第33話 不利なゲームで勝つ理由

「J、7、Q、4――プレイヤーにカードを一枚」


 ディーラーが朗々とカードを読み上げながら、プレイヤーにカードを配っていく。

 配られたカードはA。

 JとQと言ったゼロ扱いの絵札二枚と合わせ、プレイヤーの合計は1。

 対するバンカーは7と4で合計1なので、この三枚目のカードが9以外なら負けはない。


「……ピクチャーだ」


 バンカーで最高額を賭けていた男が、吐き捨てるように言ってカードをオープンする。

 表になったのはクローバーのK。

 男が言っていたように絵札ピクチャーだった。

 おおよそ七割の確率で勝てた試合を落としたことに、男はつまらなそうにしたのだろう。


「ではこの勝負は引き分けタイのようですね。」


 ディーラーが全てのプレイヤーにチップを返す。

 このように引き分けだった場合、プレイヤーに賭けた者にもバンカーに賭けた者にも、チップは返還されるのだ。

 ホロは返された青チップ三枚を、再びバンカーへと黙ってベットする。


「No more Bet」

 カードが配られる。

「7、2、K、6――ナチュラル8でバンカーの勝ちです」


 引き分けを挟んでの勝負は、またもやバンカーの勝利。

 ホロは青チップ3枚を獲得する。

 しかしホロに喜びの表情はなく、これまた淡々と、今度は青チップ1枚をバンカーに賭けた。


(しっかりとベット額を下げた。大丈夫のようだな)


 俺はホロがシッカリと戦えてることを確認し、この勝負が終わった後にホロへと話しかける。


「ホロ、100倍のベットは終わってるか?」

「あっ、ツクバ……戻ってたのですね」

「つい、さっきな」

「100倍の条件はクリアしてます。換金しに行きますか?」

「あぁ、今日は終わりにしよう」


 俺たちはカジノの受け付けへと行き、カジノチップを現金へと交換してもらう。

 そして戻ってきた金額を見て、俺はちょっとした驚きを感じていた。


「……ずいぶんと勝ったようじゃないか」

「えへへ……素直に褒めていいんですよっ?」


 バカラを始めたときはクエスト一週間分だったそれが、今はクエスト17日分。

 2倍どころではない大勝だ。

 俺が見届けなかったあの大勝負は、どうやらホロの勝利に終わったらしい。


「最後の方にちょっとだけ見ていたが、自分でベット額を工夫していたな」

「あっ……はぃ……」

「どうした?」

「怒られる、のかな……って……」

「いや、むしろ今回は俺の期待を超えていた。本当によくやった」

「それは、あのメモが……いえっ、もっと褒めてください!」


 俺が渡したあのメモ。

 それは越えてはいけないラインを記したに過ぎない。

 しかし、その中で創意工夫しての戦いっぷりは、素直に称賛に値する。

 クシャクシャと頭を撫でてやると、ホロは気持ちよさそうに笑顔を見せた。


「しばらくはバカラで、勝ち方の理詰めだな」

「承知したのであります!」


 俺は苦笑した。



     ♪     ♪     ♪



 午前はクゥーエ草を取りに行き、午後からはバカラをする。

 それがホロの新しい日課になった。


「今日は負けました」


 自信がついたからか、それとも勝ち方を知ったからか。

 持たしたチップをすべて溶かそうと、ホロは落ち込んだりせず、気軽に俺へ報告してくる。

 俺はその報告を、喫茶『安らぎ処』の美味しい紅茶を飲みながら聞いていた。


 本来、カジノで戦うならば資金を分散するのは必須。

 俺が地球にいた頃は3000万を軍資金とし、200個の小資産へと分けてカジノをしていた。

 つまりカジノに持っていく金額は15万。

 これを30万にしたり、はたまた全て失ったりしていた訳だ。

 なぜそんなことをするかと言えば……一気に3000万もの大金を失う訳にはいかないからである。元手がなければカジノで勝負が出来ないのだから当然だ。


 しかしこの異世界では、それほどの大金を持ち合わせていない。

 その代わりに毎日クエストをこなすことで、資産の分散と同じことを実現している。

 何がいいたいかと言えば、一日くらい負けても問題ないということだ。


「ホロもずいぶんと、負けて平気な顔が出来るようになったな」

「……それ、褒めてるんですか?」

「褒めてる褒めてる」


 着実にカジノプロとして成長している。

 もっとも、何日分かの稼ぎをドブに捨てる結果になっても平気な人間が、普通の感性を持ってる訳がない。

 そこだけ、ホロには申し訳ない気持ちが沸いてくる。


「どうかしましたか?」

「いや……なんでもない」


 めざとくホロが俺の変化に気がついたが、俺は何でもないと誤魔化した。


「今日は負けてしまったが、チップを増やす快感はどうだ?」

「好きですよ。カジノにしてやったり! って気分になります」


 やはり誰であっても、チップが増えるのは気分がいいようだ。

 それはカジノが嫌いなホロであっても……。


「それは良かった。ホロもバカラには慣れてきたようだし、そろそろ次のステップか?」

「……次は何を?」

「ふっ、お待ちかねブラックジャックだ!」

「……!」


 ここまで覚えてきたルーレットやバカラは、どうしてもカジノが有利なゲーム。

 対してブラックジャックは、客が唯一勝てるゲームだ。

 本当ならこれ一つ覚えるだけで、カジノで勝つことができるようになる。


「……あれ? でも私、バカラやルーレットで勝ってますよね?」

「そりゃ、俺が直々に教えてやったからな」

「なのに、バカラやルーレットは勝てないゲームなんですか?」

「あぁ……」


 ホロの質問はごくごく当然の質問だ。

 勝てないはずのゲームなのに、俺やホロは着々とカジノからチップを巻き上げている。これは明らかな矛盾に思えるだろう。


「覚えておけ、ホロ。俺たちが勝っているバカラやルーレットも、やり続ければ必ず負ける時が来る。それはカジノの有利ハウスエッジを『リスク』という形で積み上げているからだ」

「…………」

「それを俺たちカジノプロは、死ぬまでリスクを払わなくていいように、天文学的発生率まで引き伸ばしてるに過ぎない。これがカジノプロが負けない理由だ」

「じゃあ運の悪いカジノプロは……」

「天文学的数字を引き当てて、カジノプロを強制引退だな」


 しかしそれは避けようのないこと。

 不幸な星の下に生まれてしまった自分を恨むしかない。

 なにせ確率は皆に平等なのだから。


「なにか運を上げる手立てはないんですかッ!?」

「そんなのあったら俺が聞きたいよ!」


 とても頭はいいのに、歳不相応に子供っぽいことをのたまうホロに笑った。

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