第14話「不死身の心臓」
ヴィクトリアの胸に空いた風穴から地面に二転三転と赤く毒々しく収縮した心臓を手に取るタケカは次第に弱まるそれを見て薄気味笑いを浮かべた。そしてヴィクトリアは静かに息を引き取ると心臓と共に動かなくなった。
「邪魔者はいなくなった。カーサス、後はここを任せる。我は残りの者を始末する」
タケカは国会議事堂へと消えていくとカーサスは横たわるヴィクトリアの死体をじっと見つめる。動かないその死体を見続ける内に彼の瞼から涙が零れ落ちた。
「大統領、どうされました」
衛兵が気に掛けハンカチを渡そうとすると何かを呟いていることに気が付いた。
「……リア」
「なんです?」
「ク……リア」
気が動転しているものだと思い屋内へ案内させようとしたときだ、
「ヴィクトリア!」
突然、大声で叫び声を上げると彼女の死体に駆け寄った。そして亡骸を抱えると衛兵に向かって誰がやったのか問いただした。
「あ、あなたと、タケカ様ではないですか!? 素晴らしい戦いじゃなかったですか!」
兵士は震えながら声を上げると彼はその場に崩れ落ちた。
「俺がヴィクトリアを殺した?」
「正確には、タケカ様が手を下し……」
「黙れ! 俺が、守るって言ったのに。俺が殺やっちまった……のか」
彼女は苦しそうな顔をして目を見開き死んでいる。それを見たカーサスは泣き叫び後悔した。
「エミーも院長先生もダンもデンもドンもゲンさんも、テンペスト夫妻やおじいさんの奥さんや娘さんすら救えなかった。俺はなにも出来ない、ただの弱い化け物だ……」
「そんなことは……ないよ」
「いいやそうだ。絶対にそうだ」
すると声が聞こえた方を向くとヴィクトリアが笑みを浮かべていた。胸に空いた大穴は再生したのか綺麗に塞がっている。
「神は死なない、でしょ」
「でも心臓が……」
「神の臓器なんてただの飾りみたいなものさ。大事なのは魂さ」
ゆっくり地面に下ろし足を地に着けて立ち上がると衛兵らは呆然としている。そのまま失神してしまう者まで現れた。
「さぁ、行こう。ミレイが戦っている」
「来ているのか? それに俺の格好、まるで一国の主人様あるじみたいだな」
どうやら洗脳中の記憶は無いようだ。しかしヴィクトリアは安心した。何故ならギッタギタのメッタメタにしてしまったからである。バレてしまえば何を言われ、されるか分からない。
「お前以外にも誰か殺しちまったか」
「いや、多分無いと思う」
クルスクのことは置いておいた。正確には殺し損ねたわけだが。
「だ、大統領、どちらに」
「大統領!?」
制止する衛兵がいるたびにこのリアクションをしていたためヴィクトリアは、
「大統領はご乱心されたから今すぐ武装放棄して丸裸になれ」
そう言って立ち去っていった。
「でもよ、タケカとかカケタとかっていう奴はマジでヤバいぜ。あれはお前の魔法よりマズい」
確かに彼女もそれで一度やられてしまった。しかしアーク神族に不可能という文字は無い、筈。
「大丈夫、今度は失敗しないよ」
「大丈夫って……つか、やられたのかよ」
「う、うるさいな」
他愛ない会話に自然と笑みが零れた。久々に心から笑った気がするふたりだった。
一方ミレイ一行らは閣僚や官僚らに拷問擬まがいの尋問をしてまで情報を聞き出すのに精一杯でタケカが到着すると一気に勢力を失った。既に団員2名が喉を裂かれて絶命してしまい、残るはミレイとクルクスを含めた計8人だ。
「こんなボスがいたとはな」
「こいつがチンクエテッレを影で操る親玉……」
ミレイとクルクスを守るべく抵抗したふたりの団員が糸も簡単にバラバラにされてしまった。
「後6人だ。命乞いするが良い。さすれば御仏が地獄に送ってやるぞ」
三度ふたりの団員が倒そうとして首を捻られ絶命した。無駄な抵抗と分かっていながらもまたふたりの団員が勇敢にも立ち向かうが木っ端微塵に吹き飛んでしまった。
「さぁて残すはミレイ嬢と団長殿か。容易いな」
「その前に答えてちょうだい」
「良いだろう。冥土の土産に持っていくが良い」
彼女は高鳴る鼓動を落ち着かせるべく一度深呼吸をしてから質問した。
「なぜ、不死兵団増備計画なんてことをこの国でするの」
「ククッ。それは簡単。既に我が国くにの兵士の99%が既に不死兵団になっているのだよ」
「なっ!?」
クルスクは驚愕した。ミレイはさらに質問をする。
「じゃあ、なぜ私たちの国までもその計画の対象になるの」
「クククッ、我が国の兵士ではまだ足りぬ」
「何故足りない。確かアリコは人口20万人ほどいる国だろう。不死兵が20万いればかなりの戦力だと思うが」
確かにその通りだと言える。しかし彼にはさらなる目標があるようだ。それは、
「アーク連邦奪取計画!?」
チンクエテッレ共和国の国民約10万と別の国々から集められた民衆で約100万を超す不死兵団を作り、連邦の首都コールスマンウィンドウを陥落させて自分たちの大国を作るそうだ。
「世はアリコ教徒に支配される日も近いであろう」
この恐ろしい計画にふたりは凍り付いた。特にクルスクは自分の故郷がこれから戦火に見舞われることになると思うと気が気でならない。
「そんなことは絶対にさせないよ」
彼らの前に現れたのはヴィクトリアとカーサスだった。彼女を見たタケカは腰に付けていた巾着に触れた。
「なるほど、貴様は不死者の中でも特別な力を持っているようだな」
巾着の紐を解き口を広げて逆さまにする。中には何も入っておらず落ちる物は無かった。
「おあいにく様。どうやらボクの心臓はその中に入れてたようだけど無駄だよ」
「普通の不死ならば、この封術の巾着で再生を留めるんだがなぁ」
残念そうに巾着を床に捨てると左手をミレイに翳した。そして念力を使い彼女の首を絞める。
「貴様ッ!」
カーサスが彼に近付くが右手から風のような波動を受けて弾き飛ばされた。
「うぬは最高の兵士になる予定であった。そして何れは我が一族の忠誠な犬に……」
「ざけんじゃねぇ。俺は死ぬまでヴィクトリアの僕しもべで満足してんだよ!」
再び彼に襲い掛かるがタケカは動じず右手を構える。そして力を溜めると今度は先程よりも強力な波動を生みカーサスに迫る。
「何度も弾き飛ばされてたまるか!」
拳銃を取り出すと彼の右腕に向けて引き金を引いた。そして彼は吹き飛ばされるが弾丸は風の中心を切り裂くように真っ直ぐ飛んで行くとタケカの右手の中心に命中する。
「ぐぬっ」
痛みで術式が停止したのかミレイに掛けられた念力が止まり彼女は床に崩れ落ちる。クルスクが懐抱するとヴィクトリアがふたりの前に立った。そして、
「直に味方来る筈です。それまで隠れてじっとしていて下さい」
そう言って転移魔法で彼らを別の場所に飛ばした。
「おい、ヴィクトリア。なんでもあいつらだけじゃ……」
すると式紙を見せると納得した彼はリボルバーに弾を込めながらタケカに、
「それじゃこれから本当の戦いをしようか」
と言って銃口を構える傍らヴィクトリアは剣先を彼に向ける。
一方気を失ったミレイと共に転移魔法で飛ばされたクルスクは城外の草むらにいた。突然目の前の景色が変わり動揺していたがそれも直ぐに治まった。そしてミレイに優しく声を掛けると彼女は気が付いた。
「私、首を絞められて」
「大丈夫、ヴィクトリアさんが外に逃がしてくれたよ。仲間が来るらしいからじっとしていよう」
だがふたりの後ろには新たなる敵が迫っていたのだった。
タケカと対峙するふたりは臨戦体勢を維持して間合いを徐々に詰めている。だが隙がなく中々一手を決めることが出来ない。カーサスの呼吸が早くなり乱れ始めていることに彼女は気が付き始め、このままでは彼が先にやられてしまうと思ったヴィクトリアは、
「カーサス、ごめん」
と言ってから身を引くと彼は動揺して隙を見せてしまう。そしてタケカに薙刀で切り刻まれてしまった。
「今だッ」
再び間合いを詰め突撃すると彼の懐までやってきた。それから刃を逆さまにすると斜め右上に素早く振り上げると同時にタケカの右肘から先が床に転げ落ちた。
「ぐぬぬぅ」
一旦退く彼女だったがその隙を突いて彼が迫る。残っている左手を用い彼女の胸を貫こうとしていたが二人の横にカーサスが小銃を構えて立っていることに気付いたが手遅れだった。
引き金を引き激しいマズルフラッシュが閃光する中、タケカの体には小さな穴が無数に広がっていった。そして最後の排莢された薬莢が床にこつんと落ちると彼の死体は穴だらけになって転がっている。
「やった……のか」
「わからない。けど取り敢えず火葬してやろう」
魔法で火を点けようとした時だ、彼の右腕だけが突然彼女の首を締めてきた。
「っ……」
その事態に動揺しているとタケカの死体がゆっくりと起き上がりカーサスに抱き付いてきた。そして彼は腹部に嫌な感触を感じると手に触れてみた。すると腹部に大きな穴が広がっていたのだ。
「まさか、こいつ!?」
そのまさかだった。タケカは既にワラジリアと化していたのだった。
「くっ……そ。ワラジリアは術も使えるのかよ……」
息を切らしながら体内に入ろうとするソレを引き抜こうと腹に手を突っ込むが遅かった。ソレが背骨辺りに到達したことが分かったからだ。
「ヴィクトリア、悪い。俺、先に行く。愛してるよ」
ところが脊椎に触角を当てようとしたところ破裂音が聞こえるとカーサスの腹部から緑色の液体が流れ出ていた。また、同時に彼女の首を絞めていた右腕は糸が切れた人形のように床へ落ちるとヴィクトリアが喘ぎながらカーサスに近付いた。
「けほ、かはっ……、大丈夫だよ」
彼には何が起きたのか良く分からなかった。気が付けば腹に空いた穴も再生されて元通りになっていた。
「どうなっているんだ」
「言ってなかったけど、アーク神族とその下僕にはワラジリアの耐性があってね、絶対に寄生されないんだ。絶対に、ね」
その言葉を聞いて安堵する一方で恥ずかしい台詞を吐いたことを思い出して赤面すると彼女に怒りをぶつけて気を紛らわした。それから彼はタケカの死体を眺めると彼女に火葬してやるように言った。
範囲魔法で彼の死体だけを燃やす中、カーサスは一言だけ呟いた。
「哀れだな」
ヴィクトリアは何を思っていたか分からなかったが彼は人間とは非常に愚かで哀れな生き物であると思ったのだった。
骨の髄まで灰にするとカーサスは背伸びをして、
「やっと終わったぁ!」
などと喜んでいるとヴィクトリアが咳払いをして、「喜んでいるところ悪いけど、戦いは始まったばかりだよ」
そう言って彼を窓に連れていくと目を疑った。城塞のあちこちから煙が上がっており、それは城下町にすら及んでいる有様だった。
「ど、どういうことなんだ」
「不死兵団の逆襲と言ったところかな」
「不死……兵団……」
そうだ、タケカを殺しても残った不死なる兵団を片付けなければ終わりを迎えることは出来ないのだ。
「待って。なんで不死兵団がもうここにいるんだ」
「あなたが大統領に、いやそれよりももっと前から計画が進行していたのだろう」
「じ、じゃあ外に送ったふたりの危険が危ないじゃないか!」
しかしヴィクトリアは冷静だった。何故なら式紙が着いているからだ。ふたりは今、式紙となった彼女の元で結界を張りながら身を潜めている。
「だったら早く行こう!」
「そうだね、でもひとつばかし聞いておきたいことがあるんだ」
急に改まって真剣な視線を送る彼女にカーサスはどきっとした。
「これからワラジリア討伐に向かうけど彼らを殺す覚悟はあるのかい」
当たり前の覚悟を要求され彼はもちろんだと答える。そしてヴィクトリアは目を見て言った。
「これは個人的な質問だが、これからボクが起こそうという行動に黙って賛同出来る?」
突飛な質問だったがカーサスの答えはひとつだ。
「俺はお前を信じる。例え意見が対立しようとも最後には必ず答えが出る。だから今はヴィクトリア、お前に賛同するよ」
「分かった。これから地獄を見ることになるかもしれないよ」
彼女の言葉の意味を知ることとなるにはそう時間が掛からなかった。
ふたりがミレイとバルカンを送った先に出現すると周りはワラジリアでいっぱいだった。そこでは必死にヴィクトリアの式紙が小さい体で結界を作っていた。
「ご苦労様」
「ご主人様、良かったです。危うく破られそうになるところだったです」
そう伝え、ぽんと音を立てて紙に戻った。そしてミレイにタケカを倒したことを報告すると彼女は涙を浮かべて感謝する。
「でも、まだこいつらを倒さないと終わったとは言えないよ」
「それもそうね」
ミレイは涙を拭くと脇差を抜いた。クルスクも小銃の弾数を確認した。最悪ナイフで応戦出来るようにそちらも確認しておいた。
「ミレイ、これから起きることはワラジリア討伐であって人殺しとは違う。覚悟を持って戦える?」
「父が殺された時から覚悟はしているわ」
「分かった」
その前にカーサスが仲間はいつやってくるのか訊いているとそれは轟音を立ててやってきた。
「みんな伏せて」
飛翔音と共に結界の周りが爆発する。ワラジリアは木っ端微塵に吹き飛び肉片が散乱していた。
「あれを見ろ!」
クルスクが指差した先にはアーク連邦正規軍の旗がはためく飛行船が現れた。その下部からは大砲のようなものが突出しておりそこから何発もの砲弾が地面に向けて発射されている。
「対地砲撃艦型装甲飛行船『ドラグーン』だよ」
「それってファイアフライ空軍元帥の旗艦だ」
その通りだ。実はチンクエテッレに乗り込む前にヴィクトリアとミレイがファイアフライにお願いをしていたのだ。しかし両国が交戦状態になるといって許可は下りなかった。そこでミレイ引き渡したの際の条文に使節団の引き上げ時刻が記載されており、守らない場合は条文放棄と共に拉致扱い及び宣戦布告としたのだ。
「まぁボクが強引に彼を説得したんだけどね」
「今やこの国は戦乱の渦の中。しかもワラジリアまでもが徘徊する中、誰も信じられないし国として機能すらしていない。チンクエテッレは死んだのよ。だから私がこの手で最後を、けじめを着ける」
その言葉に偽りはない。ヴィクトリアは結界を解くと、
「良い、みんな。ワラジリアを倒す方法はソレ自体を殺すんだ。頭と胴体が分かれた時、再生能力が無いからまた直ぐに別の体を探すため外に出る」
「そこが狙い目だな」
彼女は頷き出陣する。だがクルスクは思った。誰がワラジリアなっているか分からなかったからだ。しかし戦場に出たヴィクトリアたちは次々に襲い掛かるソレらを殲滅していく。
「俺たち以外は虐殺ってことか……」
まだ新しい死体の前で立ち尽くすクルスクは深呼吸をして覚悟を決めた。この覚悟は普通の人間をやめて、悪魔になるという決意でもあった。
「下部砲塔の砲撃目標変更。目標、城下町」
「了解。グリッド23に全砲塔を向けよ。弾種徹甲榴弾、撃ち方用意」
ドラグーンの下部砲塔郡が一斉に城下町を狙い始める。右舷と左舷の砲塔は未だ城塞に対して砲撃していた。
指揮官を務めているファイアフライはあることを思い出していた。それはヴィクトリアたちが懇願する時のことだ。
彼はふたりの最良なる意見を了承しても実は反対したかった。何故なら彼女たちが地獄を見るからだ。
「私たちは空の上からワラジリアや襲われる市民たちを手を使わずに殺していける。だが君たちは違う。地上でそれを目にし、手を下さねばならないのだ」
だがふたりの決意と覚悟は彼の心を動かしたのだった。
「元帥、青と緑の発光信号です」
監視員が地上から上がる信号を発見し報告する。ファイアフライは深く深呼吸をすると部下に下令した。
「下方全砲塔、撃ち方始め!」
「下方全砲塔、撃ち方始め!」
艦長と砲撃長が復唱すると下方に向いた砲塔から一斉に砲弾が発射された。砲弾は若干風に乗り煙の上がる城下の町々に着弾すると爆発と爆風が空から見られた。
「艦長、リンドヴルムとワームが接近中」
この対地砲撃艦型装甲飛行船は正式名称、ドラコー級対地砲撃型装甲飛行艦と言い、同型艦にドラグーン、リンドヴルム、ワーム、ドラゴンの計5隻が就役している。今回の一件でドラコーとドラゴンはアリコに派遣されており参加はしていない。
この他にもスワロー級防空型軽飛行艦2隻が対ドラゴンや小型飛行機様に随伴している。また対艦用に1隻だけマスケット級が配備されている。
「ヴィクトリアさん、カーサスさん、ミレイさん、使節団の皆さん、死なないで生きて還ってきて下さい」
ファイアフライはただただ祈るだけであった。砲撃は順調に町を破壊していった。無論、未だワラジリアに寄生されていない民衆も含めて虐殺擬いの攻撃を行っている。
「リンドヴルムより発光信号、『グリッド25に正体不明の飛行物体が接近中』とのことです」
ファイアフライは報告のあった空域を双眼鏡で見てみると無数の気球が彼らの艦隊に近付いていた。少なくとも味方ではないと見た彼は撃墜の用意だけを下令した。
「気球郡、接近します」
双眼鏡を覗いていた彼は唖然とした。気球に搭乗していたのはワラジリアだったのだ。
「両舷砲、グリッド25の気球郡に向け砲撃開始せよ」
「アイサー。グリッド25に照準を向けよ。弾種榴弾。準備が出来しだいぶっ放せ!」
なぜソレだとわかったのかというと全員が裸で腹部に大穴が空いていたからだ。おまけに痩せ細った体に腐敗したような肌だったため生気を感じられなかったのである。
「気球郡、尚も接近」
「スワローが前進中」
「あークソ、下部4番砲塔故障」
防空艦スワローがドラグーンの前方に出ると射撃を開始した。この防空艦は天面に幾つかのゴンドラが設置されており、そこに4連装の7.5mm機関銃を設置して射手が目標を狙う。謂わば対空機銃といったもので砲は積んでいない。もといまだ開発中なのだ。
「1機撃墜」
「またまた撃墜」
スワローが次々に気球を落としていくが数は減っているように見えなかった。
「スワローに複数の気球が接舷!」
と同時に爆発が起きた。なんと気球には爆弾が搭載されているようだ。
「あれだけの数が我々ないし、市街地に落ちれば一溜まりもない」
恐怖も痛みさえもない不死の兵士が爆弾を抱えて突っ込む様は歴戦の戦士ファイアフライでさえ挫けさせた。
みるみる内にスワローの周りは自爆気球でいっぱいになった。そして誘爆すると巨大な火の玉となって地上に降り注ぐ。
「スワロー、沈没!」
「破片接近ッ!」
ドラグーンの右舷に破片が命中しバランスを崩すとコントロールを失なった。
「不時着します」
「総員、対ショック防御」
手摺りにしがみつくがゆっくりとほぼ垂直に落下する中で身を守ることなど出来なかった。地面まであと数十メートルのところで突然機体が水平に戻る。
「おぉ……」
乗員が口々に歓声を上げる中ファイアフライはふと窓から外を眺めた。数十メートル先の地面にはヴィクトリアが立っている。どうやら彼女が魔法か何か特別な力で助けたようだ。
「感謝します」
彼は心の中で礼を言うと深く深呼吸をする。そして、
「全艦に通達、フォーメーションをデルタからアルファに変更。これより気球郡並びにワラジリア掃討を行う」
全乗員の歓声が聞こえる。ドラグーンは上昇を開始、両舷の主砲と上部対空機銃で気球を撃破しながら艦隊と合流して攻守陣形を成形させた。
「防空艦スワンより通達、『弾薬消費が激しく、もって10分』とのこと」
「ワームより入電、『下部砲塔の60%が使用不能』だそうです」
この状況下で戦闘不能に陥ることは作戦の成否に関わるものだった。さらにドラグーン自体の損傷も深刻化しており、亀裂が生じている有様だ。
「なんとか持ち堪えさせろ。ヴィクトリアさん……」
地上では激しい戦闘が繰り広げられていた。4人の戦士たちがひとりひとりの命を奪っている。
「気がおかしくなりそうだ」
クルスクが呟いた。
まだワラジリアに寄生されていない民衆を殺生することはただの虐殺にすぎなかったからだ。
「もっと良い手があるのでは」
そう考えてしまう。だが、数万人をも超す民衆を守りながらワラジリアを倒すことは不可能に近かった。さらにソレらの存在すら知らない彼らが果たして信じるものかとそういう疑念もある。
「ヴィクトリアさん、我々の行動は間違っていないんですよね」
しかし彼女は何も言わない。真っ赤な返り血を全身に浴びながらただただ斬っていくだけだった。
「っ……」
何百何千もの人を斬ったのだろうか、剣が真っ二つに折れてしまった。
「これだから安物は……」
彼女は短剣に持ち変えて逃げ惑う人々の脇腹を刺していく。悲鳴が絶叫に変わり血を拭きだしながら通りを彷徨うその姿は正に地獄絵図のようなものであった。
「こんなことが許されるのだろうか。いや許されない」
クルスクは手と足を止めてその場に立ち止まる。カーサスが近付いた時だ、突然我を忘れたのか彼に攻撃してきた。
「人命を守るのが最優先であります! 死にたくなーい」
とうとう狂ってしまったのだ。
「お、おい……しっかりしろ!」
しかし無表情で彼に迫ってはナイフを振り回す。完全に正気を失っている状態だったため彼は一度謝ってからクルスクの腹を思い切り殴り気絶させた。
「どうするか……俺たち3人で切り抜けられるのか?」
するとミレイがやってくる。彼女はまだ正気を保っているものの息がひどく上がっている。当然だろう。いつ襲われるかも分からない恐怖と自らの行為が正しいか不安でいっぱいだからだ。
「カーサス、私……なんだか怖い」
精神異常者が2人になってしまうと作戦成功率はがくっと下がる。ミレイにもそれは分かっていた。しかし耐性の付いていない彼女にとって虐殺は精神を崩壊させていくだけだった。
「カーサス、ミレイ。大丈夫?」
ヴィクトリアが合流すると震えているミレイを見て溜め息を吐く。そして彼女の両肩を掴むと、
「ミレイ・コロッセウス、あなたの言った言葉は嘘だったの!?」
戦いが繰り広げられる前に誓った言葉を思い出させた。だが彼女もまたクルスクの二の舞になりつつある。もう何が正しいのか分からないのだ。
「答えが見付からないなら見付かるまで前に進むんだ。そして生きるんだよ!」
何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせると彼女は謝った。それから最後に大きく深呼吸をすると、
「これが、最後の戦いにしなくちゃね」
顔色は悪かったが何かを決したような表情を見せると、ミレイはヴィクトリアに一言お礼を言った。
「大丈夫?」
「ここでくよくよしちゃ、ダメだよね……。前に進もう」
彼女はそう言って戦場の中へと消えていった。そしてヴィクトリアとクルスクを担いだカーサスも後を追っていくのだった。
「ヴィクトリアは、心も強かったんだ」
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