第37話 結果発表

 約束の期日がやって来た。

 手持ちのカジノチップをすべてシリンへと交換し、俺とホロは喫茶『安らぎ処』にて落ち合う。


「さて、お待ちかねの結果発表だ」

「そうですね、この日が来るのを一ヶ月も楽しみにしていました。私の圧倒的なリードに、ツクバがどこまで追いついたのか」

「すでに勝ったつもりか? ずいぶんと気が早いな」


 ホロが余裕の態度を見せているのが、滑稽で仕方ない。


「あそこからツクバが勝つのは、常識的に考えて無理でしょう。それも計算して、初日のルーレットのベット額を決めたんですから」

「面白いことを言うな。俺がホロの予想を超えれないと?」

「口先だけなら、なんとでも言えます。それよりも、早く結果発表に移りましょう」


 それもそうか。

 まず、初期資金のクエスト10日分、それから、一日毎に追加されたクエスト30日分――合わせて40日分のシリンを俺たちはテーブルに置いた。


「確かに40日分あるな」

「こちらも確認終わりました」


 互いに差し出したチップが、キッチリ40日分あることを相手に確認させる。

 ここからは、いよいよ一ヶ月で稼いだチップだ。


 まずはホロが、現金の入った麻袋を木製テーブルの上でひっくり返す。ジャラジャラと音を立てながら、シリン硬貨がテーブル上に広がった。

 俺はそれを種類ごとに分け、綺麗に並べていく。


「クエスト36日分……初日で16日分稼いだとはいえ、そのあと自力で20日分も稼いだか」

「ふふん♪ さすがのツクバも、一ヶ月分以上の稼ぎをブラックジャックだけで稼ぐのは難しいでしょう?」


 ホロがドヤ顔しながら聞いてくるが、俺はその質問に一切答えず、麻袋に入った自分のシリンをテーブル上に広げた。


「反応なしですか……。それでもコレを数えれば……」


 ホロがシリンを数え始める。

 一枚一枚間違いがないか、それはもう丁寧に。


「……あ、あれ?」

「どうした?」

「そ、そんなことって……」


 ホロが唖然としながら、自分が分けた現金に数え間違いがないか確認し始める。

 しかしアレだけ丁寧にやって、間違いなど起こるはずもなく……。


「…………」

「手が止まってるぞ、ホロ。さぁ、シリンを数えておくれ」

「……はい」


 自分が稼いだのと同じだけのシリンが、すでにコインタワーとなって存在していることを認める。

 そしてまだ、ほど残ったシリン硬貨を種類ごとに分け始めた。


「71日分……? そんな、そんなことって……」

「ほぼダブルスコアで俺の勝ちだな」


 俺は淡々と自分の勝利を告げた。

 そのことが理解できないと言うように、ホロがクチを開く。


「どうやったら……」

「ん?」

「どうやったら、こんなに稼げるって言うんですか……ッ!」


 ホロの可愛らしい剣幕に、俺は苦笑した。

 それを見て、プクーと頬をふくらませるホロ。


「何がおかしいんですかッ!」

「いや、悪い悪い。別に何もおかしくはない」


 俺は一つ謝罪をしてから、ホロの言葉に微妙にズレた解答を語る。


「バカラとブラックジャック、その還元率の最大差は3パーセントにまで広がる。これをホロは甘く見ていたのが一つ。還元率が100パーセントを超えた場合に使える『ケリーの公式』で、最も効率的な賭け金がわかるのが一つ。シングルデックブラックジャックが、カウンティングと相性がいいことを知らなかったのが一つ。ホロが知らないのはこの三点だ。順に教えてやろう」


 俺は指を一本立てた。


「最初の『還元率の差』については、言葉通りホロが甘く見ていただけだから省略しよう。ただ、忘れちゃいけないのは回数をこなしていけば0.1パーセントの差だろうと、大きな差になると言うことだ」

「はい……」

「二つ目の『ケリーの公式』だが、やればやるだけ儲かる還元率100パーセント超えのゲームがあった場合、手持ちのいくら賭ければ最大の利益を出すことが出来るかわかる。そしてこの『ケリーの公式』で導き出される賭け金は、定率ではなく変率だ」

「てい、りつ……? へん、りつ……?」

「定率ってのは資産とは関係なく、常に同じ金額を賭けてるって意味だ。勝った場合は次の勝負で100シリンを賭け、負けた場合は200シリンを賭けるなど、パターンを決めてそれに沿った賭け方を定率ベットと言う」

「それって、私がやってる……?」

「そうだ」


 俺は大きく頷いて、ホロの言葉を肯定した。

 資産が増えたからと安易に賭け金を増やすのは危険だと、以前ホロに話した。それを覚えていたからこそ、ホロは賭け金を極端に増やす真似はせず、俺に手持ちのチップをさせてしまった。

 序盤で有利に立った以上、堅実に稼いで来ることは想像に難くないしな。


「対する変率ってのは、手持ち資産によって賭け金が変わってくる。たとえば資産の10パーセントを賭けるのが最大効率だと、ケリーの公式が導いたとしよう」


「手持ちのシリンは100シリンで倍率2倍のゲームだ。この時、賭け金は100シリンの10パーセントに当たる10シリンを賭けることになる。そして、勝った場合は手持ちが110シリンに、負けた場合は90シリンになる」


「さて……勝って110シリン持っていたら、次に賭ける金額は10パーセントに当たる11シリンだ。逆に負けた場合は90シリンの10パーセントなので、次のゲームの賭け金は9シリンになる。このように、手持ち資金で賭け金が変わるベット方法を変率ベットと言う」


 そしてこの変率ベットこそが『ケリーの公式』の肝になる。


「変率ベットは還元率が100パーセントを超えてる場合、資産が増えると、それにまして賭け金も増えていく。するとまた資産が増え、賭け金も上がりと正のスパイラルに陥る。こうして加速度的に資産が増えていくんだ」


「もっとも、変率ベットは還元率が100パーセントを下回ると、定率ベットより損することが決まっている。だから還元率がほぼ99パーセントのバカラでは使えない。俺がホロに教えなかった理由がわかるだろう?」


 一気にまくし立ててしまったが、ホロはシッカリと理解しているようで、俺の問いかけに首を縦に振った。


「つまり、ツクバの怒涛の追い上げはこの『ケリーの公式』によるものだと言うことですね」

「それが大きな要因だな。それと三つ目の1デックブラックジャックが、カウンティングと相性がいいことも教えておいてやろう」


 そう言って、俺は三本目の指を立てる。


「カウンティングとは、山札シューターに残っているカードが少なければ少ないほど、その威力を発揮する。たとえば100枚のカードの中から目当てのカード一枚を引ける確率は1パーセントだ。だが、2枚の中からお目当てのカードを引ける確率は50パーセントになる」


「このように、残り枚数が少なければ目当てのカードが出る確率が高くなる。そしてシックスデックブラックジャックの312枚より、1デックブラックジャックの52枚の方が最初から少ない分、カウンティングするには向いているって訳だな」


 逆に言えばこれこそが、地球のブラックジャックテーブルから1デックが無くなった理由であるのだが。


「そう言えば、最後の方にツクバを見たときは1デックブラックジャックに……」

「理由がわかったか?」

「……私はてっきり、追いつくのが厳しいと判断したツクバが、少しでも差を詰めようと勝負に出てるのかと」

「カジノプロ舐めんなよ? 勝負なんて『博打』をカジノプロは打たない。すべて理詰めで、勝つべくして勝つんだよ」


 俺の言葉に、悔しいながらもどこか嬉しさをはらんだ表情で


「参りました」


 そう言って、ホロが負けを認めるのだった。

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