな解決法を教えてくれるのは」

 少し酔った感じで話に溶け込んでいった。ヴィクトリアも入ろうとしたが彼に止められカーサスだけが潜入することとなった。

「おめぇ、金が直ぐにでも必要か」

「あぁ、博打やってたらよ気が付いたら5000万の借金が出来ちまってよ。もう借金取りから逃げる毎日よ」

 男はカーサスを見回すなり静かに頷き、

「よし、良いだろう。お前にも教えてやるよ」

 と言ってある書類を差し出した。そこには誓約書と発掘許可証、生命保険についての書類の山があった。男の外見とは裏腹に意外としっかりしているのだなあと思いながらサインしていく。

「出来たぜ」

「明日、グリッド28の探鉱へ来てくれ。許可証はそこで渡す」

「はいよ」

 男は6人分の書類を持ち帰った。今度も被害者はカーサスを含めた6人となるのだろうか。男と別れたカーサスにこれからどうするのか訊ねた。

「乗り込んで敵の中から情報を見つける。お前は援護をよろしくな」

「わかった。気を付けて」

 そう言ってふたりは一先ず宿に戻り、これからはジュリエッテとヴィクトリアは共に行動することとなった。

 その夜、ヴィクトリアは彼女をベッドに寝かせ何故父親が借金をしているのか訊ねた。

 よくある話であり、母親が彼女を出産中に死んでしまい、男手ひとつで育てるが育児と仕事の両立が上手く出来ず酒や賭博に溺れて散財してしまったそうだ。しかしジュリエッテを傷付けることはせず、その代わりに体や環境を犠牲にして仕事を辞め、多額の借金を重ねながら育児をする傍ら遊び惚けてしまったようである。

「ママがいればパパはこんなにならなかった。ママのせいだ!」

 彼女は外方を向いて震えている。

「それは違うよ。お母さんは一生懸命に君を産んでくれたじゃない」

「じゃあ私のせいだったんだ。私が産まれたから」

 するとヴィクトリアは彼女の肩を引っ張りこちら側に向かせると、

「良い? お母さんはね、君に産まれて欲しくって死んじゃったの。誰もあなたのせいなんて思ってない」

「で、でも……パパはひとりだし、私は何にも出来ないし」

 啜り泣きをしてヴィクトリアを見つめる。彼女は穏やかな表情を見せると、

「あなたがいるだけで良いの。ジュリエッテがパパと一緒にいるだけで彼も嬉しいんだと思うよ。だってたったひとりの家族だもの」

 ジュリエッテを抱き寄せると泣き喚き暫くそれは続いた。

「落ち着いたかな?」

 眠ってしまった彼女をベッドの上に置いて布団を掛ける。ヴィクトリアは一息を入れると椅子に座って彼女を見つめ呟いた。

「ライフに、会いたいなぁ……」

 そうして彼女もまた深い眠りに着くとあっという間に翌朝を迎えた。

 天気は生憎の雨であり風も強かったがカーサスは現場に向かう。ヴィクトリアはジュリエッテを起こしてから後で追うことにした。

「雨がすごく降ってきたよ」

 時折雷が光ったが音は数十秒ほど経ってから鳴り響く。まだ近くはないようだ。雷鳴にジュリエッテは怯えることなく、寧ろ窓の外を眺めて興味津々のご様子だ。

「珍しいね。雷を恐がらないね」

「自然の音だもん。恐くないわ。人が作った音のほうが恐い。銃とか大砲とか」

 再び雷鳴が轟き雨足が強くなってきていた。風が窓を叩き宿はギシギシと軋み所々で雨漏りがしている。

「地滑りでもしたら大変だぞ。それに……」

 ヴィクトリアはジュリエッテを見つめた。この嵐の中、彼女を連れて行動すればお互い危険に遭ってしまう恐れがある。かといってひとりにすれば活発な彼女は何をするかわからない。

「仕方ない……か」

 何かを思いつき、ふたりは宿を飛び出し、鉱山までの道程をひたすら進む。途中、幾度か揺れが生じ、カーサスの安否を気に掛けた。そして暫く歩いていくとグリッド22にあるヴィクトリアたちが掘っていた穴に辿り着いた。

「ジュリエッテ、ボクが戻ってくるまでここで待ってて」

「私も行く」

「ダメだ」

 少しきつめの言葉を送るがなおも一緒に行きたいことを告げると、

「足手まといだからダメ。ここにいて頂戴。良い?」

 さらにきつく言うと渋々従うとヴィクトリアは坑内に魔法陣を描きだす。これはもし地盤が弛んでも落盤しないようにする補強魔法を掛けるためだ。

「一応これも……」

 そう呟くと入口に結界を張った。これで外部からの侵入を防ぐ他、ジュリエッテ自身も外へ出られなくなる。強引な方法だがこれも彼女の身を案じてのことである。

「急ごう。もう作業をしてる頃かもしれない」

 グリッド22からカーサスのいるグリッド28坑道までは一山越えた場所にある。彼女は砂利道であったものの限りない速さで走った。

「雨がますますひどくなっていくな」

 服に雨粒が染み込み重量が増していく。息が上がってきても彼女は走り続けて漸く一山を超えるとグリッド28に到着した。

「はぁはぁ、いるかな……」

 警戒して坑道の入口へ近付くとグリッド22にいた時の警備員が立っていた。彼らもグルのようだ。

「分かってはいたがどうやって入るか」

 雨脚はさらに強く雷鳴も激しくなっていった。近付いてきたのだ。

「これを利用するしかないか」

 彼女は坑道の入口のすぐ後ろに回ると警備員たちの背後に着いた。そして雷鳴が轟くと同時に彼らを気絶させ安全なところへ隠してから坑内へと入っていく。

「生暖かい。なんか気持ちが悪いなぁ」

 一本道だった坑内は遠間隔にランタンが設置されており明かりを灯していた。それを頼りに彼女は奥へと進むと突然揺れが起こる。

「やったか!?」

 数秒後には止むと深部から話し声が聞こえてきた。誰かがこちらへやって来ているのだ。

 咄嗟にヴィクトリアは壁に錬成陣を描くと気付かれないように小部屋を作り中に隠れた。

「この雨だ、誰も気付きまい」

「あと何人やれば良いんだ」

「14人だ」

「早く女とヤりてぇぜ」

 話し声が遠退くと彼女は小部屋から顔を出す。3人の男たちが通った後の坑内は明かりが消されており暗やみに包まれていた。

「14人もまだ殺すのか。極悪人め」

 ヴィクトリアは雨に濡れた小さな杖を内ポケットから取り出すと火属性の魔法を詠唱し杖の先端から小さな焔を出すと辺りを照らし始める。この明かりを頼りに先へ進むと落盤した現場へ到着した。まだ男たちが坑内にいるかもしれなかったために大声で叫ぶことが出来ない。

「完全に崩れているな。普通の人ならどうすることも出来ないや」

 取り敢えず一旦出口に向かって歩きだした。男たちが去ったかどうか確認するためだ。

「どうやらいなくなったみたいだな。しかし相変わらず雨は凄い」

 そして再び落盤現場に戻ると瓦礫の山に錬成陣を描く。岩石を素材にドアを作るというわけだ。

 まばゆい光りと共に瓦礫の山は石の扉に変化している。内側に開くとさらに奥まで坑道が続いているようだ。カーサスはおろか巻き込まれたであろう人たちの姿は無かった。

「それに錬成した時に死体の反応もなかった。彼らは生きている?」

 とにかく杖の明かりを頼りに奥へと進む。所々木材で枠組みをしていることから地盤が悪いようだ。暫くすると何か音が聞こえてきた。

「ツルハシで岩を叩くような音……っ!?」

 ここに来てヴィクトリアは漸く理解した。男たちの企みに気が付いたのだ。

 焔を消して恐る恐る音のする方へ行くとだだっ広い空間に多くの男たちが泥だらけになって洞窟を掘り進めている。中央には魔導師が明かりを照らしている傍ら、屈強な男たちが囲んでいるひとりの男がいた。

「誰だ?」

 よほどの大物らしく洞窟内というのにシェフや家政婦までいる。さらに屈強な男たちでは飽き足らないのか犬やトラまでもが警備に当たっていた。

「これじゃカーサスも歯が立たないか。ところでどこにいるんだ?」

 目を凝らして探していると突然銃声が聞こえた。そして人だかりが出来たところにカーサスの姿が見受けられる。

「撃つこたないでしょ」

「働かざるもの生きるべからず。死んで詫びたまでよ」

 ボディーガードの男が拳銃を内ポケットにしまうと倒れている老人の頭に足を置き、

「こうなりたくなければ働け。言っておくが働けば生かしてやる。お前たちの代わりは幾らでもいるからな」

 絶命した老人を手押し車に載せるとトロッコが引かれた場所まで送る。そして掘り出した岩石ともどもトロッコに積み込むとさらに深部へと動きだした。

「あの奥にまだ何かあるのか。……取り敢えず今は第二の犠牲者を出す前に助けださないと」

 彼女は暫くその場で良い作戦はないか考え込んだ。しかし町へ一度戻っても警察はあの男に買収されているわけであり、もしかすると軍にまで及んでいる可能性があった。

 ここで彼女とカーサスが暴れても良いが犠牲者が出ることは必至だ。何よりこの坑内の構造がはっきりと分からない上、奥に何が隠れているのかすら検討もつかない。だが予想は出来た。

 恐らくダイヤモンドや鉱石を掘り返し自分の物にしようとしているわけだ。借金取りに追われている弱者を使えば足は付かないと踏み、また汚職警官を買収して完璧な工作をすると言ったところだろう。

「確定ではないが恐らくは……国に言えば。けど相手にしないか」

 迷っていても時間が過ぎるだけだ。とにかく今は一人でも多くの被害者を救うことに専念した。

 ヴィクトリアは来た坑道の少し戻った壁面に扉と小さな空間を何個か作った。また落盤のあった場所はもとの瓦礫の山に戻し、彼女はそこで地面に転がり泥だらけに偽装した。

「さて、潜入するか」

 そう呟くと彼女は置いてあったツルハシを手に取り作業をしている振りをしながらカーサスに近付くのであった。

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