第32話 ホロの戦い
バカラはルーレットほど、簡単にはいかない。
だから負けることもあるだろう。
それでも、ホロに戦い方を仕込むことは出来た。
「ホロ、これ以上バカラに関して俺から教えることはない。あとは自分一人で頑張ってみろ」
「えっ……?」
「もうバカラも怖くないだろ? 戦い方もわかったろ?」
「そう、ですが……どこか行くのですか?」
「あぁ、クゥーエ草を採りに行ってくる」
今回のルーレットでホロが当てたのはラインベットだ。いつもの六分の一の配当しかない。
これではたとえ100倍の条件をクリアしようと、大きな収入とまではいかない。
だから遅くなりはしたが、少しでも足しになるようにとクゥーエ草を採りに行く。
今からダッシュで行けば、日が沈み切る前に戻ってこれるだろう。
「そ、そんな……私一人じゃ不安です……ッ!」
「はぁ……仕方ない」
俺はわら半紙にメモを書き、それをホロに手渡した。
「そこに気をつけるべきこと、ベット金額がどこまで上がると危険かなどを書いといた。だからそのメモを俺だと思い、その指示からはみ出さないよう気をつけろ」
「…………」
「そんな不安そうな顔をするな。お前なら出来ると信じてるから、俺はクエストを受けに出かけるんだぞ? 俺の期待を裏切らないでくれ」
カジノプロとしての必須要素に『自信』がある。
勝てる――そう信じた道をどんな状況に陥ろうと覆さない、自分自身を信じる心。
ホロにはまだ、そうした自信が足りない。
いや、以前のホロにはあったものだ。
それがホロをブラックジャックへと
カジノは本当に天邪鬼だ。
自信が有りすぎれば、その自信に溺れ。
自信が無ければ少しづつ死んでいく。
どちらに振りすぎても、カジノプロとしては失格。
本当に天邪鬼だ。
「信じてるからな、ホロがしっかりと勝つことを」
「……頑張ります」
「よしっ! 行ってくる」
俺はホロを置いて、カジノを後にした。
♪ ♪ ♪
ルーレットを攻略し、バカラも攻略したとなれば、残るホロの課題はブラックジャックのみ。
しかし、このブラックジャックが一番の難所。
ルーレットでは的中率にものを言わせ、カジノの勝ち方を教えた。
バカラでは勝率50パーセントのゲームを体感することで、適正ベット額がどの程度にあるのか身体で覚えさせる。
「だが、ブラックジャックの勝率はそれ以下だ」
ブラックジャックは47勝53敗のゲーム。バカラよりも勝率は低い。
そして肝になるのが『ダブルダウン』『スプリット』などの選択肢で、あとから賭け金を上乗せすることが出来る。
しかし、これが賭け金を決めるのを難しくしているのだ。
バカラのように単純な半丁博打なら、想定外が起こることはありえない。
ところがブラックジャックの場合は、負けた時の金額が最初のベット額より増える可能性がある。
だからそうした可能性も考慮し、バカラよりもさらに低い金額でベットするのが正しい。しかも賭け金を増やすべき場面が来ることに備えて、全部のチップを一度の勝負に注ぎ込むわけにもいかない。
「極めつけはカウンティングだ」
ブラックジャックで勝つための絶対条件。
場に出たカードを全て記憶し、目当てのカードがどれくらいの確率で出るのかを予想する技術――カードカウンティング。
もっとも、ホロに教えるつもりのハイローカウンティングで、そこまでの芸当は出来ない。せいぜい勝負時がわかる程度のものだ。
そんな簡易なカウンティングでも、習得はなかなかに難しい。
「まぁ、もう少し様子を見てからか……」
ホロはバカラの攻略を始めたばかりだ。
安定して勝てるようになるまでに、まだ時間がかかるだろう。
今は自分の作業に集中するべきだ。
「ふぅー、こんなもんでいいか」
俺は集めたクゥーエ草を自前の麻袋へと入れていく。
最初の頃は見分けるのに時間がかかったが、今ではちょっとした考え事をする余裕すらある。
成長してるのはホロだけじゃない。
「日が沈み切る前に帰らんとだし」
俺はすぐさま冒険者ギルドへと戻った。
麻袋を差し出すと、いつもと同じ受付嬢がテキパキと換金を済ませてくれる。
「今日はお一人なんですか?」
「あぁ、今日は一人です」
「珍しいですね。女の子のほうは?」
「カジノにいるはずです。今から迎えに行きます」
「まるで家族のようですね」
受付嬢の言葉に、俺は一瞬固まった。
家族、か……。地球から呼び出された俺に、この世界に家族はいない。
何年もカジノプロとして世界を回っていたから今更ではあるが、もう会えないとなると多少の感慨も沸いてくる。
「ホロが待ってるかもしれないんで、行きますね」
俺はそんな気持ちを誤魔化す……あるいは振り払うように会話を打ち切って、冒険者ギルドを出た。
カジノは目と鼻の先。五分とかからずたどり着く。
「……いた」
ホロはちゃんとバカラのテーブルに座っていた。
いつだったかのようにブラックジャックのテーブルに座ってなくてホッとする。
俺はホロへと近づこうと足を進め
「ユーのところのおチビ、頑張ってるの」
横から声をかけられた。
バニーガールのナーシャだ。
「見てたのか?」
「ちょっとだけなの。でも凄い真剣にやってて驚いたの。あれは勝負師の顔つきなの」
「ほぉ……」
ちょっとだけ見てみたくなった。
ナーシャに勝負師と言わしめた、ホロの真剣な表情を。
俺は気付かれないように、少し遠目からホロのことを観察した。
「No more bet」
ディーラーがカードを配っていく。
ホロはバンカーに青チップ3枚を賭けていた。
「ナチュラル
ディーラーが言っていたナチュラル8とは、二枚のカードの合計が8だった場合のことを指す。
バカラというゲームでは最大三枚までカードを引くことが出来るが、ことナチュラル8、ナチュラル
そして8という数字は、バカラではかなり強力な数だ。その8を引いたバンカーが勝利を収める。
「No more bet」
ホロがもう一度、青チップ3枚をバンカーに賭けた。
(……自分でベット額を調整したか)
俺が教えた通りなら、ここは青チップ2枚に減らしていた所だろう。
それを自分の意思で、青チップ3枚で勝負した。
いい傾向だ。
結局のところ賭け方というのは、どういった形で賭けてもよい。
マーチンゲール法、ウィナーズ投資法、チャンピオンシップ法などなど、どんな賭け方をしたって負ける時は負けるし、勝てる時は勝てる。
大切なのは『安全圏から抜け出さない』こと。
それを肌身で感じるには、やはり自分で考えてベットするのが一番だ。
だから、俺の言った通りの『型にはまった』やり方ではなく、自分で考えて賭けていることはいい傾向なのだ。
と、横にいるナーシャがクチを開く。
「ナーシャは結構あのおチビを見てるけど、ずっとバンカーにしか賭けないの」
「何か問題でも?」
「問題なんてないの。でもその分、どちらが勝つかって当てる楽しみを、あのおチビは放棄してるの。本気で勝ちに行ってるの」
なるほど。
ナーシャは天然ボケウサギだが、人のことはよく見ているらしい。
俺はもうしばらく、ホロの戦いっぷりを見学することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます