第36話 カジノプロの底力

 15日が過ぎた。

 ここまでで、ホロとの差が埋まった気はしない。

 むしろまた、少しばかり差が広がっていただろう。

 しかし俺に焦りはない。ここからやっと、俺のターンが来る。


 クエスト31日分――それが、いま持っている俺のチップ総数だ。

 内訳は初期のクエスト10日分+追加のクエスト15日分+地道に稼いだクエスト6日分。

 これだけあれば10シリンにしかならない灰色チップを地道に稼ぐなんてことはせず、100シリンになる青チップを勝ちに行くことが出来る。

 なのでこれ以上、ホロに差を付けられることはないだろう。


「あれからルーレットをやってないみたいだし、堅実に稼いでいるんだろうな」


 さすがにルーレットを使われては、ホロの手持ちを読むことはできない。

 だが、バカラで堅実に稼いでいるのなら、ホロの手持ちをおおよそ把握することはできる。

 俺は今日もブラックジャックのテーブルについた。


(さて……ケリーの公式の実力、見せてやる!)


 これは還元率100パーセントを超えるプレイヤー有利の時に使えない公式だ。

 ゆえに、還元率100パーセントを超えることがないルーレットやバカラでは無用の長物なので、まだホロにはケリーの公式を教えていない。

 だが、ブラックジャックは還元率100パーセントを超えるタイミングがある。

 それを見極めるにはカウンティングが必須だが、俺にとってカウンティングなど造作もない技術。なので、問題はない。


「ノーモアベット」


 このケリーの公式を使えば、プレイヤー有利時に手持ちのチップの何パーセントを賭ければ、最高の効率を叩き出すかがわかる。俺はそれに従いベット額を決めればいい。

 もっとも、この計算はなかなかに複雑なのだが、カジノプロは数学のプロフェッショナル。俺に計算できない訳がない。

 そしてこのケリーの公式最大の強みは、資金が膨らめば膨らむほど、利益が増えていく『雪だるま式』ということだ。

 後半になればなるほど、その威力は増大していく。


(だが、まだだ。俺の追い上げはこんなもんじゃないぜ……?)


 俺は積み上がっていくチップを眺めながら、心の中で笑うのだった。



     ♪     ♪     ♪



 さらに一週間。

 勝負が始まってから22日目。


「マルチハンドだ」


 一日ごとに追加されていくクエストの報酬。

 雪だるま式で増えていく勝利金。

 これら二つが合わさり、さらなる資金の余裕ができたことで、俺はブラックジャックの手札を増やすという選択肢を取った。

 これによりワンゲームで使うカード数が増えるので、カウンティングがさらにはかどるようになる。

 しかしこのマルチハンド、いいことばかりではない。


(一つ目の手札は19、二つ目の手札は14か……)


 一つ目は悪くない手札と言えど、2つめは微妙な手札だ。

 最適戦略ベーシックストラテジーに則るならば、一枚目は引かないステイ。二枚目はディーラーのアップカードを見てから決めるのが正解なのだが……


Checking forBJの確認を Black Jackしています……ブラックジャックです」


 その必要はなかったようだ。

 そして今回のように、ディーラーが強い手札だった場合、二つの手札が同時に負けてしまうのがマルチハンドの欠点。

 俺は両方の手札に青チップ2枚を賭けていたので、計4枚の青チップを失った。


「あちゃ~、兄ちゃん残念だったなぁ……。せっかくマルチハンドに切り替えたタイミングでこれじゃあよぉ」

「仕方ないですよ。それを承知でマルチハンドにしたんですから」

「へっ……兄ちゃんはカジノってものを、よーくわかってンじゃねーか! そうなんだよなー、何でかわからねーけど、上手くいかねーんだよなぁカジノってのは……」

「そうそう、上手くいかないんですよねー」


 同じ卓についてしまったお喋りプレイヤーの話を適当に流しながら、俺は勝負の時をジッと待ち構えた。



     ♪     ♪     ♪



 残り三日となった27日目。

 最後の仕上げとして、俺は今までののブラックジャックからのブラックジャックへと移動した。


シングルデック ブラックジャックへようこそ」


 最低ベット額が緑チップ1枚――すなわち1000シリン以上のベットからしかプレイを受け付けない高レートテーブル。

 今までプレイしていたブラックジャックの10倍だ。

 それはつまり、破産のリスクが著しく上昇したということ。

 しかしそれに見合うだけの価値が、この高レートテーブルには存在する。


 まず一つ。

 今までやってきたシックスデックよりも、還元率がいいこと。


 そして二つ。

 カード総数が312枚から52枚に減ったこと。

 これは山札シューターが少なければ少ないほど威力を増す『カウンティング』の有効性を高める。


「No more bet」


 最初のゲームは、このテーブルの最低ベット額である緑チップ1枚を賭けた。

 そして今回のゲームの勝敗に、ほとんど価値はない。

 価値があるのは、何のカードが使われたかということだ。


 ブラックジャックは『独立事象』ではなく『従属事象』のゲーム。過去の結果によって勝率がゲームだ。

 一度使われたカードは山札シューターがリセットされるまで、ゲームで使用されることがない。

 だから――


(3、3、8……最高の出だしだ)


 シューターに残ってる3のカードが、あと二枚だけと判明した。

 これで他のカードよりも、3の出現率は大幅に下がったことになる。

 そして相対的に……


「ダブルダウン」


 他のカード――たとえば絵札を含む10カードの出現率が高まった。

 ディーラーが俺にカードを一枚配る。

 そうして引いたカードは、出現率が高まったカードの一つであるキング

 これにより3、8、Kを引いた俺の合計は21となった。最悪でも引き分けで、絶対に負けることはない。


「2、5、J……プレイヤーの勝利です」


 ディーラーの合計は20となった。俺の勝利である。

 しかもこの勝負は、賭け金を2倍にする『ダブルダウン』での勝利。俺は緑チップ2枚を手に入れた。


(そしてプラスカウント2とは……!)


 ツイてる! 間違いなく、運が上向いているッ!

 このまま波に乗りたいところだ。


(……だがなぜ、この世界の1デックも高レートに設定されてるんだ?)


 地球でも、最初は1デックのブラックジャックが主流だった。

 それが覆ったのは1962年。エドワード・オークリー・ソープが書いた、一冊の本によってだ。この本によって、カードカウンティング、最適戦略ベーシックストラテジーは世に認知されたのである。

 そうして広まったカードカウンティングの対策として、1デックのブラックジャックは、ほとんど姿を消した。

 残った所でも最低ベット額が高く設定され、簡単に勝てないように対策されたのである。


 しかし、この世界にカウンティングやベーシックストラテジーの概念はない。

 だから1デックのレートを、地球のように高くする意味はないはずだ。

 なのになぜ、この世界でも1デックは高レートに設定されている?


(まぁ、どうでもいいか……)


 俺は疑問を棚上げし、目の前の勝負に集中した。

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