第12話「対峙」

 山越え谷越え川越えて、歩き続けて1日ばかり経った、その日の午前12時頃に漸くチンクエテッレ共和国へ到着した。彼女はパスポートを所持していなかったもののミレイが手紙に同封してくれた招待券のお陰で場内立ち入ることを許された。しかし、まだチンクエテッレに到着しただけであり、彼女がいるとされるワインテッレ城塞までは後数時間はかかる見込みだ。因みにワインテッレ城塞とはかつてミレイやバルカンのいたチンクエ族やヴィクトリアとカーサスがワイン公国と対峙した城のことで今も尚チンクエテッレの首都として機能されている。

「今の内に買い揃えておこう」

 お金もなかったことから賞金首を見付けては小遣いを稼ぎ、その金で食糧や必要な武器などを揃えた。昨日の堕落民族討伐により短剣が使い物にならなくなったため新調した他、自分に合った剣などを買った。

 パンとリンゴを食べ歩きながら城塞へ行く途中、幾つかの村や関所で同じような光景を目にした。それは近々祭典があるためか大きな山車が作られていた。

「何の祭典だろう」

 気にはしていたが今は先を急いでいたため跡の方へ置いておいた。数時間歩き続けて漸く城塞の入口に到着したが番兵に入城を止められた。ミレイの招待券も効果がなく理由の説明を求めるが、

「悪いが今は話せない」

 との一点張りだ。暫く粘っていると小走りする兵士が番兵に耳打ちすると突然、

「今すぐここを立ち去れ。さもなくば拘束する!」

 物凄い剣幕で煽ると番兵はその場を引き上げて門を閉じてしまった。これは何かあると思ったヴィクトリアはその場から一旦引き上げて街道沿いの雑木林に入って誰もいない城壁の傍に出た。

「誰もいませんように」

 脚に力を入れると地面を蹴って空高くジャンプした。ゆうに20メートルはあろう城壁を一気に飛び越えるとレンガ造りの小屋の屋根に降り立った。気付かれてはいないはずだが運悪く、その小屋には数人の兵士が休憩に使っていたため気付かれてしまった。

「侵入者あり!」

「射殺しても構わん!」

 号令が響き渡ると銃を持った強面の兵士らがヴィクトリアを血眼になって探す。しかし当の本人は知っている土地だったために捜査の手が伸びる前にミレイが住んでいる大統領官邸まで辿り着いていた。

「いるかな」

 慎重にひとつひとつの窓を隈無く確認するとベランダ付きの一室でベッドに横たわるミレイの姿があった。

「いた! 良かった」

 いざ部屋に侵入しようとした時だった。違和感を感じた彼女は咄嗟にベランダの隅に隠れると窓に目を向ける。

 室内にはミレイの他にひとりの好青年がいた。彼が彼女の夫でありこの国の大統領でもある、ハンス・コンドルだ。

 何をしているのか、様子を窺っていると果物に刺してあったナイフを引き抜き彼女の胸に目がけて刺し殺そうとした。咄嗟にヴィクトリアが反射魔法を掛けてナイフを弾かせ窓を突き破りハンスに怒声を浴びせる。

「ちっ、また邪魔者が現われたか」

「あなた、ミレイの夫だろう」

 彼は何も言わずに大声で侵入者が現れたから助けるように叫んだ。数秒後には小銃を持った衛兵が30人程現れて彼女に銃口を向け投降するよう呼び掛ける。

「待って、大統領がミレイをそのナイフで刺し殺そうと……」

「あいつが窓を突き破って襲い掛かってきたからナイフで応戦しようとしたんだ」

 衛兵はもちろん後者の意見を信じヴィクトリアにミレイ殺害未遂の容疑が掛けられた。この状況でハンスが彼女を殺害しようと誰も思えなかったのだ。

「何を考えているのか分からないけどミレイはボクが守るからね」

「彼女は私の大事なワイフだ。お前のような殺人者に守られてたまるか。衛兵、奴を処刑せよ」

「Si,il mio carco.」

 衛兵は引き金に指を掛けるとヴィクトリアに向けて発砲した。彼女は短剣で弾丸を弾き返すと後退りをしてベランダから飛び降りて逃げることにした。

「奴を殺せ! 逃がすんじゃないぞ」

 彼女は一先ず追っ手から逃れるために城外に出てしまおうと考えたが城壁や城門には既に多くの兵士が並ばれており突破は不可能だった。

「逃げるなら地下か……」

 石畳の街中に出ると思い切り拳に力を入れ地面に大穴を開けると地下へと潜った。兵士が来る前に穴を塞ぐと彼女はそのまま地下通路を逃走する。

 地上では多くの兵士たちが大きな音と粉塵を目にしたがどういうわけか現場に着くと何も起こっていなかったため混乱している様子だ。

 しめしめと思うヴィクトリアが辿り着いた先は前にカーサスがひとりでトイレへ向かって怖い目に遭ったという死体安置場だった。現在は改装されて休憩所になっているがただならぬ雰囲気を醸し出していることが見て分かった。

「多くの死霊がまだ辺りをうろついているな。仕方ないか、こんなところじゃ溜まっていく一方だろうからな。あっ……」

 すると彼女は良いことを思いついたようで地下通路を通って城外へと出ていってしまった。そして木陰に隠れると何やら呪文のようなものを唱えると閃光が辺りを一瞬照らし木陰からローブを頭まで被った小さな子供が現れた。その姿はまるでカーサスが酔い醒まし序でに小川へ向かって出会った修道士の格好をした少女のようだ。

「これで偽装は完璧じゃろう」

 それもそのはず、彼女はヴィクトリア本人なのだ。実のところ修道士の格好は偽装であり本職は別のものである。その理由は次回にでも話すとしよう。

 彼女はその格好で堂々と城門までやってくると中の番兵に聞こえるよう声を掛けた。まさか姿を変えて現れるとは思ってもいないだろう。

「何者だ」

「修道士じゃ。死霊を辿ってきたのじゃがどうもこの中に集まっているようじゃ」

 番兵は静かに門を開けると子供だったことに驚くとともに中へ入れ、上に報告するといって彼女を詰所に置き去りにした。暫くすると別の男とともにやってきた。

「死霊がいるとは嘘でなかろうな」

「そうじゃ。丁度あそこの方からじゃ」

 死体安置場があった建物の方角を指差すと番兵が目の色を変えて男に、

「ロビンソン大尉、やはりあそこにはいるんですよ!」

「う、うむ……」

 彼も心当たりがあるのか番兵とともに少し怯えている。しかし大尉と言っても階級ではまだ下の方だ。彼の一存で死霊退治の依頼をすることは出来なかった。

「悪いが今は立て込んでいてまた今度来てくれないか」

「ほぅ、次があるとでも」

 その突っ掛かる言葉に大尉は食い付き質問してきた。

「いやなに、私は世界中を旅して回っております故、用の無い土地からはさっさとおさらばしようと思っております」

「待て待て、死霊がいるのに放っておく気か!?」

「しかし、他にも困っておる方々がいらっしゃるので」

 彼は番兵にヴィクトリアをおもてなしをするように命令すると足早にどこかへ行ってしまった。その間に彼女は真水と軽食をもらい食べていると出ていった大尉ともう一人大柄の男を連れて戻ってきた。

「この方は城塞衛兵隊の指揮官、フォルゴーレ少将だ」

 ヴィクトリアは握手を交わすと自己紹介を始める。

「私は聖ナチュラル・グリーン教会の修道正、ネクロス・ギザーロフと申します」

 この地では聞き慣れない教会だったのだが修道士の上位に当たる修道正を名乗ると聞こえが良い気がした。

「早速で申し訳ないのですが死霊退治をお願い致します」

「うむ、分かった」

 元死体安置場のあった建物は現在、国立図書館となっており地上から上が一般開放されている。死体安置場だったところは衛兵らの休憩所となっており、さらに地下へ行くと古文書や魔法などが保管されている蔵書がある。

 昼夜関係なく休憩所には何か恐ろしい魔物がいるのではないかと感じるほど不気味な場所だと衛兵が口々に言う。特にひとりで休憩している時が一番感じやすくなり、影が動いたり、死臭を感じたり、物音がするそうだ。

「ここには多くの死霊が集まっています。少しずつ浄化します故、離れていて下さい」

 両手を広げて聞き慣れない難しい用語を詠唱し続けること十数分、ガタガタと揺れが起こり始めた。それはその場にいた者だけでは留まらず屋外、いや城塞全体が揺れている。

「随分大きな死霊じゃ、一歩遅ければこの国を崩壊されるほどの力を持った悪霊になるところじゃ」

 するとみるみる内に死霊が一点に集まりだす。衛兵が騒ぎ始めてその恐ろしさのあまり奇声を上げる者や狂乱し、銃を乱射する者まで現れた。

「心の弱い者は去れ」

 ヴィクトリアが後ろを向いて大声で叫ぶ一瞬に黒い塊が突如として鋭い矢のようなものに変わって彼女の胸目がけ飛んできた。

「危ない!」

 フォルゴーレが注意した時には遅く、矢は彼女の胸を貫いたかと思いきや貫く寸前で止まっていた。

「私を誰だと思っておるのじゃ」

 矢の先端を触ると、そこから乾いた土のようにぼろぼろと崩れていく。そして地面に落ちると今度は粉々になり水蒸気のように天に昇っていく。

「これで浄化は完了じゃ」

 信じられない光景にギャラリーから盛大な拍手と賛辞の声が連なった。またフォルゴーレからは特別に勲章を授与されたがそれは断ることにした。

「迷いし死者の魂を供養したことで私は満足です」

 するとそこへハンスがやってくると彼女に賞賛の言葉を贈り、ひとつ依頼を受けてくれないか相談してきた。その内容は大罪人を処刑するため魂を安らかに天まで送っていくようなものだった。

「食い付いた」

 ヴィクトリアはそう思い快諾すると個室に案内させられ契約書にサインを迫られた。それには大統領の命に逆らえば大罪人と同罪になり、裁判抜きの死刑とするものだった。さらに彼女の周りは屈強な男たちがナイフや小銃を手にしている。つまり脅されているわけだ。

「貴様は今から私の言うことに従ってもらう」

 ハンスが交渉の席に座ると彼女に迫る。無論ヴィクトリアは魔法を使って逃げることは可能だったが、

「――っと、その前にここの部屋は魔術禁石で造られているから魔法は使えないよ」

 そう言われ魔法を唱えてみたが発動されなかった。彼の言ったことは本当のようで彼女はそのまま従った。

「明日みょうにち、大罪人を公開処刑する。彼らは殺人、放火、強姦の容疑だ。しかし実際は無実の罪だ」

 ヴィクトリアは眉を動かし疑問を抱いた。なぜ無実の罪人つみびとを処刑するのか理解できなかったからだ。

「――そこで処刑後、私は公の場でこの罪人が無実であったことを明かす。そして無実であったが処刑を命令したのを我が妻、ミレイと打ち明ける。」

「それで民衆を味方に着けて彼女をどうするんじゃ」

「処刑だ。奴は私らを憎んでいる。消すまでだ」

 衛兵が彼女の首筋にナイフ、頭に銃口を突き付けるとハンスは薄気味笑いを浮かべ、

「さて、今話したことは他言無用で命令には従ってもらうぞ。もし逆らえばこの場で死んでもらう。また契約を破っても死ぬことになる」

「契約が終わっても殺すんじゃろ」

 ハンスの笑みは消え彼女の顎を強引に掴み、

「ガキは大人の言うことを聞いてりゃ良いんだよ」

 口調が荒くなる中無理矢理サインをさせると満面の笑みで契約書をポケットに入れると屈強な男たちとともに部屋を去っていった。

 処刑が始まるまでの24時間、彼女は監視付きの魔術禁石で造られた個室の中で過ごすこととなる。魔術禁石とは魔力に反応してその効果を無力化させる石のことで、魔術者にとって致命的なものであるとともに魔力を持たない人間と対等にさせることが出来る唯一のものだった。

「さて、と。もうすぐ深夜46時頃かな」

 惑星アークの自転周期は48時間だ。現在時刻は24時間に直すと大体夜中の23時だろう。

 電気のないこの時代では夜というものは本当の闇でしかない。城塞でもこれは同じことで松明の火や蝋燭の明かりだけで闇を照らさなければならない。それでも衛兵は監視を続けなければならないが多くは寝静まっている。つまり行動するならば今が一番の時なのだ。

「ぼちぼち行こうかな」

 ヴィクトリアは式神を取り出すとネクロスそっくりにかたどりしベッドの上で寝ているように見せ掛けた。そして彼女はそのままドアに近付くと幽霊のように通り抜けてしまった。

「ミレイのところに急がないと」

 ネクロス・ギザーロフの正体は死神である。彼女はアークの神だけでなく人々の生死を司る神でもあった。下級の死霊であれば攻撃を無効化は可能だが、中級以上になれば流石に食らってしまう。

 また、ハンスと契約していた時など実体がある場合のみ攻撃されると身体に傷を負うが死ぬことはない。というより既に死んでいることとなっている。その為、出血はするが鮮血ではなく黒に近い赤で迸ることはない。さらに心臓は動いておらず身体中は氷のように冷たい。当然息はしていないが疲れや痛覚が若干ながらあるらしい。また、一番重要なことであるが死臭はしない。

 一人称は、『私』だが時折『儂』と言ったりする。ヴィクトリアの時みたく『ボク』と言ったりするが基本は前者である。ローブを脱いだ時の体型は13歳位の少女で胸は貧乳。髪の色は蒼色でショートヘア、瞳は翠色。魔術属性はヴィクトリアとともに風。彼女のように翼が生えることはない。

 魔法力を消費すると実体化が出来なくなることがある。また、故意に霊体化が可能で現在が正にその通りで、この状態の場合、霊力れいりょくを持った者か死霊でなければ見たり話したりすることが出来ない。実体化にすれば可能で他人から見れば突然視界に人が現れるように見えるのだそうだ。突然ぱっと現れるわけではない。

「確かこっちだったような」

 扉の前には衛兵が立っている。しかし今の彼女には関係が無い。そのまま通り越して行き室内に入るとミレイがベッドの上で蹲っている。先を越されてしまったかと思いきや、涙を浮かべて静かに泣いているようだ。

「ミレイ……」

 小声で囁くと彼女は室内を見回す。ヴィクトリアはそんな彼女の目の前に立った。

 世間一般では突然現れたヒトや者に対して驚く様を見せるのだが、彼女は微動だにせず溜め息まで吐いている始末。そして小さく呟いた。

「迎えに来るのも近いわね」

 その言葉と表情に以前見たミレイの面影は全く無かった。生気を感じられないと言うべきか、死を受け入れている様子だ。

「ミレイ、私が見える?」

 優しく訊ねると彼女は額を両手で隠して小さく呟いた。

「遂に見えてはいけないものと会話をしだした。死ぬ日も近いんだな」

「しっかりして、ミレイ! 私はあなたを助けに来た。だから、もう大丈夫だよ」

 その言葉に彼女はヴィクトリアの方を見つめた。

「私が分かる?」

 小さく首を振る。するとネクロスの身体からヴィクトリアの身体に変わるとミレイは驚いて声を出しそうになったため咄嗟に口元を手で押さえた。

「時間が無い。簡潔に説明するよ」

 と説明しようとした時だ、ミレイが突然抱き付いてきた。しかも大粒の涙を浮かべて小さく泣いている。

「来てくれたんだね。これでこの国も終わることが出来る」

「あなたは、何故そんなことを?」

 そしてミレイは涙を拭い今の国の情勢とハンスの正体を簡単に説明した。

 チンクエテッレ共和国はバルカンとともにミレイ主体の国作りを行い立派に成長した。ひとつ歳を取るごとに彼女はあることで迷っていた。政略結婚だ。

 バルカンと相談し、また国の繁栄と存命のため比較的治安が良く交易も十分にあったアリコ王国の次期王子、ハンスと生涯を契った。

 彼の力もあり益々国は繁栄したかに思えたが、ある時バルカンが何者かに殺害された。そしてハンスが殺したこと知ると共に重要な秘密を握ってしまった。

「不死兵団増備計画……」

 それは兵士を不死にしてしまい、疲れや痛みを無くし死ぬことのない最強兵器にしてしまう計画だ。その技術はアリコにあり、計画は完成の一歩手前にあるそうだ。

「一歩手前ってどんな状況だい?」

「つまり、不死じゃないけど疲労や痛覚を無くってことらしい」

 それだけではただ単に薬物か魔術で被体者が操作されているに過ぎないと思っていたヴィクトリアだったか次の言葉で心臓が縮み上がった。

「――あと肉体改造とかでワラジリアを使用する……」

「ワラジリア!?」

 彼女の心臓が早鐘のように脈打つ。そして額に汗を垂らし表情が青ざめていた様でミレイに心配され、またワラジリアとは一体何のことか訊ねられた。

「それは、宇宙一の知能のある寄生生物のことだよ」

 ワラジリア、生体的特徴はわらじ虫のような体型だがサイズが大体リンゴ1個分の大きさである。雌雄の存在は確認されており、繁殖は未だ解明されていない。

 寄生方法は簡単で先ず生きている生物を探し腹から体内に侵入し触角部を脊椎に当てて被体者をコントロールする。寄生中の被体者は既に死亡しており、ワラジリアの特徴か体全体が鋼鉄のような皮膚になるという。また、本来ワラジリアが持つ知能と寄生した被体者の知能を使ってコントロールするため非常に高知能、高知識である。

 外見上の判断で寄生されているか判別するためには腹を見る他に無い。再生能力は無く、体内に侵入するために作った穴を見付けるしかないのだ。

 前述した通り、寄生された被体者の生命は死亡扱いだが触角が脊椎に装着される前に救けだせば望みはあるのだ。しかしながら腹を掻かっ裂いているため致命傷であることは間違いない。

「そんな恐ろしいのがいるんだ」

 ミレイは驚愕して言葉も出ない。

「ワラジリアは未知の生物なんだ。気が付いたら繁殖して何処から現れたのか、どんな進化の過程で育ったのか、まだ分からなくて。神でも対処が難しいんだ」

 話が長くなり時間が随分と立ってしまったことにヴィクトリアは焦りを見せ始める。長居するとお互いに危険だからである。

「一先ずワラジリアのことは置いておいて、明日の処刑について簡単に説明するよ」

 処刑の意味とミレイが殺されてしまうことを伝えると薄々気付いていたと語る。ハンスは最初から彼女を愛していなかったのだ。全ては不死兵団増備計画のためだったのだ。

「ボクが今から耐性魔法をかける。これで2、3発の致命打は回避できるよ」

「ヴィクトリア、私、生きてていいのかしら」

 突然の言葉に戸惑いを見せる。ミレイの気持ちは彼女にしか分からない。しかし分かろうとする気持ちは大切だ。

「あなたが何を考えているかボクには分からない。けど、ボクはあなたに生きていて欲しい。バルカンさんのためにも、この国の将来のためにも、ね」

 そうして彼女は魔法をかけるとネクロスの姿に戻り明日の処刑は生きることだけを考えるよう言いその場を立ち去った。

「生きていればいろんなことが出来る。死んだら何もかもお仕舞い……か」

 ミレイはそう呟くと静かに眠り始めた。ヴィクトリアはと言うと式神と本体を交換し彼女も眠りに就いたのである。

 翌朝の天気は生憎の雨が滴り空気もひんやりとしていた。朝から処刑の準備は進められており開始予定時刻の12時をもうまもなく回るところだ。

 城塞内の大広場で執り行われる処刑は奇しくも以前、勝利を祝い酒盛りをした場所だった。処刑台は古びた木造2階建て分に相当し、階段は13段となっている。階段を上ると目の前には空高く固定された刃がギラリと光るギロチンの姿があった。

 ミレイとハンスは処刑台の右隣に座し、ヴィクトリアは左隣で静かに佇んでいる。その周りには衛兵が取り囲んでおり謀反を起こそうものなら直ぐ様取り押さえられてしまう状態だ。

「嫌な気配……」

 さらにヴィクトリアは何かを気にしている様子だ。開始予定時刻が迫って行くにつれ、良からぬ気配を感じ取っているのだ。

「何か、いる」

 心臓は止まっているが高鳴っているように感じられる。その中でいよいよ処刑が始まる金が鳴り渡った。

 処刑執行官が処刑台に上り集まった約5000人もの民衆の前で挨拶と処刑される罪人の罪状と名前を紹介していく。民衆は早く処刑を始めるよう急かすあたり、ギロチンを楽しみにしているようにすら見受けられてしまう。まるで娯楽のようなその雰囲気にミレイはショックを受ける中、処刑は始まった。

「ベレ・ヤン、壇上へ」

 彼は強盗殺人と放火未遂で現行犯逮捕され一切の容疑を認めなかった人物だ。無論無実の人間のため、強盗殺人とは全くの嘘であり放火はただ焚き火を使用としていただけである。

「僕はやっていない。信じてくれよ!」

「ヤン被告は3人の尊い命を奪い、その罪を償うため地獄へと旅立ちます」

「待ってくれぇ!」

 彼の悲痛な叫び声は執行人はもちろん民衆にすら届くことはなかった。そして何の前触れもなく彼の頭と胴体は真っ二つに分かれ鮮血が迸る中、死体が退かされて地面に投げられた。頭は処刑台の角に並べられ晒し首となっている。

「次は、チョウ・リー。罪状、強姦と殺人」

 再び無実の人間が処刑された。彼は妻とセックスをしている最中に今回のミレイ殺害計画の犠牲者となるべく軍に捕捉され、妻は軍によって殺されたがマスコミはリーが殺害したと発表したのだった。

「ワタシ、やってないアル。ヤったかもしれないアルけどチガウ」

 鈍い音と共に首は桶の中に飛び込み執行人が取り出すとヤンの隣に並べる。死体は再び地面へ投げだされた。

 この間かん、ヴィクトリアはひたすら詠唱を繰り返していた。その様子を見ていたハンスは事が上手く行っていることに喜びを感じている。また心にも思っていない優しい言葉をミレイへ言っていたりした。

 処刑は数十分の間に6人ほど執行され、最後のひとりが壇上に上がった。この時、ハンスは側近に何かを命令している。

「――神よ、最後のひとりが旅立たれます」

 ミレイは詠唱するヴィクトリアの方を見つめる。この処刑が終われば、今度は自分が処刑される番かもしれない。作戦が本当に成功するのか心配だった。

「命令が下された。手筈通りにやれ」

 処刑執行官が執行人に囁くと抵抗する罪人を押さえながら枷を取り付ける。ギロチンやその周りは処刑された人々の血で真っ赤になっており生臭かった。また、処刑台の立つ地面は滴る血と死体から流れ出た血で小さな湖と化している。

「それでは始めます」

 これが合図だ。刃が高速で罪人の首に入ったかと思い気や途中で止まってしまい引き抜いた瞬間、枷が外れて暴れ回り始めた。

「処刑に失敗だ!」

「取り押さえろ!」

 執行人が叫ぶが罪人は処刑台から転落、足を骨折しながら観衆の方へ駆け寄ると大量出血が元で絶命した。戦慄の場面を見てしまった民衆は恐怖に怯え、娯楽だった筈が途端に政府と軍の批判場所に変わった。すると、

「もうダメだ。本当のことを言います」

 誰よりも大声で良く通るその主はハンスだった。彼は民衆に襲われることを承知で彼らの前に立つと、

「実はこの処刑された者たちは無実の罪だったのです」

 騒がしかった会場が嘘のように静まり返ったと同時にサクラとして用意した人物らがハンスに批判をぶつける。それに連れられ民衆も非難の声を上げ今にも暴動が起こりそうなところで、

「しかし私は反対しました。それでも処刑しろと命令したのは彼女、我が妻ミレイなのです!」

 彼女を指差し、民衆の怒りを向けさせるとサクラが、

「奴を処刑だ!」

「国を裏切った犯罪者だ!」

「最期の死刑だ!」

 などと場を盛り上げた。観衆は便乗してミレイを処刑するよう声を上げる。また何人かの男が衛兵を押し倒して彼女に接近しようとしていた。

「お静かに。落ち着いて下さい。我が国を不安にさせたミレイ・コンドルを今、私わたくし、ハンス・コンドルが責任を持って処刑致します」

 その発言に会場は最高潮となり『ミレイ』、『処刑』の言葉が繰り返された。ハンスは剣を取り出すと彼女の腕を掴み、処刑台の上まで連れていった。

「漸く君を殺せるよ。これでこの国と世界は私のものだ」

 本性を表し、ミレイは大粒の涙を見せながら一言、

「地獄に落ちろ」

 と言ったが彼は動じることなく民衆の方を向いて声を上げた。

「これよりミレイ・コロッセウスを裏切り者として処刑致します!」

 会場は拍手と喜びで既に崩壊していた。ハンスは剣を高らかに上げると深呼吸をして目にも止まらぬ早さで振り下ろした。

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