第35話 圧倒的リード

 翌日。

 朝はホロとクゥーエ草を採取し、いよいよ午後から勝負が始まる。


「これがスタート時の資金な」


 そう言って、俺はホロにクエスト10日分のシリンを渡した。

 ホロはそれを受け取り、一緒に受け付けでシリンをカジノチップに交換していく。


「途中経過の報告はどうします?」

「……いや、途中経過を確認し合うのはやめておこう。これは確かに俺とホロの勝負だが、そもそもの大前提としてカジノに負けるのは避けたい。だから、余計な焦りを産む中間報告はやらない方がいいだろう」

「わかりました」


 勝負はきっかり一ヶ月後だ。

 そのときに初めて、互いの稼ぎを確認し合う。


「では、健闘を祈る」

「……それ、勝負を前に敵へかける言葉ではないと思うのですが」

「いいんだよ、健闘を祈るでな」


 そんな会話を最後に、俺とホロは互いのリングへと向かうのだった。



     ♪     ♪     ♪



 クエスト10日分――ブラックジャックをやるには、正直なところ心もとない金額だ。

 全てのチップを失ってもいいという条件でなら、俺も気兼ねなく勝負できるのだが、仮に初日で全てのチップを失えば、同じ金額が集まるのは10日後。

 それではホロにスタートダッシュで、大きな遅れを取ることになる。


「だからとりあえずは、灰色チップでチマチマ勝ちを積むしかない」


 灰色チップは10シリンに相当する、最も低額のチップだ。

 しかし、ブラックジャックの最低ベット額は青チップ一枚の100シリンからである。

 なので青チップ一枚は必ずベットするとして、賭ける灰色チップの枚数を上手いこと調整することで、灰色チップを稼いでいくしかない。


 もっとも、負けが多ければ青チップはドンドン減っていくが、それは仕方がない。

 逆に勝ちが多ければ青チップがドンドン溜まるわけだし、青チップが増えるか減るかは運次第だ。


(さて、ホロはどう出るかな?)


 すぐにカウンティングを始められそうなテーブルが無かったので、俺はホロの出方を伺うことにした。

 バカラだけなら、序盤は俺と同じように灰色チップを集める展開になるだろうが、ホロにはもう一つ、ルーレットという選択肢がある。


(うわ……ホロのやつエゲつねぇ!)


 そしてホロは、バカラではなくルーレットの卓に座っていた。

 なぜ、還元率の悪いルーレットをするのか? その理由を俺は即座に理解した。


 ルーレットはバカラやブラックジャックとは違い、配当を任意で変えることができる。

 そしてルーレットの最大配当はベット額の36倍。

 これを当てることで、スタートダッシュで大きく有利に立てる。


 もっとも、ホロが36倍を狙っていくのか。

 狙うとして、チップ何枚をベットしていくのか。

 そう言ったことで、ホロの性格が出るだろう。

 だが、ルーレットのおかげでホロの取れる戦略が、俺とは違って多様なのは間違いない。


「考えたな、ホロのやつ」


 これはカジノプロとしての戦い方ではない。

 しかし、こと今回の俺との勝負に関しては、実に有効な手段だ。

 たとえ今日、ホロが全てのチップを失ったとしても、明日にはクエスト一日分のチップが手に入る。

 賭け金や倍率にもよるが、それだけで一日分の遅れを取り戻すどころか、大幅なリードさえ可能なのだ。主導権はホロにあると言っていい。


「ホロのこと、甘く見てたか……!」


 コツコツと勝ちを積み重ねるしかない俺とは対称的に、大きく張る勝負師のホロ。

 技術的な不利を理解してるからこそ、運すらも使っての合理的戦略……ッ!

 これには舌を巻くしかない。カジノプロに必須な技術の一つ『ルールの抜け道』を見つける嗅覚が抜群だ。

 しかも――


(ホロのやつ、当てやがった……ッ!)


 ――ちゃっかりと、運を味方へ付けている。

 当てたのは、クエスト一日分のチップを使っての配当18倍。

 しかも二回目で、だ。 


 これでホロのチップはクエスト26日分。

 対する俺は、初期チップのクエスト10日分。

 その差、クエスト16日分……ッ!


 これはかなり大きな差だ。なぜならカジノは『資金がモノをいう』ゲーム。

 初期資金に大きな差が出たとなれば、賭けても大丈夫な安全圏は広がり、差は広がる一方。

 と、顔をしかめていた俺にホロが気がついた。


「ふふん♪」


 そして得意気に鼻を鳴らす。

 自分が圧倒的有利に立ったことを、俺に見せびらかすように。


「……やるなホロ、とんだ誤算だよ」


 気付かれてしまったのなら仕方ない。

 俺はホロに近づき、素直な称賛を送った。


「ツクバに勝つために、いろいろ考えたんですよ」

「そのようだな。自分のアドバンテージをしっかり理解し、ちゃんと活用している。やられたよ」

「では、もうギブアップですか? ここからは差が開くばかりですし、私はそれでも構いませんけど」

「おいおい、この俺を舐めてるな? カジノに関して、ホロに遅れをとる訳がないだろう?」

「さすがツクバ、大きく出ましたね。……でも本当に勝算はあるんですか? 私のミス待ちとか言わないですよね?」

「当たり前だ。一ヶ月後を楽しみにしてろよ?」


 まだ勝負は始まったばかりだ。こんな序盤で諦めるつもりはない。

 俺なら一ヶ月もあれば、イケる……!


「……期待しています」


 ホロが余裕の態度でそう言った。



     ♪     ♪     ♪



 一日目は大した利益も上げられずにカジノを終えた。

 それも当然だ。

 ブラックジャックのプレイヤー有利は、簡単に訪れない。

 しかもこれと言った勝負どころでも、賭けられるチップはたかが知れている。


 今日の終了時点では、おそらく2.7倍近くホロがリードしているだろう。

 ルーレットを当てたあと、ホロはすぐさまバカラの卓へと移動して、青チップの勝ちを積んでいた。

 対する俺が積んだチップは灰色。

 青チップの十分の一しか価値がない。

 

 そしてしばらくは、ホロがリードを広げてくる。

 俺がちまちま10シリンを稼いでいる間に、ホロは100シリンを稼ぐのだから。


「それでも、明日は明日の風が吹く」


 俺はホロの勝負強さを嬉しく思いながら眠りへとついた。




 

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