第13話「ミレイ」
無実の罪人を無理矢理処刑させたとしてハンスの妻ミレイは濡れ衣を着せられ会場の怒りと憎しみは彼女に向けられた。そしてシナリオ通りに事が進んで大いに満足していた夫でありチンクエテッレ共和国の大統領でもあるハンスは彼女を処刑台に上らせ、自らの剣で処刑を執行するべく刃を振り下ろした。
その時、今まで降っていた雨が止み甲高い音と共に会場と周囲の執行人や衛兵が騒ぎだした。処刑したハンスも何が起きているのか理解出来ないでいる。
「私、生きてる……」
ミレイの首は斬られておらず目の前には折れた剣先が落ちていた。そして雲間から太陽の光が刃に反射し鏡面を作る。彼女の後ろには短剣を手にしていたハンスがいた。
「死に損ないが!」
咄嗟に振り翳す短剣を落ちていた剣先で弾くと彼の間合いに入りそのまま腹部に入刀する。ハンスは叫び声を上げながら後退りすると13段ある階段を転げ落ちていった。
会場が恐怖に落ちる中、衛兵が彼を安全な場所に運ぶ一方で彼女に銃口を向ける。
「反逆者は撃ち殺しても構わん」
「奴を殺せ!」
引き金を引く寸前でヴィクトリアが処刑台の上に現れると、
「残念だけどそうは行かないのじゃ」
ローブを脱ぎ捨てると大きな1枚の布になり、それを天高く投げるとミレイと共にその直下に入る。
「構わん、撃て!」
銃撃音が場内に響き渡り民衆が逃げ惑う。大きな布は穴だらけになり壇上へと落ちるとそこにふたりの姿はなかった。
「なん……だと、どこへ行きやがった」
「術者だから、どこかに転移したのでは」
「探せ! 探して撃ち殺すんだ!」
遠く離れた森の中、そこは以前ヴィクトリアとカーサスが初めてミレイたちに出会った場所から少し奥に行ったところ。ミレイはヴィクトリアの転移魔法によってこの地まで逃れられたのである。
「私、生きてる……のね」
「そうだよ。あなたは生きてる」
ミレイは嬉しそうだったが直ぐに悲しい表情を見せた。理由は直ぐに分かった。バルカンと共に築き上げてきた国がたった一代で滅びの一途を辿ろうとしているのだ。
「私、これから……」
ヴィクトリアの方を向くと彼女の服が真っ赤に染まっていく。また一滴一滴、地面に滴り草むらが赤く色付いていた。
「あなた、血が」
「さっきの銃撃で撃たれちゃったみたいだね。でも大丈夫だよ」
彼女が不老不死であることは知っている。しかし分かっていても心配になってしまうものだ。
服を脱ぐとミレイが彼女の体をまじまじと見回した。
「な、なにかな……」
「その体でも女の体なのね」
「私は一度足りとも男になったことはありませんよ」
その言葉に自然と笑みが零れた。先程までシリアスな展開だったが今では生きていることに感謝している様子だ。
「さてと……これからあなたはどうする?」
ヴィクトリアは魔法で自然の物を使って生成した服を新たに着直すと問い掛けた。暫く悩んでいたが考えがまとまったようで静かに口を開く。
「ハンスのやっていたことに終止符を打ちたい」
「危険だよ。死ぬかもしれない」
「元々彼を選んだのは私。だから終わらせるためには私自身がやらなくちゃいけないの」
何を言っても無駄なのかもしれないと思っていたのか、初めから思っていたのかもしれ内がヴィクトリアは、
「じゃあ行こう、アリコへ。彼の……彼らの悪事を止めるために」
ネクロスの姿から元の姿に戻るとふたりはお互いに握手をして旅路に出た。
一方で、洗脳されてしまったカーサスはアリコ語をマスターしてタケカの一番弟子となった。彼の洗脳でここへ来た以前の記憶は封印されてしまい、今はただの坊主へと成り下がってしまった。
カーサスは朝と昼の仕事を終え、タケカと共に昼食を取っている最中、その報告がやってきた。
「タケカ様!」
「何事だ、騒々しい」
徳利に酒を注いでいると慌ててやってきた僧侶に檄を飛ばす。落ち着かせてから報告させると、
「先程ワイン公国からの使者が到着しまして、その……」
「なんじゃ」
「ミレイ・コロッセウスの処刑に失敗。ハンス王子が重体のようです」
持っていた徳利を握り潰すと鬼の形相で、
「あの若造……女ごとき始末出来ぬのか」
怒りに震え僧侶が逆に落ち着かせようとするが効果はなく、
「奴を始末しろ」
ハンスを殺すように命令すると急いで使者を出発させようとした時だ、
「待て、公国の新しい大統領としてカーサスを連れていけ」
彼を代わりにしようと伝えると僧侶とカーサスのふたりは使者の元へと向かいチンクエテッレへと早々に旅たったのであった。
彼が旅立った後、僧侶はタケカに何故カーサスを選んだのか訊ねるとこう答えた。
「あいつは意志が強く、忠義深い。良く働く上、使い易いのだ」
「記憶が戻って謀反を起こしたらどうします」
「奴にそんな力はない。奴はただのガキでひとりぼっちの孤児だ」
タケカは唯一見誤っていた。彼は、カーサスはひとりぼっちではないということだ。
彼がワイン公国もといチンクエテッレに到着する頃にはハンスの盛大な国葬が執り行われていた。国内は次期の大統領に関心を寄せると共に逃亡中のミレイとネクロスに扮したヴィクトリアに怯えていた。
そんな彼女たちは今、遠く離れたアーク連邦のポテという町に来ている。ここ以前、ヴィクトリアとカーサスが立ち寄った町だ。バイキングによって破壊された町の一つだったが今は復興して見違えるほど綺麗になっている。
「復興したんだな」
すると花束を持っていた年配の女性がふたりに近付いてきた。ヴィクトリアは花売りかと思いその場から立ち去ろうとしたところ、女性は駆け足になって追ってきた。
「あの人、なんなの!?」
ミレイも警戒した。尚も迫る女性は何かを求めているのか必死に追い掛けていた。ヴィクトリアは足を止めると年配の女性は彼女の一歩前で立ち止まる。
「あぁ、うぅ、あっ……」
「口が聞けないのか……」
思うように話せないのか彼女が何と言っているのか分からない。しかし涙を流してまで何かを伝えようとしていた。
「うぁ、あぁっ……」
女性はポケットから木の棒を取り出すと地面にアーク語で何かを書いていった。
「ミレイは読める?」
「分かるよ。チンクエテッレ語は部族間だけだから、ってあなたと話してるじゃない。アーク語で」
「そっか」
時折ヴィクトリアは天然になるのだ。そして綴られた文字を読んでいくと彼女は思い出した。
「あなたはあの時のおじいさんの……」
そのおじいさんさんとは以前、チンクエテッレの建国後に立ち寄った際、バイキングに妻を殺され愛娘を連れ去られてしまった老人とカーサスが口約束をした人のことだった。
「カーサスが処刑される寸前で自分も殺されそうになる寸でのとこでファイアフライ軍団との戦闘になって生き長らえた……と」
女性は処刑去れる際に喉を絞められて思う様に口が聞けなくなってしまったという。しかし再び父親と再会出来たことに感謝すると共にあの時救ってくれた名も無きふたりにお礼が言いたかったようである。
「良い話しじゃない」
目をうるうるとさせてミレイはヴィクトリアの背中を思い切り叩く。
「そんなことはないよ。ところで、おじいさんは元気?」
女性は再び地面に文字を書いていくとふたりは申し訳ない気持ちになってしまう。老人は彼女と再会した翌年に亡くなってしまったのだ。
「じゃあ30年間、お一人で……」
すると首を横に振り左手の薬指を見せてきた。その指には銀色に輝く指輪が嵌めておりヴィクトリアは笑顔になった。ミレイは遂に号泣してしまい祝福した。
「えぇと……」
「名前はモリー・ヨークみたいよ」
「ヨークさん、私から祝福のプレゼントということで声を取り戻しましょうか」
しかし彼女は断った。もしも声が戻ってもこれからの人生がまた変わってしまうかもしれないからだそうだ。今のままで十分幸せな彼女は祝福の気持ちだけを受け取り、旅の成功と感謝を伝え去っていった。
「良かったわね」
「うん。最初は救うつもりは無かったんだよ。でもお人好しのカーサスがね」
「彼なら分かる気がするわ。ところで今は?」
「さぁ。イーストラインに置いてきちゃったから」
ふたりは談笑しながら昼飯を取るためにレストランへと入っていった。
注文を終え今後どうやってハンスのやっていた悪事にケリを着けるか話し合っていると隣の席に座っていた老人が新聞で顔を隠して大声で笑い始めた。
「あの若造が大統領になるとは信じられねぇなっハッハッハッ」
煩く回りの客にも冷たい視線を送られているのにすら構わず大笑いしていることにミレイはいても立ってもいられず、
「じいさん、少しは静かにしてろっての!」
手にしていた新聞を取り上げて顔が露になるとヴィクトリアは飲んでいた水を吹き出して咳き込んだ。老人とミレイが驚いて汚物を見るような視線を向けると彼から笑いが消えた。
「あなた、ホルスト将軍」
「あんた、ヴィクトリア」
ふたりが同時に名前を呼ぶとミレイは彼をじっくり見た。無論彼女も知っている。
ホルストとはアーク連邦の将軍でチンクエテッレ共和国の建国に反対していたワイン公国との間で戦争になった際、彼女らと対峙した男だった。もちろんヴィクトリアを幾度と無く殺そうとして失敗している。その後ポテが襲われた際、カーサスにバイキングの居場所を教えたりヴィクトリアにファイアフライを紹介したりと何かと世話になっている。今日の敵は明日の友といったところだろう。
「いやぁ懐かしいな。流石は不老不死。なんも変わってねぇな」
お喋りなホルストにヴィクトリアは静かにするよう迫った。そして今、彼はポテの牧場で馬を飼っているそうだ。復興に尽力し、その後2、3紛争の処理をしてから退役したらしい。
「あんたらには感謝している。まぁ許して欲しいとは思わねぇがな」
ヴィクトリアを殺した罪、チンクエ族を滅ぼそうとした罪は決して消えることはない。しかしふたりはそれを許していた。お互いに傷付け合い、大切なものを失った。今度はお互い助け合うべきなのだと。
「ところでお前さんのカーサスだっけか?」
彼がどうかしたのか耳を傾けると衝撃の言葉を聞いてしまうのだった。
「あいつ、チンクエテッレ共和国の次期大統領になったぞ。戴冠式は翌日だ。どうやったらなれんのかおしえ……」
するとヴィクトリアはホルストの襟を掴み上げると詳しく話すよう問い詰めた。彼は咳き込みながら新聞にそう書いてあると伝えると彼女はミレイから新聞を取り上げると該当の文章を読んだ。
「本当だ……あいつ、何やってるんだ!」
「いや待って、何も彼だと決まったわけじゃないよ」
「それはそうかもしれないけど確認しないと」
だが今からチンクエテッレに行くには危険だとホルストは言う。何故なら先の事件があってから他国間との無期断交が決定され、旅行者や外交官すら国内外へ出られないらしい。また国内にいた外国人は全て送還されたと云う。
何故そんな情報を知っているのかというと彼は退役軍人とはいえまだ軍との繋がりは残っており、また裏世界にも一部だけだか精通しているらしい。
「なら尚更行かないと」
「なんでよ」
「確認と、それからもし本人ならあいつも何か関わっていることになる」
この時ばかりミレイは鈍感だったが彼女の言葉で悟った。
「ハンスはチンクエテッレを悪事のために乗っ取った。つまり大統領になる者は……」
「全員、アリコ関係者かもしれないってわけね」
ヴィクトリアは頷いた。それをこっそり聞いたバルカンも影で協力することにした。
「88になる老いぼれでもまだまだ現役だ」
「88歳だったんだ」
「米寿だね」
ミレイの聞き慣れない単語にふたりは疑問抱いたがその言葉は東洋のものらしい。
「で、どう協力してくれるのかしら?」
ミレイは席に座ってホルストの言葉を待った。彼は頼んでいたビールを受け取り昼間から飲み始めると、
「一騒動覚悟で構わんなら送還者を届けよう」
「送還者?」
チンクエテッレが行ったようにアーク連邦からも“チンクエテッレ人”の旅行者を送還するということだった。勿論随伴する使節団に紛れヴィクトリアとミレイは侵入する。
ホルストは政界にも顔が利くようで直ぐには無理だが何とかなるようだ。
「でも流石に海外の送還者には興味ないでしょ。その送還者がスパイの可能性だってあるし」
ヴィクトリアはその案には些か疑問があるとして却下したが逆にミレイは賛成した。そして胸に手を当てると、
「その送還者、私がなるわ」
この言葉にヴィクトリアとバルカンは顔を合わせた。確かにチンクエテッレで手配中の彼女がアーク連邦で逮捕されて送還するという筋書きは有効である上、両国の関係をより深めることにも繋がる一方で彼女にはそれ相応の危険がある。下手すれば死に至る可能性もなきにしもあらずだ。
「今こそ私が率先してハンスの悪事に終止符を打たないと」
「嬢ちゃん、その覚悟は本物かい」
彼女は決意した表情を見せ頷いた。するとホルストは立ち上がるとビールを飲み干しカウンター横の電話を使って何処かに掛け始めた。暫くして戻ってくると数時間後に彼の屋敷へ遣いが来るため、そこで詳しく話をするとのことだった。
ふたりは丁度やってきた昼食を取ってからホルストの屋敷へと向かった。
彼の屋敷は昔、テンペスト夫妻が住んでいたところだった。夫妻の意志を継ぎ牧場を経営したことも打ち明けた。
「そうだ、お前に見せたいものがある」
ホルストはヴィクトリアに2頭の馬を見せた。彼女がそれを見て自然と笑顔を浮かべた。
「分かるか」
「短い間でしたが分かりますよ。子供ですか?」
「3代目だよ」
ミレイはそれを聞いてヴィクトリアとカーサスを乗せてやってきたシェリーとジャックの子孫だと知った。しかし何故ホルストがこのことを知っていたのかと言うと夫妻の寝室の絵画に2頭の馬が描かれており、その馬が牧場を走り回っていたため気付いたのだという。
「こうしてまた会えるなんて。名前は何ですか」
「エミリーとアーサーだよ。どういうわけか、必ず2頭の馬が生まれるんだ」
不思議なことがあるものだとふたりを眺めていると1隻の飛行船が牧場に降り立った。その中には驚くべき人物が乗っていた。
「いやぁ、また会ったね。数日ぶりかな」
「ファイアフライ空軍大将」
それはつい最近、もう二度と会うことはないと別れた筈のアーク連邦正規空軍大将のファイアフライだった。
バイキング討伐の際からホルストとの交流かあったようで今は中々会えないが手紙や電話などでやり取りをしている模様。そして今回、ヴィクトリアが再び力を借りたいという理由で陰ながら協力したいと遥々隠密でやってきた。
「ホルストさんから大体は聞きました。あのカーサスさんが大統領でもしかしたらアリコと関わっているかもと。実は連邦側も絡んでいることがありまして……」
外で話すのも癪なので屋敷に入ってもらい紅茶を飲みながら詳しく聞いてヴィクトリアは次期大統領がカーサスであることを確信した。
「つまり、彼の恩師でもあり上官のゲン将軍がアリコの外交として行ったきり帰って来なくて、気付いたら寝返っていたということなんですね」
ミレイが簡潔に纏めるとファイアフライは頷いた。
「あいつなら恩師の身に何かあったのかと思って真相を探りに行くこと間違いなしだ」
「そこでどういうわけかカーサスもゲンさんと同様に寝返ってしまって今に至ると」
ミレイの解釈に皆は賛同する。これにはアリコという国が裏で何か仕込んでやっているに違いなかった。
カーサスはヴィクトリアの契約して不老不死になっている。彼女の方から契約を解除しない限り彼は自由になれない。また、別の契約も出来ないことになっている。しかし催眠系や術式で一種の洗脳状態なら可能だと告げると皆は口々に思ったことを言った。
「まぁ彼は何か抜けてますから」
「奴は馬鹿そうだからな」
「うん、馬鹿だ」
散々な台詞にヴィクトリアも苦笑いを浮かべる。しかしもしも洗脳状態で対峙するとなると厄介だった。何故ならば相手もヴィクトリアと同じ不老不死だ。泥沼の戦いが予想出来る。
「元を立たないと解決しないよ」
ミレイはそう答えるが彼女は違った。洗脳状態と言っても痛め付ければ記憶が戻るという。つまり、
「ボクが彼をギッタギタのメッタメタにするからその間アリコに関わる連中から情報を聞き出しておいて」
そういうわけなので彼らは直ぐに行動へ移った。
先ず、チンクエテッレ共和国にミレイがアーク連邦へ無断で入国し、捕まったことを報告した。当然のように引き渡すように申し入れがあったが当初は先方がアークに入って引き渡す形だったがファイアフライがそれを拒否させたそして使節団をチンクエテッレへ送り込むという形で協議が決まった。
決まると同時にミレイは捕まって暴行やレイプを受けたように偽装し、ヴィクトリアは使節団の一員として変装した。
最初は飛行船で行くことにしていたが攻撃されるのを気にしてか陸路で来るように変更されたため、ポテから馬を使って入国することとなった。
「またこの日が来るとはね」
出発の当日、ヴィクトリアはそう思いエミリーに跨った。ファイアフライとバルカンが成功を祈り、彼女たちは使節団とともにチンクエテッレへと向かった。
早朝8時に出発した一行だったが到着する頃には夕暮れ刻の近い32時になっていた。もしこの星の自転周期が48時間ではなく24時間ならば1日中馬に乗って揺られていたことになる。
「大分時間を掛けてきましたがアイデアはまとまりましたか」
使節団の団長、クルクスがヴィクトリアに話し掛けた。一応彼女が不老不死だということをファイアフライから聞いている唯一の人物である。
「うん。まぁね、取り敢えず行っておくとボクたちを届けたらさっさと国に帰ってね。危険な目に遭わない内に」
「分かっていますよ。ではこれから入国致します」
一行は遂に敵地であるチンクエテッレ共和国へ足を踏み入れた。境界線にある関所で全員の検査を行った後、首都へと向かった。
道中、村人から石を投げ付けられたり襲われそうになったが関所から行動をともにしていた護衛部隊が守ってくれた。しかし彼らも嫌々任務に就いている様で舌打ちや陰口が随所で聞こえ陰気な中、首都のある城塞の前へと到着した。
「これより城塞内へ入る。入城した後は衛兵部隊が代わりに警護する。指示に従い議事堂前まで向かえ」
そう言って衛兵と交代すると彼らとともに国会議事堂前までは馬を降り歩いて向かった。ここでも貴族や職人などにも罵られる形となった。
そうして漸く議事堂前に到着すると衛兵らが取り囲みクルクスが外務大臣と握手をしていると大統領がやってきた。ヴィクトリアは確認のためにミレイのそばに近寄った。
「あなたが大統領ですか、お会いできて光栄です」
握手しようとクルクスは手を差し出した時だった、銃声音が城塞内に轟くと彼は石畳の地面に倒れこむ。発砲煙は大統領の持っている銃口から昇っていた。
「バーン・カーサス……」
彼女は最初に握っていた拳銃へ目を向けて彼の物だと確認し、見上げるとそこには微笑するカーサスの姿があった。ミレイが今にも手を出しそうになったが、事前に何かが起こったとしても一切手を出していけない、と徹底していたため我慢した。
「大統領……」
外務大臣は顔面蒼白になっている。衛兵に手当てさせるように命令するがカーサスはそれを拒み、
「全員、この場で殺す。一人足りとも殺しそびれてはならない」
そう命令を下すと取り囲む兵士たちは銃口を向けて引き金に指を掛けた。すりとヴィクトリアが大声で叫ぶ。
「チンクエテッレはアーク連邦と対立する気か!」
その答えは直ぐに帰ってきた。何も悩まず、即答することから本気のようだった。
「勿論だ。我々には強い兵士がいる。これからはチンクエテッレこそが世界を牛耳る番だ」
これには外務大臣と各大臣も卒倒した。彼らを引き摺りながら屋内へと運び込まれる間彼女はもうひとつ質問をした。
「ここにいるのはミレイだぞ」
「分かっている。無実の罪の国民を殺し、国を裏切りそして夫であるハンス・バルカン元大統領までも殺した大罪人、ミレイ・コロッセウス」
その言葉と口調、語り手の眼など見て確信した。彼は洗脳されている。
「さぁ、お喋りはこの辺にして貴様たちは死んでもらう」
腕を上げて勢い良く振り下ろし射撃開始の合図をする瞬間だった、突然突風と思しき数が使節団の周りに現れて衛兵が構えている小銃だけを凪ぎ払っていった。その混乱に乗じて、
「作戦行動開始だ」
ヴィクトリアは団員に命令すると彼女はカーサスの間合いに入る。ミレイはクルクスの元へ駆け寄ると彼を起こした。防御魔法を掛けていたが幸い弾は防弾チョッキに命中し気絶した振りをしていただけだった。そして団員たちと共に屋内へ飛び込んでいった。
ヴィクトリアが時間を稼いでいる間、ミレイたちはアリコの情報を聞き出すのだ。
「奴らめ、屋内に入ってしまえば袋のネズミだというのに」
衛兵らは小銃を手にして国会議事堂へと入っていく。
ヴィクトリアというとカーサスの間合いに入ったは好いが相手も近接戦が得意だったため中々隙を見せてはくれない。時折ミレイが窓から眺めると彼の方が優勢にも見えた。
「そらカーサス、さっさと思い出しなさいよ……主人の顔を」
捨て身のタックルを食らわせるとよろめくところに短剣で彼の腹部に致命傷を与えた。しかし流石は彼女と同じ不老不死。滝のように出血してもピンピンしている。周囲にいた衛兵らがその様を見て恐怖で怯えている様子だ。
「どうやら不死身だって知らないようだな」
そんなことはお構い無しとヴィクトリアはカーサスを痛め付ける。しかし一向に思い出すことはなく相当術式の強い持ち主だと感心していると突然彼女は殺気を感じ、間合いから退いた。
「この感じ、処刑の時に感じたものと同じ……っ!?」
すると目の前には真っ赤な鮮血が迸った。気付けば彼女の胸には薙刀が背中から貫通していた。
「くぅ……」
危うく倒れそうになったが踏み留まり自らの手で薙刀を引き抜くと吐血して再生を待った。
「ふぅ……これはマズい状況かも。下手したらミレイたちを守れない」
彼女は再びカーサスの間合いに入り短期決戦を望んだ。神経を彼に集中させながら周りを警戒してボコボコに、まるでサンドバッグのように痛め付ける。
「いい加減に目を醒ましてボクを援護しなさいよ!」
その時だ、カーサスは突然彼女の首を掴むと握り締めた。
「ぐぅ……」
意識が遠退く中、ヴィクトリアはひたすら彼に攻撃をする。しかし指先の感覚が無くなったと同時に彼女は地面へと叩きつけられていた。そしてカーサスは無言で彼女の腹に足を乗せると動けないよう固めた。
「まさかボクが負けるなんてね」
「見事だ、お嬢ちゃん」
誰かが近付いて来る。聞き慣れないイントネーションが交ざる。アーク連邦の北側、アリコ寄りの言葉だ。
「あんたは誰ですか」
「我はタケカ。彼の主人だ」
ヴィクトリアはそれを聞き血が煮えたぎった。
「貴様か……カーサスに洗脳させたのは」
「ご名答。褒美にこれをやろう」
彼女の胸に引き抜いた薙刀を再び突き刺した。しかも今度はヴィクトリアの高鳴る心臓に向けてだ。
「ぐはっ……」
さらに激痛が身体中に広がった。それは毒の成分のせいらしく剣先に塗っていたようだ。
「熱い、焼けるぅ……」
「先程の戦闘を見させてもらった。うぬはカーサスと同じ不死身のようだな。可哀想に。永遠の苦しみを味わうが良い」
ヴィクトリアは脈拍が上がる度に苦しい痛みに見舞われていた。
「っ……誰が貴様なんかに……カーサスを、渡すものか」
「まだ動けるか」
「カーサスはボクの大事な仲間だ!」
するとヴィクトリアの胸に大きな風穴かざあなが空いた。そして地面には二転三転、彼女の心臓だろうか赤く毒々しく収縮している臓器が転がった。
「不死者は心臓さえ無くなれば活動出来なくなる」
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