第16話「永遠の旅立ち」
星暦169年10月31日、アリコ全土はアーク連邦の手に落ちた。また、確認されている禁断の森を含めた土地からワラジリアは一掃された。これはキャルロットとカーサスの功績によるものだ。そしてひとりの勇気ある人間の女性の力でもあった。
彼女の名前は連邦正規陸軍大尉ミレイ・コロッセウスである。
ワラジ虫によって腹部を食されたにも関わらず彼女は生きていたのだ。その理由はヴィクトリアの掛けた魔法によって守られていた。
チンクエテッレで行われた処刑の際にミレイは断首されても無事な魔法障壁を掛けられていた。今回は腹を食い破られてしまったが治癒魔法が発動し、結果的には無傷であった。実際、ゲダを倒したカーサスが彼女の近くで崩れ落ちた際、涙を流していたところミレイが大笑いして起き上がったからだ。
ヴィクトリアは彼女にまだ魔法が有効であると信じて引き金を引いたのだ。そして自らもシルヴィアによって致命傷を追わされた彼女は現在、アリスの力を借りて療養中である。
傷は治ったが毒が思うように抜けずリハビリを行っているのだ。そして今日は、アリコ全土統一の他にヴィクトリアの誕生日でもあった。
彼女を祝うために病院のあるアーク連邦国際総合大病院にホルスト元将軍や元空軍元帥のファイアフライ、現空軍元帥のキャンベラ、先の戦いを生き長らえたバルカンの友人ミケランジェロも見舞いがてら訪れた。
彼女の病室は満員状態であったが皆が肩を寄せ合って生誕を祝った。カーサスが代表してプレゼントを渡した。
「これは……剣?」
刃は鏡のように研かれており燦然と輝くその剣はアーク連邦が誇る鍛治職人が打った世界に一つだけの聖剣だ。名前が刻まれており、その名は“神風”という。神風とは、東洋の国の言葉で神が吹く風を意味し、ヴィクトリアにぴったりのものだったからだ。
「ありがとう」
彼女はとても喜んだ。しかしミレイは、
「本当はマフラーとか服とかにしようと思ったのだけれど剣なら100年1000年は持つかと思って」
彼女が不老不死であることを想い、お金を出しあって作ったのだという。
「大事にするよ。絶対に」
「それでこの先、困っている人を助けてください。約束ですよ」
ファイアフライが言う。しかしホルストは高らかに笑い声を上げると、
「こいつなら魔法か拳で解決するだろう」
と言って場を盛り上げた。そして祝いの唄やアーク連邦とチンクエテッレ共和国の国歌、アーク神族の讃美歌を唄ってミレイとキャルロットが作ってくれた料理を皆でご馳走になる。
食事制限はされていないヴィクトリアであるが手足が痺れアリスに食べさせてもらった。
「美味しい、このミネストローネ」
「でしょう、父の母親、私のお婆ちゃんから教えてもらったものよ」
バルカンの形見である帽子を手に教えるとカーサスが呟いた。
「奴が真当な人間だったらなお前たちの子供がこの味を後生に残せるのに」
「ふふっ、そうね。でもあなたたちに食べてもらうだけで私は嬉しいわ」
そう言ってカーサスとヴィクトリアは顔合わせ笑った。
「さぁ、どんどん食べなさい。おかわりは沢山あるからね」
キャルロットが空いている皿に盛り付けていく。ミケランジェロはチンクエテッレ最期の年に取れたワインを振る舞った。ホルストはポテ産のビーフジャーキーを肴に、キャンベラが持ってきてくれたビールを豪快に飲み干している。
楽しい一時も一瞬にして終わるものだ。1日だけ予定を空けてくれたキャンベラは仕事に戻らなければならない。ミケランジェロもそうだ。彼は今、イーストラインに住んでいる。ホルストも牧場の経営をしているため帰らねばならない。
「みんな、今日はありがとう。絶対に忘れないよ」
「私たちも君たちのことは絶対に忘れない。ありがとう」
ファイアフライとミレイ、キャルロットとアリス以外の皆は彼女の部屋から退室していった。カーサスがエントランスまで見送りについていった。その途中、ホルストは彼に囁いた。
「俺はミレイやミケランジェロ、お前やヴィクトリアに悪いことをした。許してほしいとは思わん。だが、俺のことは忘れないでほしい」
するとカーサスはクスッと笑い、
「あんたも年のせいかそんなことを言うんだな。大丈夫、ミレイもヴィクトリアも、もちろん俺だって将軍のことを許してるよ。そして永遠に忘れない。いつかまた会おうぜ」
その言葉に感銘したのか一滴ひとしずくの涙を見せると、
「そうかい……じゃあな。またどこかで……な」
キャンベラとミケランジェロたちと共に闇夜の中へ消えていってしまった。見えなくなるまでカーサスは手を振り別れの言葉を言っていた。
それから数日のこと、ホルスト将軍の訃報が届いた。ポテの自宅に到着後、就寝中に急逝したという。享年88歳である。死因は老衰と断定され事件性は無かった。
体に無理をしてヴィクトリアを祝うためにやってきたのだとすると申し訳ない気持ちで一杯だった。
「でも会えて良かった。きっとまた会えると思うよ」
そう信じて今日も彼女はリハビリを続ける。
○
時が過ぎるのは早いものだ。3ヶ月のリハビリを終えて完治したヴィクトリアが本日めでたく退院する。
彼女の退院にはミレイだけが来てくれた。キャルロットは用事で既に旅立った後だった。アリスは久し振りに対面するミレイに大喜びだ。
「退院おめでとう」
「ありがとう」
中々言葉が弾まない。それもそのはず、ヴィクトリアとカーサスは直ぐにでも発とうとしているからだ。もう少しゆっくりしていってほしい、と口には出来ないでいる。
「ミレイ、今までありがとうね」
「な、何よ。もう会えないみたいな言い方ね」
「もしかしたら会えないかもな」
カーサスが現実的な言葉を返す。彼女は辛かった。もう会えないと思うと胸が苦しい。以前にも約30年会わなかっただけで諦めていたが再会してどんなに喜んだことか。そして毎日顔を合わしていく度にこれからもずっとこのままでいる、そんな気がしていた。
「ねぇ、ミレイ」
ヴィクトリアが心許ない言葉で彼女に言う。
「もし良ければボクたちと一緒に旅をしない?」
「そうだよ、きっと楽しいと思うぜ」
それは彼女らと同じく不老不死になるということであった。突然のことだったが数秒ほど悩んだが決意したのかこう答える。
「私、限りある命の在る人間のままで人生を終えたい。ハンスみたいに永遠の命なんていらないわ。私が死んでも、きっとまた私に会えるわよね」
それは拒否の言葉だった。つまり、これから二度と会えなくなってしまうことでもある。
「そうか……ごめんね。変なこと聞いちゃって」
「ううん、嬉しいよ。ありがとう」
「じゃあさ、これからどっかに行こうぜ! なっ!」
ヴィクトリアの退院記念とこれからの人生と旅の祝福を願って今日一日3人で思い出を残すことにした。アリスは用事があるらしく国へ帰らねばならない。
「ミレイさん、また会いましょう」
「出来たらね」
ふたりは互いに抱き締め会うとヴィクトリアに向かって顔を合わせる。
「お姉様、無理はなさらず元気でいて下さいね」
「ありがとう。アリスもね。それからキャルロットによろしくって言っておいて」
「わかりました」
次にカーサスの方へ振り向くと近寄って、
「お姉様を守って下さい。貴方だけが便りなのです。よろしくお願いいたします」
深々頭を下げると申し訳ない気持ちになった。何故なら神が下僕に頭こうべを垂れている様は滑稽な姿でもあったからだ。
「大丈夫、命に代えてでも守ってやるさ」
「殺そうとしたくせに」
ミレイは彼自身がタケカに洗脳されて彼女たちを殺そうとしていたこと暴露するとアリスは疑いの目を向け、
「お姉様、こんな下僕さっさと捨てて別の方にしたらどうでしょうか」
などと言ってカーサスを貶した。しかし今こうしているのも彼のお陰であると彼女自身も信じており、また信頼もしている。彼ならお姉様を、ヴィクトリアを守ってくれるだろう。
そうしてアリスは3人に別れを告げると転位魔法で消え去ってしまった。暫くしてから彼女たちも出発することにした。尚、ミレイは今日1日の休日届を出しているため休暇扱いとなっている。
先ずは連邦内の高級レストランへ向かいカーサスのおごりで豪華な食事を頂いてから軍の力を借りて飛行船をチャーターして北上した。行きたい場所へと向かったのだ。そこはポテである。
先日亡くなったホルストの墓参りへやってきたのだ。3人は墓前で手を合わし、感謝と別れの言葉を告げた。
「ねぇ、最後に会いたい?」
突然ヴィクトリアはふたりに聞いた。カーサスは会えることなら会ってみたかったがミレイは躊躇った。折角の踏ん切りが台無しになってしまうからだ。
「止めておこうか?」
「出来れば、でも……」
「でも?」
しかし彼女は最終的に断ることを決め彼もまたそうした。ホルストには申し訳ないが決意を無駄にしたくはないからだ。
そうして3人が飛行船へ戻る頃には夕暮れ時が迫っていた。西の方角はオレンジ色に染まる頃、ミレイがふたりに、
「もうそろそろお別れの時間ね」
寂しそうな言葉を呟いた。カーサスはまだ一緒にいたかった。しかしそれは許されない。
「じゃあ最後に行きたいところはないかな」
ヴィクトリアが提案するとカーサスが名乗りを上げる。個人的に行きたい所があるようだ。
そこへは飛行船で向かった。暫くするとヴィクトリアも知っている土地に近付いた。
「ここか、君が行きたい場所というのは」
「報告したかったし、還してやりたかったからな」
3人が到着した場所はカーサスの生まれ育った村だ。彼が旅立ち、30年も経っているが何一つ変わっていない。変わっているとすれば人々や人々の心だろうか。町は以前と変わらず静かにたたずんでいる。
「ほらゲンさん、帰ってきたよ」
それに答えるかのように木々が風で揺れる。
「丘に行く?」
「行こう」
3人は町が見下ろせる崖の頂上にある丘へ向かった。そこには未だ町を見守るように一本の大きな木が立っている。
「ランカスター連峰に日が落ちる」
「綺麗ね」
ミレイがあまりの美しさに見惚れてしまう。
「そうさ、俺の自慢の場所さ」
「そして、君の唯一残された場所でもあるよね」
あの日以来、形が残る場所はこの木以外全て焼き討ち去れてしまい残っているものはない。しかしカーサスやゲン、町人の様々な力を借りてここまで復興したのだ。
「折角だから孤児院にでも行ったら?」
「ここで十分だよ」
「私、見たいなぁ。カーサスが育ったところを」
3人は廃墟となった孤児院へと向かった。相も変わらず草木で覆い茂り、桜木も冬のためか枯木となっている。
「ここが育った場所か」
「そうだよ。ここが食事するところでここが寝室、こっちは祈りを捧げる場所であっちは風呂場……」
指を差しながら紹介していると突然良い香りがしてきた。懐かしい匂いだ。
「あぁ、何故だろう。院長が作ってくれたスープの匂いが」
するとキッチンがあったところにひとりの老人がいる。カーサスはドキッとした。似ているのだ。
「院長先生、頼まれたもの買ってきたよ」
彼の脇を少女が通り過ぎた。買い物袋には野菜が入っている。少女が振り向くと彼は愕然とした。
「え、エリー!?」
「何突っ立ってるのカーサス。あんたも手伝いなさい。あれ? お客さん?」
彼の隣に立つミレイを見て言った。彼女にもエミーと老人が見えているようだ。気が付けばふたりは家のなかにいる。しかしヴィクトリアの姿は見えない。
ふたりが困惑していると院長がやってきた。
「ほれ、バーン。あんたのお客さんじゃろ。早くお茶でも入れて差し上げろ。もう直ぐで夕食も出来る」
その言葉を聞いて昔に戻ったのかミレイを広間のソファーに座らせるとお茶を入れて持ってきた。
「どうなっているの?」
未だにふたりが困惑していると彼らの前にひとりの少女が現れた。
「あ、ヴィクトリア!」
ミレイはそう言うがカーサスには違う子どもに見えた。それもそのはずで今、彼女は彼の知っている姿ではなくもうひとつの姿であるネクロス・ギザーロフだったからだ。しかしながら彼は目を細めると一度だけ見たことがあるような気がした。
「えぇっと……確か、あっ!」
漸く思い出し、以前に酔いを覚ますために川へ行った時に会った修道士の少女だった。
「あれ、ヴィクトリアだったのか!」
「そうだよ。言ってなかったっけ?」
「聞いてねぇよ。てかなんで今そんな体してるんだ?」
するとエリーがやってくると誰と話をしているのか心配してやってきた。彼はネクロスとなったヴィクトリアを指差して話をしているといったが、
「誰もいないじゃない。おかしなカーサスね」
そう言って院長の手伝いをしに戻った。
「どうなってるんだ?」
「早く手伝いに来なさい!」
「はいはい!」
取り敢えずエリーの元へ行こうとするとヴィクトリアが小さく囁いた。
「限られた時間だけど大切にしてね」
その言葉はよくわからなかった。彼はその場を去ってミレイは何を囁いたのか訊いてみたが教えてくれなかったが誰にも言わないという条件付きで彼女に理由を教えた。
「そんな……あんまりじゃない?」
「自分勝手ってことは分かってる。でもカーサスにはもうこういう目には遭ってほしくはないんだ。それに、過去に囚われるのは私たちにとって一番の苦痛だから」
ミレイは手を握り締めて楽しく手伝いをするカーサスの方を見た。
それから夕食が出来たのか広間にはたくさんの料理が並べられた。
「ささ、お食べ」
院長が勧めるとミレイがお礼を言って頂いた。カーサスは既に子供のようにがっついて食べている。
「行儀が悪いわよ」
またエリーに起こられている。隅の方ではヴィクトリアも楽しそうな光景を眺めている。しかしその表情は浮かないものだった。
「どうじゃ、スープの味は」
「美味いよ。久し振りに上手いもん食った」
「そうか、それは良かった」
院長が立ち上がると彼は隅の方を一度見てから皿を持ってキッチンへと向かった。するとヴィクトリアが後を追うように付いていった。それを見ていたミレイも後を追う。
「もう良いんですか」
「ありがとうございます。これ以上はバーンのためにならなくなってしまいます」
「ごめんなさい」
ミレイは初めて見た。ヴィクトリアが泣いている姿を彼女は初めて目にした。
「あの時、気付いていれば」
「良いんですよ。その代わりに約束して頂けませんか、あの子を、バーンを大切に面倒見てやってください」
彼女は頷いた。その様子を見ていたミレイに気付くふたりは彼女を招き、エリーと楽しく会話するカーサスを見守る。
時は刻一刻と過ぎ、終末の刻を迎えた。
カーサスが食事を終えて寝室へ向かうとエリーが待っていた。
「ねぇ、あの木のところに行かない?」
「どうした、急に」
「風に当たりたいなって思って」
ふたりは孤児院から出るとランカスター連峰が臨める先程の大木のところへと向かった。彼が遠退くにつれ孤児院は元の廃墟と化してしまうのだった。
「綺麗……」
夕焼けが真っ赤に連峰と空を染めている。まるでこの世のものとは思えないほどファンタスティックな景色だった。
「カーサス、私に会えて嬉しい?」
「もちろんだよ」
「良かった、私のこと覚えていてくれて。でももうすぐで時間だから、私、行くね」
何処へ行くのか聞き出そうとした時だ、突然突風がカーサスを襲うと彼は一瞬目を瞑る。そしてもう一度開けるとエリーと院長の姿があった。
「バーンよ、これから先、様々な苦難が待ち受けることだろうけど決して諦めてはならんぞ」
「カーサス、今日は貴方にまた会えて本当に嬉しかった。私が生きていたら……いいえ、私の分まで長生きしてね」
次第にふたりの体が薄くなっている。
「やっぱりヴィクトリア、お前が見せてくれていたんだな」
彼の後ろに立っていた彼女に向かって言った。その隣にいたミレイも謝った。彼女もまた事情を聞いて知っていたからだ。
「ふたりはボクの力で現世に留まらせた。けど霊体から実体に戻せることは出来ない。戻すには彼らの意志が必要。でも……その対価として力を使いきって消滅してしまう」
それを聞いてどういうことかと詰問する。
「消滅、それ即ちこの世だろうがあの世だろうが完全に消えてなくなってしまう。つまり、輪廻転生……生まれ変わることが出来ないってことだよ」
カーサスはエリーと院長の方を振り向くと涙を流して、
「なんで俺のために……」
と何度も叫んだ。エリーは優しく声を掛けた。
「貴方に生きていてほしいから。私たちのことはもう大丈夫だからこれからはみんなのために頑張って活躍してね」
抱き締めようするが透き通っていて出来なかった。最期にもう一度だけで良いからとカーサスは嘆くとヴィクトリアが腕を前に差し出すと呪文を詠唱し始める。すると地面に巨大な魔法陣が現れるとエリーと院長はカーサスに触れることが出来た。
「ヴィクトリアさん、ありがとう」
エリーがお礼を言う。その目には涙を浮かべて。
カーサスは暖かいふたりの温もりに包まれながら泣き叫んだ。それは遠くの連峰にまで谺するかのように。
「さようなら、バーン」
「さようなら、カーサス。元気でね」
その言葉を最期にふたりの体は完全に消え、彼は地面へと崩れた。ミレイは涙を流して彼を見つめている。
「カーサス……」
ヴィクトリアは小さく呟くと腕を下ろしてローブを深く被った。そして再び涙を見せるとまた謝った。
「ヴィクトリア!」
彼は大声で叫ぶとゆっくり立ち上がり涙を拭く素振りを見せるとふたりの方を振り向き、
「さぁ、旅を続けようぜ!」
笑顔でそう言った。彼女もまた涙を拭いて力一杯に声を掛けるとミレイも微笑み、
「じゃあ今日はこの村に泊まろうか」
その提案に賛成し3人は崖の下の町へと向かった。そしてお手頃な価格の宿泊施設を見付けて一泊したのであった。
翌朝、ヴィクトリアとカーサスはエントランスまで行くとミレイに別れを告げた。これが最後の出会いとなるかもしれないのだ。
「私、あなたたちのためひとつだけでもいいから何かを残しておくわ。いつかまた会いましょう。ねっ!」
「もし今度会うときは平穏な時に会いたいね」
カーサスは彼女と出会った時のことを思い出した。ミレイとの初対面はチンクエ族に囲まれ、彼女もふたりに刃を向けていたからだ。
「ふふっ、そうね。再会した時も今度は貴方たちが大変だったものね」
イーストラインに向かう中途にて食当たりに遭ってしまい緊急着陸した基地に偶然彼女がいたことを思い出す。
「そしてミレイを悪の手から救い出して今に至る」
「カーサスも救ってね」
「そうそう」
互いに昔話をして屈託のない笑い声をあげると一呼吸置いてからミレイは、
「ヴィクトリア、カーサス、お元気で。旅の無事を祈ります」
別れを告げると、
「ミレイも長生きしてね」
「じゃあな」
ふたりは高らかに大きく手を振って見届けた。また、ミレイは大粒の涙を流している。永遠の旅立ちは永遠の別れでもあるのだ。
彼女は見えなくなるまで手を振った。それはふたりにとっても同じだ。
いつかまたどこかで会えることを信じて、3人は永遠の旅を続ける。
○
星暦210年7月7日午前20時、ヴィクトリアとカーサスのふたりは今、ウエストライン王国にいた。あの日、旅立ってからイーストライン、サウスライン、ノースラインを巡り、最後のライン協和国であるセントラルラインへと向かおうとしているところだ。
「今日もいい天気だ」
「そうだねぇ」
ベンチでセントラルライン行きの列車を待つふたりに少年が新聞を売りにやってきた。
「今ならキャンデーもあるよ」
「味はなんだい」
「レモンにメロンに……ハッカだよ」
「それじゃメロン味を頂戴」
5ラインドルを支払いメロン味のキャンデー2つと新聞を貰い少年はお礼を言ってから立ち去った。
新聞には相変わらず殺人や強盗などの事件が記載されている他、政治や経済の悪化などの話で持ちきりだ。良いニュースと言えばライン協和国の税金と列車の運賃が安くなったことだろうか。それ以外は物価も賃貸も給料も30年変わらない。
「住みにくい世の中だねぇ」
「俺たちはのんびり暮らしてるようなもんだけどな」
売店で買ったポップコーンを頬張ると轟音を立てて蒸気機関車が目の前を通過しやがて停車した。セントラルライン帝国セントラル中央駅行きの列車だ。
「7号車だったよな」
「そうだよ」
セントラルラインまでは約240時間の長旅になる。車内には売店や食堂車もあるが5日もの間、それだけでは退屈でふたりは途中駅の停車時間内で下車を考えた。
当駅の発車時間まで後数分のところでヴィクトリアは車内の売店へ行くため席を立った。ポップコーンと飲み物が切れたためだ。
7号車から売店のある24号車まで結構な距離であった。また混雑していたため貴重品を盗まれないように注意しながら向かった。
「セントラルライン中央駅行き、ケンタウロス2号が発車しまっス!」
ジャイアントの駅員が大声で叫ぶと車内にいたふたりの耳にも届いた。
「早く買って席に戻ろう」
揺れている車内で飲み物を持って歩くと零れてしまうからだ。
売店に到着する頃には機関車の汽笛が聞こえ1輌目の客車が引っ張られていた。そして2輌目3輌目と順に前へ進み全車両がセントラルラインへと出発する。
「ポップコーン2つと弁当2つ、ドリンクを4本ちょうだい」
「はいよ、24ラインドルね」
財布から金を出そうと思った瞬間だった。腰に付けていた剣の神風が床に落ちてしまった。周りの乗客は驚いて彼女の方を見るが謝りながら剣を広い違和感を覚えた。
「なんだろう……」
「お客さん、武具や防具はしっかり身に付けておいてくださいね。それと24ラインドルを」
催促する手に金を渡した。
一方で順調に先頭車両が駅から離れていくところで7号車目がホームの末端にまで近付いていく瞬間、カーサスは外に目をやるとミレイが手を大きく振っているのが見えた。
「!?」
一瞬で通り過ぎてしまったが驚いた彼は窓を開けてホームを見つめるがそこには誰もいなかった。
しばらくしてヴィクトリアが戻り先程起きたことをお互いに話すと不思議なことがあるものだと思っていると列車は徐々に速度を落として完全に止まってしまった。
数秒後、車掌が慌ててやってくると、
「申し訳ありません。たった今、本社の方からの通達で全車両停止するように命令されまして」
その理由を他の乗客が聞いてふたりはこれまで体験したことに納得した。
「実は、数時間前に我が社に出資しておりましたイーストライン・テックのミレイ・コロッセウス様が他界しまして、哀悼の意を込め全車数秒後に……」
すると長い汽笛があちらこちらで聞こえてきた。そしてヴィクトリアとカーサスは彼女のために黙祷を捧げる。
「ミレイ、安らかに眠って下さい」
「また、いつかどこかで」
汽笛が止むと汽車はもう一度、今度は短い汽笛を鳴らして出発した。乗客は不満だったがふたりにとってはお礼を言うべきものだった。
何度も謝りながら車掌は8号車へと向かう際、ヴィクトリアとカーサスは彼にお礼を言った。彼自身はよくわからない様子だ。
「ねぇ、カーサス。また会えるよね」
「信じればいつか会えるよな」
ふたりは窓の外の過ぎ去る景色を眺めた。
いつか、また会えることを信じて、ヴィクトリアとカーサスは終わることのない旅を続けるのだ。
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