第15話「明日への迪」

 星暦169年8月7日午前23時36分頃、チンクエテッレ共和国の完全なる陥落をアーク連邦が全世界へ発表した。世界中の記者団が会見で何故陥落したか詰問する中で空軍元帥ファイアフライが答える。

「ハンス・コンドルがテロリストに殺害されました。そしてミレイ・コロッセウス大統領代理が一味を逮捕しましたが、残念なことに彼らは猛毒のウイルスを国内にバラまいたのです。コロッセウス大統領代理の要請で我々、アーク連邦空軍がチンクエテッレ共和国全体のウイルス駆除を行ったのです」

 この発言に非難が殺到し彼は依願退職を申し出た。そして翌日の正午24時を以て、ケイン・ファイアフライはアーク連邦正規軍から退役した。

 完全に崩壊したチンクエテッレの統治は連邦が執り行うこととなった。しかし国内には未だワラジリアの爪痕が残されており、完璧な処理を終えるまで時間を要した。この間にも、依然としてアリコへの攻防戦が行われている。

 統治権を失った大統領代理のミレイは連邦正規軍に入隊した。階級はファイアフライの計らいにより准尉を賜った。近々少尉への任官試験を受けるらしい。

 また、半狂乱になった使節団のクルスク団長は隔離施設であるガッビア特別精神病院へ収容された。ここの施設は一度入ってまうと二度と外へは出られない監獄のようなものだった。

 一方ヴィクトリアとカーサスはアリコのワラジリアを完全に駆除するため戦地へと赴いていた。彼らの戦いは未だ続くのである。



 チンクエテッレ共和国の陥落から1ヶ月が過ぎたある日、ヴィクトリアとカーサスはアリコのとある渓谷にいた。

 既にアリコの大半はアーク連邦によって陥落されいる。またワラジリアの殲滅も落ち着いてきていた。誰もがこのまま終息して欲しいと願っていたが、まだ大きな仕事が残っている。

 それは、研究施設の制圧である。ワラジリアの増殖源であった施設を捜し出し、ソレらの起源と研究実態などを調査し破壊しなければならない。

 そこで連邦はアリコ唯一の巨大な渓谷に目を付けたのだ。ここは航空機や車両での探索が制限されており、また生身の人間を送り込み万が一寄生されでもした場合元も子もない。その為、不死身のヴィクトリアとカーサスが正式に連邦正規軍から頼まれたのである。

 最も、ふたりが不老不死だと知っている人物は退役したホルストとファイアフライ、精神病院にいるクルスクだけだ。しかしファイアフライの唯一無二の友人であり現空軍元帥でもあるキャンベラもまた事情を知っている他、彼女がアーク神族だということも知る。

 全人類を代表してキャンベラがヴィクトリアに懇願してからこそ実現した話だ。しかしながら彼女自身もワラジリアの起源を知りたかったため快諾したわけでもある。

「ふたりだけで調査なんて……こんなデカい渓谷、調べられねぇよ」

 早くもカーサスが愚痴を言い出した。彼女は無視しながら天高く信号弾を発射した。これから調査に乗り出すためだ。

 上空では3隻の対地砲撃艦艇が待機しており、信号弾さえ発射すれば砲撃を行ってくれる強い味方なのだ。

「今の信号弾で敵にばれてしまったな」

「飛行船がいる時点でとうに見付かってるよ」

 そう会話すると巨大な渓谷を前にヴィクトリアは目を瞑り呼吸数も減らし意識に集中した。カーサスは息を呑むほど張り詰めたその空気に少々苦笑いを浮かべる。彼には合わない感覚なのだ。

 彼女が今している行動は風の気流を感じ取っている。風を自在に操ることの出来る彼女だからこそ出来るもので風から伝わる波動で渓谷内の地図を書き起こす。また立体化することも可能だが時間が掛かる模様。

「っ……」

 彼女に苦しい表情が見えた。カーサスは小さくどうしたのか囁くと、どうやら無風の場所が存在するらしい。風が発生しない、または閉鎖空間や障壁などがある場合の探索は困難なのだ。

「これまでか……」

 ある程度の構造が分かったのか彼女は出発することを告げるとふたりは薄暗い渓谷の内部へと歩き始めた。

 渓谷内は湿った空気が淀み、蒸し暑くも感じる他、異様な空気を醸し出していた。その原因は直ぐに分かった。死体だ。それも人間ではなく動物の者だ。

 既に白骨化しているものの皮や肉の一部が骨にこびりついている。

「臭いはそんなにキツくはないな。消臭剤でも誰か撒いているのか」

 とその時、小さな砂ぼこりが彼の頭に降り掛かるとがらがらっと岩が落ちてきた。ヴィクトリアがすんでのところで彼を庇って救ったが直撃していた場合、タダではすまなかっただろう。不死身と言えど死にたくはないからだ。

「臭いが無いのは今ので空気が上昇するのと臭いの元を地中に埋めてしまうからみたいだね」

「自然の摂理か」

 ふたりは足元から頭上まで気を付けながら奥へと進む。幾つか分岐点があったもののヴィクトリアは迷うことなく進んでいった。途中、崩れ落ちそうな断崖絶壁の道や、人為的に創られたような岩で出来たの橋を渡った先の更に深部で彼女は溜め息を吐いて立ち止まる。

「どうかしたのか」

「うん、ここから先が分からないんだ」

 見たところ広い空間で先へ続く道は一本だけだった。カーサスはその一本道を行こうとしたが彼女に止められ理由を聞いた。

「ここから先、無風状態で風を送っても遮断されてしまう。何か特別な障壁か自然のものが影響してる……かも」

 この場に辿り着いてから数分もしない内に空気が変わってきた。そしてカーサスには見覚えのある呻き声が聞こえるとソレらは現れた。

「ワラジリアだ!」

 一本道の先から腐敗した体を持つソレらが新しい体を欲してか突っ込んでくる。また、崖の上からはワラジ虫が絶壁を伝ってやってきていた。

「気持ち悪ぃ!」

 ワラジ虫は濁った藍色の体に2本の長い触覚が生え、何本もの足を小刻みに揺らしながらふたりに近付いていく。

 彼は拳銃で撃退しようとするが数で押されているため反撃できないでいる。ヴィクトリアが信号弾に弾を込めると天高く発射した。

「カーサス!」

 彼女は咄嗟に彼を引き寄せると地面に伏せると同時に辺りが爆発と衝撃破で起こった粉塵で視界が遮られた。爆音も酷くそれ以外の音は何一つ聴こえなかった。

 きっかり30秒間の爆発後、辺りは静寂に包まれる。そんな中でカーサスはヴィクトリアに抱き付いて穏やかな心臓の鼓動に耳を傾けていた。しかし彼女は立ち上がりそれは終わってしまったが胸の柔い感触が耳に残っており彼は少し得した気分になった。

「い、今のは……砲撃か」

 頭上を過ぎ去る飛行船を見て呟いた。

 赤色の玉が5つ光る砲撃要請の信号弾を発射すると30秒間だけその地点を凪ぎ払ってくれる。ただ装填と準備に時間が掛かる為繰り返し使えるものではない。

 ふたりがいた場所は瓦礫の山と化しており、絶壁だった岩壁も急斜面へと抉られてしまっていた。またワラジリアは木っ端微塵に吹き飛び、一本道の先まで肉片が散乱し腐敗もあってか鼻に差すような臭いが充満している。

「肥蓄こえだめの方がまだマシだぜ……」

「急ごう、敵の巣は近い筈だ」

 ふたりは深部へと進む。

 次第に陽の光が届かない奥まで進んで行くと強烈な異臭を発する黒ずんだ扉の前までやって来た。

「開かない……」

「てか、これ……鉄扉てっぴじゃないぞ」

 普通の扉出はなく何か素材で出来たものだった。何で出来ているかは分からなかったが取り敢えず開けることを試みた。

 押したり引いたり、スライドさせたり爆破したり、穴を明けようとしたり、

「開けゴマ!」

 と言ってみたりしたが開くことはなかった。既に万策は尽きたかと思っていたがヴィクトリアは扉の隣に魔法陣を描きだした。

「何やってるんだ? 魔法を唱えれば良いんじゃないか」

 彼女は聞く耳を持たずに幾つかの円形と八角形に文字などを描くと無詠唱呪文で何かを唱えた。すると扉の横にもう一つ新たな扉が出現した。

「どーなってんだこりゃあ!」

「扉を作ったのさ、ボク専用のね」

「そんなのありかよ」

「無いなら作れば良いのさ」

 気さくに笑う彼女へ彼はひとつだけ質問をした。それは魔法陣を描いたことだ。魔法ならそのまま詠唱してしまえば良いと素人の考えで言うと、

「あぁ、あれは魔法陣に似てるけど錬成陣なんだよ」

 つまり、何か実体の在る物を創るには錬成術という魔法に似たものが必要なのだそうだ。後者は魔法力、または精気を使い火や風を起こすが前者は物体を創る。簡単に言ってしまえば魔法は物を作る助けをするということで錬成術は物を作ってしまうということなのだ。

 今回彼女が作った扉は土と自身の魔力を融合して出来た土製の扉だ。そしてその扉の前にはふたりが心の準備をしている。

「決意は出来た?」

「あ、あぁ……」

 息を大きく吸い込むとヴィクトリアが扉をゆっくり開く。その刹那、生暖かい空気が一気に外へ放出されると目の前にはミイラと化した死体が折り重なるように転がっていた。

「なんなんだ……これは」

 鼻を摘んでカーサスは恐る恐る室内に足を踏み入れる。が、足の踏み場すらままならないほどの死体が横たわっており遂に踏み外して転んでしまった。

「ひゃー、くっせー」

 転んだ表紙に鼻から息を吸い込んでしまい悪臭が彼の肺の中に充満した。直ぐに起き上がったものの蛆虫が至る所に媚びり付き失神しそうにもなった。

「ヴィクトリアぁ!」

 助けを求めるが彼女は苦笑しながら後退りをする。尚も近付くカーサスから逃れるために。

「逃げないで取ってくれよー」

 まるでゾンビのように歩き回り地面の死体は踏み付けながら彼女を追ったときだ、

「うわっ!」

 死体に酷く損傷していたせいか踏み付けた時に陥没してしまい足を取られて壁に向かって手を付けた瞬間、

「眩しっ」

 室内の明かりが一斉に点灯した。カーサスにはまるで魔法のように見えたその光景にヴィクトリアは何かを感じる。

「スゴい魔法だ」

「魔法なんかじゃない。電気だ」

「電気?」

 この星の大半は科学力がまだ進歩していない。電気を作る技術が無く、松明の明かりや油を使った明かりで室内や夜道を照らす。またはマジックストーンと呼ばれる魔力が込められた石を術者が電磁波の呪文を唱えて光を灯す。

 アーク連邦では光を作る魔術者のことをサンダーマスターと呼ばれ、国家資格ともなっており取得すれば高給且つ高待遇が得られるのだ。

「電気なんて初めて目にした。連邦正規軍ですらマジックストーン便りだったのに」

 それほど科学力があった国だったのか今ではその面影だけが残っていた。

 室内をよく見ると電気ケーブルや非常用回線、さらにスプリンクラーまでもか取り付けられていた。

「っ……」

 そして死体の向きに注目した。全員扉の方へ向いていたのだ。つまり逃げようと扉のまわりに集まり息絶えたことになる。

「なんだって一体……ヴィクトリア!?」

 彼女は奥へと進んでいった。通路のような空間にも死体が倒れており、踞っていた者や首に手を当て息耐絶えた者もいた。

「研究者か、あるいは……」

 幾つか部屋があった。表札にはなんと書いてあるか損傷が激しく読むことは出来なかったが彼女は扉の横のスイッチを押すとスライドして開く。どうやら出口の扉も同じ構造のようだ。

「ここは……やっぱり」

「何か見つけたか?」

 蛆虫を綺麗に拭き取ったカーサスがやってくると驚愕した。見たこともない機械が損傷こそしていたものの残っていたからだ。

「何の機械だ、こりゃあ」

「ワラジリア増殖機だ」

「なんでわかる」

「ここはアイツの施設だ」

 彼女が何を言っているかわからなかった。取り敢えず落ち着いてもらおうと肩に手を掛けると遠くから足音が聞こえた。

「だ、誰だ……」

 彼は怯える。無理もない、この死体だらけの場所に生きている人間など居ないはずだからだ。

「ワラジリアか?」

「そうだとしたらこんな場所で戦うのかよ」

 足の踏み場すらままならない室内を見て回ると入ってきた扉に誰かが立っていた。

「だだだ、誰だ!?」

 すると人影はゆっくりと室内に入り込むとふたりは息を呑んだ。

 そこに現れたのはひとりの老人だ。しかもふたりには見覚えのある顔だ。

「タケカ!?」

 そんな筈はなかった。彼はヴィクトリアの手によって殺され火葬されたはずである。すると彼は笑い声をあげると、

「久しく聞く名だ。タケカは儂の弟だ」

「じゃあ、あんたは誰だ」

「ゲダだ。そして皆はこう言う、『ワラジリアの父』と」

 彼が片手を振り上げた時だ、背後からワラジリアの集団が迫ってくるなり気が付けば囲まれていた。

「儂らは御覧の通りワラジリアに犯された者たちだ」

「お前が親玉か」

 カーサスが訊くが首を横に振る。

「それは少し違う。儂らはある方によって作られ、そして何れは全世界、全宇宙を手に入れるのだ」

 壮大な計画のようでふたりは顔を合わすと、

「それじゃあ、今日で幕引きってことで」

 一斉に突進するやゲダの両脇にいたワラジリアを倒して出口へと向かう。しかし彼の横を去り際にその表情は不吉な笑みを浮かべていた。

 その笑みは直ぐに現実のものとなった。出口付近にはもうひとりの人影がおり、気が付いた時は既に遅く奴の間合いに入ってしまいふたりは腹部に強烈な足蹴りを食らい嘔吐しながら床に転がった。

「っ、誰だ……」

 顔を見上げヴィクトリアの表情は凍り付いた。彼女の知っている、いや恐れる人物であった。

「シルヴィア……」



 どれだけの時間が経ったのだろう、薄暗い空間の中で誰かがヴィクトリアとカーサスの名前を呼び掛け続けている。聞いたことのある声だ。それは、

「――しっかりして下さい、ヴィクトリアお姉様」

「ア……リス?」

 アーク神族12番目の神、アリス・ギャラクシー。ヴィクトリアの妹であり、ガリア高地の頂きにヘルベチカ皇國を築いてチンクエテッレを見守っていた少女だ。

「どうしてここに?」

「私も捕まってしまいましたから」

「捕まったって……っ!?」

 彼女は起き上がると腹部に激痛が走り踞ってしまう。アリスが介抱しようと近付いた。

「ありがとう。でもなぜ捕まってしまったんだい?」

「突然ワラジリアが私の国をめちゃくちゃにして気が付いたら彼がいたのです」

「シルヴィアだね」

 アリスは小さく頷いた。怯える様子は無かったがヴィクトリアの傍から離れようとはしなかった。

「くぅ、痛いてぇ……」

 漸くカーサスも目が覚めるとアリスを前にして驚いていた。そしてここがどこなのか訊ねるとどうやらアリコ渓谷の最深部らしい。

「敵さんの懐か……。なんとか抜け出せないか?」

「無理」

 即答されてまい狼狽えるカーサスは頭を掻くと何か良い解決法はないか模索した。だがヴィクトリアは珍しく脱出は不可能であり、敵にも勝てないなどと気弱な発言をしてアリスに理由を聞いた。

「敵のシルヴィアという方は私たちアーク神族の、唯一の汚点ともいうべき存在なのです」

「アイツだけじゃない……あいつらの一族と子孫がボクたちの敵だよ」

 状況が良く分からなかったところで突然部屋の明かりが眩しい位に点灯しその本人が現れた。

「何を話しているんだい」

「何も」

「相変わらずだねぇ、ヴィクトリア。そうやって突っ張っていられるのも今の内だよ」

 むっとなって彼を睨む彼女にカーサスが割って入ると、

「お前は何者なんだ。ヴィクトリアとはどういう関係なんだ」

 詳しく聞きたいがために敵であるシルヴィアに質問した。彼は驚いた表情を見せるとヴィクトリアに向かって言い放った。

「この下僕には話していないようだな。お前たちアーク神族の化けの皮を」

「それはお前たちだろう!」

 声を荒げながら格子に手を掛けると彼は呪文を唱えるや彼女の体は遠くの壁に叩きつけられた。

「説明してあげよう」

 シルヴィアはカーサスに全てを話した。

 彼の一族、ナチョス家はアーク神族によって創られ生命の育成と繁栄を責務として人類の父と母になるはずだった。しかし彼らは育成した人類にアーク神族はこの世で唯一の敵であることを植え付け謀反を起こす。生命創世戦争の始まりだ。またナチョス側の名前は“偉大なる人類の為の抵抗”と呼ばれている。

 長らく戦争状態にあったが神族の長でもあるアークがナチョス家の当主、セルヴィアと対峙し勝利している。その影響で前述もしたが、残されたシルヴィア含むナチョス家と謀反を起こした人類は堕落民族となり永久に追放、そして見付け次第殺害対象となるのであった。

「先日私たちの同胞はヴィクトリアによって殺された。老人から幼子、男だけでなく女までも」

「堕落民族だから」

「それだからといって殺す理由にはならない」

「アーク神族を敵だと認識していた。この世の神ではないと」

「事実だ」

「違う!」

 彼女は再び声を荒げると足音を立てて鉄格子の前に立つシルヴィアに叫んだ。

「貴様たちが裏切り、罪もない人類を敵にするよう仕向けたんじゃないか!」

 彼は嘲笑するや近くにあった椅子に座ると、

「当然だ。これが我々の神であるセルヴィア様の思し召しなのだから」

 そして高らかに笑い声を上げた。さらにゲダがあるものをもってやってきた。手にしているのは剣にも見える。だがそれはただの剣ではなかった。

「神剣ジェノサイド……なぜそれを!?」

 ヴィクトリアとアリスは唖然としている。カーサスはそれがなんなのか訊ねるとシルヴィアはこう言った。

「この剣は不老不死であろうと神であろうと殺すことの出来る唯一の武器だ」

「な、なんだって……」

 神剣ジェノサイドとは元々ナチョス家の当主、セルヴィアを倒すべく作られた神聖な剣であり、残酷な剣でもあった。また、刃零れすることや刃が折れることなどは一切無く、全生命体の命を奪うことの出来る唯一無二の物だ。

「これでふたりの神とその下僕1匹を殺すことが出来る」

「お姉様っ!」

 アリスがヴィクトリアに抱き付くと涙を浮かべた。あの剣に掛かれば彼女たちも死んでしまうからだ。

「さぁ、誰が先に死ぬかい。長く生きたんだ、後悔はないだろう」

「あるよ、……貴様たちを根絶やしに出来なかったことさ」

 シルヴィアは表情を変えるとゲダに鉄格子を開けさせると彼はヴィクトリアの前に立ちはだかる。そうして剣を抜くと彼女の腹部に向けて構えた。

「断首も良いが苦しんで死ね」

 絶体絶命の瞬間、突然出口の扉が勢い良く吹き飛ぶとゲダに命中した。彼は扉と鉄格子の間に挟まれ身動きが取れない。

「なんだなんだ?」

 カーサスが恐る恐る出口の方へ振り向くとそこには少女が杖を構えて立っていた。また、彼女の後ろには大人の女性と両脇には防具服を身に付け小銃を構えた兵士がいる。

「キャルロットお姉様!」

「ミレイ!?」

 ふたりは彼女たちが誰であるか直ぐに分かった。しかしシルヴィアは構わずヴィクトリアの腹部に剣先を突き刺してしまう。

「くっ……」

 彼女の右脇腹からは鮮血が迸りアリスに掛かってしまった。カーサスは拳を握り締めると走りだし、

「貴様ぁぁぁーっ!!!」

 彼の顔面に向けて一発カマした。シルヴィアはジェノサイドを彼女の腹部から抜きながら後退すると血が交ざった唾を吐いて、

「多勢に無勢だ。今回はヴィクトリアの命だけで許してやろう。ゲダよ、後始末は頼んだぞ」

 そう言うとまばゆい光と共にジェノサイドもろとも消え去ってしまった。

 地面に倒れ、大量の出血で意識を失いそうになるヴィクトリアへアリスとキャルロットが駆け寄ると治癒魔法を掛け始めた。

「しっかりして下さい、お姉様」

 しかし一向に良くなる気配はなく、逆に悪くなる一方であった。ヴィクトリアが意識朦朧の中で、

「身体中が熱い……もしかしたら毒が入ってるのか……も……」

 遂に気を失いアリスは呼び続けた。キャルロットはジェノサイドで斬られたことを知らず手当てをしていたがカーサスが口にしたことで初めて知り、手を止めた。

「ジェノサイドで斬られた者には魔法が一切通じない。自分の力で治さないと行けない……アリス、お姉様を!」

 彼女は涙を浮かべ頷く、「カーサス、ミレイさん。脱出するのを手伝って」

 もちろん答えは、

「了解」

「分かったわ」

 一致団結して3人と兵士はゲダを取り囲んだ。

「無駄だ。ここからは逃げられん。いや逃げさせん」

 彼は体に力を入れると挟んでいた鉄格子と扉を吹き飛ばした。そして口から無数のワラジ虫を吐き出すとソレらは兵士を襲いだした。

「ミレイさんは私の後ろに」

 寄生されないようにキャルロットの背後に付かせた。みるみる内に兵士が寄生されていく傍らで彼女は壁に大きな魔法陣を描いている。

「何やってんだよ!」

 カーサスは寄生された兵士相手に格闘戦だけで防衛していた。拳銃さえあればとぼやいていたが贅沢は言ってられない。

「ならこれを」

 ミレイが護身用の拳銃を渡すとお礼をいって銃口を兵士の腹部に向け撃ち放つ。銃弾がワラジ虫本体に命中すると兵士はその場に崩れ落ちる。

「むぅ……」

 ゲダが唸りを上げる。タネさえ分かればこちらのものと言わんばかりの表情を見せるカーサスであったが出口から今度は施設内にいたワラジリアが続々と現れる。

「ひゃー、えらいこっちゃ!」

「出来た、転移するよ!」

「ふぁっ!?」

 キャルロットはミレイの手を握りヴィクトリアとアリスの元へ駆け寄る。カーサスも何が何だか分からなかったが取り敢えず後を追った。そして一行は閃光に包まれると次代に彼女たちの周りが渦を巻きだした。

「待ちやがれ!」

 ゲダと何人かの兵士が渦へと飛び込むと同時にそれは収まり、鉄格子の中には誰も居なかった。そして暫くすると壁に描かれた魔法陣が光り輝き大爆発を引き起こす。

「うわっと……」

 アリコ渓谷の頂きの更地にキャルロットたちが現れるとその場から数キロ離れた先で噴煙が立ち上っていた。

「あれはなんだ!?」

 カーサスが驚いているとキャルロットが施設もろとも吹き飛ばしたことを口にする。

「恐ろしい妹だな……」

「なんだって?」

 獣を見つめるような眼光で睨み付けると彼は、

「いや、何でもないです」

 と謝り女は怖いと心の中で呟いた。

「でもよ、研究とか起源とか知らなくていいのかよ」

 その言葉を聞いて溜め息を吐くと、

「本当はお姉様たちに調べてほしかったのだけれどこうなってしまってはしょうがないわよ」

 カーサスに不満をぶつけ彼は謝ることしか出来なかった。すると突然ミレイの首を締めるゲダが現れた。

「こいつ、生きていやがったか!」

「せめてこの女でも始末してくれるわ」

 兵士がワラジ虫を手に彼女の腹部に置くとソレは腹を次第に食し始める。皮の後に内臓を突き破る音が聞こえる中で彼女は、

「カーサス、私が私である前にいっそのこと殺して!」

 彼の手には拳銃が握られている。しかしカーサスは銃を構えることが出来ても引き金を引くことは出来ないでいた。相手は人間、命を奪うことになる。

「これまで沢山の人を殺して来たじゃない。私だけ特別扱いするの?」

 チンクエテッレでのことを思い出した。確かにあの場では罪もない人間を女であろうが子供であろうが殺してきた。しかしそれは全く自分に関係ない人であり、生きるため、ヴィクトリアの命令でもあった。今は違う。長年に渡り、苦楽をともにしたかけがえのない人物だからだ。

「カーサス、お願い、引き金を引いて。男でしょ。男なら何も言わずに引き金を引いて!」

 その時だ、銃声が聞こえるとミレイへ寄生していたワラジ虫は死んだ。しかし彼女の腹部には大きな穴が開いており最早助かるまい。

 撃った本人はカーサス、ではなく意識が途切れ途切れのヴィクトリアだった。弱々しく息を吐きながら土から錬成した拳銃で彼女を撃ったのである。

「ヴィ……ヴィクトリア……」

「かけがえのない彼女のためだよ。それよりも早く、奴らを!」

 ゲダが怯んでいる隙にキャルロットが兵士を木っ端微塵に吹き飛ばし彼を念力で固定した。カーサスはゲダの頭を持つと力一杯に入れ、

「死んで詫びやがれ!」

 彼の頭を引き契る。そしてミレイの脇に崩れると悔し涙を流すカーサスであった。

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